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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇神々からの使者◇
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麦茶の布教でお茶の神様になれる?





 王都の商店が立ち並ぶ大通りは人が多く、大変な賑わいだ。まだ日も高く、人々も活発に活動しているのもあるが、王子の記憶でチラリと見たクラリードのサビれた様子とは全く違う。


 今までに何度か見て回ったが、露天には知らない物ばかりが並んでいる。

 以前、美味しそうに見える果実を買って帰って、家で切り分けてみたら癖の強いトルニテア野菜だった時は涙が出そうになった。


 それでも、露天に並ぶ商品を眺めるのはやめられない。露天に気を取られ過ぎて前方に注意が向かず、シオに外套の首辺りを引っ張られることもしばしば。


 ティアとマルクス、シオと私でティアの店に向かう途中に気になる物を見かけた。


 …………。


 穀物らしきものが大量に入れられた麻袋が複数並んでいる。

 米………ではないっぽいな。脱穀されていない麦だろうか。


 正直、気になる。欲しいです。っていうか、あれは麦ですか?


「……帰りにしなさい」


 や、だってさ、何もないとは思うけど、なにかあったら見れないじゃない? 毎度、予想外の事って起こるでしょう?


「何が気になるんだい? ヒノに折れさせたんだ。少しくらい待つから気前よく買ってやりなよ」


 シオの声に反応して振り返ったティアが声をかけてきた。


 ネェさんわかってるぅ! 流石ですネェさん。さぁ、シオさん気前よく買って下さいな。買ってくださいな!!


「…………」


 露天の前まで行き、麦らしき穀物を指さす。コレをください。とりあえず1キロくらい。


(いまいち量がわかりません)


 ……シオの拳三つ分くらいかな。


「粉にする前の麦なんて……アニルでも飼ってるのか?」


 首を傾げるティア。アニルって何よ。


(食用として流通している卵を生む鳥です。平民は庭で家畜として飼っている者もいるようです)


 つまり、ニワトリ的な家畜の餌用なのね?

 名前の響きはアヒルっぽいけど。


「加工して何かしたいみたいですね」


 鳥なんか飼ってないと首を左右に振ったあとティアに用途を伝える。


 何かって、お茶を作るんだよ。麦茶だよ。カフェインもタンニンも入ってないから子供から大人まで安心して飲めるし、ミネラルも取れる。しかも、これからの季節に嬉しい体温を下げる効果もあるんだぜ。


 あったかくても、冷ましても美味しいお茶。麦茶のないトルニテアで麦茶を作って布教すれば、きっと私はお茶の神様になれる!!


 まぁ……冗談ですが。


 シオが露天のおばさんに注文を済ますと、おばさんはマスのような木製の器で麦を三杯すくって袋に詰めてくれた。


 それを受け取るとズッシリ生麦の重さを感じる。思ってたより多く買ってもらえたようだ。得をした気分でホクホクだな。

 大事に抱えて再びティアの店に向かう。


「…………物凄く安上がりなお姫さんだな」

「…………確かに。わけのわからないものは欲しがりますが、高価なものは欲しがりませんね」


 わけのわからない物って言わないでくれ。全部私にとっては必要な物です。必要な道具と素材なんです。


 私はシオの言う"わけのわからない物"が瓶の事を指しているってわかってるからな。保存瓶を大量に欲しがったときのシオの呆れ顔を私は今も鮮明に覚えているぞ!!


 静かに冷たい視線をシオに向けるが、いつものことで無視される。


 はいはい。


 って事で、しばらく歩くとジョッキで乾杯! 的な木彫りの看板が下がった店にたどり着く。

 開店は夕方からで、今は準備中。

 戸を開き中に入ると木製の机や椅子がいくつも並び、カウンターの奥には酒瓶が並べてある。


 …………。


 見渡して目についたのはフランフランと左右に揺れる明るい茶色の物体。背もたれ付きの椅子から垂れ下がったそれはまるで誘っているみたいにゆったりとした動きをしている。


 陽当たりのいい席。

 ピクピクと動く耳。


 その場にいる全員が無言で顔を見合わせたので、私はそっと近づいて左右に揺れるモフモフをスーっと撫でた。


「フニャァアアァーーー!!」


 私の触れたそれは、大きな声を出し毛を逆立てて飛び上がった。その声に驚いて私は肩をすくめる。

 

 猫だ。


 猫耳だ。ファンタジーだ。

 クリクリお目目の可愛らしい女の子。

 私より大きくて、シオより小さい背格好。

 ティアに怒られるのを察してか尻尾は垂れ下がっている。

 


「レイティ! 留守番は昼寝する事じゃないんだよ」

「うぅ……。ティア、ごめんなさい」

「まぁ、いいさ。昼寝するなら他に人のいる時にしなよ」

「はいぃ……」


 反省を表現しているのか、返事は語尾が小さい。

 少し潤んだ瞳、茶色の毛並みに金色の瞳。首に巻かれた黒の幅の広いチョーカーはまるで首輪のようだ。


「紹介するわ。この子はレイティ。うちのホールを担当してる。因みに、マルクスは厨房担当だ。後二人ほどスタッフは居るが開店間際にしか来ないからお前らが会う事はほぼ無いな」


 拠点が離れていること、酒を飲まない子供なこと、他にも色々と理由はあるが夜の酒場に行く事は確かに無いだろう。


「で、この二人はシオとヒノな」

「はじめまして、わたしレイティっていうの。よろしくなの」


 ニコッと愛嬌のある笑顔を見せるレイティ。アドレンスで猫耳の人を見かけたのは初めてだけど、こんなに可愛いのだからレイティは間違いなく人気の看板娘だろう。


 私もペコリと頭を下げて営業スマイルを振りまいておく。ほら、はじめの印象って大事じゃん?


「シオとヒノは何歳なの?」

「……私は12で、コレは10です」


 シオの答えを聞いてレイティの瞳の輝きが増したように見えた。


「レイティは13歳なの。二人よりお姉さんなの」


 お、おう。

 

「レイティ、二人に何か飲み物を用意してやりな」

「はいなの!」


 マルクスが荷物を抱えて向かって行った厨房があるだろう方向へ駆け出していくレイティ。シオと二人無言で見送る。


 その間、ティアはニヤニヤ笑っていた。


「ここの客はオッさんばっかりだからな。レイティは外に出ることもそう無いから自分より若い奴に会うことがないんだ。ここにきた時はお姉さんをやらせてやってくれ」

「……」


 まぁ、いいけど。弟扱いされるシオとか想像できないけどな。

 てか、レイティはなんで外に出ないんだ?


(奴隷だからでしょうね)


 すぐに返された返事に驚く。奴隷って、そんな感じ全く無くないですか?

 小綺麗な格好してて、可愛らしくて、過酷な労働強いられてる感じもしないし、ティアに懐いてる。


(買主が奴隷をどう扱うかは自由ですからね。ただ、ティアの目の届かないところでは他人に何をされるかわからないので外に出さないのでしょう)


 …………。


「用意ができたの。レイティのおすすめのジュースなの」

 

 得意げな表情のレイティ。

 カウンターに用意された二つのジュース。


 レイティのテンションに乗ってやるか。


 私はカウンターに駆け出しカウンターチェアーによじ登った。


 

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