買い物は一人で行きたい派である
カランカラン
扉を開けるとベルが鳴り中から女性が駆け出てくる。その女性はくるぶしまである長いスカートを着ていて、薄い水色の髪は長く、ポニーテールにした状態で腰まである。まるで、トルニテア人女性の模範のような姿をしていた。
王都内に入ったあと、まず、私の靴を見繕い、そのあと、服を整える為に衣料品店に足を運んだ。
靴を与えられてからは、自らの足で歩いていたにも関わらず、街中では異様に視線を感じた。シオはフードを被ったままだったし、白い髪が視線を集めたわけではない。
原因は直ぐに理解することになる。
「あら、エルトディーン様。いらっしゃいませ。今日はどうされましたか?」
そう。エルトディーンの顔が広すぎるのだ。街を歩けば普通に声をかけられるし、若い女性の視線を集めた上で囁かれる黄色い声はコチラの耳にまで聞こえてくる。
顔良し、家柄良し、人当たり良し、ついでに強くて金も持ってる優良物件。
トルニテアでの結婚適齢期がどれくらいか知らんが、エルトディーンが未婚であれば玉の輿狙いの女性に人気があるのは仕方がない気もする。
貴族と平民の結婚があり得るかと言われれば無さそうなので、おそらくアイドル的な扱いなのかもしれない。
“夫人の座を狙わないまでも、妾になりたい者や魔力目当てに種だけでも欲しがる女性は多いでしょうね。当人は気にした風ではないですが"
もし、色の濃い子供が生まれれば、男であれば出世も見込めるし、女であれば貴族に召されることもあるだろう。
王族に連なる高貴な家柄のエルトディーンを種だけでも……と狙うトルニテア人女性の精神よ。
正直言おう。
かなり引くわ。
「この子たちに服をいくつか見繕って欲しい」
「ありがとうございます。では、お髪や瞳の色に合った服をご用意しましょうね」
私に視線を合わせ子供に話しかけるようなゆっくりとした言葉を紡ぐ店員。
目が合うと少しだけ困惑したが、ニコリと微笑み「フードをお外ししますね」と言って、丁寧にフードを後ろへ下ろした。
プロだな。
「コレほど神に愛された方は初めてお会いしました。当店の商品を着ていただけるなんて光栄ですわ」
ズラで色の薄い髪になってるはずなのに何故コレまでで一番とまで言われるんだ。私は神に愛された覚えはない。泣きたいくらい幸運には恵まれてこなかったのに、そう言われるのは不愉快だ。
店員がエルトディーンに来店の感謝を伝えると、エルトディーンは「あぁ」とだけ答えて苦笑い。
「コチラはお兄様かしら………っ!」
シオが自分で外套をはずすと、店員は驚きを隠すこともできずに手に持っていたメジャーを落とした。
「失礼しました」
すぐに営業スマイルを張り付けて取り繕う店員はホントにプロだと思う。でも、手が震えている。
リズと言われる存在が何故そこまで嫌がられるんだろう。シオの場合、属性を持たないだけで魔法は使えるし、顔は言うまでもなく綺麗に整ってる。性格は私からしたらクソだが、一般的には理性的でそこまで悪くはないと思う。
やっぱり、ゴキブリとか蜘蛛みたいに生理的に無理な存在ってこと?
でも、見かけが人間なのにそこまでビビる必要がある?
…………。
分からん。
私がこんな分析してるのもシオに読まれていると思えば酷いことをしているような気持ちになる。
この店員さんも口に出さないまでも色々とシオの事を考えている筈だ。聞きたくもない言葉を無理やり脳内に叩き込まれるのはしんどすぎないか。
「二人とも動きやすい物を頼む」
「こんなに可愛らしいのにドレスを着せないなんてもったいない」
勢いよく首を振って否定した。
ドレスとか小っ恥ずかしい物着れるかよ。
「では……1着だけドレスも見繕ってくれ」
「お任せくださいな」
店員の力説に押されてエルトディーンが許可を出すと、腕がなるわ。とばかりに店員は笑みを溢して、エルトディーンと握手かわした後、奥に引っ込んで行った。
何故、そうなった?
ドレスとかいらないよね。私、否定したよね。
すぐに、ガラガラと稼動式のシングルハンガーラックに子供用のドレスをいくつも下げて再び現れた店員。
ねぇ。ドレスメインじゃないんだよ?
なんでドレスしかかかってないの?
嫌がらせなの? 何なの?
シオの相手役に旦那と思しき男性も連れてきて、私に楽しそうにドレスを当てがう店員。ねぇ。私の動きやすい服は?
アンティーク調のレースのドレスとかピアノの発表会じゃんか。おい。こんなの街中で着ないよ。着るわけがないよ。着てる人居なかったよ。
「やはりこの色がいいかしら」
やめて、ドピンクやめて。
やめて、ワインレッドとか無理!
無難な色にして。お願いだから。
着ること無いと思うけど嫌だ。もっとくすんだ色でいいんだよ。
首を振り、深緑のドレスを掴んだ。この中じゃこの色がまし。
「このドレスがお気に召しましたか。では試着を……」
え、やだ。
「大人しく行ってきなさい」
助けるどころか突き放してくるシオを睨む。問答無用で連れ込まれた小部屋で渡されるパニエ。
店員さん……出ていかないのかな。
他人とお着替えとか無理。無理。
「さ、お召し替えを」
コーディガンを脱がされるとアラレもない姿なわけで店員は「まぁ!」と口に手を当てて驚き、無理やり私にドレスを着せたあと「コチラは処分致しましょう」と私のショートパンツを隅にやった。酷い。
小部屋を出ると店内にいる男3人の視線が自然と集まった。シオの服はもうすでに決まっているようで、包まれた状態でシオの手にある。
「よく似合っていますよ」
(馬子にも衣装というやつですね)
シオがニコリとして褒めてくるが、副音声でリザの声が聞こえてくる。
見せ物状態。
oh……。
辛い。
「もっと明るいお色が似合うと思うのですが……コチラの商品もお似合いですね。ほら、エルトディーン様もレディーに一言ありませんの」
「いや、…………似合っていると思うぞ」
店員の勢いにたじろぐエルトディーン。似合っているという感想を捻り出す。興味ない相手の服の感想を考えるのもしんどいだろ。
「個人的には其方の黒には真紅が似合うと思うが……」
ないない。私が美少女だったら似合ったかもな。
「あらまぁ、そうですね。きっと真紅もお似合いでしょう。よかったら試着されますか?」
首を振る。もう、いっぱいいっぱいだ。この深緑のドレス着ただけでもお腹いっぱい。もう他なんて考えられない。店員さんとのお着替えももう嫌だ。耐えられない。もう、元の服着て帰りたい。ストレスの針が振り切れそう。
「装いは女の武器でございます」
肩を掴まれ再び小部屋に引き摺り込まれ着替えさせられる。
「……どうか、あのお方を落としてくださいませ」
着終わったドレスを整える店員に不意にかけられた言葉。不思議に思い顔を見上げる。あの方ってどの方だよ。落とすってのは地獄にかな?
「エルトディーン様は21になられるのに全く奥様を迎える気がないのでございます。市井の娘が想いを寄せて言い寄ってもエルトディーン様の為にはなりませんもの。エルトディーン様のような立派な方はキチンとした貴族の令嬢と籍を入れて貴族社会に戻っていただき、国を動かして欲しいのです」
なんでそんな期待を私に押し付けるのさ。
エルトディーン。21とか、まだ全然若いじゃん。てか、私より若いじゃん。
そもそも、わたし貴族じゃないし。
そう周りが余計な世話を焼く必要ないと思うんだけど。
声を出す事もできないので、壁にゆっくり「わたし、こども」とかいてみた。
「歳の差なんで関係ありませんわ」
パチン! とウィンクをかましてくる。
この人怖い。
「殿方が自分の髪や瞳と同じ色を女性に贈るのは気がある事を伝えるためですもの。エルトディーン様にねだってみてはいかがでしょう」
エルトディーンが服を買えば売り上げにつながるものな。店員からしたら一石二鳥?
エルトディーンが服買ってくれたとしても、そんな気一切ないと思う。あったらそんなの笑えないわ。
「とってもお似合いですわ。少しだけ髪も整えましょうね」
「!!」
店員が私の頭に手を伸ばすので焦って髪を押さえた。ズラが落ちたらまずい……。
ポス
「「…………」」
長い沈黙。
余程衝撃的だったのか店員は固まっている。
鏡に写るのは短い切り揃えられた黒髪。
私はとりあえずズラを拾って整えたあと微笑んだ。これで無かったことにならないかな。ならないだろうな。絶望的。
店員と目が合うと彼女も微笑んでいる。
「整えましょうね」
この店員、私が貴族かもしれないのは理解してるのに、強く出れない性格なのを見透かして強引にやろうとしている。強引にやっている。
カツラは取られて、クシで髪をすき、結い上げられて装飾品をつけられる。
ねぇ。黒髪が神に愛されてる証拠なら、私はこんな不幸な目に遭わないと思うの。ねぇ。遭わないと思うの。
全身に鳥肌を纏いながら、まともな抵抗もできずに最後には口に紅まで引かれた。もう、死にたい。疲れた。
小部屋から連れ出されたら、速攻シオの元に駆け寄って店員と距離を置いた。
「「…………」」
何黙ってんだ。なんの沈黙だ。ズラどうしたんだよ。とか、突っ込めよ。自分でも残念なのわかってんだよ。居た堪れないんだよ。スルーして談笑していいから沈黙して私を見るのやめてよ。
もう、帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。シオの背に隠れてひたすら念じる。
「ヒノは……一体どうしたのだ」
「慣れない着替えにかなり疲れたようです」
「ならば、そのまま出るか。今付けている一式と先程のドレス。外套と普段着。まとめて支払いを」
首を振る。要らない。こんなドレス要らない。きっと高いよ。いい生地使ってるよ。使い所ないよ。着ないよ。
ねぇ。ほんと……疲れた……。
ねぇ。気持ち悪い。視界が霞む。
「領収書を切ってください。明日、立て替えていただいた分をお返ししますので」
「ならば、最後のドレス一式は領収を分けてくれ。私が余計な事を言わなければ、ヒノもコレほど疲れる必要はなかった筈だ。私からの詫びの品として贈らせてもらおう」
かしこまりました。と店員はホクホク顔でお会計を済ます。
ぼんやりと聞こえてくる会話は私の意思なんて考慮する気が全くなくて。
「ヒノ?」
「…………」
設定を抜きにしても声を出すことは出来なくて……。シオの背で服を掴んでいた手が重力に従って落ちる。
ダメだ。
そう思った瞬間、ストンと意識が落ちた。




