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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇神々からの使者◇
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忘れていた存在




 ティアの酒場を後にして、炒った麦を袋に入れて拠点に戻る。


 午前中には嫌なこともあったけど、麦茶も作れたし、レイティとマルクス、新たな人物との出会いもあって、悪くもない一日になったかな。うん。長かったよね。すごく精神が疲れたもの。


 南の門を出て、森の入り口に向かってゆっくりと歩いていく。流石にこの距離にも慣れてきたけど、正直しんどいので何か便利な移動手段はないものかと考える。


 例えば、バスみたいに時間ごとに運行する馬車とかいいんじゃないの?



「…………」



 だいたいこんな事考えてると、何を馬鹿なことを考えているんです。的なツッコミを入れてくるシオだが不思議と静か。


 隣を歩く彼の顔を覗き見ると、物凄く険しい。


 なんで??

 私、なんかした??

 思い当たる節なんか……ないよ。


 道中、シオの頭を坊主にしたらリズだと判断されないんじゃないかとか、私の手で全部引き抜いてやろうかとか、そんな事、少しは考えもしたけど全く悪気はないよ。


 いや、少しは悪いと思ってるよ。だから機嫌直したらどうな……



「…………拠点にウェンディがいるようです」



 の………………。


 …………。


 は??

 


「ウェンディて、朝の……」

「えぇ」


 武神の使いで、愛の伝道師(自称)。ネヴェルディアをアドレンスの主神から下ろす為に遣わされた神々からの刺客。そして、おっとり顔の脳筋。


 あの濃い人が拠点に??



「そのようですね」



 マジか。そりゃぁ表情も険しくなるな。あんなに一緒にいて疲れる人ってそういないと思うし。


 ウェンディはリズの見えるという精霊たちの言葉を伝に拠点に向かったのだろう。そして、シオも精霊たちの言葉でウェンディが拠点にいる事を知ったと。


 帰りたくないな。


 や、でも、明日からお茶作りしないとだし。帰らないわけにもいかない。


 三日後に約束があるのだから……。



 森をぬけ、嫌々ながら門をくぐり拠点の中へ入ると、日が落ちかけ暗くなってきた敷地内に一か所だけ灯りが灯っていた。

 もちろんそれは私の土で出来た家だ。


 家には特に私物という私物は無いが、色々と荒らされていないことを願いたい。まぁ、保存瓶に手を出されていたら落ち込むかな。


 ゆっくりと家に近づくと、何故か野外にウェンディの姿があった。


 が…………。


 目を凝らせば、おかしな事にウェンディの右手には包丁、そして、左手には暴れるベンジャミンがある。


 え??

 理解が追い付かず動けないまま数回瞬きをした。非常に困惑している。


 ウェンディがライオンサイズのベンジャミンの首根っこを掴み軽々と持ち上げているのもそうだが、問題は右手の包丁だ。


 捌くの??


 いや、うん。いやね。

 混乱している脳が肯定と否定を繰り返す。

 

 でも、どう考えても、今、まさに、ベンジャミンが食肉加工されようとしているよね??


 ちょ、


「まって!!」


 駆け出した私はウェンディの持つベンジャミンに体当たりした。ベンジャミンを押し倒す形でウェンディから解放する事ができたけど、倒れ込んだ私の背後には包丁を持ったウェンディがいる。


 怖い。怖くて振り返れない。

 ベンジャミンが"重い、痛い、どいてくれ"と暴れているが無理だ。動けない。



「その角兎は食用の家畜ではありません」



 うんうん。


 激しくシオの言葉に同意して首を上下させた。

 食用にいいんじゃないかとか思ってだけど、数週間一緒に過ごしてたらさすがに愛着湧くよ。ベンジャミンが食肉にされたらトラウマになるって。 



「廃棄物処理用です」



 うんうん。


 残飯処理どころか、木屑やボロボロになった衣類、ほんとなんでも食べる。

 そして、このモフモフに還元されてデカくなるのだ。


 これだけ体が大きいのだから、ベンジャミンの魔石はその辺の角兎とは比べ物にならないくらい大きくなってるんじゃないかと推測しているのだけどどうだろう?

 この危機的状況ではそんな事考えてる場合では無いか……。


「奇異な事をなさるのね」


 肉を可愛がるなんてイカれてんな。って言われたぞ。たぶん。


「リザは他が思いもしない変わった事をする方でしたものね。その思想を継いでいるのかしら」


 今度はシオさんのリザ様は変人奇人だと言われてますよ。いいんですか?


「そうかも知れませんね」


 認めないで。リザごと私をディスらないでくれよ。私は至って普通だよ。一般人だよ。トルニテアでは、違うかもだけど。


「とにかく、それを食べる事は諦めてください」


「中々脂の乗った良い兎肉が食べられると思いましたのに」


 適度な運動と与えられる食事。頻繁に洗われてブラッシングされた事で綺麗な毛並み。狩られる事も無ければ飢える心配もないストレスフリーなベンジャミンは確かに良質なお肉なのかも知れない。

 だけど、ベンジャミンが食用家畜だったとして飼い主の許可なく捌こうとしたウェンディの神経を私は疑うわ。



「本当に相変わらずなのですね。食べずとも問題なく生活できるというのに……」


「食事をすることは、健康な心と体を保つことなのです。食事を抜くなど考えられませんわ」



「効率の問題ではないのです」

 と、言い切り、

「どうせロクな食事をとっていないのでしょう?」

 と、包丁を握ったまま詰め寄るウェンディ。


「角兎の肉なら別にあります。好きにするといいでしょう」

「あら、準備のいい」

「貴女の為に用意したわけではありません」

「またまた。恥ずかしがり屋なのですから」


 え、え?

 ウェンディはここに滞在するつもりなのだろうか。追い出そうとまでは思わないが、面倒そうなので滞在はご遠慮願いたいというのが本心。


 ベッドも無いし、王都で宿でも取ればいいと思う。



「しばらく、お世話になりますわ」



 ニコリ、包丁片手に微笑まれても恐怖をおぼえるばかりだ。私はベンジャミンの毛を握りしめた。

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