エルトディーンのお宅訪問1
笑顔を貼り付けながら畑の案内を続けていたが、どの植物もエルトディーンは見たことが無いといった様子だった。
トマトで土の味がしないのは証明されたので、私は生のピーマンを切り取り口にした。知ってるピーマンの味だ。
新たに収穫したピーマンを差し出すと、エルトディーンはなんの疑いもなくかじり、その苦味に眉間にシワを寄せて、横でシャクシャクと生ピーマンを食べる私と自身が手にしているピーマンを何度も見比べていた。
何度見ても同じピーマンだ。変わらないよ。
別に、エルトディーンに苦いものを与えたわけじゃない。
私の齧りかけを差し出したら、かなり戸惑っていたが私が口をつけていない場所に齧り付き、再び険しい顔をしている。
エルトディーンの口には生のピーマンは合わなかったようだ。
ざまぁ。
そう思いながら笑顔は忘れない。
作り笑いは社会を生き抜く鎧なのだ。
流石に時間稼ぎも十分だろうと、半球状の家に戻り、最後に自慢の茉莉花を紹介する。
気候は初夏、日本でいう5月頃なので、花は咲き始めたばかりでまだ暫くは楽しめる。
その白い花からは良い香りが漂い、そこらじゅうを満たしている。人によって好き嫌いがある香りなのはわかっているが、共に住むシオの好みなど気にせずに植えた。いや、造った。
この2ヶ月、転んだり、ナイフの扱いで怪我をしようものなら、飛んできてその血を欲しがる変態に配慮しようとは微塵も思わなかったのだ。
それにしてもいい香り。
花の匂いで心が落ち着いていく。汚れまくっている私の心がほんの少しだけ浄化されたような気になるのだから不思議だ。
「遅かったですね」
家の中からシオがひょっこり現れた。
遅かったですねじゃない。家を整えるのが終わったなら知らせるべきだろう。
私がどれだけ神経すり減らしてお貴族様の接待をしていたと思っているんだ。ふざけやがって。
ツラツラと不満が湧き出てくる。
シオの顔を見ると茉莉花の癒し効果も何処かへ行ってしまう。何処へ行くんだ返ってこい。私の安らぎ!
私の中から抜け出てゆく何かを引き留めたくなる。
「ヒノに畑を案内してもらってたんだ」
ニコリ、エルトディーンが爽やかに言う。
「それにしても、ここは珍しい植物ばかりだな」
この花もいい香りだ。と、茉莉花の白い花に優しく触れるエルトディーンの好感度が少しだけ上がる。
そうだろう。そうだろう。
いい香りだろう。
特別に乾燥させた花を土産に持たせてあげても良いよ。
「そうですか? かなり強い匂いなので中まで薫って不愉快ですけど。妹が好きなようで勝手に植えてます」
あ、シオさん茉莉花が嫌だったみたい。
ま、しらねぇや。配慮はしない。
家の中に入ると、家を出た時と随分様子が違う。全体的に荷物が多い。見覚えのない物も多い。
服や剣。ティーポットにグラスやカップ。
ん??
こんなものも持ってたの?
水瓶や熱源がない家になんでこんな物があるのか……。
新たに地面に皮の処理をされた木が並べられ、床らしき物が作られている。その上に絨毯が広げられ、畳まれた服やタオル、勉強に使った本、その他の荷物が出されていて、以前よりだいぶ家の中は狭い。
"異空間収納は使えないていでお願いします"
頭の中に響くリザの声。
なんでかはわからないが、エルトディーンにそう思わせたいのだろう。侮らせておきたいってことか?
家の中に入ったエルトディーンはしばらく家の中を見渡して言葉を失っていた。
貴族様からしたら狭い家だろうし、まともな家具もない。手作り感満載のテーブルもどきとベッドもどき、後はシオが今日作った荷物置き場のみ。
トルニテアに立ち飲み居酒屋や立ち食い蕎麦屋があったとて、居酒屋に貴族が赴くわけもない。イスさえないのは信じがたい光景だ思う。
ベッドは表面はボコボコしてるので、ベストポジションを探しながら半身を起こし、シオと距離をとりつつ冬物の服を体にかけて寝る日々。いい加減エコノミー症候群になってもおかしくないと思う。
「水くらいならお出しできますが……」
シオがエルトディーンに尋ねる。
そうね。招いておいてお茶くらいは出したいけど出せないものね。それは、子供だからと多目にみてくれないだろうか。
素敵なカップがある事だし、水いる?
井戸から魔法で持ってくる?
ぶっちゃけ、うがい用や洗濯用水にはしてるけど飲んだ事ない水飲む??
飲んでみる?
「気にしなくてもいい。飲み物は自分で持ち歩いている」
「??」
エルトディーンは私の目には手ぶらに見える。
私が小首を傾げたのを見て、ニコリと笑みを向けた後、見慣れない形の水筒を取り出して見せた。
「一部の人間しか使えないが異空間収納と言って荷物を入れておける空間があるのだ。この魔法を添加すると誰でも使用できるアイテム袋ができるが、そう出回る物でもないからな。何もない所から物が現れたら驚くのも無理はない」
私が知らないと思って丁寧に説明してくれるが、シオと同じ魔法だ。そんなに驚きはない。
でも、異空間収納って便利だな。正直私も欲しいけど、一部の人間しか使えないのなら無理だな。アイテム袋も高価そうだし手に入れる事は不可能だろう。
「それより、外の結界。アレは一体どうやって?」
「もとより村があった場所ですし、初めから結界魔術の基盤はありました。私達はそれに魔力を流して発動させただけです」
「コレほどの物が初めからあったと……」
「えぇ、結界の礎は家の外にあります。外に出た時にご覧になるといいでしょう」
「だか、最近結界を発動させたのなら、あの砦は元々なかったはずだ。結界のない状態でならアレ程の物は流石に気づく」
「アレは、結界の境界を明確にするためで、誤って外に出ないよう妹に作らせたのですが……。何故かあの様な物が出来上がってしまったのです」
シオとエルトディーンが会話してるのをシオの横で黙って聞いている私。シオはまるで自分には才がないように話し、そして、私の事を遠回しにディスっている。
「妹は、魔力量と使う魔法については規格外ですので」
一般的には魔法は呪文や魔法陣を介して初めて使えるものらしく、私の様にイメージだけで形になる物ではないらしい。
使える魔法の属性についても、土や水、植物なんかの相性が良いのはあるが、それ以外も使用しようと思えば使えるので、その点も規格外らしい。
信じがたい話、一般的には一種の属性しか使えない者がほとんどなのだ。
「質問ばかりで悪いが、二人と会う直前、魔力の波が森に広がったがアレは何か知っているか」
疑問系で聞いてきているけど、私達が何かしたのだと確信を持っている様にも見える。
「……あの魔力は、妹のものです」
「何をしていたのだ?」
「森に魔力を巡らせていました」
「ソレは何故」
「この森が常に緑がある理由を調べにコチラにいらしたと聞きましたが、単純に言うと森に魔力があるからなのです」
森はリザの加護があり、常に魔力で保護されている。気温の変化が無いっていうのも大きいだろうけど、そこはあえて触れない方針の様だ。
「水系統の術者は魔力で水を作り出します。ソレと同じに、森も魔力が豊富にあれば日照りが続こうとも豊かであり続ける事ができるのです。魔力の波を感じる前と後では森の様子が異なったでしょう?」
魔力を流した後は下草がグングン伸びて花まで咲いてたものな。
魔力を流せば植物が育つのは、私の畑でもそうなので一般常識と思ったけど違うのか?
"以前も言ったかと思いますが、魔力と魔法は貴族のものです。一般人も魔力は持ちますが、扱えるほどの量は無いのです"
農家が魔力を扱えるわけもなく、魔石を土に撒くなんてもったいない事をするはずもないので農作物の収穫量は天候任せなのだろう。
「では、ヒノの畑が豊かに実っていたのは魔力を注いでいるからなのか」
「ソレもありますが、砕いた魔石を土に混ぜ込んでいるのもあります」
「魔石を!?」
「えぇ、この地に住み着いていたゴブリンを倒す際、偶然そうなってしまったのですが……小魔石十数個分は埋まっているかと」
「十以上……」
エルトディーンは顎に手を当てて考え混んでいる。そんなに衝撃的なのか。緑の小人の魔石はそんなに価値があるの?
"平民なら一年働かず食べて行けるでしょうね"
マジか。
日本円でおおよそ三百万円くらいの価値はありそうだ。そうやって現金換算したら、確かに砕いて土に混ぜるのに抵抗があるトルニテア人の心情も分かる気もする。
目先の欲にかられる馬鹿扱いしてごめんなさい。私も日本に住んでたら三百万円寄付とか絶対しないわ。
「その知識は何処で?」
「私の場合、全て本から得た知識ですね」
「その様なことが書かれた書物は見たことがないが……」
シオが私の教育に使っていた本の中から一冊抜き取りパラパラとページをめくってエルトディーンに見せるが、エルトディーンは眉間にシワを寄せた。
「シオ……其方はコレが読めるのか?」
「??」
ん?
エルトディーンは読めないのか?
この発言にシオも若干困惑してるのが伺える。これらの本はシオが人間の時の書物だと思う。
つまり、百年以上前の書物。現代人には古くて読めないなんて事があり得るかもしれない。
私だって、達筆過ぎる人の文字は読めないし、草書体とか出されたらわけがわからない。漢文だって何となく言いたい事がわかる程度だ。
しかしながら、私はそのエルトディーンが読めない文字を二か月ずっと練習させられたって事か?
怒るよ?
"まさか、現代人がここまで知識を衰退させているとは思いもしませんでした"
シオが念話で言い訳してくる。
いや、でも、衰退しているとは限らないよね。不要で効率が悪いと発展の過程で切り捨てられている可能性だってあると思うの。
"ソレはおそらくないかと"
エルトディーンの心をよんでその結論に至ったらしい。
「偽名を書いた際も、随分古い言い回しをするのだと思っていたが、まさか、ヒノも読めるのか。其方ら、コレらの本は何処で手に入れたのだ。城の書庫でも見た事が無い」
「生まれた家より持ち出しました」
複雑な事情があるし、家を出たのだから語るつもりはない。それ以上は聞いてくれるなよ。というニュアンスが含まれている様な気がする。
シオの生まれた家か……おそらく王都の貴族出身だろうからもしかしたら今もあるのかもしれない。どんな家なんだろうな。
「そうか……。それにしても、この家……は何も無いな。街に出て物を揃えようとは思わなかったのか?」
「妹を置いて遠出はできませんし、二人とも人目につくと何かと面倒ですから」
黒と白。二人とも別の意味で目立つ。面倒事に巻き込まれるのは嫌ですし。と、私の教育期間のため外に出ていなかったのを都合よく嘘を並べて誤魔化していくシオ。
私には無いスキルだ。ボキャブラリーも少ないし、人前であまり話せない。適当に相槌打って微笑んでいるだけで精一杯。
「それに、街に行ったとしても、魔石はありますがお金に変える術を持たないので買い物もろくにできません」
ほぅ。
ここで、少し無知な子供っぽさを出すわけですね。
助けてエルトディーン!
みたいな。
エルトディーンを使って円満に王都に侵入しようという魂胆が私には透けて見える。
「これは提案だが、ギルドに登録してはどうだろうか?」
「ギルド?」
多分、シオは知らないフリだけど、ギルドってまじ何?
何の同業者組合なわけ?
「魔物の討伐をする者の組合だ。ギルド員に登録すれば魔石は買い取ってもらえるし、定期的な魔石の提出で納税も免除される。何処の誰と証明できない状況での登録は、生きてきた年齢に応じて今迄払うはずだった税を請求される事もあるが、この森にいるのを知られたく無いだろう其方らにはかえって都合が良いいだろう。ギルド員のカードは身分証にもなるしな」
「……そうですね」
今まで税金払ってないのも帳消しできるし、身分証も手に入る。今後の税の徴収が無いのは禁忌の森に住んでるのを今のところバレたく無いので非常に助かる。
「ギルド員に知り合いがいるし、王都では少し顔がきく。良ければ私が案内しよう」
おぉ。いい感じに事が進んでる。
エルトディーンいい奴。
"貴女の衣装やこの何も無い家が衝撃的で金策を講じて手を差し伸べないとかわいそうだ。と思われてるのですよ"
…………。
憐まれてたのかよ。
そんなにダメかショートパンツ。
「そうですね。よろしくお願いします」
二人でぺこりと頭を下げた。




