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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇蛇の塒にて◇
29/109

トルニテアの伝統料理




 衝撃的だった。

 見た瞬間なんだコレと思ったんだ。

 食べ物の配色じゃねぇ。

 

 なんなんだ、一口口に入れるまでに勇気と覚悟が必要な灰色と黄土色を混ぜたようなドブ色の料理。煮込料理なのはわかる。ただ、むせ返るほどのスパイスの香りは非常に不愉快。濃厚そうでドロドロとした……ホント何これ。

 リーナは料理上手だとか信じられない。嘘だろ。ライドさん褒めるために嘘ついてんだろ。


 エルトディーンが王都に来る途中仕留めてどうにかした赤狼の肉はシンプルにステーキにされてるけど食えんのか?

 ちゃんと食肉加工してるか?


 普通に食べ始めたライドとリーナ。エルトディーンまで普通に口にしている。


 これは……、庶民料理とかそんなんじゃ無くて、トルニテアの一般的な料理なのか?

 変な色の煮込み料理は液状部分をスプーンにすくって口に運んでいるからおそらくシチューみたいなスープ系の料理だ。


 そして、シオも一口。特に表情の変化はない。見かけや匂いに反して実は美味しい系料理だったりするのだろうか。


 それとも、食糧難でこんな食べ物しかないのか?


(トルニテアでは普通に食べられてる煮込み料理ですね。まぁ、貴族街でも盛り付けに飾りが付くくらいでたいした味の差はないかと)


 それは、味はモーマンタイって事か。貴族さんももっと食欲を誘う料理考えようよ。ホント、なんなんだよこの色。


(色彩の鮮やかな野菜が縁起がいいと好まれますので、複数の色の野菜を煮込む事でこんな色になるんでしょうね)


 なるんでしょうね。じゃないよ。

 緑黄色野菜ふんだんに使いましたじゃないよ。紫とかそんな色の野菜は取り扱い注意なんだよ。アントシアニンは水溶性なんだよ。


「………………」


 正直言うと、今ね。ものすごく自発的に気絶したい。


 気絶したらこんな怖い物を食べなくても良いんじゃないかとか思うの。この判断が最低なのはわかってる。


 日本にいた時は気絶とかブラックアウトしかけた事はあっても実際に落ちた事無かったのに、こっちに来てからはポンポン落ちてたからね。大丈夫かよ。と不安になる事もあったが……選べるのなら今、今落ちたい。


 そもそも、他人の作った料理って抵抗があるわけよ。私は他人が素手で握ったおにぎりとか絶対食べたくないタイプの人なわけよ。


「ヒノちゃん、もしかして、まだ食欲が湧かない?」


 ヤバイ。あまりに手を付けないから、リーナに声をかけられてしまった。


「リーナの料理はどれも美味しいぞ!」


 ニコッ! じゃないんだよ。

 あー。胃のあたりがキリキリしてくる。


 空気をよんで、大丈夫、大丈夫、食欲あるよ! みたいなパフォーマンスをして、笑顔を作り、スープをスプーンにすくう。

 

 私の無いカスッカスの勇気を絞り出して口に運ぶ。みんな食べてるんだから大丈夫。


 大丈夫。大丈……。


 あ。


 これダメなヤツだ。


 マッズ……。


 え、何コレ。


 アク……。なの?

 とにかくエグい。エグ味を誤魔化す為の香辛料の多用だったのな。

 そもそもの野菜の下処理間違えてないか?

 てか、食べれる野菜だったの??


 えぇ。


 飲み込みたく無い。

 真剣に飲み込みたく無いのに、口の中に入れ続けたらこの味から解放されないと言う地獄。


 なんでみんな、普通に食べてんの。信じられない。私には無理。しんどい。


 アレだよ。日本人の体はコレに対応できるように出来てないんだよ。

 トルニテア人だってワカメ消化できないだろ!!

 なんで、こんな劇物を摂取しないといけないの? いけなかったの?


 意味わからない。

 なんの苦行だよ。

 

 ブワッと瞳に涙が溜まる。流れでてはいないけれど瞬きしたら溢れそう。


(今、口に入れてる分だけ飲み込んでしまいなさい。あとは食べなくても大丈夫ですから)


 涙が溢れる瞬間、シオが服の袖で私の顔を遮り、皆に見えないようにしてくれた。すると、信じられないくらい勢いよく涙が溢れ落ちる。

 人間て、不味い料理を食べただけで、こんなにも涙を流せるんだね。

 犬と男の子が教会で絵を見ながら天に召されるアニメを見ても泣けなかった私を、こんなにするトルニテア料理の凄まじさよ。

 しかも、リーナが飯まず嫁というわけではなく、トルニテアの料理の水準が低いという絶望感。涙が止まらない。


「すみません。まだ、気分が優れないようです。この子は、普段から小食な上、最近は調理された物を食べていなかったので体が香辛料などを受け付け無いのでしょう」


「あら、心配ね」

「もしや、体が弱いのか。今日倒れたのもたまたまではなく、頻繁に?」


 見えないものの、エルトディーンがオロオロしてるのが伝わってくる。


「最近はそうでもありませんが、住む環境が変わった頃は頻繁に。倒れるのも魔力の扱いが稚拙だからであって病気ではないので、いずれ魔力の扱いになれれば問題ないはずです」


 流石シオさん。毎度、私を落とすのを忘れない仕事ぶり。酷いけど、もう、いい加減慣れてきたわ。


「そうか……、しかし、いや、……」


 エルトディーンが何かを言おうとして止める。どうした、エルトディーン。何にそんなに動揺しているんだ。


 もしや、お前さんも、実は、トルニテア料理不味いと思ってる同士かな。小さな頃は、トルニテア料理不味すぎてよく倒れていたんだ。みたいな。


 アレは飲み込んだ後も口の中を支配し続けるし、アレを飲み込んだと思うと胃のあたりが気持ち悪くてたまらないよな。しんどい。


(そんなわけないでしょう。単純に貴女を心配しているんですよ)


 や、わかってたよ。エルトディーンがトルニテア料理の事を憎く思っていたのなら、我慢して食べることはないなって。……同士ではないってわかっていたさ。


 ホント、今日会った他人を心配してくれるとかエルトディーンマジでいい奴。だからこそ、そのうち悪い商売に引っかかりそうだと思う。


 そんな事を、考えていたら私を隠す袖の端からシオが水を差し入れてくれたので両手で受け取り飲み干す。

 体の中で劇物が少しだけ中和された感がある。

 コップを返すと今度はハンカチ渡された。それで涙を拭き取り、気持ちと表情を落ち着かせる。鏡は無いのでわからないが、目元は腫れていそう。


 シオが袖をのけたのでハンカチで軽く顔を隠しながらあたりを見回した。


「今日は残念だけど、また、来てくれたら美味しい料理をご馳走するわ」


 優しい言葉をかけてくれるリーナには悪いと思う。

 あのね。ごめん。二度と食べることはないと思うの。


「それにしても、調理してないもの食べてたって、生肉か……?」

「そんなわけがないだろう。お前は馬鹿か」

「馬鹿はねーだろ」

「お前でも腹を壊すような物をヒノが食べられるわけがないだろう」

「つったって、他に生で食えそうな物はねぇだろ」


 なぜ、選択肢が生肉しかないのか。

 魚の生食は海が近くないのだから無いにしても、

果実なんかの甘いものは高価だったりするのだろうか。不作の影響か?


「……食べていたのは……果実や野菜の類ですね」


 実際に食べていたわけではない。今日、エルトディーンに毒味させるまで食べた事は無かった。しかしながら、シオも生肉かじってたと思われるのは嫌だったんだろう。生肉食論を嘘を交え否定する。


 もし、トルニテアの野菜が皆、アクが強くてエグ味があるのだったら、ライドには野菜を生で食べるなんて考えつかないだろう。


「え、生で食べられるお野菜があるの?」


 リーナが驚いたた表情でたずねてくる。


「俺も今日初めて食べたが、生食できる野菜もあるようだ」

「そんなのあったら、街に卸してぼろ儲けできんだろ」

「確かに……」


 エルトディーンが顎に手を当てて考えこむ。考えたところで、トルニテアへの野菜の普及は無理だよ。

 私は自分用にしか苗を作る気は無いからね。

 農家やる気も無いから絶対に卸さないよ。

 

 苗を持ち出したところで、他所の土地でちゃんと育つとも思えないけど。


 私は「トルニテアのみんなにも日本の美味しい野菜を食べてもらいたいんだ!」みたいなこと言う、素敵な人間じゃないので、奉仕活動は真っ平ごめんだ。


 もし、分けて欲しいって言われたら金品を要求するね。その時になれば、びびって要求出来ないのは目に見えてるが……。


「そうですね……。今日は食事を頂きましたので、後日、少しですが収穫した物をお持ちしましょう」


 ……まぁ、それくらいならいいかな。今晩はお世話になるし、出されたご飯食べないとか失礼な事したし。


「いいの?凄く楽しみ!」


 リーナが微笑む。

 野菜で喜んでくれるので私の罪悪感も薄れる。




 その後、私以外の4人が食事している間、リリアの相手をしつつ時間を潰していたが、食事を終えたリーナがリリア用の食事と言って持って来た物に衝撃を受けた。


「これは火を通した野菜をすりつぶした物よ」


 私に解説をくれる。

 日本でも野菜のペーストは離乳食として使われる。けど、トルニテアの野菜は劇物じゃん。


 そして、問答無用でリリアの口に入れられる劇物。

 当然、リリアは泣き出すけれど、きっと、トルニテアでは当たり前のことなんだろう。

 

 日本なら虐待になりそうだけど、こうやってトルニテア人は子供の頃から不味い野菜に慣れさせられているんだな。と、一つ、答えを見つけた気がした。


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