脳筋を従える方法
パリン
陶器が割れる音が響くのは清々しい朝日の差し込む我が家。
今日はカナンヴェーグにお茶を提出しに行く日だ。
今は出来上がったお茶を入れる練習をしていたところなんだが…………。
「なんでだよ。なんでそうなんだよ」
私は目の前ではかない音を立てて砕け散ったティーカップを見て、そう言わずにはいられなかった。
「あら不思議。簡単に砕けるなんて、この陶器が貧弱すぎるのですわ」
この武神の遣い、ウェンディは「人間らしい生活は大事ですわ」と言って、現れた日に夕食を作ろうとしていたが……
力加減がわかっていないのか、とんでもない馬鹿力で我が家の数少ない備品を壊す壊す、破壊の限りを尽くす破壊神のごとき活躍をして私に台所を追い出された前科がある。
もはや陶器を扱わせることはできない。彼女としばらく生活を共にするのなら、食器類は木製のモノをそろえなければなるまい。
「不器用かよ」
「いいえそんなことはありませんわ」
「頼むからもう何もしないでくれ」
「そういうわけにはいきませんの。私があなたの教育係を務めるのですから」
そう、なぜかそうなった。
シオとウェンディの話し合いの末そうなってしまったのだ。
シオにそう告げられた時は頭を抱えて体をねじらせたいほどに衝撃的だった。
「…………笑えないわ」
「笑ってくださいませ。どんな状況でも内面を悟らせないことは重要ですわ」
いや、もう、いいや。私は突っ込むことをやめよう。彼女はこういう人なのだ。話が通じない系のぶっ飛んだ脳筋なのだ。
「それより、火にかけている鍋の具合はそろそろよろしいのではなくて??」
そうだよ。そろそろだよ。
フライパンで天然酵母ちぎりパン!
朝食に焼き立てパンとか素敵だろ。えらいだろ?
すごく面倒だけど、ウェンディをうまくコントロールするため仕方なく朝から生地をこねたんだよ。
備品をことごとく破壊するウェンディの代わりに、あるもので軽くスープと炒め物を作ってやったら相当お気に召したようで、私の話を聞き入れてくれるようになったの。
脳筋のコントロールをするには胃袋をつかむことが大事なんだと学んだ瞬間だったさ。それから私は、食欲もないのになぜか食事係してるんだよ。これもうね、私がウェンディをコントロールしてるのか、ウェンディにうまいこと食事を作らされているのかわかんないんだよね。わかんないけどここ数日毎食ごはん作ってるの。えらすぎないか?
褒めてよシオさん。褒めるついでに、紅茶をカップに注いでおいてくれよ。私はパンの具合を見てくるよ。くれぐれもウェンディに陶器を触らせないでくれ。
視線と心の中でシオに訴える。
(……わかりました。これ以上割られてしまえば今使うカップさえ足りなくなりますから)
シオから返事をもらったあと、私は二人を家の中に残して外に向かった。
一次発酵も二次発酵もしっかり済ませ、丸く整形された生地が円形に並べられたフライパン。とろ火の釜戸でいい具合に焼き目がついていたので火から下ろした。
荒熱が取れたらトルニテア果実のジャムを添えて朝食の卓へ運ぶことにしよう。
一仕事終えた気分になって、ふぅ……と息を吐き出し瞳を閉じた。
ウェンディが現れてからの二日間の濃さに溜まって行く心労が寝ただけでは抜け切れない。
毎食の食事の準備、菜園の管理、お茶作り、ウェンディの小言、体を作れと運動させられる事、ベンジャミンの世話。
自分が何をしているのか分からなくなってしまう。
当初の目的はリザを復活させる為に、リザの信仰を回復させる事だった。
元々、活発な行動はとっていなかったけど、信仰を集める使者がみすぼらしい生活をしていたら集まる信仰も集まらないだろう。そう思って、この拠点を築いた。
この拠点を発展させるのは、信仰集めの役に立つのは間違いなくて、現在、カナンヴェーグの手によって兵士の宿舎を建てる予定が着実に進行している。
資金繰りの為に売り出したいお茶の試飲会は今日行われるので確実にチャンスをモノにしたい所。
先日シオは、リザを陥れたアドレンスの国教の主神、ネヴェルディアを討ちたいとするウェンディに協力する気は無いと言っていたが、リザの信仰を取り戻したければ、今後確実にネヴェルディアと対峙する事になるだろう。
だけど、現在、国中から強い信仰を得ているネヴェルディアは、リザを信仰すれば罰せられる法律や白を髪や瞳に持つリズから人権を奪う事で用意周到にリザ側の動きを封じている。
抜け道があるのだとしたら、ウェンディの存在だ。アドレンスは神の遣いを裁くことが出来ない。つまり、今後の活動は行動の制限を受けないウェンディが鍵…………なのかな。
そして、今、この国の国民が一番に求めているのは水だろう。
長い間雨が降っていない。私がトルニテアに来てからの雨は通り雨程度の小規模なものが数える程度しかなかった。
その不足している水をリザの名義(?)で供給してやれたら国民の信仰は簡単に集まるのではないだろうか。
ネヴェルディアをいくら信仰していても降ることの無かった雨がリザの信仰を募った地域のみに降り注げば、どちらが国民にとって有益な神であるかは馬鹿でもわかる。
リザへの信仰が個人でなく街全体の規模で集まれば、国は街の住人全てを消すわけにもいかなくなるだろう。
赤信号、みんなで渡れば怖くない!
そんな感じ。
となると、私は雨を降らす魔法を練習すべきなのか。
………………。
…………。
「しんど……」
声がもれた。
こんなに思考を巡らせて、体を酷使したところで誰に褒められるでもなく、満足感も得られないだろうに何をしてるんだろう。
不老とかいうオプションもろとも、自分の存在を消す為に頑張るとか馬鹿げてる。
なんて、こんな事考えてるのがシオに聞こえてるのが非常に辛い。こんな私で悪いと少しは思ってるよ。
空を見上げると雲ひとつない青空。
はぁ。と、また息を吐き出すとフライパンをもって家内に戻った。
朝食が済んだら、昨日と一昨日を使って三人でわちゃわちゃしながらつくった茶葉とお茶菓子をもって王都へ向かわなければならない。
準備のためにもサクッと朝食を済ませようか。
「……コレがパンですの??」
「パンですけどなにか?」
「パンとは窯で焼く物だと思っていましたわ」
「普通はそうだろうね」
パンをちぎり分けるともっちりとした柔らかい感触が手に伝わってきたので、天然酵母ちゃんは上手いこと仕事をしてくれたようだ。
ウェンディに適当な相槌をかえしたらそれぞれの皿にパンを置き、保存瓶からジャムを取り分けると、早速、パンに手をつけたウェンディは頬を緩ませてにこやかな表情をしていた。
脳筋、愛の伝道師、大食漢。ウェンディは本当にキャラが濃い。
「ほぼウェンディの分だから好きなだけ食べると良いよ」
ウェンディはシオと違い人の思考をよむ事ができないので必然的に私の口数が増えてしまう。
「本当ですの?」
私もシオもどちらかと言うと小食だし、朝から大量の固形物を胃に入れたくはない。
ニコニコと嬉しそうにしているウェンディが鬼のように強いとは誰も思わないだろう。
私は自分の分の食事を済ませたら、王都に向かう準備を始めた。




