アドレンスの井戸に革命を
私はスイードサフィール。アドレンス王国の貴族の生まれだ。
武術を得意とするセテルニアバルナ、神殿を取り仕切るメリアリーデ、多くの魔術師の排出するカトリアンクス。
王の下、多くの貴族をまとめ上げる三代貴族。そのうちのカトリアンクスに生まれた私は、何故か魔力が少なく、魔法がろくに使えない出来損ない。
まぁ、家は兄たちが継ぐだろうし、私自身は笑われようが後ろ指をさされようか気にはしていない。
正直、期待されない分、訓練も少なく、好きなことに時間を使えるので私としては魔法の才がなくて良かったとさえ思っている。
今、私は第一王子であるアドルディアフォイフォイと共に王城の敷地内の井戸の前にいて、以前より製作を依頼していた品の試作品の確認をする予定だ。
井戸の周りには城下の職人達が作業をしていて、王子の依頼で作られた金属の部品を組み合わせたものを井戸に取り付けている。
正直、成功するかどうかは半信半疑。魔法も魔術も必要とせず、簡単に水を汲み上げる機関が作れるとは到底思えなかった。
…………
………………
第一王子指導で国内の水不足に対する対策が動き出したのはかなり前のことだ。
報告書で見る僻地の民の様子はいつも変わらず厳しいもの。その報告に心を痛めて何か出来ないかと行動に移す貴族などそうはいない。
だが、第一王子は違った。
正しい王族であらんとし、古語にまで目をつけ、色んな書物を読み漁っていた。
最近までは魔術でどうにか水の問題を解決できないかと試行錯誤していたが、それがうまくいっていないことは私も共に行動していたから知っている。
突然、魔力に頼らない技術を用いる方針に変えたのは、王の命によりクラリードへ視察に行った後からだ。
クラリードが陥ち、大型の魔物がシルビナサリに迫っているとの情報を得た時、正直私は彼は死んだ……いや、消されたのだと思った。
新たな正妃は第一王子をよくは思っていないし、王はもはや傀儡に近い。
いくら第二王子が神に愛されていたとしても、素行の悪い王子をよく思わない勢力は少なからずいるもの。
正妃が第二王子を王位につけるには第一王子は非常に邪魔なのだ。消し去ろうと目論んでもおかしくはない。
しかし、第一王子はクラリードより無事五体満足で帰還した。無事を知った時、学園にて王子の一番の友だと自負している私はホッとして瞳に涙を溜めたほどだ。
そんな王子が学園に復帰した際、不思議な光景を目にした。基本真面目な彼が教師の話に耳を傾ける事なく、只ひたすらに手元の紙を見つめているのだ。
「何をそんなに見つめているの?」
「…………スイード……か。そう、君はコレに書かれた事が実現可能だと思えるかい?」
渡された用紙には、女性らしい整った字体の古い言葉と簡易的な何かの設計図が書かれていた。
魔力を使用せず、簡単に水を汲み上げる機関。
実現できればコレは革命的な発明になるだろう。
魔石を使わなくて良ければ平民も容易に使用できるし、普及できれば多方面の人々の作業効率がどれだけ上がることか。
普及させる過程で経済を回すことも可能だし、実行に移せば平民からの支持も得ることができる。
「コレはいったい誰が考えたんだい。会って詳しく話を聞いてみたいのだけど」
そう問うと、ゆっくりと首を左右に振った。
「いや、会いたいのは山々だが会うことが叶わないのだ」
なぜ?
王子ともなれば、相手が誰であれ登城させる事など簡単なはずだ。相手が異国の王族や神仏相手でなければだが。
「城に呼んで彼女をパレアの目に触れさせたくない。それに、地位のある人間とは関わりたくないそうだ。無理に呼び寄せれば嫌われてしまうだろう」
赤く染まった頬。今までに見たことのないくすぐったいような表情。会えない理由がなければ会いたいのだ。今にも会いにゆきたい。少しだけ、切なさを感じるのは会えない故か。
あぁ、彼にも春が訪れようとしているらしい。
こんなにもわかりやすく顔色に出てしまっているのだ。第二王子に見られてしまえば、その女性は取り上げたようにして奪われるのは間違いないだろう。
第二王子は第一王子のモノを奪うのが好きなのだ。私には、まるでわがままが罷り通ることで自分の価値を確かめているかのようにも思える。
「セテルニアバルナの庇護下にあるようだから、いざとなれば助言をもらう事も可能だが、狩猟ギルドに登録して平民に紛れて暮らしている……。会いに行けば酷く目立つだろう」
身分差の恋もここまで差が開くことは早々ない。王子と平民では流石に国を治めるのには不利になる。
学園の貴族令嬢ではないと思ってはいたが、結ばれるにしても妾にするのがやっとだろう。
それにしても、王国の剣が保護しているという事は、その女性にはこの機関を考えつく発想力や知識以外に何かあるのだろうか。
「どうにか秘密裏に会えないものでしょうか。屋敷を尋ねれば目立ちますし……ギルドにて待ち伏せ……も、少し無理がありますね」
正直言うと、私が会いたい。
王子の心を射止める女性がどんなものか。いかにして手元の設計図を考えついたのか。
魔法はあまり優れない私だが、知識欲は人一倍ある。
「ひとまずは、このポンプを完成させたい」
「協力するので、会いに行く時は私も連れて行ってくださいね」
ニコリ。
気になる物はトコトン追求。趣味で色んな物に手を出す私の人脈はきっと役に立つ事でしょう。
ひとまず、金属加工の職人と会う約束を取り付けなくてはなりませんね。具体的にかかる費用と時間。実現可能かどうかも彼らの力量にかかってくるでしょう。
今までのように本とにらめっこをして、庭で魔術の実験を繰り返し行うのと違い、今回は多くの人の協力を必要とする。
成功した際には商業ギルドで売買の管理、製作技術の管理。慌ただしくなることは間違いなし。えぇ、楽しくなってきましたね。
その後、職人と直接会うわけにもいかない王子との間に入り、打ち合わせを繰り返す事数回。依頼主が貴族である私であった為か、思っていたより早くに試作品が完成したと連絡が入り……今。
王城の庭にて設置がおわった、"手押し式の水の汲み上げポンプ"なる物を目の前にしている。
試作品とはいえ、失敗するわけにもいかない職人は、きっと何度も動作確認をしてこの場に挑んでいるはず。
失敗はないはず。
先に汲み上げた水をポンプに入れ、中に空気が無い状態にし、普段水汲みの仕事をしている侍女に操作をしてもらう。
王子に見られているからか、水が出なかったらと考えているからか、緊張した様子でぎこちなく取手を上下させる侍女。
「え、わっ!! スゴイ!!」
ボコボコと音が鳴ったと思ったら、
バシャ!!
と、勢いよくポンプの口から水が飛び出してきた。
驚きと興奮で侍女は王子の前だというのに感嘆の声を上げている。すぐに気を取り戻して申し訳なさそうに俯いたのだけど。
「使ってみてどうですか??」
「えぇと、普段より時間も力もかけず水が汲めるので仕事が捗ると思います」
使用感も問題なし……と。
「まさか、本当に実現可能だとは……」
驚き、目を見開いて汲み上げられる水をひたすら見ている王子の代わりに職人へ指示をだふす。
「素晴らしい技術です。急ぎ作製していただきありがとうございました。このポンプの微調整は親方に任せますので、完成したらクラリードの復興の受注に影響が出ない程度で量産をお願いします」
公共の井戸には国費で設置、貴族などの個人の屋敷につける分は買い取ってもらうのがいいだろう。
商品化が進むのだから、商業ギルドとの、兼ね合いで発案者にもあってしっかり話をしないといけないよね。
ニコリ。
「至急、セテルニアバルナに手紙を書いて面談日を決めてもらいましょうね」
ね、王子。
愛しの彼女に会いにゆきましょう。
固まって動かなくなっていた彼の肩を叩くと、すでに緊張しているのかぎこちなく頷いていた。
フォイフォイ喋らない。
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