お茶の試飲会
(スイードサフィール視点)
ギルドの一室、広めのテーブルに並べられた椅子にかけるのは、第一王子とセテルニアバルナの当主。そして私。壁際にはセテルニアバルナ卿の執事と殿下の護衛数名が直立不動で待機している。
空いている席は三つ。そこに座るはずの少女が今日の目的の人物だ。
私は、井戸水の汲み上げポンプを完全させたのち、直ぐにセテルニアバルナへ手紙を書いた。発案者に商業利用、政治的な利用についての意見と許可を求めるためだ。
正直、殿下の想い人に会ってみたいというのもあった。セテルニアバルナからのからの手紙の返事は思いの外早く、指定された日時が今日の正午のギルドだったのだ。
国の剣として多くの騎士を輩出してきたセテルニアバルナと魔法士の家系のカトリアンクスは昔から意見が衝突する事もしばしば。
騎士団長と魔法士団長が犬猿の仲というのは貴族であれば誰でも知っている事実だ。
私は魔法士を目指していないし、セテルニアバルナ卿も騎士団を引退したとはいえ、殿下を挟んでこの組み合わせは極めて異色だ。
コンコンとノック音が響く。
「客人が到着しました」
と、ギルド職員の案内が入ったのは約束の正午を過ぎた時だった。
私や殿下がいるとは伝えていないと聞いているが、セテルニアバルナ卿との約束に遅れてくる平民がこの世に存在するのだな。強面の老人を前にして客人はどんな言い訳をするのだろうか。と、扉が開くのを今か、今かと待ちわびた。
「失礼します。お待たせしました」
入室してきたのは、大貴族であるセテルニアバルナ卿を前にして悪びれた様子もない白髪の少年。
井戸水の汲み上げポンプを発案した少女の兄がリズだとは耳にしていたが、髪だけでなく肌も着ているものも白く、瞳の赤を強調していて、何故か神秘的な存在に思えてしまう。
少年の後に続くのは淡い黄色のおさげを二つぶら下げた女性。どう見ても彼女が妹には見えない。空席の数が3つだった事から来る事が元々決まっていた人物だとは分かるが……目的の少女が見当たらない。
「シオ、一人足りないのではないか?」
セテルニアバルナ卿の問いに、シオと呼ばれた少年は軽く視線を此方に向けた後ゆっくりとした口調で語り出した。
「そちらは、数人多いようですが?? 早めにギルドへ向かったと言うのに、予定にない方がいらっしゃるようでしたから、アレは先程ティアの店に預けてきました」
入室してからシオが私達の存在に驚いた様子は無かったが、今知った事実を遅れた事の言い訳に使うのはあんまりではないだろうか。冗談……を交わせる身分差ではないはずだ。
余りにも堂々とした彼の姿に、面白いモノを見つけたかのようにワクワクし始める私。
それと打って変わり、殿下お付きの騎士達は「無礼だ」「身の程知らずめ」と、怒りを感じているのが隠し切れていない。
カチャリと音を立てて動き出さんとする彼らを殿下が視線と掌を向ける事で静止した。
「お久しぶりです。相変わらずのようで何よりです。突然で悪いのですが、今日は以前会った際に頂いた原案を採用し、事業を進めるために二人の意見を聞きたく、カナンヴェーグ殿にこの場に招待してもらったのです」
和かにいつもの笑顔で殿下が言葉を放つ。
「お久しぶりです。殿下もお変わりないようですね。アレが居なくて残念でしょうけれど、代わりに私が話をうかがいましょう」
言葉の一部に棘を感じる物言いのシオ。殿下の少女に会いたかった下心は完全に見透かされているようだ。
「そちらの女性は、はじめましてですね。私はアドルディアフォイフォイ、彼は……」
「スイードサフィールと申します」
「私、ウェンディと申しますの。シオの用件は試飲会との事ですけれど、私の今日の目的は強者との手合わせですわ」
自己紹介をすると思いきや、予想の斜め上の発言をするウェンディ。
「このような場所でアドレンスの王子とお会いする機会があるとは思いもしませんでした。体作りは、まぁまぁ……と言ったところかしら。でも、鍛えぐあいはエルトディーン様の方がまだマシですわね。スイードサフィール様はヒノと同じ系統のように感じますわ。圧倒的に訓練時間が足りていません」
「「…………」」
ポカンとしてしまった。彼女は強者と手合わせがしたいと言っていたのだ。おそらく、殿下と私は戦闘能力を評価されているのだろうけれど……。
「フ……ハハハ。どうしよう。おかしいや」
個人の趣味で下町に出入りする事もある私でも、ウェンディのような人に出会った事はない。ストレートにくだされた評価は思いのほか的確だ。
ウェンディいわく、私はヒノと同じらしい。殿下の思い人は戦闘に縁のない頭脳労働派なのだろう。
「笑い事ではありませんわ。自分の身も守れない貧弱な娘と同じと言ったのです。手に汗握り体を鍛え上げるべきですわ。筋肉は裏切りませんのよ」
「生憎、私は魔法士の家系です。生活に支障が出ない程度に体を鍛えていれば問題はありませんよ」
可笑しくて、笑いながら返事をする。
殿下と殿下を指導していたセテルニアバルナ卿はエルトディーン卿以下と言われて苦笑いだ。
「どうでもイイ話はよしましょう。皆、暇ではないでしょうに。一切ふざけず早く用件を済ませるべきでは? それとも、王族や大貴族の人間は、この脳筋と同じように暇で時間を持て余しているのですか?」
「お前!! 先程から、リズの分際で無礼だぞ!!」
雑談する私達へ、冷めた視線と言葉をかけるシオに、殿下の騎士が我慢ならんと声を上げて剣を抜いた。
剣を向けられても声もあげず、微動だにしないシオ。
恐怖心がかけているのか、動揺した様子もない。その強靭な心はどこで培ったのだろうと思う。
皮肉を言われたとはいえ、此方から会いにきた人物を相手に逆上する様に剣を向けるのはどうなのだろうか。
「殿下は…………部下の教育がなっていないのでは?」
「この!!」
更に、挑発された騎士は顔を赤くして、シオに突きつけていた剣を振り上げる。
「っ!!」
武器も何も持っていないシオ相手に、振り下ろされた剣は空を切った。
それとほぼ同時にダン!!! と、大きな音がした。
何が起こったか……。私にはまともに見えなかったが、とてつもなく早い動きでウェンディが騎士の剣を奪い取り、押し倒した上で、奪った剣を騎士の喉元に当てているのだ。
「あなた……弱いです弱過ぎますわ。この実力でこの国の王子を守れますの??」
強い……。それも圧倒的に。
国の選りすぐりの騎士を素手で軽く倒してしまったウェンディに言葉を失う。
「ウェンディ、室内では暴れないでください」
「あら、野外でしたら宜しいんですの?」
「そうですね。外ならいいでしょう」
「貴方方、シオ達の話が済むまで外で手合わせしませんこと?」
押し倒した騎士に剣を向けたまま微笑むウェンディ。
「ちょうどいい、殿下の護衛はワシが居るから大丈夫だ。お主らはウェンディ殿に鍛えてもらうといい。中庭の使用を許可しよう」
「私としても、ウェンディがいない方が助かります。馬鹿力で幾つも茶器を破壊されては堪りませんから」
セテルニアバルナ卿、そしてシオに許可を得たウェンディは嬉々として騎士を引き連れ部屋を出て行った。
「やっと、始められますね」
「あぁ、本当に嵐のような方だ」
「アレはただの脳筋です」
呆れたようにそう口にしたシオは、持ってきた手荷物からいつくかの瓶を取り出しテーブルに並べだした。
新しいモノ、知らないモノは常に私の知識欲をくすぐるってくる。
新しいお茶。珍しい茶菓子。
別の目的で此処は赴いたが、おまけのようなこのこの試飲会が非常に楽しみだった。




