アドレンスの神とトルニテアの神々
あぁ、想定外の事態だ。
さて、どうしたものか。
シオ以外の神の使い、ウェンディが現れて色々と私達の設定を引っ掻き回してくれた。
何処の出身かわからない家出人。元貴族の子供。兄妹。
ウェンディと面識がある事で、私とシオが神と近しい関係にある事がカナンヴェーグ達に知れてしまっている。
そして、神々の意志で国家転覆を目論むウェンディのおがけで、私達まで国を陥れようよしていると思われそうだ。
ひとまず、人に聞かれたらまずい話だろうし、ウェンディが引きずってきた人を起こして開放したままの扉を閉じようか。
スッと立ち上がり、エルトディーンの横をすり抜け部屋の外へ。
倒れた受付嬢に癒しを施し、起き上がるのを待たずに扉を後ろ手に閉めた。
…………。
やった後に気づく。
コレはコレでまずくないか?
話を聞いてしまった以上、お前らココから生きて出られると思うなよ。みたいに捉えられないか??
部屋の中には、カナンヴェーグ、エルトディーン、ウェンディ、カナンヴェーグの執事、シオ、それから私の六人。
「神々がアドレンスを滅せと仰せだと?」
カナンヴェーグはソファーに腰掛け、肘を膝にあて前屈みで指を組んでいる。
「………いえ、アドレンスを滅ぼすというよりは、今の体制を崩壊させるというのが正しいかしら」
「新たな王を立てろと?」
静かにウェンディが首を左右に振る。
「全ての父である始まりの神の末娘、ネヴェルディアを討ちます。いくら、悪戯の神といえど今回のことは悪ふざけが過ぎますもの」
王の体制を崩したいわけではなく、信仰している主神を変えさせたいということか。
「魔物を作ったのはネヴェルディアです。そして、アドレンスがネヴェルディアを、信仰する事で彼女は力をつけ、魔物がより多く地の力を吸い上げます。土地が痩せ、強力な魔物による被害が増えれば、人々は神に祈るでしょう? すると、また彼女が力をつける。悪循環なのですわ」
わーお。魔石って大地の力の結晶だったのね。大地の力が自然回復するのであれば、節度をもって魔石を利用するのはありだが、有限だとしたら滅びに向かうよね。
脱、魔石動力。うん。技術を進歩させないとトルニテアの終わりは見えたも同然か。
にしたって、なんで、アドレンスは悪戯の神なんか主神にしてるの?
水や土、植物に相性のいいリザの方が遥かにマシじゃない?
「とはいえ、神を殺すわけにもいきません。ネヴェルディアの使者、力を分けた神の使いを消します。それが、我が夫である武神とその他の神々の決定です」
「ネヴェルディア神は豊穣の女神で、王族に力を授けた神のはずだが……」
「…………」
シオは黙ったまま視線を伏せて話を聞いている。
「アドレンスの豊穣を保っていた神ならもう居ませんわ。貴方方が禁忌の女神と……祀ることを怠った神がそうだったのですから」
やはり、過去はリザがアドレンスの土地を豊かにしていたのだ。けれど、今はそのリザがいない。
大地が荒れ、雨が降らないのも仕方がないのかもしれない。
「リザは確かに、禁忌を犯しました。アドレンスの王族に神の力の鱗片を渡したのですもの。貴方方は“無属性の魔法"などと言っていますが、その実、アレは魔法とは別物なのです」
ん? まて、王族に力を授けたのがリザ?
エルトディーンが言っていたネヴェルディアとウェンディの言うリザが重なってないか?
ネヴェルディアが良いとこ取りでリザになり変わっているのか?
「……末娘のネヴェルディアは精霊のまとめ役を務める事なく、父母に育てられた箱入り娘ですのよ。なので、トルニテアに植物以外の生物を生み出し、初めに人を作った神。リザに嫉妬したのですわ。そして、自身も特別な存在を作ろうとして魔物を生み出したのです」
「信じられん。では、何故、今、アドレンスはネヴェルディア神を信仰し、リザ神を禁忌の女神としているのだ」
「それは、リザが王族に与えた力を悪用された為ですわ。ある代の王族にネヴェルディアは取り入り、多くの国民を洗脳させたのです。記憶の改竄ですわね。その後、アドレンスの主神として居座り、リザを信仰する者が居れば裁く。それを繰り返す事でリザを弱らせ、自身の信仰を厚くしていったのです」
「大昔、城の大半を焼く大火事があったと聞きますが……その頃かもしれませんね。その際、多くの書物が失われたはずです。洗脳後にあっては都合の悪いモノを消したのかもしれません」
考え混んでいる様子のカナンヴェーグの執事が口を開いた。
「アドレンスの初めの王はリザと結ばれ子を残しました。王族はリザの子孫。そして、人間という種もまた、リザの作り出した子供。彼女は自身を陥れたアドレンスの人間を祟る事なく、弱り果て消える瞬間までこの大地を癒し続けていましたわ」
リザ、健気かよ。確かに、あった時も腰の低い大人しそうな雰囲気ではあったけども。自らの子に裏切られ、力も使い果たし、あの時は本当に、心身ともに弱っていたのかもしれない。
それで、私の体を乗っ取ってまで現実を見たくはなかったのか。っていっても、消えてないからな。此処にいるからな。また復活するんだからな。
その為に、私は活動してるんだから。
「他の神々は愚かな人間など、消して仕舞えばよいと言いましたが、リザの愛した者たちですもの。神殺しの大罪の一端を担ったとはいえ、人間を生かすよう我が夫が止めたのです。よって、私がここへ遣わされたというのがことの顛末」
さて、どうしたものか。
カナンヴェーグたちはウェンディの言葉を信用して、協力するのか。はたまた敵対するのか。
「ならば……。ネヴェルディアの悪戯でこの国はおもちゃにされ、我が娘は、そのせいで殺されたのだと……」
カナンヴェーグの拳が震える。
カナンヴェーグの娘はリザの名をエルトディーンに教え、禁忌にふれ混沌の女神に魅せられたとして国に消されてしまったという。
正しい事を語っていたのに理不尽にも命を奪われたのだ。
娘を溺愛していたカナンヴェーグが怒るのも致し方ないと思う。
「閣下……」
勢い任せに、その場の物を破壊しそうなカナンヴェーグを執事が諫める。
「小僧!お前はどういった立場なのだ」
「ウェンディの……。神々の意志など私の知るところではありません。王族や主神に敵対する気も無ければ、特別に行動を起こす気もない。滅びるのなら巻き込まれぬようソレを見守るだけです」
だよね。
シオさんらしい回答で少し安心するよ。
伏せがちの視線に真っ赤な瞳。
どう動くのが最善なのか、今考えている真っ最中だろう。
「貴方方は、教育がされていないリズが、何故、奇怪な行動をとり、意味のわからない言葉を発するかご存知です?」
リズは、髪や瞳に白を持つ人間の総称で、シオやウェンディのような人物を指す。トルニテアでは迫害の対象となっているようだが、奇怪な行動をとって奇声をあげてたら普通に引くとおもう。
「それは、普通の人より精霊に近く、精霊の存在を認識できるからですわ」
「…………」
シオは何も答えない。
人には見えないモノが見える。そりゃあ、見えない人からすれば奇怪に映ってもしかたがない。
「リズへの迫害がアドレンスは根強いですが、それは精霊の声の聞ける者が事実の隠蔽に不都合だったからですの」
つまり、意図的にリズを迫害し、知識を持たせない事でネヴェルディアの虚実が世に出ないようにしたという事か。
精霊の声は一般人には届かないのだから、精霊がいくら真実を伝えたところで無駄に終わる。リズが多少の知識を持っていたとして、精霊の言葉をその他の人に伝えようとしても誰もリズの言葉など信じない。
アドレンスの乗っ取りは、かなり計画的なものに感じる。
「殊にシルビナサリには蛇の姿の精霊を多くみかけますわね」
だから、あの森は蛇の塒っていうのね。一度もシオ以外の蛇を見かけなかったのに、蛇達の信仰で存えていると初めにシオが言っていたのが少し気にかかっていたのだ。
リズへの迫害の元凶はネヴェルディア。
ウェンディはシオに「動く理由はあるだろう」とでも言いたいのだろうか。
「…………もう、席を外しても構いませんか。正直、貴方方がどう動こうと興味はないのです。三日後、此処へお持ちする品もコレから作らなければならないのですから私達に時間はありません」
返事を待たずにスクと立ち上がるシオ。扉の側に立つ私の元まで来ると扉の取手に手をかけた。
このまま帰ったら、皆んなモヤモヤするだろうな。
「まだ、話は終わっておらん。お前は、一体何者なのだ」
「…………少なくとも、カナンヴェーグが思う存在ではありません」
「リザ神の使いではないと?」
やはり、普通に話を聞いていたら、その答えに行き着くよね。けど、シオさんは否定してゆく方針のようだ。
「えぇ。私の体の何処にも彼女の刻印はありませんから」
「では、妹が?」
「無知なコレが、そのように見えますか?」
「…………」
あ、うん。
この沈黙は見えないって事だね。
うん。うん。
何故か貶されている気がするけど、とにかくこの場を離れたくて、私は無表情のままシオの服の裾を引いた。




