武神の使いとアドレンスの精霊
部屋には、アドレンス一の武人、カナンヴェーグとその孫、そして従者と思しき男性。
シオと名乗っていた我が義弟と初めて会います義妹は、引き止める声を無視して部屋をでて行きました。
えぇ、見事に置いて行かれましたわ。
まぁ、精霊達に尋ねれば行先はすぐにわかりますし問題はないのですけれど。
「少し、しらけましたわね。手合わせは後日にいたしましょう」
拳と拳。いえ、拳でなくても良いのです。武力と武力。それをぶつけ合う事こそ人類の見出した素晴らしい和解方法。
手合わせをすれば相手がどのような方なのかわかるのですから、武を競い合い、己を鍛える事は愛を生む行為なのですわ。
「えぇ、また後日に。生きているうちに武神の使いと手合わせが出来るとは思っても見なかったが……」
少し疲れた様子のカナンヴェーグ。
高齢でもありますし、リザとネヴェルディアの話は彼を疲弊させるには十分に印象的なものだったのでしょう。
私の理想は万全の状態の彼と手合わせをする事ですので、日を改めることは致し方ないのです。
「私のことは気軽にウェンディとお呼びになってくださいまし」
毎度、武神の使いと呼ばれるのも様付けで呼ばれるのもごめんですわ。
武とは生けるもの全てに与えられた力ですもの。極めんとする事は生物の性です。
我が夫である武神は見込みがあり、気に入った者には種族に関係なく加護を与えますから、他の神より仕える者も多いのです。
人間という種より神の使いとなった私としましては、他の種族の神の使いと一緒くたにされるのは不快なのです。
彼らは皆、自身が一番の武神の使いと豪語して疑わないのですから。私が夫の一番の妻だということは揺らぎようのない事実だというのに……。
「人買いの件はコチラで処理させて頂きます」
「エルトディーンでしたかしら。よろしくお願いしますわ」
名乗ってもいないのに名を呼ばれて、僅かに体を固くするエルトディーン。
野にいる精霊とちがい、街中にいる精霊達は意外と世間をしっているものなのです。
彼がこの街の兵士長であること、街娘から常に黄色い声を上げられる程に人気があること、人々から慕われていること、義妹を意識していること…………。聞けば答えてくれる素直な精霊たち。プライバシーなどは、精霊には関係のない話ですわ。
しかしながら、このエルトディーンとやら、義妹に魅せられていようとも手を出すことは許されませんわ。
シオの不敏な人生を考えれば、彼から義妹を奪うなど誰にも許されることではないのです。
「シオはあの様に申しておりましたが、その実、何者なのでしょう」
「……彼の言う通りですわ。神の使いではないことは事実ですの。しかしながら、私が何か余計な事を口にすべきではないでしょう」
「今後はどのようなご予定で?」
ネヴェルディアの使いを討つため、どの様に動くのか……。
正直なところ、いきなり一人でアドレンスの神殿に乗り込み神の使いを討つことは不可能でしょう。
ネヴェルディアの神の使いがどのような人であるかは存じませんが、大国アドレンスの民の信仰を長年集め、力を持ったネヴェルディアがどれだけ手強いかは解りかねますもの。
夫からもシオの協力を得るよう言われていますし…………。
「ネヴェルディアを打つ事は急ぎませんわ。急に国教を奪われては民も混乱するでしょう。非協力的だと思いますが、シオを含め暫し手段を検討しようかと考えています」
精霊達からも情報を集めねばなりませんし、敵を撃つには知能戦も時には必要ですわ。
「では、私は彼等を追いかけねばなりませんので失礼しますわ」
丁寧に頭を下げてニコリと笑う。
私は私で出来る事をやらねばならないでしょう。義弟は義妹にロクに知識を、与えていないように見えました。
意図的な事とは思いますが、それでは今後立ち行かなくなるのは解り切っています。
ギルドをゆっくりと歩き出て、南へ進む。
門をくぐり平原を歩き、かの神が長年住んでいた森へと向かう。
(コレは珍しい客だ)
(何年ぶりだろうね)
「五十年程に前に一度来ましたかしら?」
そろそろと私の後ろをついてくる蛇達。
他人から見たら私の独り言のようですけれど、精霊はお構いなしに話しかけてくるものなのです。
「皆様、リザを失ってから、シオ達はどのようにしていましたの?」
(お勉強だよ)
(ずっと、引きこもってたね)
(僕らの声が聞こえないのは悲しいかな)
(でも、その分、彼があの子に伝えてくれるよ)
(今はリザ様と同じ魔力で森は満ちてる)
(リザ様の魔力好き)
(緑が好きみたいだよ)
(あの子の事、嫌いじゃないよ)
(アークは酷いよ。あの子に僕らの存在を伝えないんだよ)
(今はシオって名乗ってるんだっけ?)
(そう、シオ。シオは酷いよ。あの子を独り占めするの)
「相変わらずですのね」
フフと笑みを溢す。
お喋りでリザが大好きで…………。
「何故、義弟に全てを託したのか……」
リザの思惑は、今となってはわかりようもありません。
しばらく、蛇達とお話ししながら歩き、ゆっくりと森に足を踏み入れた。




