平気な事がしんどいことあるよね
※少々過激な表現があります。
遠くで獣の咆哮が聞こえた。
えらく大きくて太い音はまるでライオンやトラなんか猫科の肉食獣みたいだ。
声が遠い事で少し安心しつつも、ヤバそうな生き物が声の届く範囲にいる事が恐ろしいわ。
遭遇したらと考えたら……いや、わざわざフラグを立てる必要は無い。
まだ、立ってないと思う。立ってない。きっと。
今、私は三人で拠点を出て街道に繋がる森の道を歩いている。ライドとシオは行きがけに仕留めた魔物の肉は持たず、魔石と討伐確認部位のみを抱えている。
何も持っていない私は二人より楽なのだが、王都まで歩くのが嫌で仕方がない。
ねぇ。今日、めちゃくちゃ歩いたよね。コレから念願のお買い物だから頑張るけど、現代人はこんなに歩かないからな。ガチでしんどいんだよ。
そう思いながら、森の出口に差し掛かった時、馬の足音が聞こえてきた。リズムからして随分お急ぎのようだ。
新手の魔物??
それとも、人が居るの??
野生の馬。そんなのいるのか?
分からんな。
急に、足音が途絶えたので疑問を抱き、地面を見ていた視線を上げると、信じられない光景。
え。
馬って宙を舞いますっけ?
ついでに人の様な物体も空を飛んでる。
エメラルド色の髪。まるで南国の海の色。
「…………」
ドサッ。
グオォオォヴォォオ!!
馬が地に叩きつけられた瞬間、地面が揺れ、耳元で叫ばれたかのような咆哮。
これ、側にさっきのヤバいヤツいますよね?
体が硬直する。それは私だけではなく、ライドも持っていた荷物を地に落としては立ち尽くしていた。
音もなく、木々の隙間から覗ける位置に魔物が現れる。
それは獅子の姿をしていた。本当に馬鹿みたいな大きさだ。お前、大型ブルドーザーか何かなの?
こんな大型の魔物が近くまで来てたのに気づかなかったのは、それが猫ちゃんだから足音しないとかそういう事?
「…………」
今。
目が合ったよね。
(飛ばされた人をすぐに癒しなさい! アレは私が食い止めておきます)
や、足、動かない。
この状況で普通に動けるほど強くない。
「ライド! この子をあの者の処へ! アレは王族です。ここで見殺しにしては後々面倒です」
「っ! わかった!」
さっきまで棒立ちしていたライドが私を小脇に抱えて走り出す。
シオは剣を構えて魔物の足に切りかかった。魔物は飛び上がり避けたが、魔力を纏った斬撃は鎌鼬のように飛ぶようで、魔物の前足を裂いた。
グオォオォヴォォオ!!
怪我を負いお怒りのご様子でシオに咆哮する魔物は、完全にターゲットをシオに変えたよう。
私の方に気は逸れてない。
ライドに、下された所には血塗れの人が倒れていた。口から血を吐き出したような形跡があるし、内臓もやられてそう。
でも、まだ生きてるのか?
確かめるのが怖くて、そのまま魔法で癒しを施す。
ただの切り傷ならそれを治すのは傷を塞ぐイメージでいいだろうけど、内蔵とか、人体の構造は知らないぜ。大丈夫なのか?
自身の魔法に不信感を覚えつつ、ただ、やるしか無いので癒しをかけ続ける。
そのうち、見た目にわかる傷はほぼ癒えてきた。
「加勢する!」
私がちゃんと機能している事を確認して、ライドが魔物へと向おうとするが、シオが止める。
「魔物はなんとかします。なので、貴方は急ぎ王都の兵士に知らせを。王族が一人で馬を走らせていたのです。他に何かまずい事が起きていると思います。一刻も早く国にこの状況を伝えるべきです」
シオの言う事は正しい。このエメラルド色の髪の青年が王族なのならば、早く第三者にこの状況を伝えるべきだろう。
それに、ライドがこの場にいない方が能力の制限をしなくて良い分、シオは戦闘がしやすいはずだ。
「けど、兄一人でソレの相手は」
「貴方一人が加勢して何が変わるのです。迷っている暇があったら早く戦力を連れて戻って来てください」
会話をしつつも魔物の攻撃をうまくかわし、小さい傷を多くつけていくシオ。血をダラダラと流す魔物は全身の毛皮を赤く染めている。
「なるだけ早く戻るからな!」
駆け出したライドを視線で追う魔物。その瞬間、シオが魔物の尾を斬り落として意識を逸らす。
このライオン……動く物に反応するのか?
だとしたら、ジッとしておくのが吉か。
おそらく、早くてもライドが戻るのは二時間ほどはかかると思われる。
ライドが視界に映らないほど遠くまで走って行ったのを確認すると、シオの動きは格段に良くなった。対する魔物は全身の出血で動きが鈍っているようにも見える。
シオに魔物の爪が擦りそうになる度ヒュッとなる。
もうダメ!!
見てるのも怖い。
少し遠くにまたたびでも生やしたらそっちに行ってくれないかな。ライオンとかトラもまたたびで猫ちゃんなってる動画とか見たことあるけど……魔物にも効くのか?
逆に、興奮状態になっても困るけど。
あ。
………………。
見てはいけない物を見た。
シオさんが素早い動きで潜り込み、魔物の腹を思いっきり裂いたのだ。
流石にあの傷を負えば魔物も動けないと思いたかったけど、立ち上がってくる。
けど、問題はそこじゃない。
人の手?
一つじゃ無い。頭、足、胴。
裂かれた腹部から漏れ出したモノが野を汚していく。
今日昨日に食べた物を消化……出来なかったのか。
人間を食べたのか。
この魔物は……いや、そもそも、魔物は人を襲う生き物。人間は弱い。争う術を持つのはごくわずかな人間だけだ。
私はこみ上げてくる物を必死に飲み込んだ。
普通の女だったら、この状況を見たら悲鳴を上げて気絶しそうなものだが、それが出来ない私は必然的に見てしまう。
魔物は立ち上がったもののろくに動くことはできず、シオが首を切り落としやっと息絶える。
終わった。
血溜まりの上で何も言わずに立っているシオ。返り血やら傷やらで赤く染まっててちょっと怖い。
すぐに、人を食べた魔物に真顔で剣を刺し、魔石を取り出すシオさんが怖い。
見ていられず視線を落とす。
私の側で高価そうな服をズタズタにされて血塗れている彼をシオは王族だと言った。
王族がなんであんな魔物に一人でおわれてたのさ。普通、護衛が沢山いるはずだよね?
しかも、王子だよ?
無論イケメンだし、まだ若い。
この国の跡取りじゃん。大事にされるべき存在じゃんか。
運がないの? 不遇なの?
普通ならそんな人間に関わり合いになりたくないけど、リザの復活のためにはその地位と今回の件は利用できそうだな。
うん。自分でもクソな考え方だなと思うけどさ。
サクッと発言権のある人にリザを主神にします。とか言ってもらえたら楽よね。ま、あり得ないのはわかっているけど。
そんなこと考えてたら、エメラルド色の青年が身じろくのを感じた。
目覚めた彼の額に手を置く。
可哀想。
地獄へようこそ。
治癒によって現実という名の生き地獄へ戻された彼を私は憐んだ。




