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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇ギルドにて◇
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いかれキャラの放つ奇声に理解を示す



 

 後に王子に触れた事に後悔した。

 これは憐んだ罰だろうか。


 草原にて意識を取り戻し地獄へ生還した王子の額に触れた直後、断片的な映像が私の脳に流れ込んできた。


 王都を馬車から見た様子。エルトディーンに見送られて出た草原。次第に草木のなくなっていく景色。岩肌の間に作られた門。栄えていない活気のない街。手を擦り合わせる豚。

 人の居ない村、バラバラに転がる白骨。枯れた井戸。水の気配のない川。


 コレは、この国の姿なの?

 コレを王子は見てきたって事?

 こんな土地が存在するの?


 コレは何? リザの能力のオプション?

 サイコメトリができる感じなの?

 流れる映像を見ながらも湧いて出る疑問が頭の中を占めてゆく。


 来た道をもどると門の外壁から落される人々の姿。さっきシオに仕留められた獅子の魔物。それに喰いちぎられる人間。


 まって。ヤダ。見たくない。

 もういい。止まれ。止まれよ。止まれ。


 生きたままバラバラにされる人の断末魔。

 

 聞きたくない見たくない。念じても目を閉じてもお構いなしで映像と音は私の脳を侵してくる。


 怖い。恐い。怖い。


 魔物に傷を負わせ怯ませた内に門の中へ。助けた人に詰め寄られる。再び豚。門を壊し街に入る魔物。


 ヤダ。


 魔物に背を向け馬で駆ける。焦燥感。恐怖。使命感。夜。恐怖。魔物。一人。希望。咆哮。絶望。


 あ。


「あ"あ"ぁっ!!」


 声にならない声。全身の激痛に体が熱を持ったみたいに熱く感じて、脳が焼けつきそうだった。頭を抱えて蹲っても痛みはひかないし。


 何これ、何。

 ヤダ、ヤダ、ヤダ、ヤダ。

 気が狂う。全てどうでも良くなる。痛すぎて笑けてくる。


 自然に涙はボロボロ溢れてくるし、人の耐えうる痛みじゃないだろ。や、死ねよ私。死ねよ。死ねよ。死ねよ。死ねよ。終われよ。死ねない絶望感。ハハッ。


 駆け寄るシオが私の身体を抱き寄せるのが不快とかそんなの気にしてられない。


 ガチの地獄じゃんか。


「落ち着いてください」


 落ち着く?

 無理いうな。馬鹿じゃん。私、馬鹿になったんだよ。もうダメだわ。馬鹿だよ。


 何で……こんな。


 泉のように溢れてくる涙を止める事が出来ずにシオに縋り付く。

 

「死にたい」


 絞り出した声はかすれていた。

 何で生きているのか。この痛みが死の痛みだとして、この死なない身体はあと何度この痛みを体験するのか。

 

 何で私なの?


 何でシオは私を連れてきた。

 何でリザは私を乗っ取らなかった。

 何でこんなに苦しいの?


 迫り上がってくるのは胃の内容物か。いや、違くて、コレはアレだ。


 呼吸が苦しくて気管が狭まったような感覚。吸う空気が重く感じられて必死で呼吸をしないといけない気がする。


 過呼吸。


 なりそうになった事はあるけど、なった事は無かった。今まで意外と冷静で息を止める事で自分でそれを抑制できていたのだ。


 息を止めなきゃ。二酸化炭素を取り込めよ私。分かってるのに止められない。苦しくなるのがわかっているのに身体は空気を求めて呼吸をしてしまう。痛みと苦しみで思うようにならない。

 

「っ!」


 シオに唇を塞がれた。

 内心暴れて殴り倒したいが、力など入らなくてなされるがままの体は軽く押し返す事しかできない。


 次第に過呼吸の苦しみから解放されれば、不思議と痛みも引いていった。

 塞がれた唇が離される頃には、逆に酸素が足りず口で呼吸をするも、頭がボーッとして、わずかに口の中に甘みを感じる。


「もとより相性が悪くないのでしょう。あの者の魔力に干渉して、体験を共有したのです。私の魔力で乱したのでもう大丈夫です」


 抱き寄せて柔らかい手つきで後頭部を撫でるシオ。まるでリザを愛しんでいるような雰囲気に背筋がゾッとした。大丈夫じゃ無い。


 大丈夫なんかじゃない。

 焼け付く痛みの記憶はまだあって、今だって頭がいかれたんじゃないかって思ってて、シオに縋って泣き噦る自分がいて、だってコイツ、今、何をした?


 口に残る僅かな甘み。

 違和感。


 魔力を外部から得る行為。

 シオが私の血なんかを欲しがる理由。

 リザがシオをムシャーしてたのは……。

 シオと私と二人いれば永久機関なの?

 自分が人外になったのは理解していたつもりだったけど。


 え。


 気持ち悪い。

 何がって……自分が。


 唐突に迫り上がる胃液は今度こそ留める事は出来なくて、シオを押して離れ、少し駆けたあと膝を突き全てを吐き出した。


 嫌だ。

 近寄るシオの気配に心から近寄らないでほしいと念じる。暫く一人にしてくれ。干渉しないで。

 

 嫌だ。嫌だ。嫌……。


 魔法で集めた水を温めて自分を包む。少しも綺麗になった気がしない。口の中を濯いでも脳が覚えている不快感。


 嫌だ。もう。何が嫌なのか……。考えたくない。何でこんな地獄なの?

 何で…………。



 あの甘みを嫌じゃないと思った。



 それからはずっと自己否定。馬の足音が聞こえるまで頭を抱えて離れた位置に蹲っていた。


 エルトディーンとギルドの爺さんが来てからも顔なんて上げることが出来なくて、もう、ホントに全てが嫌で。

 

 王子と筋肉老人が拠点に来る事になってようやく自分のスイッチが分かりやすく切り替わった。


 外面モードON。


 私の精神をゴリゴリ削ってゆく仕様の見えないスーツを着込むわけですよ。

 大丈夫。大丈夫。大丈夫。繰り返して心を落ち着けて、拠点につくまでに整えて……。


 家内に王子と二人にされるとか信じられない状況になっても折れず、当たり障りないこと言ってやり過ごす。


 笑え。


 笑えてないかも知れないがとにかく笑え。

 トルニテアの人間からしたら黒い色を持った私は利用価値の塊。利用されるくらいなら利用しろ。頭の先から指先まで、神経を張り巡らせて隙を見せるな。


 全員敵だ。


 ゴリゴリ削れる精神力。耐えがたいストレス。ベンジャミンを撫でて何とか耐える。


「その……貴女には言葉にしない私の声が届いているのですか?」


 アドレンス王国第一王子、アドルディアフォイフォイ。

 この国のやんごとなき存在が土壁の簡易ハウスに居て、座るところも無くて立ったまま私に質問を繰り返す。

 私に衝撃的な痛みと記憶を植え付けた元凶で非常に憎い。


 何でこの人、あれだけの経験をして平気そうにしてられるの?

 王族だからって感情の隠蔽スキル強化してるの?

 しかも、王族の癖に何処と無く腰が低いんだけど戦略ですか?


 そもそもなんだよフォイフォイって、Gホイホイかよ。アドルディアさん集める趣味でもあるのかよ。丸描いてフォイするぞ。コラ。

 荒れてる心を悟られないように努めて紙に文字を書いてゆく。エルトディーンに古い言い回しとか言われたけど現代語は分からないので気にせず書く。


"触れなければ繋がる事は無いとシオは言っていました"


 古い言い回しも王子は普通に読めるらしい。そこは面倒が減って安堵する。


 けどな、色々聞いて私が何でも知ってると思うなよ。未だにテイコってなんだよ状態なんだからな。


 歳とか、何処からきたとか、職質なの?

 名前の理由とかさ、トルニテア人からしたらやばい名前でも、私は生まれた時から緋乃なわけだよ。それを卑しい名前として扱われるの不愉快なの。何でお前らに貶められなくちゃならないのって。


 「貴女は私の記憶を見てどう感じただろうか」


 どうって?

 

 自分の行動を肯定してほしいの?

 それとも客観的な意見が欲しいの?

 おいおい。十歳の子供にそれ求める?


 救いようのない土地と人間。感じた痛み。正直、このままこの国滅びれば良いんじゃないと思ったよ。でも、それを伝えるわけにはいかないじゃんか。


"人間を見たと……"


 伝わるかな。人間って汚いよねって。


 私も汚い人間の一人な訳ですよ。あの凄惨な情景を見てあの人達を助けなきゃなんて一ミリも思わなかったもの。


 悲しいかな、私は聖女じゃないもので。

 出来れば関わり合いになりたくないとさえ思った。



"殿下は何故それを訊ねるのです? あの場の判断は殿下の出した最善の答えです。どうすれば正解だったかは結果を見た人間が考える事で、既に起きた事は変えることはできないのです"


 正解かどうかとか、今更どうでもいいよね。政治家が国会で責任追求に時間を費やすのと同じ。馬鹿げてると思うの。結果が変わらないんだもの、コレからどうするかを有限の時間を活用して考えろよ。


 ただ、起きた事を振り返って後悔して、自分の正しさを証明したいなんて、この王子はだいぶ小心者なのかな。

 まぁ、私よりかなり綺麗な心をしてると思うよ。人の為、国の為。そんな思考で自分の事は後回し。共有した記憶の中でもそうだったもの。


 自信が無くて、納得がいかなくても流されて……。自分が嫌いで肯定できない。


 自分がリアルに存在しない。 


 まるで自分を見てるみたいで目の前のやんごとない人をどん底に突き落としたくなる。

 

 ムカつくじゃない。私に地獄を見せた癖に、自分もこの地獄にいる癖に、何に希望を見出して顔を赤らめてるの?


 なんでわりと平気そうなの?

 痛みが脳に焼け付いてないの?

 すぐに気を失ったし、すぐに私が癒しを施したからそうでも無かったの?

 

 なんなの?


"自身の不甲斐なさをせめて苦しめたいのですか? 苦しめば犠牲になった者への償いになるとでも? そうなのなら自分を呪うとっておきの言葉を教えましょうか"


「え……?」 


 戸惑う王子の様子を伺いつつ言葉を選んで紙に書いてゆく。

 

"手っ取り早く自分を嫌いになれる。自分をどん底に突き落とす言葉"


 知ってる? 

 知ってるよ。

 こんな事してどん底に落ちるのは私も同じだって。


 腕の中のベンジャミンを撫でながら王子を見つめる。


 その先が怖い。


 そう思いながらも続ける私には罪悪感というものが一応あって。


 少し躊躇いながら指を伸ばし、王子の指先に少し触れた。


"大丈夫"


 話しかけたつもりで心で念じる。


「大丈夫…………」


 私の声が届いた王子が大丈夫と口に出す。


 "大丈夫じゃないかも知れないけれど"


「大丈夫」


 大丈夫は自分を騙す言葉。


"魔物はもう倒したから大丈夫"

"クラリードは国の手が入るから大丈夫"

"私がいなくとも国は回るから大丈夫"

"王位継承はパレアがいるから大丈夫"


 責任放棄。責任転嫁。

 

 そして、大丈夫じゃ無くても大丈夫。

 そう、大丈夫でないことなど許されないと自分を追い込む言葉。


 生きるのがしんどい私にはすごく重くて、苦しい言葉。


 王子が触れていた肌を離したのは、きっと、感情が伝わるのを避けたかったからだろう。



「私は大丈夫」


 最低だ。


 その場にある長い沈黙。


 私の悪意は私にも問答無用で突き刺さる。

 苦しくて、辛くて、消えてしまいたくなるけど何もないかのように微笑む。

 それがまた苦しい。


 逃げるかのように外の様子を見てくると家を出た王子を視線で見送る。


 暫く、入り口を見たまま固まっていた。


 自身を心底嫌いになっただろう彼が、どん底へ落とした私を嫌いになれないという事だけは何となくわかっている。


 お人好しだと思うから。


 誰もいない家で顔をしかめると、私はベンジャミンを抱きしめてベッドに転がった。


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