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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇ギルドにて◇
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禁忌の森の夜



(カナンヴェーグ視点)


 空を見上げれば満天の星空。


 どんなに国が変わろうと、どんなに自分が変わろうと、この星空は何年、何十年と変わることがない。


 あの兄妹の拠点となっている元廃村にて、エルトディーンより預かった夜営用のテントを張る。

 過去に妻と訪れた面影は跡形もなく、更地に半球状の土でできた簡易住居があるだけ。廃村の外周は要塞ともとれる外壁に囲まれていて、更にその周りは深い溝。橋は無い上に結界で此処にこの空間がある事さえ認識できないとあれば、この敷地内の何処にテントを設営しても安全だ。


 良かれと思い、妹のヒノを意識しているようだった殿下を半球状の家に残し、ワシはシオを連れて外へ出た。正直、自分に自信のない殿下が普通の娘ではないヒノと上手く関係を築けているかが気がかりだ。


 歳の差はあるが、エルトディーンの方がまだ先を行っているように思う。身分の違いもあるし、殿下はヒノに鮮烈な情景を見せる原因になったのだからあの娘から拒絶される可能性も高い。ワシの孫はヒノを娘か姪にしたいと馬鹿な事を言っているのがなんとも言えないが…………。いずれは自身の感情を理解する日が来るだろう。


 ワシとしては後悔せぬよう、早めに自覚してほしいところだ。


 灯りの灯る半球状の家に視線を送る。


 普段から、弟である第二王子と事あるごとに比べられ、自ら比べ、自分を下卑する癖のある殿下は自信がなく王位継承を張り合う気が全く無い。


 ワシからすれば、生まれ持った色が薄くても、魔法の才や剣術の才が弟に劣っていたとしても、賢く、国の事を心から思う殿下の方が、わがまま放題のクソガキよりずっと王の器を持っているように見える。


 魔法が拙いのなら、信頼できる魔法師を。

 武力が拙いのなら、忠誠を誓う騎士を。

実際に動くのは王ではないのだ。


 人を見る目がない王は国を傾ける。


 ワシが忠誠を誓った方はもうこの世を去った。少なくとも私は彼のひ孫の中でも第一王子である殿下について行きたい。

 

 腹の中だからこそ言えるが、ワシは地位をかざしてわがままを通し、悪気もなく目上の人間に舐め腐った態度を取る第二王子が嫌いなのだ。


 現王により二人ともワシが直々に剣術を教えるよう命を受けたが、ただ、ひたすら努力に努めた殿下に比べ、思うようにならなけば喚き散らし、人に劣っていることが気に食わず、ワシに手をぬけといい、時にはサボり、時には虚偽の過大報告をしろと口にする第二王子には呆れ返った。

 それを、根気よく正さんと注意し続けていたら剣術の教育係を外される始末。

 

 あのような者はもうどうでもよい。

 

 ワシにそう思わせた者の側に縋る必要もないと、教育係を解雇された日は面倒から解放された清々しい気持ちで城を去ったのを今でも覚えている。


 そして、歳だからと理由をつけ惜しまれながらも騎士団を引退。どうせなら己の孫を見守りたいと、平民と密接に関わる為になり手のいなかった新設部署、ハンターズギルドの長に収まった。

 隣接の徴税局のトップも不祥事を起こし、後にワシが兼任する事となる。


 そして、今日。

 エルトディーンから報告を受けた時は空いた口が塞がらなかった。国を守るはずの騎士団がわずか十歳の子供のわがままに振り回されて有事に出動できないなどあり得ない。

 許可を出した王にも命令に押し切られたワシの跡を任せた息子にも呆れた。

 

 大型の魔物に魔力を扱えない平民の兵士が敵うわけもない。筋が良いからと暫く面倒を見ていたライドでさえ赤子の首を捻るが如く殺されてしまうだろう。


 そんな強大な魔物がシルビナサリの目と鼻の先、蛇の塒の側まで来ている危機的状況。

 シオとヒノが魔物の相手をしていなければ、城下が地獄と化していてもおかしくなかったのだ。


 ライドに案内を頼み、兵士は王都に置いて現地へ向かおうとしていたエルトディーンについて行けば、そこにあったのは大型の魔物の死体と無事な殿下の姿。それを見て心配は無用だったと胸を撫で下ろした。

 


 先日、手合わせをしたシオの剣の実力は相当なもので、研ぎ澄まされた感覚と無駄の無い動きは、まるで子供の頃にワシに剣を教えた師の王国騎士の剣術の型にはまらぬ動きだった。

 昔を懐かしく思い自然と笑みが浮かぶほどに対等に剣術を扱える者が現れた事が嬉しかったのを覚えている。


 リズだからとぞんざいに扱っていい人間では無い。他人に奪われるには惜しい。保護して手の内に置いておきたい。

 身分を考えれば対等に会話することはありえないが不思議と不快には感じなかった。むしろ当然であるかのように感じるのだ。人の上に立つ者の知性、人格、器。おそらくワシは惹かれているのだと悟った。


 シオの妹はリズと対極の存在で神に愛された黒を髪と瞳に持ち、ワシを魔力と魔法でねじ伏せるだけの力がある。


 先日、ギルドでワシを絡めとった植物に流れていた魔力はワシが振り解けないほどに強力だったのだ。間違いなく、ヒノの扱う魔法はこの国で一番強いものだろう。


 ただ、いくら強い魔法を使えたとしても、それが戦闘においての強さにはならない。

 前回ワシを解放してすぐ意識を失ったあたり、他者を害する度胸がなく、自分の限界を超えて魔力を使おうとする癖があり、魔法の威力を制御する事もできていない。なんと危うい力だろうか。

 

 まだ幼いが故、まだ間に合う。


 なるべく早く教育を施して悪意に振り回されない知識と教養を身につけて欲しいと思うのだが、私が提示した屋敷に住み込み教育を受けさせる案を兄のシオは拒絶した。


「まだ、環境を変えるべきではない」と。


 最終的に教育を受けさせなければならない事に理解は示していたが、変わったばかりの環境に適応しようとしている今、望まない変化を与えれば何をしでかすかわからないと言うのだ。


 例え、貴族社会から離れる事を望んでいたとしても、この質素な暮らしとセテルニアバルナの屋敷で暮らす事、どちらが良い暮らしかは誰が見ても明らかだ。

 ワシには何が問題なのか理解できない。


 そして、また、兄のシオも己の事には無頓着。


「やはり、小僧も学びの機会を得た方が良いのではないか?」

「……いったい、私に何を学べというのです。知識はそこらの大人よりあるつもりですし、今更剣術を誰から学べと? 余計な事を考えず作業をされては如何です」


 手伝いをさせられている事が不服だと機嫌は良くないが、返事はするし作業はテキパキと進めている。


「いやいや、若者が動かずして誰が動く」

「…………」


 ワシの言葉に呆れたのか無言で作業を続けるシオ。


「学園を出ることはある種の地位だ。今はそこで学ぶ事より通ったという事実が大事なんじゃ」

「不毛ですね。表面的な価値のみばかりが重要視され内面が伴わないのなら学園とはただ馬鹿を生産する為の場所なのですね。通うだけ時間の無駄です」


 正直、ワシもそう思ってはいる。真面目で優秀な子供など極一部。学園を出ていればそこそこの仕事につけるので、ほとんどが惰性と親の意思で通わされているだけのやる気のない者が多く、卒業後に何をしたいという明確な夢を持ち合わせている者は少ない。

 それでも、体裁というのは大事で周りからの評価は本人の価値につながるのだ。簡単に切り捨てられるものではない。


「頑なに行きたがらないか。いずれ、その判断が妹の足を引っ張ると言っておるのだ」

「足を引っ張るもなにも、貴方はアレを国母にでもするおつもりで? アレには地位など持たせるべきではないですよ」


「ハハッ。持たせるべきでは無いとは、アレが悪女にでも豹変するのか?」


 とてもじゃないが、そうは思えない。エルトディーンからも大人しく、己の色におごることなく、聡明な性格だと聞いている。


「人の上に立つ人間ではないと言っているのです。目に映らない他人には興味がない。強く出られると拒否できない。自分の容量を超えてしまえば、ギルドで貴方にしたように力任せに魔法を使う。……国母になれなどと押し付けたら、相手が居なくなれば、酷くて国自体が無くなれば……と考えるでしょう。そして、それができるだけの力をアレは持っている」


 本当にヒノがそのように極端な思考を持っているのか、シオが妹を手放したくない故に大袈裟に言っているのか分からないが、それが出来る力を持っている事だけは確かだ。


「とはいえ、今も二人きりで居るし、歳も近く、テイコも結ばれているのだから互いに意識もするだろう。殿下も容姿は優れているし、地位もある。一国の王子とあれば女子の憧れ、コロッと落ちるやも知れんぞ」


 そんなに簡単なことでは無いと分かっているが、揶揄いの意を込めて冗談を言うと、シオは深いため息を吐いた。


「有り得ない。その辺の令嬢と同じに考えないでください。今は気分も機嫌も良くないでしょうし、そのうち、アレの悪意にさらされて殿下は此方に逃げてくるでしょう」


 そう言いつつ、テントの組み立てを終えるとテント脇の焚火に薪をくべる。外での仕事もひと段落し。家に戻る事なくシオが焚火の周りに丸太を切った椅子を三つ用意したのは、先程言った通り殿下がコチラにくる予定だからだろう。


 それから暫く、問答を続けていると本当にコチラへ向かう殿下の姿が見えたのだから驚く。


「そういえば、小僧にもテイコがあったのだったな」

「……えぇ」

「テイコとはこれ程離れていても繋がるものなのか?」

「……彼女と私の場合、この塀の内側であれば端と端にいても意思の疎通は可能ですね」

「ほぅ」


 小さな村の端から端というのだから中々の距離だ。


「今、アレは自己嫌悪で沈んでます。そのうち、自分の行いの罪滅ぼしに温かいお茶にでも誘ってくるでしょう」


 焚火の火に照らされるシオの顔は穏やかで、目を細めて少しだけ微笑んでいるように見えた。まるで愛しい者を思い浮かべている表情。


「夜は冷えるからな。こんな場所で茶にありつけるのはありがたい」

 

 この兄妹愛を微笑ましく思いつつも、一抹の不安が胸の奥で燻る。

 ワシのヒノと同じ歳になるひ孫は茶など入れた事がないが果たしてヒノの入れる茶は大丈夫なのだろうか?


 その後、殿下も交え焚火を囲み今後の事を話し合った。


 最終的に、魔物は殿下とワシ、エルトディーンで倒し、その際、補助をしたギルド員が3名いた事とするとした。

 シオは報奨や名声に興味がなく、とにかく目立ちたくないらしい。


「そうなれば、たいした報奨もだせないが」

「構いません。あえて言うなら、誰かがこの土地を賜り、私たちにここに住む権利を与えてくれると一番助かります」

「土地でなくて良いのか?」

「えぇ、突然にこの生活を奪われなければそれでいいのです」


 禁忌の森として近づく者の居ないこの森は国の持ち物だが、今は誰が管理しているわけでもない。

 賜る事はおそらく可能だが、あまり体裁は良くない。娘が嫁いだ後の事とはいえ、蛇の塒に関する不祥事を出した我が家門、特にエルトディーンがこの土地を賜るよう進言するのは憚れる。

 それに、何故この地を? と、問われた際にシオとヒノの存在を隠したままでは返答に困る。


「……いっそ、兵士の宿舎でも建てたらどうです?」


 シオからの提案は意外なものだった。


「ここに人を増やすとして、なぜ兵士なのだ?」

「村として機能させるには此処は立地が良くないですし、王都へ自力で行けない者では窮屈な思いをするでしょう?」


 仮に、自力で魔物を相手して王都まで行ける者が住んだとしても禁忌の森に住んでいると分かればあまり良い顔はされない。

 だが、兵士であれば公的で国の意思、国民を魔物から守るためだと理由をつける事ができる。

 必要な物資も勤務の行き帰りで運び込めるし、休日には簡単に実家へ帰る事も出来るのだから兵士の不満もそこまで出ないだろう。希望があれば所帯持ちには家族ごとの移住を認めても良いかも知れない。

 此処には砦の如き外壁もある。それを利用すれば国防の訓練もできるだろう。


 案外良いかも知れんな。滞っている国の経済を回すにもいいだろう。この森の土地を賜るのだから資材は側で調達できる。


 この兄妹の動向を把握する上でも、禁忌の森へ何度も足を運べばあらぬ疑いをかけられかねないが、仕事としてこの地に赴くことができれば安心出来る。


 いっそ、屋敷をここに構えて兄妹を住まわせてしまえばいいのではないか? 

 従者も雇い入れ貴族らしい生活をさせれば学園へ通う頃に王都の屋敷に移っても不便はないはずだ。


 しかしながら、何も生まない土地は負債でしかない。国の補助は期待しない方が良いか。しばらくは、私財で運営する事になろうが長く維持していくためには何か手を考える必要があるな。

 物資の購入は基本王都で済ますため、兵士の家としてだけ利用していたらこの地の経済は回らない。家賃として給与から差し引いた金ではおそらく宿舎の維持はできない。

 

 顎に手を当て瞳を閉じる。


 訓練として魔物を狩り、魔石や肉、素材を売るのはどうか。

 平民に扱えない魔石はギルドで買取しているが、肉などは狩った者が消費するので買取業者は現在いない。


 商社を築き魔物の皮の加工品や食肉を売る。魔物の毛皮は希少性もあり貴婦人には受けがいいだろう。

 その利益で宿舎を運営する……か。


 ハハッ、この歳にしてやらねばならぬ事の多い事多い事、小僧はワシを過労死させる気かも知れんな。


「無欲と見せかけて中々な要求だな。まぁいい、ワシがこの地を管理出来るよう進言しようではないか。兵士の宿舎を建てる案も悪くない。前向きに検討しよう」


「ありがとうございます」


 ワシは首を垂れるシオの頭を上から押さえ、豪快に撫で回した。

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