ドナドナドーナと売られてゆくよ
街の中は久々の雨の気配に混乱しているように見えた。
「あんな立派な雨雲は何年ぶりかねぇ」
「ありぁ、荒れるぜ。早めに店をたたんじまおう!」
雨漏りの箇所を直す人、店先の荷物を中にしまう人、雨水を貯めようと桶や瓶を外に出す人。雨水で洗い流したい汚れ物を外に並べている人。皆が皆忙しない。
フワリと私に吹き付ける風は生温く、ほんのりと濡れた土の香り。
肌でわかる湿度の変化で降り出しが近い事も感じる。
コレは……急がないと目的の店が閉まるのに間に合わないかもしれない。買えたとて店に帰り着く前に自身が雨に打たれる可能性もあるな。
そんな雨の気配は猫耳娘であるレイティの方が私なんかより敏感にわかる事だろう。
「ヒノ、こっちなの」
私の腕を引いたレイティが立ち止まり指先すのは店と店の間にある狭い路地。
明らかに正規の道ではなさそうだけど大丈夫なのだろうか。
「行きたい店は一本向こうの通りにあるの。ここを抜けた方が近いの」
薄暗く、汚れも目立つ雑多な雰囲気の路地に踏み込む勇気が私にはない。
何があるかも、何がいるかもわからない、なんとも言い難い怪しさを感じるのだ。直感的にココはまずそうだと脳が警鐘を鳴らしている。
(私も走るから正規の道で行こう)
メモを取り出し走り書きする。
「大丈夫なの。ココはティアと通った事があるの」
少し、不安を感じてはいるようで、私の手を握る手に力が篭った。
ティアと通った時は大丈夫だったかもしれないが、ティアはこの街の強者だ。きっと知らない者などいない。
けど、私達は違う。
ただの子供だ。それどころか、立場の弱い奴隷と捕まえれば利用価値のありそうな黒を持ったガキなのだ。人の目のない場所で何か起これば、立場のない私達は大人の良いように扱われてしまうだろう。
「急がないとだから」
不安を抱えつつ、レイティに引かれるまま足を路地に踏み入れる。
まぁ、何というか……雑多な……。いろんな不潔な臭いと不潔な物、傷んだ何か、走り回るネズミ。いらない物を全て見えないところに押し込んでたらできました。そんな感じの空間だ。
一刻も早くここから出ないと病気になりそう。
私は色んな物に触れないよう、足元にも気を配りつつレイティに続く。
路地を抜け切る前、急に隣にある建物の扉が開いた。外開きの扉が開けば、狭い路地は通行不可能で必然的に私とレイティの足は止まる。
「っ……」
扉を開けた人物は、眼帯に髭面の男で、整えられていないボサボサの髪を乱暴に掻いた後、私達を見つけて目を見開いていた。
「こりゃ、神様からの贈り物か?」
何を言ってる?
「手間が省けたぜ、今日はなんていい日だ」
ジロジロと品定めするように私達を見て、欠けた前歯を見せつけながら愉快そうに笑うソイツに不快感を覚える。
レイティの手を軽く引いて、振り向いた彼女に"前に行けないのなら引き返そう"と視線で訴える。
私の意思が伝わったのだろう。身体を反転させ走り出そうとした時ーー。
「っ……!」
道を塞ぐように人が現れた。
「おう、兄貴、お帰り!ちょうど良さそうなのが自ら迷い混んできててよ。コレで納品に間に合うだろ」
「あぁ、二匹とも上玉だ。それに小さい方はあの依頼にちょうど良さそうだな」
小さい方って私か!
どういう状況だよ。何が起こってる?
「おっと! 反抗はするなよ。お前、ティアのトコの奴隷だろ? 奴隷が他人に手を出したら、しょっ引かれるのは飼い主だぜ??」
「ヒヒッ。ティアを牢屋にブチ込めたらそりゃあ愉快だろうが、獣人の爪で攻撃されたら痛いなんてもんじゃ済まねえからな。大人しくしてろよ」
ティアが罰せられるのを恐れてか、レイティの動きはぎこちなくなっている。
こんな時に筆談しか会話手段が無いのが辛い。コイツらを上手いことかわして大通りまで抜けるのは私の身体能力的に無理だ。
でも、猫の獣人であるレイティには可能かもしれない。私を置き去りにしてでも、レイティがこの場を離れて誰かに助けを求める事が出来たなら状況が変わるかもしれないのに……。
どうやら無理そうだな。
変な汗が出るぜ。びっくりするくらい危機的状況。私にちょうど良いと言い、納品に間に合うと言ったのだ。
今、拐われそうになっている事は馬鹿だけどわかる。
「小さい方もだ。無駄な抵抗はするなよ。お前、ギルドで噂になってる兄妹の妹の方だろう。お前が一般人に怪我をさせたら、保護者の兄も一緒に捕まるだろうさ。リズには人権なんかねぇからな。どう扱われるかなんてわかったもんじゃねぇぞ」
それで私を脅しているつもり?
確かに、リズへ対するアドレンス国民の対応は厳しい。深々とフードを被っていなければ、あからさまに露骨な態度で避けたり罵倒する事も当たり前なのだ。
でもさ、お前らは一般人枠なわけ?
リズってのは犯罪者にも手を出すことが許されないの?
罪に問われたとして、顔見知りのよしみでセテルニアバルナの力を使ってエルトディーンが揉み消してくれないかな。なんて思う。
魔法使って人を攻撃したらまずい?
や、怪我をさせなければ大丈夫?
人を傷つけずに瞬時に使える魔法?
であれば、普段から使い慣れている身体を綺麗にする水の魔法だ。正直攻撃力なんてあった物じゃ無い。
アレでこの男達を足留するとなると、水を頭付近に留めて窒息させる……とかか。や、加減を間違って殺してしまったらと考えたら出来ないな。
だったら、二人の人間の動きを封じるには……水を凍らせるのはどうだろう。
ガチガチに凍らせたらまずいか?
でも、濡れた衣服が凍るくらいなら足止めには最適じゃ無いだろうか。
動揺させれればその隙にレイティだけでも逃せるだろう。
シオにまでこの話が行けば、離れ過ぎて意思の疎通が出来なくても精霊達の声をたどって私にたどり着けるはず。
誰かに納品される商品である私はそこまで雑な扱いは受けないだろう。
レイティと繋いだ手を強く握り返した。
バシャン!!
「うわっ!」
「くそっ!! なんだ!」
「ヒェッ! 身体が凍って!」
大量の水を二人に降らせた後、身体に纏った水を凍らせる。
男たちが動揺しているうちに抜け出そうとレイティを引くが……。
「フニャッ!!」
嘘だろ。レイティがコケた。
焦りつつも立ち上がらせようと、かがみ込んでレイティの腕を引く。
レイティがまだ起き上がってもいないというのに、背後に気配を感じた。
振り向くと、手を組んで振り上げる男の影が見える。
パラパラと舞い散る氷のカケラ。
凍らせ方が弱過ぎたんだ……。
そう思った瞬間、頭に強い衝撃。
グワンと視界が歪む。
なんだよコレ。こんな勢いで子供の頭殴っていいと思ってんの?? ふざけんなよ。
衝撃のまま倒れ込んだ私はふらついて立ち上がることもできない。っていうか、痛みと目眩と吐き気でとにかく気持ち悪い。
コレも怪我のうちとして、すぐに良くなるんだろうけど……なんて事をしてくれてんだ。クソッ。
「ヒノッ」
レイティは抑えつけられてすでに腕を縛られている。おいおいマジか。
現実は、無慈悲だな。おい。
誰にも知られないまま拐われるとか最悪じゃん。発覚は帰って来ない私達にマルクスが異変を感じた後になる。
何処かに運び出されるとしても、姿は見えないようにされるだろうし、ギルドや兵士の詰所付近は避けるだろう。
絶望的だな。
伝わるかわからないけど、街の至るところにいるらしい精霊さん達、この状況を察してシオに伝えてくれないだろうか。
精霊の言葉とかしらないけども。
翻訳機能仕事してくれ!!
と、不確かな方法に希望を募らせるしか無いのだった。




