いたって私は冷静である
うん。
私は冷静だ。
例え、お使いにゆく途中で知らない男達に捕まり、縛り上げられ、床に転がされてもいたって冷静だ。
大型の魔物と対峙した時と比べればなんて事ない。相手は人間なんだもの。
いざとなればどうにか出来るだけの力があるのがこの心の余裕をもたらしているんだと思う。
外から聞こえてくるのは雨音。
今、脱出したところで露天は店じまいを済ませているだろう。目的だった買い物はもうできない。
共に捕まったレイティも、暴れて相手に怪我をさせようものならティアが刑に処させると言われているので、唇を噛み締めて大人しくして大きな瞳から大粒の涙を流している。
「いやぁ、労せず獲物が手に入って幸運だったな」
「人買いがヘマしなきゃ、そもそもこんなリスクの高い仕事しなくて済んだんだ。積荷を逃した上に不正発覚で正規の商品も取り調べの為に兵舎預かりってなんだよ。こちとら納品日が決まってるってんだ」
酒を片手に話す男たちの声を拾う。
コレは、逃げた積荷のせいで人買いが商品を卸せなくなった故の誘拐事件なんだな。
つまり、私がこんなとこで縛られてるのはウェンディ、全部お前のせいか!!!!
いやね。大元は人買いが不正をしたのが悪いんだよ。わかってる。わかってるさ。でもね、ウェンディが人買いの荷馬車に乗ってなきゃこんな目には合わなかったはずだよね。
「そう言うな、お陰で俺たちには大金が入るんだからな」
「確かに……、チビの方は幾らでも値段をふっかけられるもんな。まさか、リズの妹が双黒とは思わなかったぜ」
「王族でさえ濃くて蒼黒。純粋な黒なんざ神話の領域だ。人間では聞いたこともない」
そう。頭を思いっきり殴られた時にズラが取れちゃって、髪が黒いのがバレてしまったのだ。
市井にこの事が知れ渡るのも困るし、コイツらここで消す??
なんて、考えたりもする。
跡形もなく、存在さえも無かったかのように灰にしてしまえば、罪に問われようもなくないか? と言ってもそれを実行するだげの精神力を私は持ち合わせていないけれど。
「幼女がいいなんて貴族様もいい趣味してるよな」
「こんなちんちくりんのどこがいいんだか」
「俺ゃぁ、ボインの若いねーちゃんがいいぜ」
「大抵そうだろ」
室内に響く下品な笑い声。
へぇ、私は変態貴族に売られてゆくわけね。気持ち悪いな。非常に不愉快で眉間にシワがよるぜ。
もし、コイツらから逃げ出すとしたら、取引先へと運び出されている最中かな。
雨で昼間でも通りの人目は少ないはずだ。騒いだ所で誰も外にいなけりゃ意味はない。
人に見られたくない物を運び出すのには好条件だね。
しばらくしたら、二人して袋をかぶせられ、雨の中男に抱えられて運ばれた先で、何かの荷台のような所に積まれた。
正直ね、凄く鳥肌立ったよ。
でも、我慢したんだ。今、力を振るったら加減が出来ないと思ったから……。
男たち達のどちらかが荷台のホロを閉めて外が見えない状態にしたのか、袋の小さな穴から微かに感じる事が出来た光が無くなった。
自身を積んだ荷台が何処かへ向けて動き出したのを感じて若干の焦りを感じる。
王都の外に連れ出されたら……流石にまずいな。
二人の男は私達を監視するでもなく、進行方向前方に居るようだ。小さくて下品な声が私の耳に届く
今の今まで大人しくしていたからと言って、目を離すなんて愚かだ。
こちとら、身体を幼くすれば縄抜けなんて容易い。遠慮なく、この隙に逃げ出そうと思う。
スルリと縄を外し、かぶせられた袋をとる。なるべく音を立てないように細心の注意をはらって、そっとレイティの袋も外した。
中から現れたのは、泣きすぎて赤く腫れた目元の猫耳娘。「なんで、どうして?」と混乱している様子の彼女に、口の前に人差し指を立てて声をを出さないように指示をする。
レイティの耳元でコッソリ「縄を切るから、奴らの気付かない内に逃げよう」と提案したいけど、それが出来ないのがもどかしい。
縄を外し終えると親指で外を指す。
ホロを打ち付ける雨音が多少の物音はかき消してくれてるのだろう。今はまだ気づかれていない。
荷台の蓋に足をかけ、二人、手を繋いで飛び降りた。雨にぬかるむ地面を踏みつける。
そこそこ大きな音がしたが、気づかれたかどうか確認することも、泥跳ねや降り付ける雨を気にする余裕も無く、思い切り駆け出し近くの路地で身をかがめた。
私にはココが何処だか分からない上に、雨でどの建物も扉を閉めている。見間違いでなければそれらの建物はギルド付近の民家とは違い、大きく豪華な作りに見えた。
おそらくここは上流階級の人々の居住区なのではないだろうか。平民が気軽に助けを求める事ができない相手が住む地域。
アドレンスの交番的な存在である兵士の詰所が近くにあるのなら駆け込みたい所だが……。
「ヒノ、ゴメンなさいなの。レイティが近道をしなかったらこんな事にならなかったの」
まって、泣かないで。まだ解決はしてないんだよ。
落ち着け。アイツらが気付いて引き返して来たら逃げなきゃならない。
できれば気づかれずに店に戻りたい。
なんて……十三の子供に言ってもな。
随分と怖かっただろうし、責任も感じただろう。後悔して自分を責めて……。心が潰れそうになっているんだろう。わからなくもないよ。
「…………」
だから、泣いてくれるな。
そっと、レイティの目元をぬぐった。
「大丈夫だから」
「……えっ、ヒノ?」
今度は、躊躇わないよ。
他人を傷つけるのはコワイけど……あんな奴らに大人しく拐われてやるわけにはいかないもの。
そっと、口の前に人差し指を立てた。
「二人だけの秘密だ。決して人に話してくれるなよ」
コクリと頷くレイティ。
「いい子だ。ゆこう」
人の気配に気を配りながら少しでも荷台のいた通りから遠ざかるべく、レイティの手を引いて走り出した。




