エルトディーンとシオ(エルトディーン視点)
正午。仕事の休憩にと飲食店街が賑わいだす頃。
シオと二人並んで歩いている。目的は日用品の買い出し。私は大量の荷物を異空間収納に収めて運ぶための人員だ。
「ヒノは買い出しを楽しみにしていたのに残念だったな」
「アレは……自業自得です」
愛想を振りまく事をやめたらしいシオは、大きな瞳を半分ほど目蓋で隠し、何を考えているのかわからない無表情で答えた。
少し、ツンとした今の応答がヒノと過ごす普段のシオの姿なのだろう。
「ヒノは一体、何を欲しがっていたのだ?」
「……鍋、包丁、まな板などの調理器具と、あとは、茶葉の加工をするための道具でしょうか」
「茶葉の加工?」
この国のでいう茶葉というのは基本香りの強いハーブで、摘んだハーブを洗い、湯で蒸らした物がお茶として出される。
後は、乾燥させて粉末状にしたものもあるようだが、それは冬にハーブを維持できない者が取る手段として貴族街ではあまり好まれていない。
カップの底にポットの網を抜けた粉末がザラザラと残るのを不快に感じるというのもあるだろう。それよりは水にハーブの香りを移したモノの方が好まれる。
お茶会は権力を示すための一つの手段なので、貴族の夫人はお茶会用に庭にハーブ園を持ち、そのための庭師を雇い手入れを怠らない。
「よくわかりませんが、昨日、貴方の胸ポケットにあった葉を茶葉に加工するようです」
昨日、ヒノが私に差し出した新芽の香りを思い出すが、私の知るお茶の香りではない。あの葉に直接お湯を注いでもお茶になる気は全くしないが……。それは、シオも同じ事を考えているようだ。
「アレの趣味は理解しかねます」
確かに、土いじりを好み、自身で茶葉を加工する令嬢はそういないだろう。
「適当に買い揃えて、足りなければ、また後日、意識がある時に本人に選ばせるしかないでしょう」
自業自得だと突き放してはいるが、道具を買い揃えておくシオに、妹への優しさを感じる。
ヒノの魔法もシオにとって余計な世話だったかも知れないが、ヒノの行為は結果的にシオを守るためのモノだったのだ。
互いに思い合う兄妹愛を微笑ましく思う。
「あと、門の代金と衣装の立て替えの代金です」
差し出された袋を受け取ると中で硬貨がガチャリと音を立てた。何気なく渡されたこの金も一般人からしたら大金になるが、シオの所持金はその何倍にもなる。
今日まで一文無しだったが、大金を得るだけの魔石を集められる実力があるは確認済み。今後、金に困ることはないだろう。
それにしても、祖父と模擬戦をしたシオの剣術はこの王都で騎士が教わる剣術の型に近かった。
処処に我流が混ざっているのだろうが、もはや、一つの型として成り立っているような無駄のない動き、乱れる事のない心、目的のために太刀を受ける判断を下した決断力。全て一級品。祖父がシオを気にいるのも納得の実力だ。一体どこで剣術を学んだのか……。何処で生まれ、何処で育ったのか。きっと答えてくれる事は無いのだろう。
「確かに受け取った」
私は微笑み、硬貨の入った袋を持ち上げて見せた。
通りを進むと賑わう商店や屋台から香る香辛料の香りが空腹感を刺激してくる。
そういえば、ろくに朝食も取っていない。
「何処か店に入るか」
「……そうですね」
ヒノとヘスティアの分も何か帰りに買って帰ればよいだろう。
賑わう店の中で席に座り、注文を済ませる。出された料理を迷う事無く口にする。
「……どうした?」
考え込んだように料理を見つめるシオ。嫌いな物でも入っているのだろうか?
「貴方は気にならないのですね」
「……まぁ、今はな」
恐らく、毒味役も居ないで躊躇なく食事を取る事や一人で出歩く事についてだろう。
貴族社会から離れている私をどうこうしようという輩はそう居ない。こんな市井にわざわざ出て来て騒ぎを起こすほど暇な者もいないだろう。
「見た目ほど悪くないぞ」
食べたらどうだ? と促す。
この店の料理は、見た目の華やかさに欠けるところがあるが、そう不味くは無いと思う。
「…………」
シオはゆっくりとした動きで、優雅に食事を始めた。彼を見ていると、ここが平民たちの出入りする食堂だとは思えない。まるで、高級なレストランにでもいるかのように思えてくる。
こんなに優雅で美しい所作の少年が土で出来た粗末な家に住んでいるなど、誰も想像がつかないだろう。
ふと思う。あと二年。
きっと、この兄妹が共にあの地で過ごせる期間はそれだけになるだろう。と。
二年後にはヒノは学園に通うため蛇の塒を出る事になる。あの地から学園に通うのは不可能だから仕方のない事だが、その後、蛇の塒に戻る事はおそらくない。
アレ程神に愛された娘を貴族社会が手放すはずがないからだ。
シオがどんな思いでヒノを貴族社会から遠ざけたのか、子供だけで家を離れて生きるという選択にどれだけの覚悟が必要か……未だ親の脛を齧っているような私にはわからない。
だが、ヘスティアも似たような状況で子供時代を過ごしたのだろうと思えば、手を差し伸べない選択肢は無かったのだ。
ヒノは何も語らない。そして、シオも必要最低限の言葉しか紡がない。私とヘスティアの掛け合いを見たら誰もが関係を尋ねるが、それも無い。
警戒心の塊、似たモノ兄妹。他人との接触と関わりを深く持つ気は無いのだという気持ちの現れ。
私が関わった事で貴族社会に引き戻される事を二人には申し訳なく思う。
「…………」
静かに食事を終え席を立つ。
購入予定の品の確認を再度済ませ、効率よく買い回る道順を脳内の地図と照らし合わせる。
「土産は……甘めの果実がいいでしょうね」
「そうだな。婦人の好みそうな果実をいくつか……少し多めに買って行くのがいいだろう」
そして、ヘスティアには酒とその肴。
その後、二人で順調に買い物を進め、食料や調理器具、手土産、到底、手に持って運べない量の荷物を異空間収納に収めた。
今日の日程としては、後、二人を荷物と共に蛇の塒まで送り届けるだけ。
かなり濃かった二日間がもうすぐ終わるのだと、少しだけ寂しく感じた。




