お茶は売っても野菜は売れません
少し前、天然酵母ちゃんを作るべく、保存容器と果物を購入した。
なんだか知らんが、シオが文句を垂れずに買ってくれたのが不思議であり、かつ気持ち悪くも感じた。
結局、私は魔物を倒したわけでもなく、カナンヴェーグにお茶を売りつけたわけでもない。私の所持金などないのだ。何故だと疑問に思うのも仕方がないだろう。
私の知らない所で、私に対して何かやっているんじゃないかと疑ってしまう。
(一応、赤狼にとどめを刺しましたよね。その分の魔石の対価だと思ってください)
…………。
そうね。そういえば、ベンジャミンをくわえた赤狼をお空に飛ばしたね。記憶にまったく残って無かったわ。
と言う事は、必要以上に感謝する必要はないのな。うん。
今ね。なんでシオが念話なのかと言うと、個人で依頼を受けてみるか……と、立ち寄ったギルドで、ギルドの受付嬢に呼び止められ、ギルドの会長室に案内されたからだ。
私ね。依頼もそこそこで、そろそろ二番茶を烏龍茶にしたくてね。シオに連れ出されなければせっせと新しいお茶作りに没頭していたかったわけですよ。
できた酵母でフライパン使ったちぎりパンを作りたかったワケですよ。
…………。
目の前の厳格な雰囲気の老人を睨む。睨み返されると視線に耐え切れず、私の視線は膝の上で行儀良く揃えられた手をとらえた。
(何をしているんです……)
ため息混じりのリザの幼い声で言わないで。情けないのは自分で理解してるから。
「で、どうじゃ?」
「無理ですね」
カナンヴェーグの提案をシオがニコニコ笑顔で切り捨てた。
あの事件から数週間が経過し、クラリードの件も落ち着いたらしい。しばらくは、砦を直したクラリードを最南端の街とし、以南の土地の魔物の数が減り次第、再び農地として活用していく方針らしい。
それで、クラリード以南の土地の魔物を狩る人材をギルドで募集しているらしく、シオにも声がかかった。
「そもそも、ギルド自体に強制力など無いでしょう? しかも、私達は最も低い等級です。高等級のギルド員に頼んだらどうなのです」
そうだよ。うん。昼間っからお酒飲んで、好条件の依頼が舞い込んで来るのをひたすらまってる、ギルドのおっさん達でも連れて行けば良いよ。
少なくとも、私達よりは等級いいだろ。
私は、家庭菜園とベンジャミンのお世話で、長くは拠点を離れられないんだよ。
今や、ベンジャミンは危惧していた通りに大きくなって、トラとかライオンのサイズになってしまったのだ。もう少し、大きくなれば私を乗せて走る事も出来そうだ。
めちゃくちゃ揺れそうなので、乗る事は今後ないだろうけどね。
なので、愛玩動物としての価値を失いつつあるベンジャミンは、言ってしまえば、よく食べる穀潰し。
それでも毎日、草を生やしてやらないといけない。
本当にアレ、食肉として養殖したら良いんじゃないかな。一か月やそこらで、小さめの兎が大型犬より大きくなるんだぜ?
牛や豚を飼うより生産性が良いと思わないか? 大量に食べるからコスト的にアウトなのかもしれない。
「小僧の実力は四等級、いや、五等級と遜色ないだろう。大型の魔物を討伐した事が公に出来ないから、等級が上がっていないだけだ。クラリードにて依頼をこなせばすぐに等級も上がるだろう」
「別に、身分証明書としてギルドの会員証が使用できて、魔石を換金ができさえすればギルドでの地位など、私達には必要ありません」
「むむ」
眉を寄せて険しい顔をするカナンヴェーグ。シオに提示できるメリットがないのだろう。理解できないという感情と思い通りにならない歯痒さで、無意識だろうが唸り声を上げている。
「まぁいい。二人のクラリードへの派遣は見送ろう」
見送られても後に行く気は無いけどな。
「では、本題だ」
「…………」
本題はまだでした?
仕切り直しだと言わんばかりの、膝をパンと叩く仕草に驚き、ビクつく私。
「お前たちの棲家に兵士の宿舎を置く件、無事、土地を賜り許可も下りた。運営の為の資金を得る為、わしの名義で商会を立ち上げたが、今は売る商品がない」
ほう。ついにきたね。
手土産にした緑茶はいかがでしたかな?
緑茶の買取のお話しでしたら喜んでききますよ。表情には出さないが、上手いこと転がったなぁと内心にやけてしまう。
「兵士の宿舎が出来た後は、狩った魔物の肉や素材を加工して販売する予定だが、ひとまず、客の気を引く為、ヒノの畑にあった珍しい野菜を卸してはもらえないだろうか?」
oh……違うだろう。
野菜はダメだ。お茶にしなさい馬鹿。
すぐに資金に変わる商品として野菜を売った場合、売った野菜の種からうまいこと培養して、他所で生産されたら私に利益なんか出ない。
野菜を商品にしたいのなら、期間を設けて、管理下で安定した供給が出来るようになってからだ。
キチンとブランド化して国中に周知させなければ、日本の苺やデコポンみたいに他国で勝手に名前を変えて売られてしまう。
それがどれだけ商会の損失になるか想像もつかないね。
その点、お茶はいいよ。茶木は手元にしか無いし、売るのは加工済みの茶葉だ。
他人に同じものを作る事は不可能だから、完全なる独占販売になる。生産量が限られているけど、その分プレミアがついて高価な商品になるだろう。
利益率高いよ。いい商品だよ。
茶木の苗と言うか、種は頃合いを見て売ってもいいと思うの。
日本では知覧とか静岡とか宇治とか、産地ごとに違ったお茶が楽しめるから、トルニテアでも地域によって違うお茶が出来るかもしれないよね。
お茶好きの貴族達に飲み比べをしたりする新しい楽しみが生まれるかもしれないじゃない?
「コレは……野菜を売る気は無いようです。加工したお茶の葉は卸しても良いと言っていますが」
「ワシは旨いと思ったが、乾燥の茶葉は貴族にあまり人気が無いからのう」
髭を触りながら考え込んでいるカナンヴェーグをジッと見つめる。
なぜ? フレッシュにはフレッシュの良いところがあるけれど、乾燥茶葉は保存も出来るし、乾燥の茶葉にしか無い旨味もあるのに何故人気が無いのか。
「保存が効くと言う利点がありますので、普及すれば、貴族は庭でハーブの維持に資金を注ぎ込まなくて良くなるでしょう」
「まぁ、温室の維持費は貴族にとってかなりの出費になるからな」
「それに、あの緑のお茶以外にも、造る過程を変える事で、味の違うお茶も造る事ができるそうです。野菜と違い、原料や製作過程を知らなければ、他者は完全に真似ることはできません」
「完全な独占販売が出来るわけか」
YES。
お茶さんはな、抗菌作用と抗酸化作用もあるから利用方法も飲むだけじゃないんだぜ。
出がらしも炒り直して消臭剤代わりにできるし、ふりかけにもなる。でも、トルニテアは米文化じゃないから、ふりかけは使わないか。
(数日、時間を頂ければ、他の種類のお茶を用意できるので、試飲されて見ませんか?)
テーブルに紙を広げて書き込む。
ジャスミン茶も完成してますし、二番茶は烏龍茶にする予定だったけど、一部を紅茶にすれば試飲する分には問題ないだろう。
紅茶とフレッシュミントで入れたお茶も結構好きなんだよね。
それから、茶木以外のお茶だけど、庶民向けに麦茶なんかどうよ。パンはあるから麦はあると思うの。コレは炒るだけで出来るから簡単に普及できるはすだ。
麦茶はすぐに真似されて出回る事になるだろうから、貴族には売れなくなると思うの。なので、広い心で見逃すのね。
と、いってみるが、各家庭で作られるのが目に見えてるから、トルニテアでの商品としての価値は高くないのだ。
「いいだろう。三日後の正午までに用意出来るか?」
「……おそらく大丈夫かと」
「ならば、三日後、正午にココで会おう」
昼食も用意しておいてやる。とか、カナンヴェーグが言ってるけど、トルニテアご飯はいらないよ。遠慮!
「…………」
不意にシオが窓の外を見た。
それを不思議に思っていると、野外が何やら騒がしいことに気付く。
「調べてまいります」
カナンヴェーグが視線を送った秘書のような男性が部屋を出てゆく。
「…………」
シオさんどうした?
やけに深刻そうな険しい表情を、カナンヴェーグに見えないように片手で隠しているシオ。
(…………面倒な人が王都に来ているようです)
面倒な人とは?
知り合いなのか、はたまた他人の厄介な人なのか。
秘書が戻り、騒ぎの事情を説明するまで、シオはコメカミを抑えて険しい表情をしていた。




