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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇ギルドにて◇
39/109

トルニテアのフォークは三つ又だった



 ライドと共に拠点に辿りつくと、シオとライドは赤狼の処理を済ませて、住まいの話をしだした。


 ベンジャミンはまだ動かないので籠に入れる。きっと起きたら飛び出すと思う。


 私は、一応世話になってるのでライドに遅めの昼食でも作ってやるか。と、手を洗いテーブルで作業を始めた。


 実は我が家、シオさんの魔術で木箱製の冷蔵庫と冷凍庫があるんだぜ。マジで助かる。

 ま、コレもエルトディーンが王都から運んでくれた物資なんだけどな。


 ブーケガルニと魔物の骨付き肉を煮込んで濾したブイオンを小分けしていた物を冷凍庫から取り出す。


 今の体は食べなくても生きていけるので、食べるのはぶっちゃけ面倒なんだけど、せっかく生産した野菜やハーブは使わないとだろ。


 色々無い材料もあるけど、ニョッキを作り、煮詰めて保存していたトマトソースにブイオンを少し加えてのばし、朝収穫したフレッシュトマトを加えてポモドーロを仕上げる。

 

 残りのブイオンは簡易スープ。生野菜のサラダのドレッシングはイタリアン。


 これだけ作れば十分だろ。

 パスタの飾りにバジルをとりに畑に行きたいけど……。

 出来た料理を誰もいない状態に放置は無いな。


 シオさん戻って来ーい。


 そう、念じるとしばらくして二人が戻ってくる。イヤー。シオさんの能力便利だな。


 私に向けられるシオの冷たい視線は完全にスルーする。


 室内でも二人の話は続くようなので、私は畑に行ってくるよ。机の上の食事の番は頼んだ!


 伝えたい事だけ念じて家を飛び出すと、茉莉花のいい香り。清々しいね。


 私は、視界の隅、家に立てかけられた食肉加工途中の獣の姿を見なかった事にした。


 ハーブは畑から少し離したところに生えている。というのも一部の繁殖力が半端ないからで……、ミントなんかは、嫌いな他所様のお庭の土にそっと差し込むだけでテロができるくらいに繁殖が強いのだ。扱いには気を使う。

 目的のバジルを摘み取り、家に戻ると二人の会話が聞こえた。


「コレは……虫か?」

「……さぁ」

「さぁって、普段、妹の料理食べてないのか?」

「今日は少し張り切ってるようですね」


 確かに、私はトルニテアに来てから今まで料理と言う料理はした事が無い。家庭菜園の野菜を食べだしたのはエルトディーンの毒味以降だし、調理が面倒だったので生野菜(味付けなし)ばかりで、シオさんは抵抗があったのか食べてなかった。



「…………お、お帰り。美味しそうな昼食をありがとうな!」


 私が帰った事に気づいたライドはあからさまに動揺して、取り繕うように笑顔を作り礼を言った。


 まぁ、私も初めてニョッキを見た時は虫っぽいとは思ったけどさ。なかなか虫は食べないだろ。もし、虫なのだとしたら、この量を集めるのがどれだけ大変なのか想像もつかない。


 手とバジルを洗い、ポモドーロを皿によそって飾りつける。


「彩も鮮やかで綺麗だなー」


 棒読みじゃねーか。まるで、ヤバイ料理を作った子供の親が無理矢理に子供を褒めようとしているみたいだ。


 トルニテアのドブ色料理より色も味も百倍マシだと思う。


「この、白いのは何かなぁ」

「…………」


 イライラすんなぁ。

 パスタの一種だよ。

 トルニテアにはニョッキはないの?


(この様な形の食べ物は見た事がないです。材料は何なのですか?)


 小麦と蒸した芋だよ。少し塩も入れたかな。それを茹でてソースと絡めただけなんだけど……。麺状態のパスタはトルニテアにもあるだろ?


(……麺とは?)


 え、麺ないの?

 長いパスタないの?

 

(長い? その、ニョッキとやらを長くしたのですか? 食事しにくいでしょう?)


 あ、え?

 マジか。地球に紀元前からあったモノがトルニテアにはないのかよ。ま、確かに、日本にパスタが来たのも多分幕末辺りだろうし、ガスも水道もないトルニテアにはパスタが無くても仕方がないのか? 


 大昔は、パスタは手掴みで下から食べていたらしいけど、美しく食べる為にフォークの又を増やし四つ又にしたと聞いたことがある。


 そういや、ニョッキを作るときにトルニテアのフォークは三つ又なんだなと思ったわ。


 えーと、シオさんや。長いパスタはフォークに巻き付けて一口にできる形にして食べるんだよ。乾燥させた状態で保存できるから、昔は飢饉に備えて備蓄されてたはず。


 って言うのをどうやってライドに伝えたものか。シオさんはニョッキがどんなものか理解できただろうけど、ライドには筆記しなければ伝わらない。


「小麦と蒸した芋などを混ぜて茹でたモノらしいです。パンの代わりとなる主食ですね」


 怪しまれない?

 伝えちゃって大丈夫なの?


「芋と小麦か。って、さっきまで兄もわかって無かったろ」

「コレとの間にはテイコがあるので」

「どおりで! お前達が無口な理由がわかったわ」


 わかんねーよ。何二人で納得してんだよ。

 テイコてなにさ。


「でも、兄妹間は珍しいな。夫婦間や親子間だとたまに聞くけど」


(元々魔力の相性の良いもの同士が長期間共に過ごすと、稀に、念じるだけで意思を伝えることが可能になるのです。その現象をテイコといいます)


 テレパシー的なやつか。

 魔力によるファンタジー。パスタは無いのにこんなのはあるのな。


「そうですね。珍しいとは思います。椅子は無いですけど……ひとまず、昼食を済ませて早めに王都に戻りましょう」


 シオがテイコの話をサクリと終わらせて食事に移ろうとする。あまり深く話していたらボロがでそうだものな。シオさんグッジョブ。


 テーブルについて食事を始めようとするものの、食べた事のない物は食べるのに勇気がいるわけで……。


 私が食べて見せないと二人は食べるに食べれないだろうな……。


 そう思い、声には出さないが、手を合わせていただきますをした後、フォークを使ってニョッキを口に運ぶ。

 うん。ニョッキがモチモチしててトマトソースも絡んで美味い。ゴロゴロに切ったトマトも、よく熟していて口の中でサラッと溶ける。最高かよ。食べ慣れた味で私の口には非常に合う。

 しかしながら、いくら私に合う食事でも二人には食べ慣れない物だ。ニョッキと同じ食感の食べ物はトルニテアにはないのではなかろうか。


 先日、ライド宅で出されたパンは硬くパサついたもので、スープに浸して食べたりするタイプだったと思う。蒸しパンや酵母を使った柔らかいパンが無いのだとすると、自然界に無加工でこの食感の食べ物は多分無いよね。


「不思議な食感だし、食べ慣れない味だが美味いな」

「食事中に手を汚さず済むのも中々魅力的ではあります」


 やっぱりか。このモチモチはトルニテアでは表現出来ないようだ。だって、餅がないんだもの。モチモチなんて……表現があるわけがない。

 それに、スパイス塗れの食事を今までしてきてる二人には多分物足りないところもあるのかもしれない。


「で、コレが例の生で食べれる野菜か」


 サラダを盛った皿を凝視しているライド。レタスをフォークでさし覚悟を決め一気に口に運ぶ。


 はじめ険しかった顔は、レタスを何度か噛むうちに子供が新しい玩具を与えられた時のようなキラキラした笑顔に変わっていく。


 …………。


 この人、表情か豊かすぎるよね。ライドを毎日見てるリーナはいつも面白いんじゃないかな? 

 や、毎日だと鬱陶しいかも知れないな。


「クセがない! タレも程よい酸味で野菜なのにいくらでも食べられそうだ」


 うん。トルニテアの野菜に比べたら私の家庭菜園の野菜はクセは少ないと思う。

 育てては無いけど、向こうの野菜で張り合えるのはセロリとかパクチーなんかの香草類やゴーヤくらいだろ。

 ライドはペロリとサラダを完食していた。


 シオに視線を向けると、ゆっくりだが問題無く食事できているよう。口に合わないというわけではないのだろう。

 

 

 食事を終えた頃、背後でガサリと音かしたので振り向くとベンジャミンが起き上がっていた。「何処だ此処は」とでも思っていそうな動きをしている。


 起き抜けだけど、なにか食べるだろうか?


 サラダに使った葉レタスの芯に近いどころやトマトのヘタ等、野菜の切端をベンジャミンの前にチラつかせると勢いよく食べ始めた。


 あ、草じゃ無くてもいいのね?


(基本、草を食べてますけれど魔物ですから雑食ですよ。なにもなければ腐肉でも食べますから)


 え、アレ? 角兎って草食じゃないの?

 雑食だからあの時、シオは持て余すと言ってたのか。ま、いいや。

 追加で、今日出た野菜の切端をベンジャミンに与える。彼はコレから我が家の生ゴミ処理係にするとこにしよう。


 私は食器を下げ、食後のお茶を準備する。

 お茶はお口の中をスッキリさせてくれるし、虫歯の予防にもなる素敵な飲み物です。


 トルニテアではお茶は高級品らしく、ライドは茶を出すとソワソワしながら飲んでいた。出したお茶がトルニテアの高級茶じゃなくて申し訳ない。お手製だけど美味しいから許してくれ。


 緑茶で一息ついたら、各々もう一度拠点を出る準備をする。


 私は、ベンジャミンを放飼いして畑を荒らされるのは御免なので、ベンジャミンが越えられない高さの塀を外に作り、彼の簡易の家とした。

 角の無いベンジャミンは思いの外大人しく、特に反抗的な行動は取らない。コレは角を切れば家畜化できる前例になるんじゃないか?


 塀の中に生やしてやった草を食べるベンジャミンを眺めていると、シオと配色が一緒な事に気づく。

 

 真っ白に赤い目。


 一人、クスリと笑った後、準備が整った二人の元に駆けた。


 再度、王都に向けて拠点を出た私はやっと買い物ができる!と、内心ニヤけていた。


 この後、面倒にな事件に巻き込まれると知らずに。

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