何で君は人やめちゃったの?
鍋を持って室内に戻ると、なんだか知らないがフォイフォイがシオさん相手に興奮気味に話しかけていた。
どういう状況??
カナンヴェーグも予想外の展開に理解が追いついていないようだ。内容を聞くに魔術について話しているようだけど、とりあえず、そのテーブルに広げている紙と本を片付けてほしい。
スッゲー邪魔くさいんだわ。
「ひとまず、ここまでにしましょう」
私の圧を感じたからか、シオが切り上げてテーブルの上の紙を重ねて本と共に荷物置き場へ移動させて片付けてくれた。
台を拭くような人間はココには私以外いないけど、生憎両手が塞がってるので濡らした布で拭き取るなんて事はせず、惜しみなく魔力を使い水の魔法でテーブルの上を綺麗にしてゆく。
水分を飛ばし乾かしたら遠慮なく真ん中にドーンと鍋を置く。もう、庶民派形式でいいと思うの。ここ、貴族の家じゃ無いから一人分ずつよそってからテーブルに運ぶとか……そんな鍋置く場所ないからな。
「……意外に早くできるのですね」
「思いの外、この娘は手際がよくて、刃物の扱いはまるで料理人のようでした」
シオさんとの時間が無くなって残念そうなフォイフォイ。食事後に時間貰えばいいよ。
カナンヴェーグが私の包丁捌きを褒めてくれてるけど、十年以上包丁扱ってたらソコソコ使えるようになるのは当たり前で、私の刃物の扱いは常人のものだ。
トルニテアみたいなファンタジー世界の料理人はきっと料理漫画の主人公みたいな人外の動きをすると思うので、カナンヴェーグの言葉は絶対にお世辞だ。無表情をキープし、ぬか喜びはしない。
てか、シオさん達は何をしてたのさ。
(随分と魔術に興味があるようで、作った魔法陣が発動しない理由や魔法陣の作り方について色々と聞かれていたのです。それより、表情が死んでいますよ)
や、取り繕うにも限界があるよね。と、思いつつも笑って見えるように口角を上げる。
まぁ、王子も滅んだとされる魔術を扱える人間がここにいて、知識も豊富なんだもの教えをこうなら今しかないと思うよね。
(えぇ、登城してほしいとまで言われましたからね。断りましたけど)
断られたからこそ今の内にと意見を交わしていたのだろう。
シオさんが表舞台に飛び出したら、存在が凄すぎて現代人に拝まれるのでない?
もはや、神がかってるよね。
悪徳宗教の如く、「神は何でも知っています。私は神の遣い、神の言葉を伝える者です」とか言って、本人しか知り得ない事実を心を読んで伝えれば、魔物も出れば雨も降らず作物も育たないこんなご時世だもの、皆心が弱って信じちゃうよね。
シオさんの信仰は簡単に集められそうだな。信者は既に二人程いるし。
(…………それは、ただの詐欺師でしょう)
や、わかってはいるけどさ。
「それにしても、先程のメモは魔法陣ですかな?」
「えぇ、彼は魔術の知識が豊富なようなので教えを請うていたのです。家の中を見渡しても魔術式の魔道具がいくつもあるので驚きました」
王子は干ばつ地帯で運用したい魔術がいくつかあって、古い魔術書を解読して自分で試してみたがうまくいかなかったらしい。
若いのにお国のことをちゃんと考えているんだな……私とは大違いだよ。
「……小僧はなんでもできるな」
「えぇ、まぁ」
当然ですね。と言わんばかり、さらっとカナンヴェーグの言葉を肯定するシオ。
「呆れておるのだ、褒めてはおらん」
「そう言う事にしておきます」
ムーー。と、揚げ足を取られた子供のように悔しそうな表情をするカナンヴェーグ。シオに皮肉を言えば皮肉がかえってくるんだよ。
そんな、三人のやり取りを横目にホワイトシチューを器によそっていく。コレに固いパンでもあればいいよね。浸して食べてもいいし、ジャガイモ入ってるからパン食べなくても炭水化物は取れるし……。
私は、正直、もう何も食べたく無いけどな。
食欲があれば、男が三人もいるのだ。私が食べなくても綺麗になくなるのではないだろうか。
王子の記憶を見た限りじゃ、食事してた風でもなかったからお腹は減っていると思うの。
「………」
シチューに集まる視線。
いや、シチューはあるだろ??
トルニテアにもミルク煮みたいなのはあるんじゃないのかな。それに、小麦粉でトロミをつけただけじゃないか。そんな変な物を見る目で見ないでいいよね。
そりゃあ、見た目はトルニテアの野菜を使用していないからドブ色では無いよ。
(貴女の世界の料理は基本的にトルニテアには無いと思った方が良いかと思います。材料も貴女の畑のものでしょう? 不審に思われても仕方ないでしょう)
「調理過程を見ていたが、知らない野菜ばかり使っておったな。芋も根菜も見慣れぬ色と形じゃった。しかし、ヒノは扱い慣れている様にも見えた」
爺ちゃんよく見てんな。
「この敷地内で取れた物ですからね。同じ野菜は市には出回ってないでしょう。其々の味は強くないので普段の食事より食べやすいかと思います」
「…………」
「どれ、冷めぬ内にいただくとするかの」
カナンヴェーグがまず口をつけた。威厳たっぷりのお髭がモゴモゴ動いている。知らないものを食べる恐怖心が薄いのか、調理過程を見ていたから平気なのかわからないが、非常に助かりました。コレで私食べなくてもいいよね。
「…………」
「…………」
「…………」
長い沈黙。
「コレはいい」
カナンヴェーグがそう言うので王子もゆっくりと口をつけた。
小さく「温かい」という呟きが聞こえてくる。きっと、普段の食事はフォイフォイの元に辿り着く前に冷めてしまっているのだろう。
ほんのり色付く頬の筋肉を緩めて微笑んでいる彼は、もとより優しい雰囲気なので、その美しいご尊顔も相まって世間の老若男女を虜にできると思うの。
とにかく、癒しオーラハンパねぇ。
他人に興味のない私がそう思うのだから、まともな人間には耐えられないだろう。一瞬で籠絡されるわ。コレがアドレンス王族のスキルかよ。ヤベェ。関わりたくないな。
「正直、屋敷の料理よりうまいな。苦味やエグ味が全くないからコレなら野菜嫌いの者も食べられる」
「えぇ、確かに。コレなら弟も食べられそうです。とても優しい味です」
満足できたなら幸いだよ。
一応、私の分もよそったけど、後でベンジャミン行きだな。今の私にバターとミルクは重い。
「街の人々は取り分けられていない食事を自身で好きに食べるものなのですか?」
「……普通の家庭は一人分ずつ取り分けますね。そうしなければ量も多くはないので力関係で食事が満足に確保できない者が出るでしょうし」
平民はお腹いっぱい食べれない人も多いのな。
でも、今、この場では好きにおかわりしてお腹いっぱい食べるといいよ。むしろ、積極的に鍋を空にしてくれると洗い物と残り物の処理に困らないよ。
「ヒノは食べないのですか?」
「…………」
「皆に合わせて用意はしましたが、普段からあまり食べませんし、今日は色々とありましたから食欲もないようです」
「普段から小食というわけか。だから体も同年代より小さく、直ぐに倒れるのだ。今日は仕方が無いにしても、今後なおして行かねばそのうち魔力に喰われるぞ」
「そうですね。気をつけて見ておきます」
いやいや、体が小さいのは日本人だからだ。トルニテア人の成長が日本人より早いだけで、私は小学生の頃から平均的な身長である。
それより、魔力に喰われるってなにさ。まるで魔力に意志があるみたいに。
(魔力の暴走の事です。体内に留めておけない身に余る魔力が本人を殺すのです)
怖っ。え、暴走って爆発でもするのかな。
(まぁ、貴女がそうなる事はまずありません)
よかった。
安心して胸を撫で下ろす。
「よろしければ、もっと召し上がってください。でなければ、ベンジャミンの舌が肥えることになるでしょう」
シオが冗談を混ぜつつ二人にシチューのおかわりを勧めた。
ベンジャミンは美味しい物ばかり食べていたら草を食べなくなったりするのだろうか。ソレは困るんだけど……。
「余らすのは勿体ないな。気分が乗らんとは言えヒノも少しくらい口に入れたらどうだ。そう細くあっては子を生む女子の努めも将来果たせまい」
ガタッ!
と、切っただけの丸太のイスを後ろに押しテーブルに両手をつけて立ち上がった。体が何故かカナンヴェーグの言葉に反応したのだ。
「……どうしたのです?」
不安げに私を見る王子を失礼を承知で無視して外に出る。
気持ち悪い。
ただただ気持ち悪い。
なんでこんなに気持ち悪いのだろう。
なんでこんなに体が震えてる。
今日、シオに口を塞がれたからか?
いや、もっと前からずっと変だった。
なんでこんなに他人が怖いのか。なんで子供を作るのが女の努めだと言われると虫が体を這い回ったように不快だったのか。
思い当たる原因がない。
無いのではなく、思い出せない?
いつから?
大丈夫だと自分に言い聞かせて、取り繕って笑顔を装備して人生をやり過ごしていたのは日本にいた時からだ。
子供の頃から常に生きづらさは感じていたが、多少の下ネタは笑って流せたと思う。
ソレがなんでこんなに?
カナンヴェーグの言葉は世間の一般論だろう。拒絶をするような内容ではないのは理解できる。だからこそ、私の体が何に反応しているのかさっぱりだ。
「……」
背後に人の気配がして振り返ると、そこにいるのはシオ。
「なにも考える必要はありません。もう、今日は落ちてしまいなさい」
私の中の恐怖が心臓をドンドコ打ち鳴らして身体中に血液を送っている。
逃げないといけない気がするのに何故か足は動かない。
歩み寄ってきたシオと向かい合わせに立つと、月明かりに照らされてる彼の真っ赤な瞳は憂いに満ちていて何処か悲しそうだった。私には全く意味がわからない。
動かない身体を抱き寄せられ、胸板に顔面を打ち付けた瞬間、体から力がストンと抜けた。
私は崩れ落ちる体を支える事も出来ず、急に襲ってきた眠気と共に意識を手放した。




