おじいちゃんはお酒より甘いものがお好き
皆を少し外で待たせて当たり障りない服に着替えたら湯を沸かす。
私ね、焚き火を囲む三人を見て思ったんだよ。この家なんで椅子ないのかなって。
丸太切ればすぐに作れんじゃんって。
立ち食い蕎麦屋じゃないんだよ。
王族に立って食えなんて言えないわ。そう思ったのが伝わって、着替えが終わったあとシオさんが人数分の椅子を運び入れてくれた。
床が土で土埃が気になるので茶器は全て一度洗浄する。テーブルに並べたティーカップ。ポットに入れる前の煎茶の茶葉が入ったガラス瓶。本当は光を通さない容器に入れたいがその辺は我慢。我慢。
「コレが茶葉??」
えぇ、そうですとも。トルニテアのお茶は知らないけれど私のお茶はコレです。
「乾燥させているのか」
え、トルニテアのお茶はフレッシュなの?
ハーブティ??
フレッシュがお好みならばミントを採取してくればすぐにミントティーは作れるけど……。
私が売り込みたいのはこのお煎茶だ。一番茶の香り高くほのかな甘みをお楽しみ頂きたいのです。
ま、ひとまず、入れるか。
渋みが出ないようにお湯の温度を気をつけて、濃さが均等になるよう少しずつ注ぎ分ける。
「鮮やかだな」
「えぇ、普段飲むお茶より美しい色をしていますね」
彼らからしたら、少しずつ注ぐこの方法は変わったお茶の淹れ方に見えるらしい。興味が湧くのかエルトディーンの爺さん……いや、この際、名前で呼んでやるか。えぇと、カナンヴェーグは特に食い気味にのぞいてくる。
注ぎ終わったお茶をそれぞれのソーサーへ運ぶ。
「強い香りはないですね。優しい香りがします」
微笑む王子に軽く笑みを向ける。緑茶の成分に癒されてろ。私は料理をしなければなのでそんなにゆっくりお茶をしてる場合ではない。
皿に、シガール風にクルクル巻かれた一口サイズのラングドシャを並べる。手袋も無いのでお茶を作る作業の時に作った箸で割れないよう丁寧に瓶から取り出してゆく。
「……器用じゃな」
…………。カナンヴェーグの視線は私の手元の箸に向けられている。
トルニテアはお箸もないの??
もしかしたら、アドレンス王国にないだけかもしれないけど。
箸が扱えたら結構便利よ?
「お茶が温かいうちにどうぞ、だそうです。コレは小麦、砂糖、バター、卵白を使用した菓子……だと言っています」
シオさんアンタも変な物見る目で見るなって。普通に美味しいから食べてみろって。
正直、私は取り繕ってはいるものの今日の事件を引きずってるので胃に固形物を入れたくないけどさ。
「そういえば、カナンヴェーグ殿は甘党でしたね」
「娘やひ孫に付き合っていたら自然とそうなっていたのです」
王子に対しては丁寧な言葉を使うカナンヴェーグ。娘とひ孫の間に抜けている孫はティア姉さんだろう。あの人見るからに甘いの嫌いそうだもの。
「…………」
とはいえ、やはり、先に食べねばならないかな。普通、貴族や王族は何重にも毒味を重ねた冷めた食事をしているイメージがあるもの。初見でパクリとはいけないはずだ。
軽く手を合わせていただきますをする。
ティーカップで飲む煎茶に違和感を覚えるけど、やっぱ落ち着くね。日本人は緑茶だよ。
皆の様子を伺いつつラングドシャを口に運ぶ。……甘い。落ち着く。
口の中のバターの油を緑茶でリセットするまでがセット。
シオが続き、カナンヴェーグも続く。
私は甘い物は好きだけど、一口でいい派。シオさんは食べた後に少し表情が硬くなっていたので、甘いのはあまり好きではないのかもしれない。
「乾燥茶葉だが中々いいな。飲み口も爽やかで後をひかないからお茶受けの味を邪魔しない」
「初めて食べるお菓子ですが、食べやすくて食感も……」
最後まで言わず。口元を押さえてポッと頬に色をつけるフォイフォイ。緩んだ目元の表情からお気に召したようだ。
それを見て安心すると。私は立ち上がり籠を手に材料を漁る。玉ねぎ、人参、じゃがいも。バター、牛乳、小麦粉。凍ったブイオンに乾燥させた月桂樹。あとは少しのスパイス。肉は……今日の兎ちゃん。
うぅ…………今食べたラングドシャが、出てきそう。
「手伝いましょうか?」
シオさんの申し出に頷いた。水場と釜戸は外だから、材料を持つとランプで足元を照らせないし、月明かりでは刃物を持つ手元が不安になる。
「ワシが行こう」
「…………」
想定外の申し出に固まった。
王子の口に入るかもしれない物をキチンと管理しておきたいのだろう。
「小僧は殿下の話し相手をしておれ」
「………………」
嘘だろ。私、まだ、カナンヴェーグ恐いんだけどどうしたらいいです?
元々背後に立たれるの嫌いだが、それが体格の良い強面の老人とか怖すぎるだろ。恐すぎるだろ。
「あの、作業を見ておきたいのなら横からお願いします。視界に入らない人の気配が苦手で手元が狂うといけないので」
「わかった」
ねえ、シオさん早々に見捨てないでって。
カナンヴェーグは行く気満々でランプを手にしているけど、別にお家でお菓子食べてて良いのよ?
「ゆかんのか?」
oh……。
逃げられないのね。
外に出ると作業台に材料を置いて、釜戸に木材を放り込み魔法で火をつけて、とりあえず鍋に水を張りフタをして畑に向かう。
目的は発育を魔力で加速させたブロッコリーさんの採取だ。背後はダメだと言われたのでぴったり横をついてくる老人が恐い。
釜戸に戻るとよく洗って小さく切り分け塩を加えて下茹でする。
その他野菜も洗って切り分ける。問題は肉。骨付き肉は食べにくいので肉だけにしたい。少々苦戦しつつも兎が大きいのでなんとかもも肉から骨を取り去る事に成功。一口サイズに切り分ける。
あぁぁぁ。エグい。
コレは血じゃないドリップだよ。と、自分に言い聞かせ作業する。
肉を焼き、焼き目をつけて野菜を加え油を絡ませる。その後、月桂樹とブイオンで煮込み、肉の臭みを抑え、別鍋で作ったホワイトソースを加えてさらに煮込む。
煮込む間に片づけを済ませて出来上がりを待つ。
その間、カナンヴェーグは無言で私の行動をチェックしている。
「お前はワシが恐いか?」
鍋が焦げ付かないようにレードルでかき混ぜていた私は一瞬動きを止めた。
普通に頷きそうになったが、流石に失礼だ。曖昧な笑顔を作っておくので察してください。
「貴族として暮らすより、この地での生活の方が良いか?」
そりゃあ、自由があったほうがいいので控えめに頷き答えた。
「殿下を救ってくれた事にまだ礼を言っていなかったな。この国の尊き人を生かしてくれてありがとう」
「…………」
頭なんか下げないでくれ。反応に困るんだけどどうしたらいい?
手中に収めて利用したいとは思っているけどそれはあくまでウィンウィンな関係が理想。
弱みを握ったり、功績を盾に従わせたいわけじゃない。
素直に感謝を受け取るから、私の張り付け事件と寝巻き訪問事件を忘れて欲しいぜ。
カナンヴェーグに近寄り両肩を精一杯押し上げた。身長が足りなくて少ししか上がらなかったけど……頭を上げろって意思は伝わった。
ジッと真面目な顔で私を見下ろす彼を私も見つめ返しニコッと笑顔を作ってやった。
気にすんな! 私はさっきシオが言っていた通り、他人の生死に責任を持ちたくないだけだ。
すると、彼は無言で口元を押さえ何か考えるかのようにして眉間に深い皺を刻んでいる。
「…………」
どうしたらいいのかわかんねぇよ。
もう、いいや。
私はカナンヴェーグとの意思の疎通を諦めてホワイトシチューの鍋をかき混ぜるのに集中した。




