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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇ギルドにて◇
31/109

爺ちゃん現る



 開けられた扉の真ん中に立っていたのは濃いめのオレンジ色の髪を持つ若い女性。

 キッと吊り上がり気味の目でギルド内を見渡すとカツカツとブーツで音を立てながらコチラに歩み寄った。


「エルトディーンはどこだい! アイツ、この私を待たせて何をしてんだ」


 豪快。男勝り。

 私の近くまで来ると側にあるテーブルを拳で強く叩いた。

 机が壊れます。ネェさん。

 

 響く音と女性の勢いにその場にいたシオ以外の人間が縮み上がっている。無論、私も。

 少し震える手でシオの服の裾を掴んだ。


「アンタらがシオとヒノだね」


 そう言うと女性はガシッとシオの頭に手を置いてグシャグシャに撫で回した。怖いもの知らず。

 撫で回されるシオは不服そうだが、抵抗はしていない。この人はエルトディーンの知り合い。おそらく、昨日、ライド宅に預けられている間にエルトディーンと会って説明は受けていたんだろう。


「いいかいお前ら。この子等はエルトディーンの庇護下だ。手なんか出したらえらい目に合うぞ。ま、馬鹿だから既にやらかしてる形跡はあるが……」


 はい。既にやらかしてます。


「ガキが貴族に庇護されていい思いしてたら腹も立つだろ」

「そうだそうだ」

「だからお前等は馬鹿なんだ。貴族の庇護下にある子供に手を出すんじゃなくて、恩をうるんだよ。黒に目が眩んで誘拐でもしたら奴隷落ちは確実だが、誘拐犯から救い出したら報奨金が出る。どっちが良いかなんてガキでもわかるだろう」


 わかるけど納得できない。そんなギルド員全員を黙らす女性。

 ムカつくから嫌がらせするなんてのは凄く幼稚だ。利用してやるぜ。くらいの気持ちで対応する方が誰も不利益を生まない。


「この二人を覚えな。変な輩に絡まれてたら助けてやると良い。きっと金になる。今日、この場にいるお前等は幸運さ。二人が貴族の庇護下と知れただけでも早起きした甲斐があったじゃないか」


 すぐ金に結びつけるのは単純に利益をわかりやすく表現するためで、うまくおっさん達を操るための方便なのだろう。

 現に、おっさん達は頷いて聞いている。



「確かにそうだが……一人はリズだぞ」


「馬鹿だねぇ。いいかい。この子の顔。アンタと比べたら月と汚物だ」

「おぃ」


 随分と酷いいいようだ。汚らしいとは思ったけど、面と向かって汚物呼ばわりは中々できない。


「それに、属性は持たなくても、この濃い瞳の色は相当な魔力を持ってる」

「リズが魔力を持ってても無意味だ」


 汚物と呼ばれたおっさんが突っかかる。正直、おっさんにシオより優れてるとこなんか無いと思うけど、何がどうしてプライドに傷がつくのだろう?


 ものすごく薄い紫色の髪をしたおっさんは属性は持っていても、魔法を扱えるだけの魔力と知識を持ち合わせていない。つまり、属性の持ち腐れ。魔法が使えない時点で魔法属性を持たないリズとの違いは無いも同じだ。

 

「本当に馬鹿だな。例え、この子が社会的に認められなくても、この子の子は違う。リズとして産まれるとは限らないし、魔力量は基本遺伝、濃い子が産まれるのは確実なんだ。それに加えて見目も美しいだろう。その子はきっと出世する。そう考えたら月と汚物、汚物を選ぶのは馬鹿さ」


 ネェさん、鬼ですね。

 汚物汚物言われてるおっさんが少しだけかわいそうに思えてくるよ。イケメン至上主義はどの国でも一緒なのね。


「でも、リズは縁起が良くないだろ。不幸を呼ばれたらたまらない」

「……この子の場合、もれなく神に愛された妹がついてくるんだよ? プラマイゼロどころかプラスだろうさ。リズはマイナスではなくゼロってだけなんだから」


 ネェさんの発言は聞いていて気分がいい。ハッキリ筋が通ってるように思える。なので、言い返しても必ず言い負かされるおっさん達は意気消沈だ。


「もう、うるさい奴らだね。あんまりしつこいと出禁にするよ」

「そりゃあんまりだ」


 何処かへの出禁宣言は今までで一番効果的だったようだ。素直に仕方がないと諦めておっさんが席について飲み直しを始めていた。


 や、飲み直さずに風呂に入れよ。シオさんは洗ったけど、お前は酒臭えし濡れてるんだよ。

 そもそも、なんで酒飲んでんだよ。仕事しろよ。視界の角に映るおっさんにツッコミつつ、さっきから無双している女性の話を聞く。


「自己紹介が遅れたね。アタシはティア、この近くで酒場をやってるモンだ。何かあれば遠慮なく頼ってくれていいよ」


 無言で軽く頭を下げる。

 シオも軽く挨拶を交わしていた。


 シオが警戒していないって事は頼って大丈夫な人なのかね?



「ヘスティア?」

「…………」


 不意に聞こえたエルトディーンの声に振り向く。


「なぜここに」

「なぜじゃ無い。アンタ私を待たせてジジイと話し込むとはいい度胸してるわね」

「や、その、好きで話していたわけでは……」

「へぇ?」

「ヘスティア」

「ティアだ。いい加減覚えな」


 ティアはおっさんにしたように、エルトディーンを言い負かす。

 ヘスティアってのティアの本名だろうか?

 エルトディーンとは随分と親しいらしい。

 ティアは髪の色以外は平民の風貌なのにライド以上にエルトディーンとの近さを感じる。尻に敷いてる感さえある。


「ティア、待たせてすまない。登録だけ済ませてすぐに向かう予定ではあったんだ」

「馬鹿か、アンタが来ればジジイが引き留めるのはわかりきっていただろう」

「まさか、こんな早朝に屋敷を出ているとは思わず」


 エルトディーンもタジタジ。ネェさん強い。そう、思った時、急にバクリと心臓が鳴った。


 変な汗と鳥肌。


 エルトディーンの後ろから現れた老人を見た瞬間に漠然と怖い。そう思った。


 白髪混じりだけどエルトディーンと同じ赤い髪。蓄えられた髭と威厳を感じさせる顔立ち、高貴な服装。偉い人だ。たぶん普通に生きてたら会うことも無いくらいに遥か高みの人だ。

  

 ピリピリとした空気。

 さっきまで騒いでいたおじさん達も身動きを取れず凍りついたように固まっている。


 涼しい顔をしているのはシオとティアだけで、エルトディーンは緊張しているように見える。


「ワシの孫に土をつけた娘がなんのようだ!」


 ティアを視界に入れると大きな声で吐き捨てる老人。


「ジジイに用なんかないね」


 違うのはわかってるけどさ、お孫さんにティアは泥団子でも投げつけたのかねぇ?


(エルトディーンの祖父のようですよ)

 まじか。道理でにてらっしゃる。


 おそらく、土を付けたってのはエルトディーンが貴族社会から離れている事に関係があるんだろうけどさ。

 過去にティアと駆け落ちでもしたのか?

 分からん。


 てか、エルトディーンの爺ちゃんって、相当偉い人だろ。なんでこんなとこに?


(このギルドは国営で、徴税局が隣接しているようです。そちらの局長と兼任で会長としてギルドに関わっているようですね)


 国の剣の役目を年で引退した後の天下り先というわけか。平民の住む地域にある建物だから人気もなさそうだし、ギルド員は野蛮人も多い。ある意味適任なんだろう。


「あれ程、コレと関わるなと言っただろう」

「しかし、今回はティアを頼る他ない状況でしたので」


 エルトディーンの爺ちゃんは私の方を見てくる。観察されているような、じっくり見られているような。そんな視線に耐えきれず完全にシオの影に隠れた。

 


「屋敷で面倒を見れば問題あるまい」

「貴族社会に縛りたくはないのです」

「いずれ、そう言っていられなくなる」


 エルトディーンのお屋敷にお邪魔する未来は避けたいな。私の大事な畑ちゃんのお世話が困難になる。


「しかし、私は二人をバラバラにしない方法を探したいのです」


 そう。そう。バラバラは無理。

 話せない設定だしな。



「世迷いごとを、学無くして生きることは叶わぬぞ」


 ??

 爺さんは私に勉強しろと。

 してるよ。充分シオのトルニテア講座を受けてるよ。多少古い知識だけどな。


 眉間に皺を深く刻んで目を細めている爺さんは、学が無いが故に死んだ知人でもいるのだろうか?

 他人事ではない、自分の身に起きた不幸を語っているのか、まるで古傷に爪でも立てられたかのような表情だ。


(……彼は貴族社会を学ばせるために、貴族の子供の通う学園に通わせたいようです)


 だから、エルトディーンのお屋敷に住まわせたいわけか。蛇の塒から通うなんてできないものな。いやさ、学校とか勘弁してほしい。子供嫌いなんだよね。子供と一緒にお勉強なんかやってられないわ。しかも、貴族の子供なんて生きる世界が違うし、絶対に相容れない自信がある。

 にしても、何故エルトディーンの爺ちゃんにそんな心配をされねばならないのだ。余計なお世話もいいとこだ。もっと他の人間に施しをすれば良いのに。私は気ままに暮らして、お茶でもすすりながら気長に信仰集めするからほっといてほしいわ。


「何を守るにも力は必要だ。力なき者に自由はない」


 今度はシオを見て低い声で言う。

 あ、シオさんに妹を守る力がないと言いたいのだろうか。


 それとも私?


 ただの子供に拒否権は無いとでも?

 この国じゃ確かになんの権利も認められて無い唯の子供。お貴族様に逆らえないのは事実。


「知識も武力も持っているつもりです。権力がなくとも、私が守るべき者はコレだけですから罪を恐れなければどうとでも」


 にこやかにシオが謀反でもなんでもするよ。的な事を言うので、ギルド内の空気は確実に凍った。ギルドの職員も持っていた書類をおとしたり、目を見開いて固まっていたり動揺を隠せていない。


 たぶん、普段この爺さんに意見を言う人間が居ないんだろう。職員はおそらく平民だもの。此処は爺さんの独壇場のはずだ。

 私はシオの後ろに隠れながらも静まりかえった空気を肌で感じてビクビクしている。


「はっ、カッコいいねぇ!」


 そんな中、ティアが面白い物を見つけたとばかりに笑いながらシオを持ち上げる。

 でもね。シオが大事なのは私じゃなくてリザ様。リザ以外どうなってもいいってのがさっきの発言の正しい訳だな。意味を知ってしまえば、カッコ良くもなんともない。


「ほう」


 そうこぼして、口の端を少し上げる爺さん。少しだけ威圧感が増した気がした。

 威圧されてるシオ本人はケロっとしてるけど、周りの人間はたまったもんじゃない。

 もう、ここにいる一般人で被害者の会を立ち上げたいくらいに皆顔色が悪い。胃に穴があくやつだよコレ。もうやだ。


 

「ワシが、小僧の実力とやらを見てやろう」


 結構です。


 今日はお買い物してお家に帰る予定だったのだ。そんな予定はいらない。お断り。NO!


 なんて、言えないよね。


「ついてこい」


 背を向けて歩き出す爺さん。

 これ、私も逆に背を向けて帰っちゃダメかな。そんな事考えていたら、「面倒だし、私は戻るわ」と、ティアがギルドの外に向かって歩き出した。


 え、私も行きたい。

 そっと、期待を込めてエルトディーンに視線を向けると、首を横に振られた。


「面倒」


 ボソリ、シオが呟くのが私の耳にしっかりと聞こえた。



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