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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇ギルドにて◇
47/109

あくまで私は痴女だった




「………………」


 起き上がりあたりを見回す。

 家の中には誰もおらず、ベッドの上に私とベンジャミンがいるのみ。


「…………」


 どうやら私は少し意識を飛ばしていたようだ。家内の明かりも付いたままなのでそんなに時間はたっていないだろう。

 無意識に擦ったからか目元が少しヒリつくので癒しを施す。

 寝ても醒めても、あの痛みと不快感、自己嫌悪はなくならなくて、まだ覚醒しきらずぼんやりする頭でベンジャミンを抱き寄せた。


「…………?」


 ????


 フワッとした柔らかい毛の感触に違和感を感じるとともにゾクリと全身に鳥肌が浮かぶ。


 は?


 胸元でモゾモゾ動くベンジャミンに視線を向けるとクリクリの赤いお目目で私を見つつ、もぐもぐと口を動かしている。


 そして、異様に涼しげて開放感溢れる私の胸元を見て言葉を失った。

 綿だか麻だかシルクだか知らんが化繊でない事は明らかな服は雑食の角兎には美味しそうに見えるのか?

 寝ている間においしくいただいたが悪気などない。どうした? とばかりに首を傾げるベンジャミンを私はどうしてくれようか。


 ひとまず、落ち着け私。着替えよう。私自身が食べられなかっただけよしとしよう。


 誰も近づくなよと念じながら入り口に背を向けて寝巻きに着替える。ヒダが多くゆったりとしたネグリジェはふんだんにレースがあしらわれていて「妖精かよ」とツッコミたくなるデザインだ。もちろん私の趣味ではないが、寝巻きにデザイン性など求めていない私は遠慮なく使うわ。


 ズラを取っ払い、ここ2ヶ月と少しで多少なりとも伸びた髪を手ぐしで整える。

 着替えたら速攻ベンジャミンを捕まえて外の囲いへ放り込んだ。

 草でも食ってろ馬鹿。と、何もわからないだろうベンジャミンに冷めた視線を送る。


 パチパチ


 外に普段無い火の気配。

 そちらに目をやると男が三人、冷たい外気に晒されながら焚き火を囲んでいる。


 リザ様好き好き大好きのシオに、数時間前に死にかけたクセに痛みを忘れたのか痛みが平気なのか無駄に頬を赤らめたりしてたドM王子。先日、ギルドで張り付けにしてしまった脳筋老人。


 濃ゆい。ベッドに入るまでONになっていた外面モードも流石にもうOFFになっているので、心底現状から逃げ出したい。


 さっき、調子に乗って王子を陥れた罪悪感。高貴な老人を張り付けにして未だ謝ってない罪悪感。シオを見て思い出す自分への嫌悪感。


 さて、どうしようか。

 なんか、目があっちゃったけど、なかったことにして家に戻っちゃう?

 ほら、シオさんが上手いことやってくれてるでしょう。見るに仲良さそうじゃん?

 私がいない方が話も進むでしょう?

 

 心臓が強く脈打っている。

 動揺している?


 嫌だなぁ。怖い。

 弱いなぁ。私。


 多少、病んでる自覚はあったけどさ。何が何でこんなに怖くて涙が出てくるんだろうね。

 

 夜が明ければ、シオを除く二人は王都に帰るしそう会う事は無いはず。

 ギルドの会長はまだしも、一人は王子だ、絶対会わない。会いたく無い。


 だから、怖がるな私。


 今しかない。

 コイツら私の手中に落とし込んで上手いこと利用する為の機会は今しかない。精神削ってでも営業スマイルで自分の価値を売り込んでおかなければ、逆に良いように利用されてしまう。


 私にコイツらと同じ地位は無いのだから。


 瞳を擦り、深く息を吸い込み吐き出す。

 大丈夫。大丈夫。大丈夫。


 ゆっくりと三人に近づき、足首の辺りまであるネグリジェの裾を広げてお辞儀をし、ニコリと笑みを作る。大丈夫。大丈夫。大丈夫。営業スマイルは完璧。


 夕飯はすみましたか?

 よろしければお茶でもしませんか?


 そう、念じて返事を待っていると、何故か通訳係のシオさんは額に手を当て深いため息をついている。


 シオさん仕事して!

 呆れてないで仕事して!


「なんて格好で……。此処にいる人間は貴女から見たら全員異性なのですよ? 相手が成人前でも、老人でも多少は意識しなさい。はしたないにも程があるでしょう」


 最大級の呆れだよ。エルトディーンにショートパンツ姿を見られた時もここまで言われなかったのに。

 そんなに寝巻きはまずかったのか? 足も胸元も出てないし、透ける材質でもない。

 トルニテアルールに乗っ取って断じて痴女ではないだろう。


 しかしながら、シオ意外の二人の反応も思わしくない。

 王子は口元を隠して明らかに視線を逸らしているし、エルトディーンの爺ちゃんは膝で頬杖をつき険しい顔でこめかみをトントンと叩いている。


 やばいわ。老人コエェ。


 サッと、立ち上がったシオが外套をかけてくれたので、ほんのり残っている体温が気持ち悪いが、老人を苛立たせた原因であるネグリジェを隠せた事にホッとする。


「失礼しました。愚妹は常識がだいぶ抜け落ちているものですから」


 愚妹って初めてきいたわ。愚かな妹で悪かったな。そう、思いながらもシオさんを盾にして後ろに隠れる。


「外は冷えるので中でお茶を飲みませんかと誘いに来たようです。先程までの服は角兎に齧られて仕方なく着替えたそう……」


 老人のトントンが止む。


「子供とはいえ、相手次第では酷い目に遭う。今回は幸運だったと頭に刻め、なんの気なしにしたお前の行動は異性を睦事に誘う行為だ」


 老人の剣幕に気圧されて"睦事ってなぁに?"なんて冗談でもいえなかった。

 すみません。お目汚し失礼しました。

  

 三人の男を同時に睦事に誘っていた状況を理解すれば、シオさんが最大限に呆れていたのも理解できる。

 シオさん、こんなルールあるなら先に教えてください。今回は私、ガチの痴女じゃんか。


「同性でないものですからそういった知識を教えるのも中々……」


 言葉を濁し、私が悪いんです。と演技するシオさん。確実に演技。本心は私の事を信じられない馬鹿だと思っていると思う。


「その様子では、まだのようだが……親も居らぬ状況では何処困るだろう。早急に侍女を付けねばなるまい」

「…………そうですね。いずれは。でも、この話はまた別日にしましょう」

「あぁ」


 まだって何。新たなトルニテアルール?

 私に何が起こる?


 気になりはするが、シオさんが後日で良いと言うのならすぐに起こる事ではないのだろう。

 それでも、侍女はいらないですと強く念じておく。


 シオさんに隠れたままでいるのもよろしくないなと、外套の襟元をキュッ握り、深めに頭を下げた。


「彼女も状況は理解できたでしょうし、同じ事はもうしないはずです」

「えぇ。意味を知ってしまえば恐らく」


 私を擁護してくれるフォイフォイ。

 ありがとう。M扱いしてごめん。

 陥れた事も謝るわ。


「繰り返さなければよい。では、気を取り直し茶をいただくとしよう」


 厳格なお顔を少し崩してエルトディーンの爺さんが立ち上がった。


 よし、釣れた。

 作戦その一、胃袋を掴めに移行だ。


 今回はちゃんとお茶菓子もあるぞ。オーブンがないから仕方無しにフライパンで焼いたが、まぁまぁの味に仕上がってはいる。


 クッキーは粉を2、バターを1、砂糖を1とする配合を基準として、バター多めでサブレ、砂糖多めでシュクレとなる。ちなみに私はシュクレが好き。

 クッキーは携帯保存食になる。

 そう、つまり、私の保存コレクションに最近追加された瓶詰め食品なのだ。

 今回は水分多めの配合でラングドシャを作っている。


 まぁ、腹の足しにはならない。


「時間はかかりますが、二人へのお詫びとして食事の提供も考えているようですが……携帯食はお持ちでしょうしどうされますか?」


 火の始末をした後、家に移動する最中に出たシオさんのナイスアシストに心の中で親指を立てた。


「子供が食事など用意できるのか?」

「……まぁ、驚くとは思いますが、味も見た目も悪くはないですよ。恐らく」


 私がまともな料理をシオに提供したのは今日の昼間が初めてなので、かなり温めの擁護だ。


「不安になるのぉ」

「貴方の可愛いがるひ孫が作ったと思えば毒物でも貴方はいけるでしょう」

「そりゃ無論」


 どれだけひ孫が可愛いのか知らんが、毒さえ食うと胸を張って言い切る老人に私とフォイフォイは若干引いてる。


「なら、そう思うか、作る過程を良く見ておけばよいのでは? 無理だと思えば残飯処理のベンジャミンがいますから食べなければ問題ないです」


 ベンジャミンがシオの中でも残飯処理係扱いされている。いや、生ゴミを出さない事は大事よ。堆肥にするにしてもどうしても異臭はするもの。


「ベンジャミンとはまさか……」


 この敷地に人間は4人しかいない。つまり、高貴な二人も答えに簡単に行き着く。

 

「あの角兎の事ですか?」

「えぇ、彼女が名前をつけて飼っています。今日の正午からですが……」


「小僧のシオという名は妹が付けたと聞いたが……、人間より魔物の子ウサギに高貴な名を与えるとは」

「コレの感性がおかしい事は先程体感したでしょう? 昼間も惜しげなく魔物に癒しを施すのでライドが驚きのあまり動けなくなっていたのですから」


 エルトディーンの爺さんに思いきり笑われて不服そうに目を細めたシオは私をディスってくる。


「優しい心を持っているのですね」

「いいえ、他者の生死に責任を持ちたく無いだけですよ」



 綺麗なご尊顔でニコリと微笑んだ王子の言葉を否定するようにシオが私の思いを的確に言い当てた。

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