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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇神々からの使者◇
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初めてのお使い



 今、居るのはティアの酒場の前。

 扉を開けるとカランと備え付けのベルが音を立てた。


「どうしたの? また遊びに来たの?」

「………………」


 尻尾をフリフリしながら猫耳娘のレイティがお出迎えをしてくれる。店のオーナーであるティアはその後ろからゆったりとした動作で現れた。


「なんかようかい?」

「コレを暫く預かってほしいのですが」


 コレ、と言われたのは勿論私だ。

 早めにお茶の試飲会への準備を整えてギルドに向かったのだが、ギルドの前に立った途端にシオは方向転換をしてティアの店に向かったのだ。


 詳しくは分からないが、ギルドに予定外の人間が来ていてソレ等と私を合わせたくないらしい。どこの誰か知らんがお茶を売り込むせっかくの機会を台無しにしてくれちゃって……少しばかり不服で眉間にシワを寄せた。


(第一王子とその護衛、あとセテルニアバルナと並ぶ三大貴族の青年もいましたね)


 …………。


 まぁ、うん! お留守番最高!

 お留守番大好き!


 ちょっと、フォイフォイには会いたくないかな。それに大貴族の青年?? お腹いっぱいです。セテルニアバルナ家の皆さんで既にお腹いっぱいです。

 シオさんの配慮に感謝するよ。本当に。


「別に、場所を貸す分には構わないけど、私はコレから用事があるから店を開けるよ」

「場所を貸して貰えればそれでかまいません。およそ一時間、長くみても二時間程ですむので問題を起こす事もないでしょう」

「なら、好きにするといいさ。マルクスとレイティがいるしヨソで待たせるより安全だろう」


 シオさんにとって私は目を離したら何かしら問題を起こすのが前提としてあるんですね。私、中身は大人もいいところなんだけどな。


「ヒノはレイティとお留守番なの!」

「………….」


 おぅ。そうだな。

 レイティはニコニコと目を細めて嬉しそうにしている。

 そんなに嬉しいか??

 その喜びは共有できないものの、口角を上げて目を細めた。


「昨日、麦を買ってきてマルクスと一緒にお茶を作ったの。上手に出来たからヒノに持ってきてあげるの!」


 そう言って、駆け出したレイティは手にグラスを持って戻ってきた。どうやら、お手製の麦茶を振る舞ってくれるらしい。


 ポットからグラスに注がれる茶色い液体はよく冷えているようで、グラスの表面には水滴がついている。


「高貴な人達の飲み物だと思ってたから、こんなに簡単にお茶が作れるなんて思わなかったの」


 まぁ、貴族の飲んでるお茶とは全然違うと思うけどね。自分達が美味しく水分補給できたら最高だよね。

 

「お酒を飲めないお客さんに出したら凄く喜んでたの」


 酒場に下戸が出入りするんだな……。と思いつつも、付き合いなら仕方がないし、食事しに来ているのかも知れないから突っ込むのはやめておこう。


 店に出すようなら、思いの外、早くに市井に麦茶が普及するのではないだろうか。


 レイティの座ったカウンターチェアの隣に私も腰掛けて出された麦茶の入ったグラスに手を添えた時の事。



「貴女! 良いですわ。素敵です。鍛えられた無駄のないしなやかな筋肉。一目見れば強者だとわかりますわ。私とお手合わせ願えないかしら?」

「なんだいコイツは! アタシはコレから用事があるって言っただろ。近い!」



 ここまで無言でいたウェンディが堰を切ったかのようにティアに詰め寄り話し出した。


 なぜ、今頃。そう思わなくもないが、入店後は暫くティアを観察していたのだろう。


 それにしても、ティアよりゴツいマルクスがいるっていうのに何故ティア??



「ウェンディ。やめなさい。貴女はこれから私とギルドです」

「そうでしたわ。カナンヴェーグと手合わせをする約束がありました。こうしている場合ではありませんわ」

「貴女の約束など知りませんが大人しくしていてください。正直、貴女も置いて行きたいところですが……」


 これから会うのは王族と貴族だ。シオに魔術の教えをこうていたフォイフォイだけならまだしも、他の大貴族、そして護衛の騎士。平民を蔑む習性のある彼等を相手するにはシオの"平民のリズ"という肩書はあまりにも弱すぎる。


 どうかしたら、何もしていないのに不敬罪に問わてしまうだろう。

 そのために、ギルドに行くのには、鶴の一声、武神の遣いという人間にどうする事も出来ない神の領域に立つウェンディが必要なのだ。


「じゃ、アタシはもう出るからな。マルクス後は頼んだ!」

「あぁ」


 ムキムキの上腕二頭筋をこんもりとさせながらマルクスが返事をすると、ティアは店を出て行った。


 てか、シオさん達もそろそろ行かないと、貴族をお待たせしたらまずいんじゃないの?


(確かに。今出てもギリギリ間に合わないですね)


 間に合わないのかよ。


「では、くれぐれも問題を起こさないでくださいね」


 や、起こさないよ。普通に待てるって。

 和かな顔を作って「はよいけ」との意を込めて両手でバイバイする。


 扉の向こうへ消えたシオは店を出る瞬間ため息を吐き出したように見えた。


 先日、カナンヴェーグは昼食を用意すると言っていたものな。大貴族たちの昼食会に向かうのが憂鬱なんですね。わかります。

 私は貴族を前にして激不味のトルニテア料理を笑顔で食べ切れる自信はない。お茶の布教活動は出来なくなったけど昼食会を回避できて私は嬉しいよ。


 思う存分、手を振った後はカウンターに向き直ってお茶を一口。


(ティアって強いの?)


 取り出した紙に書き込んでレイティに話題を振ってみる。


「ティアは凄く強いの。口喧嘩でも負けないし、マルクスも簡単に転ばせちゃうし、魔法も使えるから、ギルド員の人なんかよりずっと強いの!」


 レイティは大好きなティアの事を熱く語ってくれる。

 セテルニアバルナの血を引いているし、カナンヴェーグの孫と思えば納得だな。ウェンディの熱量がエルトディーンを前にした時より多かったように思うけど……気のせいだと思いたい。


 兵士団長より強い酒場のオーナー??

 本当に気のせいだと思いたい。


「そろそろお昼だけど、ヒノはご飯食べたの?」


(食べたよ)


 はい。嘘です。私は嘘つきです。

 せっかくトルニテア料理を回避できたのだ。あえて此処で食べる必要もないだろう。


 

 

 レイティが出された賄飯を食べている横で、枯れたトルニテアの大地に雨を……ね。と、雨の降る仕組みを頭の中に思い浮かべてみたり、今日、無事にお茶の販路を得たとして、生産をどうするべきかなどを悶々としながらペンを片手に紙を睨みつけた。


 私は理系の大学行ってたわけでも、経済学学んでたわけでもないからな。次に取るべき正しい方法がわからない。

 そう、物語の主人公みたいに手助けをしてくれる有識者が現れてトントン拍子に話が好転すればいいんだけど……期待したところで無駄だろう。


 良い案が簡単に浮かぶはずもなく、コツコツとペン先を紙に当てて、ひたすらに黒点を増やすばかりだ。


 カラン


 扉に付けられたベルがなったのはレイティが食事を終えた頃だった。


 駆け込んできたのは知らない青年。


「マルクスさん! 今日の予約の十人分増やして欲しいって親方から伝言です」

「急に言われても困る」


 元が何人か知らないが、急な追加にしては人数が多い。冷蔵庫があるから他店より食材の予備は多いだろうけど、それで間に合うかどうかは微妙なところだろう。



「ゴメンなさい! 買い出しとかを手伝いたいのは山々なんだけど、暫くしたら雨が降りそうなんだ。やらないと行けない事が山積みで……。よろしくお願いします!!」


 言うだけ言って、マルクスの返事を待たずして青年は出て行った。


 雨が降りそうって、私が雨の仕組みとか考えてたからじゃ無いよね??

 うん。そうだよね。そんなんで雨が降るはずないよね。

 自分に言い聞かせる。


 マルクスはコメカミ辺りに手を当てて、はぁ。と息を吐き出し、厨房に入って行った。

 恐らく材料の確認だろう。



「まいったな。材料が足りん。この後、酒蔵のセリーナが来る予定だから、二人を置いて鍵を閉めて買いに出るわけにもいかんし……ティアも暫く戻らない」


 来客の予定もあり、大客用の仕込みの時間を考えたら買い出しを後回しにも出来ないだろう。

 

 マルクスは悩ましげな表情で窓を開け、上半身を外へ乗り出し雲行きを確かめる。



「立派な雲が遠くにあるな……30分もすれば、まともな雨が降りそうだ」

「雨が降ったら市が閉まっちゃうの」


 

 路上販売は雨が降ったら店じまいなんだね。

 コレは、本当に悩ましいな。お世話になってるし、シオが戻ってからなら代わりに……とも思ったが、それでは間に合わない。


「レイティが行くよ!」

「いや、そういうわけにもいかんだろう」

「大丈夫。ティアと行ったことあるし、マルクスは出かけられないし、レイティお使いくらいちゃんとできるの」

「…………。だが、一人じゃ危ない」

「なら、ヒノも行くの」


 いや、それ、もっと危なくないか?

 私は王都の街を歩き慣れてないお荷物だぞ。

 選択肢として、客の要求を突っぱねるのは無しなのかな。ティアなら「急に言われても用意できるわけないだろう」と突っぱねると思うけど。



「雨が降る前に行かなくちゃなの。絶対大丈夫なの」

「………………いいか? 目的の物だけ買ってすぐに戻るんだぞ。いいな?」


 レイティの肩に手を乗せて言い聞かせるマルクス。渋々だが送り出す事にしたようだ。



 すぐに準備を終え、レイティは肩掛けのバッグに財布とメモを入れて、買った物を入れる籠を持ち、反対の手で私の腕を引くスタイルで店を出た。




 レイティと私、王都で初めてのお使い。




 後に、このお使いが悲惨な結果になると知る由もなく、私たちは雨の気配に騒めく街のなかを少し早足に目的の店へ向かったのだった。


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