ぐるさみこす・どこさへきさえんさんさん
出てくる国の名前とか人の家名とか名前とかなんでグルサミコ酢みたいな名前なの?
ドコサヘキサエン酸みたいなのやめてくれないかな。
目の前の貴族とか、名前で長いなーとか思ってたら家名とかさらに長いしふざけんな。覚えるわけねーだろ。
相変わらずシオの服の裾を握りつつ、正面の貴族を見上げながら思う。
"覚えてください。彼はエルトディーン・セテルニアバルナです"とシオが私に念押しするように言う。
やめてくれ。
呆れまないで。わざわざ繰り返さなくてもいいよ。自分が馬鹿なのが悲しくなるから。
覚えたよ。エルトディーンさんね。
ははっ家名は無理。忘れた。
いやさ、名前覚えたけどさ、ぶっちゃけディーン家のエルトさんでも良くない??
じゅげむなの?
長い名前流行ってんの?
なんで名乗った後、エルトさん笑顔のままかたまってんの??
「この名は……制限をかけられているわけではありません。この子の喉も焼けてはいませんし、皆が二音の名を好まないというだけで、賎民以外が二音の名を名乗ってはいけないわけではないのですから」
制限とか喉焼けたとか何。
不貞をやらかした女の人が髪が短い。みたいな感じで罪人の名前を短くしてるの?
二音の名前が賎民??
何そのトルニテアルール。
すげーナチュラルに貶められたんですけど。
名前の長さイコール地位の高さなら王様とかマジじゅげむじゃん。
エルトディーンが固まっている理由は"人の言葉を話すゴキブリに出会ってしまった"みたいな感じなんだろ。私でも放心するわ。笑顔を作ってから固まっただけこの人凄いよ。
や、別に賎民イコールゴキブリって言ってるわけじゃないからね。
人間て人によって価値観が違って、ゴキブリだってタンパク源だと普通に食べる国だってあるんだから、その国の人からしたら食料な訳だよ。
私から見た例えとして、トルニテア人にとっての賎民は日本人にとってのゴキブリくらいには拒絶反応を示す存在なんじゃないかという事だ。
私が賎民を見ても小綺麗にさえしてればなんとも思わないし、トルニテア人だってゴキブリを見てもなんとも思わないかもしれないじゃない。
や、私は誰に弁解してんだろう……。
無駄な事を考えていた頭を現実に切り替える。
「証明しますか?」
「いや、すまない」
賎民でない事を証明しようかと提案するシオに手を開いて前に差し出し、謂わゆる"待ってくれ"のポーズをとるエルトディーンは、疑って悪かったと謝りつつも「思考がついてこない」と、こめかみに手を当てて瞳をキツく閉じている。
「私の名はソルトです」
急にどうした?!
シオがボソリと溢すと、エルトディーンがシオを見つめた。
「嘘の名を語っても喉が焼けたりはしません。罪を犯したわけではないのです。ただ、家を出た以上、以前の名を使う気はありませんし、今の私にはこの子が付けてくれたシオと言う名に価値を感じています」
あぁね。罪人として名前を制限された人間は偽名を使うと喉が焼ける仕様って事なのね。それで、シオが偽名を名乗って賎民ではないと証明したわけか。
"えぇ、偽名を口にすると喉が焼け、偽名を記入すると目が焼ける仕様です"
きっと、私も証明した方が良いよね。
喋れない私の方がシオより怪しいもの。
シオの背中から離れて、落ちている木の枝を拾って地面に文字を書く。
アレだな。
どうやって偽名を使用したって判断するんだろうな。他人の名前を会話の途中で使う事ってあるけど、それには反応しないのかね。
明確な人を騙そうとする意思が無ければ焼けないとか?
記入途中で綴り間違ったり、名乗ってる途中で噛んじゃって目や喉が焼けちゃうなんてことがあればかなり酷だよね。
でも、そんな細かいところは恐ろしくて誰も検証しようとは思わないから闇の中なのかもしれない。
「(わたしの 名前は )」
…………
地面に文字を書く手が止まる。
なんて書こうか。
2カ月ずっと言語習得に励んだからほぼほぼトルニテア語書けるんだけど……人名の綴りに自信がない。
どうしよう。
ひたすら自分の名前の綴りを練習したので他人の名前とか書けない。かけるのは、無駄にシオに書かされたリザの名前くらいだ。
偽名なら別に二音の名でも構わないのだろうか?
「(リザ です)」
迷いつつもリザと書き込んでみた。もちろん目は焼けない。
これで証明完了。エルトディーンも安心できるな。
と、満足しかけたが、
ちょっと待て、私は今後、筆談を迫られた時に、トルニテア人のアホみたいに長い名前書かなきゃなのか。嘘だろ。うわー。ないわー。
受け入れ難い現実に直面した私は地面に視線を落としたまま動けない。
"平民は三音か四音です。そこまで長くありませんよ"
つまり、貴族と関わらなきゃいいわけか。そうか。と視線を上げるとエルトディーンは何故か固まってる。
え、2音じゃダメでした?
もっと違う名前じゃないと証明出来なかったのだろうかと不安になってくる。
エルトディーンをじっと見ていたら目があって、勢いよくそらされた。目をそらした時、エルトディーンは再び"待ってくれ"のポーズをしながら顔面を隠している。
なんだコイツ。
混乱してるのはわかるけど、そんなにか?
"彼は蛇の塒に住む神の名を知っていたようです。貴女がリザと名乗ったので色々と思う事があるようですね"
自称、神様。
「…………」
やってしまったな。
リザと名乗った事を後悔する。
「そ、そういえば、其方等、この蛇の塒に来てどれくらいになるのだ?」
待てのポーズをやめて、話を逸らすように話題を振ってくるエルトディーン。本人は当たり障り無い事を聞いた結果だろうけど、これは……正直に答えるべきなのだろうか。
ま、返事はシオに任せるけど。
いっその事こと、文明の利器を手に入れるための、窓口になってもらいたいとは思うんだよね。偉い貴族ならある程度顔もきくだろうしさ。
可能ならもう少し、生活水準は上げたい。
自分たちでできるところは、もう手詰まりなのだ。
ぶっちゃけ、もう少しと言わず、思い切り水準を上げたい。
「二か月程になります」
「二か月もか!」
そりゃ驚くよな。普通に考えて、子供二人で二か月もサバイバルできるはずないもの。食料の問題が発生する事と魔物が生息している事、普通ならその二つがトルニテアでのサバイバルの大きな壁。
それを、私たちは食べないことと結界で強制的に排除しているだけで、まともなサバイバル知識などないのだ。
「拠点をご覧になりますか?」
うん。見せちゃう?
そんな簡単に見せちゃう?
正直、人に見せるとなるとたりない物が沢山あると思うのだけど大丈夫か?
トイレとか鍋とか食器とか……無いと不審に思う物があるんじゃないの?
「可能なら頼む」
エルトディーンがそう言うと、シオは拠点に向かって歩き出す。
トルニテア人があの拠点を見たらどう思うのだろうか。
広く敷地を取り過ぎ。とか、禁忌の森に侵入し過ぎだからお前ら牢屋行きな。とか。塀を見て戦争でもする気か。と警戒されるのか。
分からんな。
すぐに外堀に辿りつく。
何度見ても恐怖を感じる溝だと思う。落ちたら普通の人は戻って来れないよ。
結界のおかげか、その先は普通に森に見えるのだから不思議だ。外堀にかかる橋を超えたら森が広がってるなんてのはかなり不自然だ。
エルトディーンの表情を盗み見ると、目を見開いたあとに眉間を寄せてめをほそていた。多分、私と変わらない事を考えていたんだと思われる。
そんなのは気にせず、シオは土で出来た橋を渡り中に入ってゆく。視界的には森に入った途端スッと姿が消えてしまった。そんな風に見える仕様なのね。
シオはここ二か月ずっと出入りしてたから何とも思わないんだろうけど……、初見の私やエルトディーンからしたら凄い怖いわ。
てか、私を置いて行くとかどう言うつもりだよ。エルトディーンの事信用しちゃってるの?
心の中が読めるのだからシオは信用できるかもしれないけど、私にはわからないし、会って一時間もたたない他人を信用できる程お花畑な頭もしてないんだけど。
それともなにか、私達が固まるのを見越して先に中に入って済ませておきたい事があったのか。
「…………」
「…………」
チョンとエルトディーンの服の袖を掴んで引いた。
ココで固まっててもしょうがない、さっさと入ろう。
そのまま裾を引いて中に入ろうと歩き出せば、エルトディーンは文句も言わず黙って後をついてきた。
もちろん、二人に会話は無い。




