招かれざるお客様
(ウェンディ視点)
私はウェンディ、武を極めし者を導く武神の遣ですわ。
精霊達の声を聞きながら蛇の塒の森に入り、中々防衛意識の高い深い溝を飛び越えてシオ達の拠点にたどり着きました。
門以外の場所には結界が張られているようですし、見えない外壁を避けて門を潜り、中に入ることができる者などそういないことでしょう。
壁内の敷地を照らす太陽はまだ高くにあり、ひらけたその地には人の気配はないようです。
それにしても……。
「コレはあんまりではなくて……」
(あの子が少し前に真っさらにしちゃったの)
(それまではゴブリンがいたんだよ)
(二人はコレでも良いみたい)
(あの子は草木を大切にしてるんだよ)
(入り口の木の花の香りが好きみたい)
「そうなのですね」
口々に精霊が言葉を放ちます。
それにしても何もない。壁内の端は少し森の木々を残してありますが、ほとんどが更地であり、一部に菜園のような場所があります。
他は、中央付近の土で出来た家とその側に礎、井戸にしようとして掘られたであろう穴は申し訳程度に石を組んで縁を盛っていますが、コレはもはや水の張られた落とし穴です。
家内を覗くと、部屋などは無く、ベッドが二つ衝立で仕切られており、家具が少しと広めの荷物置き場。テーブルと椅子代わりの丸太のみ。
辺境の小規模部族でさえもっとマシな家に住んでいますわ。
仮にも人の上に立つべき者が何という粗末な生活をしているのでしょう。私は額を抑えて深く息を吐き出しました。
リザがいた頃、シオは蛇の姿で過ごしていましたし、人の姿でいる事にこだわりがないのでしょうけれど、人の肉体を持ってトルニテアで暮らすのであればそれなりの生活をするべきですわ。
他の神々はトルニテアとは別の人の住まない異空間で快適に過ごしているのですから。
家内を見て回り、そして外へ。
魔物を家畜化するのは初めて見ましたが、美味しそうにぷくぷくと肉のついた角兎が土で盛られた塀の中で草を食んでいます。
(ベンジャミンっていうの)
(あの子が角を切っちゃったの)
(魔物だけど大人しいよ)
(リザ様の魔力で大きくなっちゃた)
あの娘の魔力はリザと同じですものね。精霊が懐くのも、弱い魔物が従うのも必然なのでしょう。
ともかく、今晩の夕食は兎肉のソテーで決まりですわね。
二人が戻るまで、日課の訓練をこなすと致しましょう。
…………
……
気づけば夕暮れ、彼らの戻りは思いのほか遅いよう。
碌な食事をしていないであろう二人のためにフクフク肥えた豚のような角兎を絞めて新鮮なうちに料理して待っていようと、私は屋内から包丁を持ち出して角兎の元に向かいました。
角兎はこれから絞められるなどと思っていないようでのんきに草を食んでいます。これが、ネヴェルディアの使徒、かの神が作り出した魔物だとは到底思えない間抜けぶりにあきれてしまいます。
囲いを飛び越え中に入り、首根っこを捕まえて囲いをでる。
さすがに危機を感じたようで、ジタバタと暴れてブーブー鳴いていますが大した障害にはなりません。
「あらあら、おいしそうに鳴いていますわ」
首根っこを高く持ち上げ、反対の手には包丁を持ったまま頬に手を当てる。
きっとたくさんのお肉が取れることでしょう。
(帰ってきたよ)
(食べちゃダメだよ)
(あの子が悲しむよ)
魔物に慈悲など必要でしょうか??
そのすべてを害悪と決めるのはひどい気もしますが、これらがリザの満たした大地の魔力を吸い上げた原因であるのは間違いではないのです。
「待って!!」
駆け出してくる娘の名は何と言ったか。避けてもいいし、張り倒してもいいのですけれど、攻撃の意思はないようですのでじっと様子をうかがってみると角兎に体当たりをしてきました。
えぇ、なんとまぁ、隙だらけで非合理的な行動なのでしょう。
私なら、近づいたことも悟らせずに目標物を握る手を握りつぶし、掌底を敵のあごに打ち込み、バランスを崩したところを畳みかけるところ。
視線を向ければ私に対しておびえている様子。
情けないこと、情けないこと。そんなんじゃネヴェルディアに立ち向かえませんわ。
これは急務ですの。何者にも負けないよう鍛え上げなければ……。
「その角兎は食用の家畜ではありません」
あきれたように私に告げるシオは眉間にしわを寄せてため息を吐き出しています。
「廃棄物処理用です」
…………理解できませんわ。
確かに角兎は弱いがゆえに悪食。鉄などの鉱物以外は木片でも紙でも服でも食べますが、それを中身が勝手になくなるゴミ箱扱いにするなんて……
「奇異な事をなさるのね」
まぁ、奇異といえば、
「リザは他が思いもしない変った事をする方でしたものね。その思想を継いでいるのかしら」
「そうかもしれませんね」
精霊に似た生き物を作りだしたのも、人という人種を作り出したのも、そして、人と交わり人に神の力の鱗片を与えてしまったのも。リザという神が最初に起こした事象。
「とにかく、それを食べることは諦めてください」
「中々脂ののった良い兎肉が食べられると思いましたのに」
残念ですわ。
「本当に相変わらずなのですね。食べずとも問題なく生活できるというのに……」
「食事をすることは、健康な心と体を保つことなのです。食事を抜くなど考えられませんわ」
神々とは違い、シオは特に人として生きた時間が過去にあるのですから、食事の大切さを知っているはずですのになぜこうも疎いのでしょう。
意味のない行為はしないほうが合理的とでも言いたげですが……。
「効率の問題ではないのです」
そう言い切り、私は深く息を吐き出しました。
「どうせロクな食事をとっていないのでしょう」
そう面倒に思う必要もないと思うのですけれど、何がそんなに嫌なのでしょう?
そんな疑問に答えることはなく、精肉された角兎の肉がほかにあるからそちらを使えというので遠慮なく使わせてもらうことにします。
そうそう、シオは私の思考が読み取れるでしょうから、伝えずともわかるでしょうが、まったく今後がわからないであろう彼女にも伝えておきましょう。
「しばらくお世話になりますわ」
ニコリ。包丁を片手に微笑みました。
暴れる角兎を押さえつけ様子をうかがっている彼女の顔色が悪くなるのを確認しつつも、私はこれから彼女を鍛え上げるのが楽しみで仕方がなくて、作りあげた笑みがしばらく消えることはありませんでした。




