トルテニア料理のお手伝い
これで麦茶をいつでも作れるようになったな。って事で、一部を沸騰したお湯に放り込み麦茶の抽出を試みる。
暫くして、麦を取り出し冷めるのを待つが、その間、厨房でレイティと共にマルクスの仕込みの手伝いをさせられる事になったのは何故だ。
「このお野菜は、皮をこうやって剥いて4つに切り分けるの」
レイティが隣で実演してくれる。
芋の一種らしいその野菜を手に取って眺めるが、黄緑色をしたソレが私には美味しそうに見えないし、芽は出ていないが色からしてソラニンが気になる。
とりあえず、レイティがやったように真似てみることにした。皮を剥いて……4つに切るんだよな。余裕余裕。
「すごく上手なの」
や、普通な。自炊してたらそこそこ出来るようになるだろ? 決して凄いことはない。
レイティは大袈裟に褒めて、とにかくお姉さんをやりたいように私には見える。
「レイティも頑張るの」
「レイティ、焦るな。ゆっくりやるんだ」
芋に刃をあてるレイティにマルクスが注意を促す。注意を聞いてか真剣に刃先を見詰めて作業を始めたレイティの隣で私も用意されている芋を剥いてゆく。
「ハニャッ」
「…………」
しばらく黙々と作業をしていると突然に厨房に声が響いた。私がこんな可愛らしい声を上げるわけもなく、もちろん声の主はレイティだ。
ナイフで切ったようで指先に出血がある。その指を口に運ぼうとするレイティを慌ててとめた。
非衛生的だし、ばっちいわ。
いや、でも、よく考えてみたら猫は傷口を舐めるし、猫耳のレイティも傷を舐めて問題なかったりするんだろうか。
頭に疑問符がいくつも浮かぶ。
彼女は猫なのか、人なのか。
猫に近いとして、ネギ、玉ねぎ、ニラなんかのNG食品で中毒を起こすのか。
「ヒノ?」
おっと、レイティの手を掴んだまま考え込んでしまった。痛いのだろう。潤んだ瞳で名前を呼ばれるとすぐに治してやらなかった罪悪感が湧き上がる。
ごめんなさい。
マルクスはレイティの怪我には慣れているのか、無言で薬箱を取って戻ってこようとしている。
私は彼女の傷を治すべきか。
レイティとは短時間一緒にいただけだが、シオとカナンヴェーグが模擬戦をしたときに癒しを施したギルド職員のような視線を向けられたら正直辛い。……気がする。
思い出すのは私に畏れを抱き怯えた視線。
しかし、後に、癒しを使えるのに使わなかったと思われる方が嫌かな。
「…………」
レイティが痛くないのが一番いいに決まっているか……。
私はレイティの指先に手を添えて癒しを施した。小さな切り傷なのでほんの一瞬で癒えてしまう。ついでに指先を水で洗うと怪我をする前の綺麗な指先に戻った。
「ふぇ?? 痛くないの」
「…………」
手を握っては開くを繰り返し、不思議そうに小首を傾げるレイティ。
側では薬箱を持ったマルクスがお目々を見開いて固まっている。
筋肉達磨のマルクスがお目目を見開いているのは非常に恐いので、視線をそらして視界に入れないようにした。
そして、レイティへの説明は面倒なので作り笑みを浮かべて聞くなと訴える。
「癒しの魔法……?」
レイティは確認を求めてマルクスをみる?そして、マルクスは無言のまま頷いた。
「凄いの!! 凄いの!! ヒノは癒しの魔法が使えるの?! 怪我を治してくれてありがとうなの!!」
酷く興奮した様子で両手を広げ、私に抱きつかんとするレイティを避けるが、ここは狭い厨房。呆気なく捕縛されてしまう。
レイティ、レイティさん。気づいて。気づいてください。私の鳥肌。
いくら君が飛びっきり可愛いい、物語でいうヒロイン級の存在だとしても、私はハグされて喜ぶことはできないんだよ。
可愛いと思うし、目の保養にもなるし、良い子だとも思うけど、それは別問題。
私が触れるのは良いが、触れられるのは嫌とかいうわがまま人間でごめん。ごめんなさい。
レイティの肩を押し、口角を上げて微笑む。正直、笑えていたかは定かではないが……不思議そうにしているレイティに解放されたら一目散に厨房から逃げた。
自分が作業で使っていたまな板やナイフを片付けしていないのは申し訳ないと思うよ。
良い大人が子供から逃げるとは何事かとも。でもね。むり。私、今は外見子供だから良いよね。
小走りにシオの元まで戻って帰りたいと伝えると、シオは呆れたと言わんばかりに目を細めてため息をついた。
背後にはどうしたのかと心配そうなレイティが厨房から顔を覗かせている。
「ヒノは慌ててどうしたんだい」
「……自分に都合が悪いからと逃げ帰ろうとしていますね」
「なんかやらかしたか? 麦でお茶が出来なかったとか」
おい。麦茶の存在忘れてたよ。
まだ冷めてないけどちゃんと出来上がってるよ。飲んでないから知らんが。
ゆっくり首を横に振るシオ。
「コレは人肌が苦手ですから、レイティの好意的な接触から逃げてきたようですね」
「あぁ、そういうことか。獣人ってのは意志の疎通や感情表現に触れ合う事も多いからな」
……。その辺は動物っぽいんだね。
昔飼ってたニャン子もスリスリしてベロベロして膝の上に陣取っていたものな。
でも、獣人は言語を操る口があるんだから感情表現を体でやるなよ。
「レイティ、ヒノの嫌がる事しちゃったの?」
うん。した。
したけど、レイティは悪くないんだよな。それは紛れもない事実。人肌を受付ない私がポンコツなだけだ。
「………………」
どうしたもんかな。と、思っていた時、突然にシオが椅子をひいて立ち上がった。
少し、焦っている印象。
隣にいるティアは悪い笑みを浮かべている。
「レイティ、こっちに来な」
??
ティアの考えがわかるシオ以外は何が起こるのか想像がつかない。言われた通り、コチラに近寄るレイティも不思議そうな顔をしている。
「ヒノは人肌が苦手らしいから、かわりにシオに気持ちをぶつけなよ」
「……近寄らないでください」
普段、私みたいに他人に強い拒絶を抱く事はないシオだが、積極的に人と触れ合うイメージはない。
やっちまいな。とばかりに顎で行けと指示するティアに困惑しながらもシオに近づくレイティ。
シオはゆっくり後退。
互いに視線を合わせて出方を見ているように見える。お尻というか尻尾というか……その辺りをフリフリと左右に動かし、狙いを定めているレイティは完全に猫だ。
先に動いたのはレイティ。爪を立てて襲い掛かるわけではなく、両手を広げて私にしたように『抱きつく』攻撃だ。
行け、レイティ。
シオを締め上げてしまえ!
と、願ってみたけど……結果は案の定。
「フニャッ!」
シオが長い腕を伸ばし、レイティの顔面を鷲掴みした。
あの可愛いお顔を鷲掴みとかどういう神経してたら出来るの? あんまりじゃない??
しかも、どんなに手をバタつかせてもレイティの指先はシオには届かない模様。
それを見てティアは腹を抱えてケラケラ笑っている。
「……全く、何をしているんだ」
呆れたように軽い笑みをを浮かべたマルクスが、厨房に置きっぱなしにしていた麦茶を氷の入ったグラスに入れて人数分運んできてくれた。
ナイス。ザンギエフ。
「へぇ、コレが麦で作ったお茶か。良い香りじゃないか」
「レイティが一緒に作ったの」
麦茶の登場でレイティの意識は完全にシオからそれた。
テーブルに並べられたグラスの元へ駆け寄り、自分が手伝ったのだとティアに褒めてほしそうにしている。
「…………」
放置されたシオはパチパチと手を叩いて手についたホコリをはらう動作をしている。
「こりゃぁいい」
誰よりも早く麦茶を口にしたティアがニヤリ怪しく口角を上げるのを視界に入れつつ、私も冷えた麦茶を口にする。
グラスの水滴がテーブルに水溜りを作っている。気温は思いの外高いようだ。
喉を通り過ぎる冷たい液体に懐かしい味。
あ、うん。
麦茶美味いね。
ホッと一息。
今日の荒んだ心が少し癒えた気がした。




