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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇蛇の塒にて◇
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確かに貴族の娘だった(エルトディーン視点)




 目の前の森に吸い込まれるようにシオが消えるという信じられない光景を見た。何が起こったのか理解に苦しむ。

 

 その場に残されたのは神に愛された黒を持つ妹のヒノ。


 下半身を露出した破廉恥な服。足下は何も履いておらず、当たり前のように素足で土を踏み締めている。


 元貴族の子供とは思えない姿だか、切り揃えられた艶やかな黒髪と、周りの景色をそのまま写しとるほどに真っ黒な瞳は貴族でしか持ち得ないものだ。


 魔力も多く、神に愛され、美しい容姿をもち、若く幼い娘であるヒノはトルニテアにおいて価値ある物の塊である。


 そんなヒノを置いて消えるなどシオは無用心すぎるだろう。

 俺でなければ、そのままヒノを捕まえて連れ去ってもおかしくはない。


 クイクイと右の腕が引かれて視線を落とすと、ヒノが私の服の裾を少し摘んで引いていた。

 まるで、「早く行きましょう」と急かしているかのように感じる。


 その要求に従い足を進めると、落ちたらひとたまりもない深い溝があり、そこに橋がかかっている。


 橋は土でできているようだがしっかりとした作りで強度は大丈夫そうだ。


 どうして、蛇の塒にこんなものがあるのか……、橋の先は森が広がっているのに橋を作る必要はあるのか。この溝だって何のために掘られたものなのか。


 シオが視界から消えて、消えた先に誘われている今、どうかしたら人に化けることのできる高知能の魔物か何かに巣へ誘われているのではないかとありえない事を考えてしまう。


 一歩、橋を渡りきり進んだ先、景色が切り替わって開けた土地が目前に広がった。頭が現実を理解しようとしない。


 小さな村が作れる程の大きさの土地を高い塀で囲み、尚且つそれを隠す認識阻害の結界。


 一体誰が?


 王族やそれに連なる一族でなければ使えないような魔法だ。瞳と髪に黒を持てるほどに神に愛されていれば、このような結界を作る事も可能になるのだろうか。


 おかしな事はそれだけではない。住居らしき建物が見当たらず、更地に近い土地の中央には半球上の土のかたまりが見える。


 まさか、アレに二人が住んでいるのだろうか。それしか雨風を防げる物が存在しないのだからそうなのだろうけれど、貴族としては信じられない気持ちが強い。


 土の塊以外には、丸太状の木が無造作に散らばっている場所と、切株があり、股下くらいの高さの植物で囲まれている畑のような場所があるだけで本当に何もない殺風景な空間がそこにはある。


 不意に服の袖を引かれて、視線を落とすとヒノが畑の方を指差して微笑んでいた。


 シオが色々とあったと言っていた事もあり、声を失うほどに辛い思いをした故に感情も希薄なのだろうと勝手に思っていたが違ったようだ。


 無表情だった顔が綻ぶと、整った容姿の少女という印象から一気に愛嬌のある可愛らしい少女という印象に変わる。


 何やら、小動物の可愛らしい仕草を見たときのような、なんとも言えない心のザワ付きを覚える。


 私には姪がいるが、兄上の娘が幼い頃はここまで可愛らしくは思わなかったな。何せ、祖父によく似て幼い頃より豪胆であり、その笑顔も豪快、貴族の娘にあるまじき勇しさを抑えるために雇われた教師達は、口も達者な姪にタジタジだった。


 そんな姪と比べるのも失礼だが、ヒノのやわらかい笑顔は可憐な花のようだ。


 ヒノは畑を指差し、見に行こうと私に訴えかけているようで私をリードする様に背を向け歩き出す。


 認識阻害の結界の中とはいえ警戒心のかけらもない姿。


 ………拐われる。

 この子は、王都で野放しにしたら絶対に拐われる。

 簡単に小脇に抱えられて拐われる。

 

 誰かが保護しなければならない。

 自己防衛もできるようにしなければ。

 まずは、危ない場所を避けさせて、騙される事のないよう犯罪の手口を教え込み、護身術を身につけさせなければならないな。


 心配する気持ちと、これから先、ヒノが被るかもしれない被害を考えて不安になる。


 先ほどから姿の見えないシオがどこに行ったのかも気になるが、今はヒノの姿を追うことにした。



 ヒノの足が止まったのは畑の入り口。畑をぐるりと囲むのは実も花もついていない、新緑の若葉を生やした低い木。

 植えられた量からして明らかに栽培されているが、観賞用にしては少し華がない。利用目的は不明だ。


 私の服の袖を離して、その植物の新芽をちぎったヒノはその香りを吸い込み満足気に頬の筋肉を緩めて微笑む。自身の嗅いだ新芽を差し出して首を傾げてニコリ。



 なんなのだこの生き物は。

 娘にしたい。



 同僚のライドも生まれてそう立たない小猿のような娘をしきりに良い。可愛らしい。と言うし、兄上もあの小鬼の様な姪を信じられないほどに褒めて可愛らしいと言っている。今まで彼らに対して、大袈裟だとか、親の贔屓目はまるで詳細の見えない曇りガラスの様だと思っていたが、ヒノのような娘なら私も欲しい。



 どんなに母上が見合いの話を持ってきても断り逃げ回っていたが、ヒノの様な娘が確実に生まれるのなら結婚するのも悪くは無いと思ってしまう。



 21の私に対して、見た目6.7才のヒノ。まともな感覚を持った大体の人間は20代になるまでに結婚する。娘と言い張るには歳が近すぎる。


 まぁ、結婚もしていない私には無理だとわかっているが、娘にできないのなら叔父にでもなりたい。叔父様と呼ばれたい。呼んでくれるのなら、もう、なんでも買ってあげたい。


 まず、その、幼いながらも艶かしさを感じる足を隠すキチンとしたドレスを……。

 そんな事を考えた故に視線が太ももに向かってしまい恥ずかしい気持ちになる。


 顔を覆って座り込みたい衝動を抑えて、差し出されだ新芽を観察する。葉の裏側、茎、じっくり見るがなんの変哲もないただの新芽。


 香りを楽しむ植物なのだろうか。匂袋に入れて持ち歩く為のものなら量が多い気もする。ヒノに習って匂いを嗅いでみるも、ただ緑の匂いがするだけだ。


 謎だ。


 私がヒノの行動を理解出来ていないのが伝わったのか、ヒノは手に持っていた新芽を地面に捨てて畑の中に歩き出す。


 私は後を追いながら捨てられた新芽を拾い胸のポケットに挿した。


 次に案内されたのは、赤やオレンジ、黄色緑の実のなった見た事のない植物。熟れると赤くなってゆくのだと思う。ヒノはより赤い実をナイフで採り、服で埃を落とした後、私に差し出した。


 笑顔で食べろと催促されている。


 やっている事は非常識だが可愛らしい。


 だか、差し出された実は見た事も食べた事もないモノ。食べても大丈夫なのだろうか。


 受け取り、匂いを嗅ぐと少し青臭い匂いがした。


 普通の貴族なら食べる事はまずない。洗われてもいなければ、毒味役がいるわけでもない。安全が保証されていないのだ。


 しかし、あんなに可愛らしい顔で差し出されたら食べない訳にはいかないだろう。市民に混ざって兵士をしている私なら、多少の抵抗はあるが大丈夫だ。


 叔父様はヒノを信じよう。


 恐る恐るだが、一思いに実を口に放り込んだ。ヘタはもちろん外している。


 想定外の食感。やわらかい実の中から液体に近いものとプチプチとした種が出てきて驚くも、よく噛み味わって飲み込む。

 


「酸味の中に確かな甘味があり……美味いな」


 口に入れる前は果実の一種かと思ったが、青い匂いからして野菜の類だとわかり、野菜だと思い口にしたら甘かった。初めて食べた味だが私は好きだ。


 トルニテアではあまり生で野菜を食べることが無いので不思議な感覚だ。



「其方……ヒノが育てているのか?」


 頷いた後ニコリと微笑んで肯定するヒノ


「この畑全てを?」



 この広い敷地内には人の気配が無い。畑の作物を育ているのはヒノとシオしかいないだろう。



 ヒノがもう一度頷く。


 元、貴族の娘が生きる為に畑仕事をしているなんて、こんなに可愛らしい娘が土弄りをしているなんて、なんて意地らしい。


 その頭を撫でて褒めてあげたい。



「えらいな」


 自然に私の手はヒノの頭へ向かっていた。

 それに対して、ヒノの真っ黒な瞳は瞬きもさせずに私の手の動きを追っている。


 私の手から身を守るように、顔の前で交差された腕の隙間から見えたのは"絶望"。到底敵わない強力な魔物を前にして立ち竦む兵士の表情に似ていた。


 恐がられている。


 そう感じ、私は伸ばした腕の動きを止めたが、避けようと後ずさったヒノの足は動揺でもつれた。



 仰向けに傾く身体。



 地面に倒れ込まないよう抱き抱えるも、ヒノの様子はよろしくない。露出した肌は見てわかるほどに粟立っている。



 この地に来る前に色々あったと言っていたのだ。声を失う程怖い思いをしたのだ。考えればわかる。異性に恐怖心を抱いてもおかしくはない。


 ただ、あの可愛らしい笑顔に忘れさせられていた。


 完全に恐がられてしまったか。

 腕で隠されて今の表情は見えない。



「大丈夫か?」

「…………」



 そっと下ろすが、力が抜けて立てないようでその場に座り込んだ。そして土を掴んでいる。


 その姿を見て痛感する。今まで向けられていたあの笑顔は、決して私に心を開いてくれていたわけではないのだと……。



 すぐに土をはらい立ち上がったヒノは何も無かったように私に微笑んで見せた。


 弱みになり得る自分の感情を制するその姿は確かに貴族の娘のもの。こんなに幼い娘に取り繕わせている自分が情けない。



「驚かせてしまったな」



 せめて、ヒノの感情に気付いてないように見せてやるべきかと、少し距離をとったまま声をかけると、ヒノは首を左右に振り、大丈夫だとアピールしてくる。



 その後も、ヒノはやわらかい笑みを浮かべて畑の案内を続けてくれたが、私の中に罪悪感が後を引いた。



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