私は噴水が欲しかった
王子を起こし、ハーブティを飲み、森の入り口へ向かい、馬車に乗る王子とカナンヴェーグを見送った。
その足で、私とシオも王都に向かう。
一緒に門までどうかと聞かれたが、丁寧に断った。王都までの道のりを自らの足で歩かなくても良いと思えば魅力的なお誘いだが、面倒に巻き込まれそうな予感がしたのだ。
王子を迎えに来たのは、馬車の御者と数名の騎士。それらが私達へ向ける視線の冷たさと言ったらもうね。
王族と何処ぞの子供が言葉を交わすなんてありえない。身分を弁えない愚かな生き物だ。汚らわしい。
そういった気持ちが態度と発言に出ていたもの。
別に、それに対してはどうも思わないよ。この世界では其れが当たり前のことなのだから。
私は平民。そして、親もいないので孤児とかわらない。最も身分の低い存在なのだから扱いが違うのは仕方がないと思うもの。
手を出されない限りは抵抗する必要は無いと考えてる。
とりあえず、カナンヴェーグと王子に煎茶を手土産に渡したし、自然と貴族街に煎茶ブームが起こる事を期待している。
ま、茶木もないし、誰にも製造は出来ないだろうけどな。
何処で手に入れられるのか分からず、王都の街を駆け回る従者の姿が目に浮かぶ。
手持ちを時折流通させて、人々に忘れ去られないよう配慮。そうして、幻となった頃に来年の新茶の時期がやってくる。
気長に行こうぜ。
来年はお茶畑を増やしてもいいかも知れない。
「…………」
王都の門にてギルドで発行したカードを見せて中に入る。
そして、向かうのはギルド。無事に仕事を終えたと伝えなければならないらしい。
それさえ済ましてしまえば私はお買物ができるのだ。
フフフフ。
コレはいい。にやける。
「よ」
そう、私達に声をかけて来たのはライド。
(昨日の事で特別に今日も休みにしてもらったそうです)
あぁ、シオさん門で何かメモ書きをもらってたものな。アレはライドからの伝言だったのだろう。
「昨日は疲れたろ。さっさとギルドに報告してのんびりしようぜ」
私とシオは定職を持たないニートだ。
休みたければ何時でも休む事ができるが、ライドは兵士の仕事とギルドの依頼、実家の手伝いと普段から忙しいらしい。
休日返上で昨日は朝から動きっぱなしだったのだ。今日こそライドは、リーナやリリアと家でゆっくり過ごしたいだろう。
と、思った私が愚かだったらしい。
なんなのかな?
私のお買物の妨害大好きかな?
大好きなのかな??
ギルドで報告を済ませたまではよかったが、ライド宅へお肉を運んだら、家を建てる計画の話になったのだ。
「えぇ、エルトディーンから、後日、話があるかと思います」
「マジかぁ。上客になると思ったのに、貴族様の事業にされたらウチの実家が一枚噛めるか微妙なとこだな」
なんの話だよ。
「にしても、兵士の宿舎ね。王都には新たに若者の住む土地なんか無いから、当然ちゃ当然だが。上手いこと押し込まれた感がするな」
「コチラを空にするわけにはいかないのですから、移動は単身者が多くなるでしょうね」
拠点に兵士の宿舎を建てるだと?
まて、私の畑はどうなる?
他人と生活を強いられる?
やっと慣れて来た環境がかわる?
いつ、そうなった。
「国に平民の兵士の為に使える金があったんだな。知らなかったぜ」
「あの土地をカナンヴェーグが国より賜る事になるでしょうから、おそらく、初めのうちはセテルニアバルナの私財で運営するでしょうね」
「だろうな。エルトディーン様々だな」
つまり、あの土地がカナンヴェーグの物となるのか。
公的機関の宿舎が一貴族の私財で建てられて、運営がなされる。
いいのか?
兵士とはいえ、国の戦力を個人で掌握してる事にならないか?
てか、私達、あそこに居たままでいいのかね。出てけと言われたら困るんだけど。
(あの地を理不尽に追われる事ないよう、カナンヴェーグが自らの土地にするのです。兵士の宿舎は建前ですね)
私の知らぬままにシオさんが色々進めていらっしゃる。
今まではあの土地を不法占拠していたが、持ち主に許可を貰って住むようになる。其れが、魔物を倒した褒美という事なわけね。
なら、私はついでに噴水付きの綺麗なお庭が欲しい。出来るだろ。ギルドの中庭にも噴水あったもの。カナンヴェーグお金持ちだもの。
(アレはなんの役にも立ちませんし、作る必要がありません。魔石の無駄使いです)
噴水も動力が魔石なの?
なんとか、アドレンス王国のカスッカスの技術力でどうにかならないのかね。地球上の中世にもあったものだから魔石が無くても作れると思うんだけど無理なのか。
高低差を利用して、吹き出させるにしても、この国水不足だものな。実験で作るヘロン噴水はタンクに水が無くなれば止まるし。
うーん。
分からん。とりあえず、お買物しましょうや。私の保存瓶。大小形を揃えて沢山。
わたしお金ないけど、昨日はめちゃくちゃ働いたと思うの。ご褒美くらいあってもいいと思うの。
それに、そのうち、二人暮しでなくなるのなら、人間らしい暮しをしないといけない。
今みたいに、何日も飲まず食わずで生活するわけにもいかないよね。生活感を出していかないと。
保存瓶の購入は、必要な経費だよ。
「………………」
私のヤル気スイッチを押してくれなきゃ、再び自堕落生活だよ。活動拒否だな。
シオさんの冷たい視線はスルーする。
(今更、後戻りなど出来ませんよ。エルトディーンと出会った時点で、貴女の誰にも知られない自堕落生活は終わったのですから)
現実とエルトディーン憎しだ。
しんどい。
「壊れたクラリードの外壁の修繕に土系の魔法士、溢れた魔物の討伐に騎士、街の治安維持に兵士。かなりの人員が派遣されるって話だし、宿舎が出来ても人が入るのはだいぶ先だろうな」
「えぇ」
確かに、昨日今日で土地を賜れるわけもないし、宿舎の建設にも時間を要するだろ。
もう、解決した気になっていたが、クラリードの件は王子の手を離れただけで、魔物の掃討や街の再建はコレからだ。
集められた騎士の派遣や兵士の招集で、今頃、城の界隈はてんやわんやだろう。
街の再建には王都の大工も駆り出される可能性がある。となると、蛇の塒は後回しだな。
その間に私のやるべき事をなさねばな。
うん。ひとまず酵母ちゃん作ろうぜ。
そして私は、フライパンでパンを焼く。
だから、さっさと買い物に行こうぜ。
シオの服を少し引き視線で訴えた。




