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心底面倒ですが神様救ってみました  作者: 市川 春
◇蛇の塒にて◇
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神に愛された少女(エルトディーン視点)

 


 私の名はエルトディーン。21歳。アドレンス王国、王都シルビナサリにて兵士を束ねる役職についている。


 王家の剣として古くよりアドレンス王家に仕える家門、セテルニアバルナの三男として赤い髪と紫の瞳を持ち剣の才と魔法の才に恵まれて生まれた。兄二人は立派な騎士として城に仕えているが、私は貴族社会より外の世界に憧れを覚え平民からなる兵士団に所属する事で階級の異なる民との交流を楽しんでいる。



 家の者の反対はあったものの、16の頃から平民に混ざり訓練を受けた。身分を加味して始めから役職を持った事もあったが、貴族というだけで敬われ丁重に扱われる。国を守る同じ兵士であるはずなのに何故か守られる位置に立たされる。



 不思議に思ったものだ。幼い頃より訓練を受けてきた私の方が普段家の仕事をしている一般兵士より強いはずなのだから。



 5年も経てば互いを知り、周りの扱いも変わり、私も兵士達と冗談や愚痴を言い合える程に馴染む事もできた。



 先日、私と同期で家が大工をしているライドが「日照りのおかげで物価が高騰して兵士の給料だけじゃ食っていけねぇぜ」と仕事上がりにボヤいていた。ライドは貴族と平民、上司と部下、その関係を抜きに同僚として私と親しくしてくれるヤツだ。互いに信頼関係が築けているからこそ気軽に会話が出来る。



 ライドは兵士として働くかたわら、父親の仕事の手伝いをしつつギルドにも登録している。


 ギルドへの登録は国民一人一人課せられる納税義務の免除がされる為、平民の成人男性は本職の傍らギルドに登録する者も多いらしい。


 無論、登録だけで税が免除されるわけではなく、ギルド員は定期的な魔物の討伐義務が課せられ、魔石の提出を求められる。



 国民に害をなす魔物を討伐してくれる者の税を免除する制度なのだ。


 腕っ節が立つものだけが出来る合法的脱税というヤツだ。なので、ギルド員は強いだけで知性を持ち合わせない無法者も多いと聞く。


 貴族は見栄の固まりなのでいくら強くても脱税の為に登録はしない。平民は大人一人分の税さえ切り詰めたいのだ。しかし、魔法を使えない平民の者は殆どが続けることができないし、魔物との戦闘で帰らぬものとなり永遠に税を払わなくて良くなる者も多い。



 日照りの影響は貴族街ではそこまで顕著ではないものの危機意識は持っている。



 不作が続き、変わらぬ納税義務に追われ食べるものも無い状況が続けば地方で暴動が起きてもおかしくない。暴動が起きれば兵士は騎士と共に沈静に向かわなければならないのだから、最近は兵士団もソワソワとしている。



 物価の高騰は食べ物だけではなく、ライドの家業に関わる木もまた値上げをしている物の一つらしい。王都の側には豊かな森があるが、蛇の塒と呼ばれていて入る事は禁忌とされている。



 なので、建築に使う資材は他の街より取り寄せなければならないのだ。そうすると資材を運ぶ動物の飼料や行者の食費、魔物から身を守る為の護衛費用等がかかり、元々高かった資材の運搬費は物価の高騰でさらに高くなる。



 高い資材の仕入れにも苦労するが、やっとで手に入れた資材で建てる家は高価すぎて売れはしない。



「あの森の木が使えたら良いのに、なんでダメなんだろうな」と、ライドが苦笑いをしていたのが思い出される。



 何故、蛇の塒は禁忌なのか。

 平民の多くは知らない。


 そして、私自身も詳しくは知らない。

 随分と昔に"混沌をもたらす神が住んでいた"だから触れてはならない。

 貴族の殆どの者もそういう認識だ。




「あの森には本当の神様がいるのでございます」



 私の乳母兼教育係をしていた者はそう言っていた。"居た"ではなく"居る"のだと。


 過去には森の入り口に村があり、そこでは豊かな森の実りを糧に人々が、幸せに暮らしていたのだと。


 そういう内容の事を本来大っぴらに言いまわれば、禁忌に触れ混沌の神に魅入られた。気が触れたのだと、刑に処される。



 どこから漏れたか、乳母は私が10歳になった頃に実家の親の世話をする為と暇を出された。当時は納得していたが、大人になった後に乳母の娘に会って国に消されたのだと聞いた。



 国が国教とする宗教の主神であるネヴェルディア神と相反する神、書物には名も載らない混沌の神は乳母曰くリザと言う女神らしい。



 その、短い名を卑しいと罪人や奴隷に当てがったのはアドレンス王家。


 属性に関係なく王族に連なる者のみが使える魔法の系統があり、その魔法の一つで罪を犯した者から名を奪い本人やその子供に二音の名を強制したのだ。


 名を強制された者は名を偽ることが出来ない。与えられた二音の名意外を名乗ると喉が焼け、偽りの名を記名すると目が焼けるらしい。


 名をきけば賎民だと明らかにわかるとなれば、彼等の迫害はより酷いものとなったはずだ。



 アドレンス王家は断罪、神託等、他の貴族にできない魔法を使用する事で恐れられ支持を得てきた。


 そして、私自身も王家に連なりその魔法を行使できる数少ない存在の一人。確かな恩恵を受けながら生きてきた。


 そっと、瞳を伏せて深く息を吐いた。





 仕事の無い日、付き人や護衛を注意深くまき一人で王都の外に出た。人目に触れず蛇の塒に行くためだ。


 どこまでが蛇の塒なのか、森自体が蛇の塒なのか……今の初夏の季節ではイマイチわからないが冬になればその異様さは遠目で見てわかる。


 広がる事も無ければ、枯れる事もない森。毎年一定の範囲の木々は雪が降っても葉が落ちず、まるで時が止まったかの様な姿をしているのだ。


 街道の分かれ道、朽ちて地面に転がる案内板に荒れた細い獣道。この先にきっと村があったのだろうが、人の住まない今、この獣道はこの辺りに出るゴブリンのものだろう。警戒しつつ細道を進んだ。



 不思議なことに魔物と出会う事は無かった。


 人の手の入らない森は魔物の温床かと思っていたが、只々鬱蒼とした森が続くばかり。



 しばらく進むと突然に魔力の波に襲われた。決して攻撃的なものではないが強い風を正面から受けた様な衝撃が一度前方から私の後ろに流れていったのだ。


 何が起こったのかと辺りを見回すと鬱蒼としていた木々が若い芽を出しスクスクと育ちだし、下草はグングンと背を伸ばし中には花を咲かすモノもある。



 広範囲の植物にこれだけの影響を与えるなんて最早人の所業ではない。


 ここには本当に神がいたのか。



「………………」



 生唾を飲み、怖いもの見たさに足を進めるとすぐに薄暗い森の中で一際映える白が目に入った。



 途端、私の存在に気づき警戒する白い髪の人物はまだ少年のようで幼さの残る顔立ちをしている。



「リズ……」



 リズと呼ばれる白い髪や瞳を持つ存在。目の前の少年は黒い何かを抱き寄せて赤い目でコチラを睨んでいる。


 髪や瞳、どちらかに白を持つ者は、魔力の属性を持たない。もとより平民は魔力が極端に少なく魔法は使えないが、この少年の瞳の色は濃い赤。おそらく、魔力の量はかなり多いだろう。一つでも属性をもってさえいれば将来出世は間違いなかったはずだ。



 以前、会った事のあるリズは瞳も髪も白く人の言葉も話すことがない獣の様なヤツだった。


 おそらく、生まれて暫くして、リズだからと捨てられたのだ。神に愛されなかった存在は不吉であると迫害の対象にされる。



 少年の方へ歩み寄ると、少年が腕の中の黒を背後に隠すように移した。


 それで腕の中にあったのが人間である事がわかったのだが、その色に驚きを隠せない。



 今まで見た事がなかった。



 神に愛されれば色は濃くなる。絵具でも全ての色を混ぜると黒くなるように魔力の属性も複数を併せ持つ者の色は黒に近くなる。



 しかし、これ程まで、純粋な黒い髪と黒い瞳を持つ者はいない。



 それが少女であるのだから、貴族なら誰もが欲しがるだろう。


 切り揃えられた黒髪は短めだが、リズの服の裾を掴んでコチラの様子を覗き見る少女は整った顔立ちをしている。



 紺色の大きめのシャツから覗くのは白く細い足。少女とはいえ、女性の太腿など見る機会はない私からしたら衝撃的だった。



 な、なんて恰好をしているんだ。

 辛うじて尻と股が隠れる丈のシャツなど少し風が吹けば……。風が吹けばどうなるのだ?


 あの下はどうなっている?



 お、落ち着け、もっと気にするべき事があるはずだ。



 何故、白と黒、対照的な存在が一緒にいるのか。何故、蛇の塒にいるのか。先程の魔力の波は少女が起こしたものなのか。



「失礼ですが……コチラにはどういったご用件で?」



 私より先に少年が警戒した様子で声をかけて来た。



「失礼した。其方は教養があるのだな。以前会ったリズはまるで獣だったが……」



 そう、以前会ったリズとはまるで違う。落ち着きのある丁寧な言葉遣いに驚かされる。



「ここ、数年の日照りと水不足で不作が続きいよいよ王都でも食糧不足が懸念されてきている。蛇の塒に入るのは禁忌とされているが……、なぜこの森は常に緑があるのか個人的に気になってな」



 正直に答えて直ぐに同じ質問を返す。



「彼女は私の妹ですが、少々事情がありまして家を出るに至ったのです。この容姿ですから面倒に巻き込まれない為にも人目につかない土地を探したところ、この地に行き着きました」



 兄が迫害を受け妹を連れて家を出たか、妹の望まぬ婚姻を避けるために家を出たか。そのどちらかでなければ、兄妹で愛し合い理解を得られず駆け落ちするように家を出たか。



 恐らく最後はない。

 と、思いたい。



「確かに、人目につかない土地を探したのは賢明な判断だろう。二人ともかなり目立つし、妹の方は拐われる事もあり得るが、有無を言わせずタチの悪い貴族に召し上げられる可能性も高いからな」



 どんな理由があるにせよ、苦労して家を出てきたはずだ。それで簡単に他人に奪われるようなら本末転倒だ。


 私の言葉を聞いて少女がキュッと服を握る力を強めたのがわかった。


 "拐われるかもしれない"

 それは幼い少女には恐怖だろう。



「しかし、これ程にまで神に愛された者がいるとはな。普通ならば、生まれた際に国に連絡が行くものだが……覚えがない。其方等の生家が隠していたのならば謀反を疑われるところ。一度行方をくらました其方等を今更我が子だと言い張れるはずもない」



 色の濃い娘が産まれれば貴族は王族と繋がりを持つためにこぞって王妃にどうかと伺いを立ててくるものだ。


 アドレンスの王子は第一王子も第二王子もこの少女より少し歳上で将来どちらに嫁ぐ事もできる。


 自身の支持する王子にと献上されていてもおかしくない筈だが、こんな黒を纏った少女がいるなど聞いた事もない。


 もし、王族に存在を知られていたら、この黒を手に入れた方が次の王になるとばかりに王子同士で奪い合いになっていてもおかしくはない。


 つまり、この少女は隠されて育ったのだ。



 今更、親権を主張したところで隠していた事を認めるのと変わらない。




「身寄りが無いのであろう? 私が其方等の保護をしてくれる者を紹介する事もできる。妹はすぐにでも見つかると思うが」



 私の判断でどちらがの王子に差し出すわけにもいくまい。かと言って、我が家門で預かるのも争いのもととなる。



 下町の伝を頼ってしばらく身を隠してもらい、各所に意見を聞いて穏便に対応するのがいいだろう。



 兄妹揃っての保護は難しいかもしれないが、魔力を多く持つ兄も普通のリズとは違い、引き取り手が見つかるかもしれない。居なければ私が直接雇っても構わないしな。




 そう、考えていたら兄が静かに首を左右振った。



「お気遣いありがとうございます。しかし、この子は耳は聞こえるのですが口がきけませんし、色々とあって、私以外の者に心を開くにはかなりの時間が必要になると思われますので」



 兄に隠れたまま一向に出てこない妹は兄以外に心を開いていない……。人間不信というやつか。妹の関係のゴタゴタで家を出た線が強くなったな。


 そんな状態で兄妹を引き離すのは流石に可哀想だ。この地で静かに暮らすのも悪くはない。


 それなりの貴族の出であれば魔物が出ても問題なく対応できるだろう。懸念するとすればこの辺りに出るというゴブリン。


 少女の身に何かあれば後味が悪い。




「そうか……。其方等がしばらくこの地に居るのなら、私もあと何度か足を運ぶ予定なので顔を合わせることもあろう。気が変われば声を掛けると良い。其方等、名は何という」


「私はシオ、妹はヒノと申します」



 二音の名に体が強張った。


 賎民という言葉が頭に浮かぶ。

 声が出ないのは……喉が焼けたからか?



 賎民に落とされた貴族の子供なら魔力が濃いのも王族に知らせが入らないのも頷ける。



「……私はエルトディーン」



 少しぎこちなくなりながらも名乗り、顔に笑顔を作って見せた。


トルニテア女性は生足を出さないのでショートパンツ自体がトルニテアには存在しません。


独身の三男坊にはヒノのシャツの中は未知なのです。

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