私とシオの冷戦
ギルドを出てシオと二人ひた歩く。向かうのは蛇の塒の拠点。
お茶も作りたかったし、ギルドの依頼は面倒だったし、クラリードの復興とか知ったこっちゃないし……。帰れるのはありがたいのだけど、なんだかソワソワする。
エルトディーンとカナンヴェーグに存在を疑われたまま出てきた事。リザの仇を取らんとするウェンディをギルドに置いて来た事。不安要素はたくさんある。
ウェンディが知らされたくない事実を彼等に伝えていたら?
会話の中でシオが神の使いでないと言ったのは嘘?
ウェンディと念話で口裏を合わせていた可能性もあるけど……ねぇ、シオさん?
「シオ……」
「口を閉じなさい。街中で声を出すんじゃありません」
ごめんなさい。
少しイライラした様子の横顔を見上げる。
恐いと思って服の裾をキュッと強く握った。
ねぇ。
あのね。シオさん?
私が何を考えているのかわかっているはずだけど答えないのは何故?
ねぇ。物凄く不安なんだよ。
ウェンディは……。リザが消えたモノとしてネヴェルディアを撃とうとしていたよね。
リザの復活の可能性を微塵も考慮していなかったよね。してたら……普通復活に協力するよね。
つまり、その他の神々が……リザがまだ存在しているって思ってないんだよ。現に、此処には居ないし。
仕える神が居ないから、シオは神の使いではない。シオの発言はそう捉えることもできるよね。
でも、私にリザと同じ魔力があって、リザは弱ってるだけであって、信仰を集めればリザは復活するんだよね?
復活してもらわなきゃ困る。
私のコレからの時間をリザにとって変わって欲しかった。永遠の命なんて嫌なんだもの。程よいところで私の意識なんて殺して欲しいんだよ。
別に、トルニテアに護りたい物なんて何にもないし。心残りになるようなものもない。
「…………」
私の疑問には答えてはくれないよう。
正直、シオは意図的に私に隠している事が沢山あると思う。
今、思えば、好き好きリザ様のシオが私のペースに合わせて行動していたのもおかしいもの。
リザを復活させることができるのなら直ぐにでもと願っておかしくない。
(今は、必要のない事です。いずれ、伝えなければならない時が来たら、全てに答えます)
頭に響くリザの声。
だけど、いつもと違って、何かに耐えかねて震えながら絞り出した声に聞こえる。
答える必要が無いと。
私にずっと、不安なままでいろと?
…………。
そっと、シオの服の裾を掴んでいた手を離した。
南の門へ続く大通りはいつも通り賑わっていて、声を出してもかき消されそうな程に人の声が飛び交っている。
立ち止まってしまった私を、振り返り見下ろすシオの真っ赤な瞳。冷めた視線に息をするのを忘れそうなほど恐怖を抱く。
髪の色を隠す為に深く被ったフードが影を作り、その表情をより暗く見せる。
別に恐くない。
拳を握り締めて小さな抵抗心を示すが、シオの表情は変わらない。というか、更にキツくなったように思う。
私に情報を渡す事が、そんなに不都合です?
リザを復活させる為の計画に支障をきたすの?
そもそも、シオの計画ってなに?
今まで、行き当たりばったりの私の行動任せだったよね。それは何故?
深まる不信感。
通りの中央で立ち止まり睨み合う私とシオ。
「お前たち、んなところで何やってんだい」
突然にかけられた声に驚き飛び上がりそうになる。心臓は飛び上がったかな。まだ、バクバクいってる最中だ。
声の方に視線をやると、オレンジ色の髪を纏め上げているティアがラフな格好で立っていた。
その隣には樽と大きな籠を背負ったゴッツイおじさん。まるで格闘ゲームのザンギ○フのようで、ガッチガチの筋肉と他とは明らかに異なる巨体。立派なお髭。
酒場の買い出しだろうから、ザンギ○フはスタッフなんだろうけど、こんな筋肉達磨を従えてるティアネェさんが裏で街を牛耳っているヤバイ人のように思えてくる。
「兄妹喧嘩は他所でやりな。往来の邪魔になるし人目を集める」
シオも私も容姿のせいで人目を集めるのは避けたいところ。
ひとまず端に避けたが、二人そろってフードの上からポンポンと表現するには多少荒っぽく頭を叩かれたあと、頭を掴んでシオと向かい合うように首を捻られる。
地味に痛い。
「はい! 握手!!」
なんで握手。
無理。人肌嫌い。握手さえ嫌。
「…………」
「…………」
シオも私も冷戦タイプなんだよね。大声で罵倒し、時には拳で殴りあう。そして、熱い握手を交わして仲直りとか、そんな事が出来るタイプじゃないんです。
我慢、スルー。極力関わらずにフェードアウト。そういうタイプです。
それに、喧嘩してたつもりはない。
「面倒な奴らだね。マルクス!」
動かないで視線をぶつけ合う私とシオに呆れてティアがザンギ○フに視線を送る。
マルクスと呼ばれたザンギ○フもとい、筋肉達磨髭おじさんは樽と籠を地面に置いて、私とシオの間に立った。
デカイ。筋肉分厚い。濃ゆい。恐い。
その影は私とシオをすっぽり覆ってしまうくらいに大きくて、もとより話せない設定だが、言葉を失って見上げてしまう驚異の筋肉。
「握手……」
低い声でそう言って、私とシオの手を無理矢理握らせた。
うん。無茶苦茶力を入れて後ろに下がろうとしたけど、マルクスの腕はびくともしない。
全身の鳥肌。シオの冷たい指先。マルクスに掴まれてる手首。
青ざめる私に冷めた視線を向けるシオ。
(無条件になんでも聞けると思わないで下さい)
条件って何よ。何ってか、今、それどころじゃない。
(血液以外の貴女の体の一部)
よし!!
この話は無かった事にしよう。
時が来るまで大人しく待とうかな!!
私が折れるよ!!
折れたよ!! だから、離して!!
もういや!!
私が血なら嫌々差し出すと分かってるからこそ、そんな条件出しだんだろう。求めているのが肉なのか何なのか知らんが、ちょっと私にはリスク高い。
「……大丈夫です。解決しました」
「そうかい。離してやりな」
解放されると即座に距離を取った。
「どっちが折れたんだい?」
「…………」
不服。視線を逸らした私の表情で察したのか、ティアが私の頭をフードごとガシガシと撫でた。フード越しだからこそ我慢しますが、相手が女でも触れられるの嫌いなんです。
見事な追撃です。ネェさん。
「まぁ、なんで揉めてたかは知らないけど、暇なら店に来なよ。ジュースでもご馳走するからさ。ヒノの方は店の事覚えてないだろう?」
私がティアと会ったのはギルドに登録した日だ。シオとカナンヴェーグの模擬戦後にブラックアウトした私はティアの店に行った記憶が無い。
少し、酒場のキッチンの仕様が気になったので、頭を上下に振り行きたい旨を伝える。
や、お茶作る必要はあるよ。けど、息抜きも必要でしょ。
(分かりました。明日は私も手伝いますので、今日は必要な物を揃える日としましょう)
額に手を当て深いため息を溢すシオと共に、ティアとマルクスの後をついて、ティアの酒場へ向かった。




