ただ炒って煮出しただけの液体
「アニルでも飼ってるの?」
私が出されたジュースを口にしている時にレイティが声をかけてきた。
視線はカウンターテーブルの上に置かれた麦の入った袋に向けられている。
袋の口は縛られているのに何故アニルの餌だと思ったのだろう?
「…………」
下げている肩掛けバッグからメモ帳を取り出して文字も書く。
"いいえ。なんで中身がわかったのです?"
そう書き込んで返事を待っていると、レイティは可愛らしいお目目を瞬かせて小首を傾げている。
「…………」
もしかして、私の文章が古臭くて通じてない?
あり得ない事はないだろう。アドレンスの識字率がどの程度だか知らないが、古い言葉は読める者がいないとエルトディーンが言っていた気がする。
フォイフォイは英才教育を受けているからこそ読めたかも知れないが、市井の子供……奴隷という身分のレイティが古臭い文章が読めないのは当然の事だろう。
つまり、筆談を用いてもレイティとは会話が成立しない??
コレは困ったな。毎度、シオに通訳を頼むわけにもいかないし。
「……お前、回りくどい文章を書くなぁ。かしてみな。かしこまった間柄じゃないんだから、こういう時はこの文字は使わないでこう書くんだ」
ティアがメモ帳に言葉を書き出すと、綴られた文字は明らかに私が書いた字数より少ない。
けど、意味は私が読んでも通じる。
コレが現代語ですかネェさん。勉強になります。
「どうしてかというと、レイティは獣人なので人間より鼻が効くの。麦が入ってるってすぐにわかったの。凄いでしょう?」
ニコニコの自慢げな笑顔がとても眩しい。
汚れてない素直な心が見えた気がする。きっと、その笑顔は純粋に褒めて欲しいという気持ちの現れなのだろうけど、薄汚れた私には眩しすぎて少し酷だ。
でも、ここで褒めてやらなかった事でレイティがスレてしまったら嫌なのでニコリと笑みを作って指先で拍手をする。
「凄いでしょう? 凄いでしょう!」
スゴイ、スゴイと褒めたつもりだったが、うまく伝わったようでレイティはエヘヘと可愛らしく笑っていてかなりご機嫌だ。コレが漫画なら周りに花が咲いていることだろう。
「アニルの餌にしないのならソレはどうするの?」
"お茶にするの"
「お茶? お茶ってお貴族様の飲むお茶?」
"違うよ。お貴族様も飲んだことが無いお茶だよ"
そもそも、お貴族様の飲むお茶って何?
茶葉は高級ハーブなの??
アドレンス王国はフレッシュ至上主義で、ハーブ用の温室の手入れにはお金がかかる為、庶民はお茶に手が届かないらしいのだが……。
言っちゃ悪いが、お茶って雑草みたいなその辺の植物でも作れるじゃん?
ヨモギもドクダミもオオバコもたんぽぽも。たんぽぽなんか根っこでコーヒーも作れるし。
正しい手順で加工したらトルニテアの雑草でもお茶は作れないものかねぇ?
「貴族様も飲んだことが無いお茶が作れるの!??」
頷き肯定する。
買った麦が大麦か小麦かも知らんが、もし、小麦だったとしても多分作ることは可能だろう。
「いいなぁ、レイティもつくりたいなぁ」
"一緒に作る?"
ぶっちゃけ簡単だし、魔法があるからすぐにできると思う。
"釜戸と鍋を借りれたらすぐ作れるよ"
作れるっちゃ作れるけど鍋によるよね。臭いが染み付いたものとか、使い込んで育ててゆくタイプの鍋だと油が気になる。
「マルクスにきいてくるの!」
駆け出してゆくレイティを見送る。自由だなと思いながら、レイティの雇主の姿を探せば、シオと何やら難しい話の真っ最中。
多分、カナンヴェーグと話してた宿舎とか商会の件だな。情報の横流しな。
「マルクスが仕込みを始めるまでなら厨房使っていいって!!」
こっちこっち! と手を振るレイティの元まで麦を持って駆ける。
気になってた厨房に侵入する許可がサラッとおりて得した気分だ。
綺麗に掃除されたキッチンには、釜戸は四つ、壁に埋め込まれたオーブンもある。水周りも石造りのシンクに配管が通されて外に排水できる仕様。ズラリと大量の食器の並ぶ棚、壁にかけられた鍋と調理器具、奥の方には小さめの扉が三つ……。
「あの扉は全部食料庫なの。右端が常温、真ん中がひんやりで、左がカチコチなの」
常温、冷蔵、冷凍でそれぞれ倉庫になってるわけか。詳しくないからわからんが、おそらくただの酒場にしては恐ろしく豪華な設備だ。
でも、これだけ立派な設備と道具があればなんでも作れる気がする。
「魔石にティアが魔力を注ぐからあの部屋は冷え冷えなの」
あぁ、そういうことか。通常は使い切りのはずの魔法添加式の魔石をティアが魔力を注ぐ事で使い続けているんだな。自店でメンテナンスができるのなら高価な魔石を使っていてもコスパは悪くない。
他店ではそうはいかず、魔石の魔力が無くなるたびに買い替えが必要になり費用が嵩む。冷蔵、冷凍の魔道具を導入している店は市井にはほぼないはずだ。
魔力を持ったティアがいる事で他店との差別化ができている。他店に冷えた酒を出すことが出来ないのなら、皆がこの店に通うことだろう。
食材だって保存が効くのだからロスは他店より少ない筈だ。
ティア姉さんすげぇ。
「火を扱う時は俺がつくからな」
マルクスが常温の扉から出でくると低い声で言った。さっきの買い物してきた食材をしまい終えた様だ。
子供に火を扱わせるのは危険だもの、うっかりレイティは尻尾とか焦がしそうだし、大人としては当然の行動だろう。
私はマルクスとレイティにわかるように紙にざっくりとした手順を書き込んだ。
⭐︎作り方⭐︎
1.洗う
2.乾かす(陰干し)
3.炒る
⭐︎入れ方⭐︎
1.湯を沸かす
2.麦投入
3.麦を取り除く
4.冷やす
自分で見ても簡単だと思う。
別に冷やす必要ないけどな。冷蔵庫があるこの店はいいが、麦茶は傷みやすいから一般家庭だと保存が難しい気がしてきたぞ。
ボールに水を張り麦を投入。浮いた麦は取り除き、優しく洗って水を捨てる。
麦を広げて、私の魔法で水分を飛ばし乾燥させる。
レイティが作業をやりたがっているので交代。マルクスに釜戸に火を入れてもらい、用意した鍋に麦を入れて炒る。
ヘラで麦が焦げ付かないようにレイティに混ぜてもらい静観。
次第に香ばしい匂いが厨房を満たしていく。
良さげな頃合いでレイティに知らせて火から下ろす。
「これでお茶ができたの??」
「…………ただの炒った麦だが」
"いい匂いでしょう? 荒熱が取れたらお茶を入れましょう"
この匂いが嫌いじゃなければ多分普通に飲めるだろう。
「早く冷めないかなぁ……」
作業台に顎を乗せ、トレイに広げられた麦を眺めるレイティは、待ち遠しいとばかりにシッポをゆらゆらとさせていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一方、ホールでは……。
「あの二人いいダチになるんじゃないか?」
「どうでしょうね」
「お前、いくらヒノを手放す気がないつっても同性くらい多めに見ろよ」
「…………」
「仕方のない奴だな」
テーブルに肘をつき呆れたようなため息を溢すティアと口に手を当て考え込むように視線を伏せるシオ。
しばらくの沈黙の後、再び静かに会話を再開した。




