素知らぬ顔で毒味をさせてみる
橋を越えて森に入ると、すぐに視界が切り替わって分厚く作られた塀のアーチ状の門の中にいた。
門から出ると開けたいつもの景色。
真ん中にドーム状の土の家、すぐ隣に石を積んで囲ってみた井戸、無造作に放置されてる丸太状に加工された木、敷地の隅の方は落とした枝や葉を混ぜ込み作られた堆肥置き場は土の色がそこだけ違っていて、枝をツルで固定した柵で囲んである。
その側には私の家庭菜園があり、畑を囲むようにお茶の木を植えている。いやさ、お茶の木って葉を採取出来るまで数年かかるとか聞くけど……結構なサイズに育ってます。苗サイズを作って土に埋めたら自然とスクスク育ったのだ。
心の底からゴブリンの魔石の混ぜ込まれた土壌って凄いんだなと思ったよ。
まぁ、ちゃんとお茶になるかはまだ未知数だが、初夏だしソロソロ茶摘みをしたいところ。蒸し器だとか、茶の葉を摘むカゴだとか、揉むタメの板だとか……色々欲しい。
文明の利器欲しい。
そして、トルニテアの虫事情も知りたい。お茶の木はツバキ科だからチャドクガがつかないように消毒しなきゃだと思うけど……、そもそもトルニテアにチャドクガなんかいるの??
今のところ大丈夫そうだから、私の野菜や木たちは無農薬。
そしてかなり離れた場所に栗の木を植えててる。花の匂いがね。嫌いなので……。栗は美味しいのになんて残念な花なのだろう。ま、離れてても薫ってくるんだけどさ。
………臭いよね。マジで。
桃栗3年柿8年て言うけど、そんなの無視で、実ってほしい。リザの力とゴブリン魔石の力に期待はしてる。
そんな嫌いな匂いに負けないように家のそばには茉莉花を植えてるんだ。お茶作りが成功したらジャスミンティーにする予定。ジャスミンの匂いはかなり好き。
植物の事を考えていたらわりと楽しくて、トルニテア生活を楽しめているように思えるだろうが、そうでもない。
シオは植物に理解がないし、そもそも、地球の植物はコチラには無いらしい。
この二か月、土を弄るより、魔法陣の勉強をすべきだと何度シオに諭されたか覚えていない。
このエルトディーンにも、私がどれだけ畑に時間を注いできたか教えてやりたいくらいだ。
"丁度いいですね。説明しつつ案内をしてあげてください。私は家の中を整えて置きますので"
と、シオの言葉が頭に響く。
門を潜った時に既に視界に居なかったが、やはり怪しまれる箇所を整える為に動いていたようだ。
説明しつつ、とか、簡単に言うけど言葉を使わないで説明とかしんどすぎるだろ。
仕方なく、握ったままだったエルトディーンの袖の端をクイクイと引いて畑の方を指刺した。
門をくぐったあと、驚きで言葉をなくしていたエルトディーンも流石に気付く。
見かけ通りの年齢にふさわしい、あざとい笑顔を顔に貼り付け"あっちに行こう"と無言で導くと、居なくなったシオが気になる様子だったが、仕方なく私について畑の方に足をむけた。
しかしながら酷だ。
さっきまで、森に魔力を注いでフラついていたのに……こんな仕事をする羽目になるとは。そう、思いながらも案内を開始する。
畑につくと、お茶の木の新芽が伸びていてた。少し摘むタイミングを逃している感じがして、今すぐにでも摘んでお茶にしたい欲求が高まる。
油と鍋、小麦粉があるなら新芽の天ぷらもいいだろう。
プチっと新芽を摘んで緑の匂いを吸い込む。いい匂い。エルトディーンの顔の前にも差し出してみるけど、あまり良さをわかっていないみたいだ。
首を傾げて「葉っぱがどうしたのだ?」とでもいいたげ。子供に付き合って同じ行動をしてみたものの子供はよくわからないな。と思ってそう。
摘んだ葉をポイとなげて今度はトマトを植えている場所に案内する。
雨が降っていないし、私もあまり水をあげないようにしていたので、このトマトは濃くて甘い味になっているはず。はずだ。食べた事ないし、元は土なので食べるのは正直怖い。
実の数も管理して土もつかないようしっかり支えもつけている。
大事に育てた実の中でより収穫期に近い赤い身をナイフで切り取り、服で擦り、表面のホコリを落とす。
笑顔で差し出したら、コイツ私の代わりに食べてくれるかな……。土の味しないといいな。貴族とかって、他人から貰った物食べんのか?
と、思いつつ、笑顔を作って実を差し出してみる。
戸惑いながら受け取ったエルトディーンは、まず、匂いを嗅いでいた。まぁ、青臭い匂いがしたかと思う。
ミディトマトサイズの赤い実を恐る恐る口に放りこむ。
意外に思い切りがいい。一口で行ったのは正解かもしれない。中途半端にかじって中の種が飛んで、高そうな服が汚れたら最悪だもの。
弁償しかねます。
トマトの好き嫌いは別れるけど、私は無論好きだ。じゃなきゃ作ってない。
エルトディーンのキュッと寄せていた顔もトマトを噛んでいくにつれて元に戻ってゆく。
「酸味の中に確かな甘味があり……美味いな」
初めて食べた味だ。と目を輝かせている。
あぁ、土じゃなくて、ちゃんとトマトの味がしたようで安心した。
「其方……ヒノが育てているのか?」
コクリと頭を上下させて肯定する。
さらっと貴族に毒味をさせたけど、私の見かけが子供だし、エルトディーン騙されやすそうだから、終始営業用スマイル貼り付けとけばどうとでもなりそうな気がする。
「この畑全てを?」
もう一度頷く。
すると「えらいな」と言って、爽やかな笑みで頭を撫でようとゆっくりと腕が持ち上げられているのがスローモーションで見えた気がした。
えぇ。私に危機が迫っている。
脳がフル稼働して、目を逸らす事ができずにその手の動きを追っているし、持ち上げた腕の布スレの音も鮮明に聞こえてくる。条件反射で腕でガードして身構えてしまう。今、まさに全身で危機を感じ取っているのだ。
心底撫でられたくなどない。
お前、何処で何触った手だよそれ。
とまでは言わないよ。
洗わないでトマト差し出した私がそんな事とてもじゃないが言えない。
しかしながら、他人に触れられるのが嫌なのは変わらないので避ける!
護身のための訓練もうけたし、貴族の坊ちゃんの手くらい避けれる!!
と、一瞬思ってしまったけど、避けようとした脚は思うように動かないでもつれた。
あ。
転ぶな。コレ。
仰向けに傾く身体、視界は撫でようと伸ばされた手と空、影。
スローモーション。
後頭部から地面にぶつかるの痛いだろうな。と、瞳を閉じて衝撃に備える。
「…………」
衝撃は確かにあった。
背中と太腿に。
それから不快な浮遊感。
抱き上げられている現状。感謝の言葉が頭に浮かぶより早く、肌が触れている太腿あたりから鳥肌が波打つようにゾワリと全身を駆け巡る。
筋肉質の硬い人肌。
無理。無理だ。下ろしてくれ。
頼むから下ろしてくれ。
作っていた笑顔を保つ事もできない。
眉間のシワが深くなってくる。
ガードしていた手があるので表情はエルトディーンに見られていないと思いたい。
貴族の坊ちゃんとか思ったけど、コイツこの国の剣とか言われてるエリート一族の人間じゃんか。そりゃ、身体能力も高いよ。
簡単に子供の体なんて持ち上げられるよ。
スゴイスゴイ。
スゴイね。スゴイから下ろして!
離して。落としてもいい。離してくれ。
「大丈夫か?」
「…………」
そっと下ろされたけど、力が抜けて立てない。
シオが相手であれば責め立てる暴言を吐きつけるものの、エルトディーンに言葉を放つわけにもいかない。
力なく地面に手をついて座り込んだ私は視線を落としたまま土を掴んだ。
変。
わかってるよ。自分がおかしいってこと。こんなに他人を拒絶しても意味はないし、利益もないって。
側からみたらおかしいし、自意識過剰な痛い子に見えるんだって。
だから、虚勢はって、笑顔貼り付けて、当たり障りなく生き苦しさ感じながらも他人に不快感を悟られないよう我慢もしながら今まで過ごしてきたわけで。
私はきっと、根本的に自分が嫌いなのだ。
他人に受け入れられないほど心の中が醜い。シオは醜い私の心を直接覗いてくるのだから虚勢をはっても無駄な相手。だからこそ直接的な批難の言葉をぶつけていた。
でも、他の人間は違う。
見たまま、感じたまま、それが私の印象になる。
だから、口に出さない。
態度に出さない。
とりあえず、今は笑っておけば良いんだろ。
エルトディーンを見上げて微笑んで見せた。
トルニテアに来て忘れかけていた現代人のストレスがこの一瞬で引き戻された気がする。グッと心臓のあたりが重くなって息苦しい。
ははは。
久しぶりの感覚。
懐かしささえ感じるよ。
お帰り、生きるのがしんどい私。
立ち上がって手と服についた土を払った。




