リズと呼ばれた少年
予定外の他者との遭遇で混乱するというより、シオに抱きしめられてる現状に混乱している私。
身体が強張って立派な鳥肌が全身にゾワリと浮き立つ。
そんなこと考えてたらシオは私を解放してくれたけど、問答無用、強引にシオの身体の後ろ側へ、まるで赤髪の男から隠すように私の腕を引いた。
赤髪の男は"リズ"と呟いた後は固まっていてぎこちない動きをしている。
リズとはなんぞ?
名前??
地球上ならばエリザベスの愛称だったか?
いや、いや、シオさんや。自分名前無いって言ったけど、実はあったの?
女の名前だけど、シオの中性的で綺麗な顔だったらエリザベスでも大丈夫だと思うよ。そう思うよ。(適当)
てか、リズが名前なんだとしたらシオのお知り合いですかこの人。ビビットな赤色をした髪が非常に目に優しく無い。地球上にあまり存在しない髪の色に違和感が半端ない。
日本で暮らしてた時、そばに美容専門学校があったから、緑やらシルバーやら黄色やら、奇抜な色合いの髪も街中で見たことがないわけではないけれど、全くダメージのないサラサラの美髪でこの色は見たことがない。
大概奇抜な色の髪の毛はブリーチで傷んでいるのが常だ。
"リズは私の名前ではないし、知り合いでもありません。恐らく、彼は王都の貴族です"
久しぶりの頭に響くタイプの会話だ。しかも、声は以前同様リザの声。テレパシーでの会話はリザの声になる仕様なんだろうけど、違和感半端ないぜ。
そういえば、私は口がきけない設定だった。と思い出してキュッと口を噤んだ。
髪の色がハッキリしている程貴族に近しい存在だと習っていたが、本当に真っ赤っかなんだな。立派な貴族の坊ちゃんが何用??
こんな廃村しかないはずの森の中に一人で来る用事があるか?
てか、次の発言は?
なんで固まってるわけ?
"貴女の衣装が衝撃的過ぎて唖然としているようです"
失礼。
人の心が読めてしまうシオには赤髪の男の思考もバレバレらしい。
私の衣装と言えば相変わらずの短パンキャミ、それにシオから渡された大人用シャツを上から着込んでいるので短パンが隠れてシャツしか着ていないかの様に見える。
トルニテア人からしたら完全なる痴女だ。
女性は皆、生足を見せないために長めのスカートを着用しているものらしい。
普段見えない生足が揺れるスカートの裾から少しだけ覗くチラリズム。そういうのが大好きであろうトルニテア人にとっては、私の姿は酷く下品に写るだろうし嫌悪感もあるだろう。
シオの背から少し顔を覗かせて正面の男を見ると、見てはいけないものを見てしまった。とばかりに視線を外された。
「…………」
お目汚し失礼しました。
「失礼ですが……コチラにはどういったご用件で?」
シオは警戒した様子で声をかけ、声をかけられた事で見たくないもの(私)を見てしまった現実から目を背けていた男はハッとしてコチラを見た。
「失礼した。其方は教養があるのだな。以前会ったリズはまるで獣だったが……」
リズとは何かの総称のようだ。教養があるというのだから私でなくシオを指す言葉であるのも間違い無いだろう。
ま、シオは獣のというより爬虫類だけどな。
私の痴女具合を突っ込むわけでなく、誤魔化すようにシオの事に触れたあとここへ来た理由を話し出した赤髪の男を観察する。
恐ろしく整った顔はおそらく20代の若者のもので、瞳の色はまるでアメジストのように綺麗な紫色だ。
左わけされた前髪は右目を隠すくらいの長さ。左サイドはかき上げられていて後ろの低い位置で結ばれている。
身長も180センチ以上ありそうで、足もすらっとして長いのだが、良く鍛えられているのが服の上からでもわかる。
服装は、濃い紫色のマントに何やら紋章の刺繍、ストールなのかよだれ掛けなのか知らんが襟元で目立つフワフワした布、ヒラヒラしたシャツ。
総合的な印象は金持ってそうだなコイツ。と言った感じか。
「ここ、数年の日照りと水不足で不作が続きいよいよ王都でも食糧不足が懸念されてきている。蛇の塒に入るのは禁忌とされているが……、なぜこの森は常に緑があるのか個人的に気になってな」
仕事の非番に興味本位に森の側まで来てみたところ、私たちを見つけたらしい。
タイミング悪いな。えぇ。
それに禁忌て、私、禁忌普通に侵してますけど……。リザさん私を祟ります?
もし、禁忌を侵すと祟るような邪神として負の信仰を得ているなら、それはそれで消えるような事にはならないはずだ。
日本にもあるじゃない?
神の宿る島。草の一本でさえ持ち帰る事はならず、その島での出来事は何も語ってはいけない。沖ノ島っていう世界遺産。
蛇の塒に神様が住んでるから入っちゃいけない。けど、それが忘れ去られてしまった。
今の王都の人間はなんで森に入るのが禁忌なのか知らないのではないだろうか。
しかしまぁ、この森の外は結構大変な事になってるのね。食糧不足て……。
んー。
私からしたら、気候が安定しているから木々が葉を落さないだけであって蛇の塒も決して豊かでは無いけどな。
「其方等は何故ここに?」
自身の事は話したのだから次はお前等の番という事だろう。貴族とはいうけど、爽やかな笑顔なのでそんなに傲った感じのしない青年だなと思う。
「彼女は私の妹ですが、少々事情がありまして家を出るに至ったのです。この容姿ですから面倒に巻き込まれない為にも人目につかない土地を探したところ、この地に行き着きました」
少々の事情は私も知るところではないが、勝手に想像してくれ。と、こちらから明言はしない事で後々の言い逃れに役立つヤツだ。
何を察したのか知らないが、可哀想に、大変だったな。という、同情の眼差しが向けられるので居心地が悪い。
「確かに、人目につかない土地を探したのは賢明な判断だろう。二人ともかなり目立つし、妹の方は拐われる事もあり得るが、有無を言わせずタチの悪い貴族に召し上げられる可能性も高いからな」
「…………」
え、どっちにしても拐われるの?
人間怖い。貴族怖い。トルニテア怖い。
シオの服の裾をキュッと握った。
「しかし、これ程にまで神に愛された者がいるとはな。普通ならば、生まれた際に国に連絡が行くものだが……覚えがない。其方等の生家が隠していたのならば謀反を疑われるところ。一度行方をくらました其方等を今更我が子だと言い張れるはずもない」
神に愛された者……。
私の話じゃないよな。よな。そうであってくれ。神に愛された覚えはない。
つまり、シオさん尻尾食べられちゃってたけど神様にすごく愛されてたのね? リズは神に愛された者の総称で尻尾パクーはリザの愛の形だったのか。
"違います。私のように白色を髪や瞳に持つ属性や魔力を持たない神に愛されなかった者をリズと言うのです。神に愛された者とは濃い色を持つ者の事、つまり、貴女の事です。不名誉な事であるかのようになすりつけないでください"
目の前の貴族は、以前教養の無い獣の様なリズに会ったと言っていた。
教育を受けられず保護もされていない……。神に愛されていないからと人間からも見放された存在。つまり、リズって……差別用語なのか。
馬鹿とかクズとか罵ったりする言葉より、きっと根の深い蔑みを含む言葉なのだろう。
自分で選べたわけでもないのに他者からリズと呼ばれるのは理不尽でしかない。
確かに神がいる世界なのに、そうやって気紛れに差をつけられて、罵られ、神への供物として差し出された…………。
差し出された先で蛇にされて慕っていたのに尻尾ムシャーされて……。
シオさんや。
ちょっと、お前さんの人生どうなの?
自己犠牲の精神なの?
それでよく百年生きれたな。自我崩壊しないの?
私にはそんな生は無理です。
シオは何も答えはしない。
服を握る私の手に力が籠る。
「身寄りが無いのであろう? 私が其方等の保護をしてくれる者を紹介する事もできる。妹はすぐにでも見つかると思うが」
黒髪はステータス。
手の内にあればソレは切り札にもなるだろうけど、私をいいように使おうとする人間に世話になるその提案は勘弁。お断りだ。
シオが静かに首を左右振る。
「お気遣いありがとうございます。しかし、この子は耳は聞こえるのですが口がきけませんし、色々とあって、私以外の者に心を開くにはかなりの時間が必要になると思われますので」
うん。私の設定なんか重くないか?
色々って何。何が起こったの。
何が起こったと思われるの??
「そうか……。其方等がしばらくこの地に居るのなら、私も足をまた運ぶので顔を合わせることもあろう。気が変われば声を掛けると良い。其方等、名は何という」
「私はシオ、妹はヒノと申します」
「……私はエルトディーン」
シオがかわりに名乗ると貴族の男は驚いたように目を丸くして暫く固まったあと、目を細めて名乗った。
エルトディーン。
長っ。
でも、ま、覚えなくても良いか。偶然出会った地人の名前なんて記憶のゴミ箱に即座にポイするのが緋乃流だ。いかんせん他人に興味がない。
"貴族の名前は長いモノです。ソレと、彼の名は覚えておいてください。王族に連なる貴族です。いずれ何かの役に立つかもしれません"
長い名前ばかりなら極力関わり合いになりたくないな。エルトディーンが王族に連なるって、貴族階級でいう公爵家的なヤツだろうか。かなりの上級貴族様じゃないですか。怖っ。シオの心を読む攻撃にかかれば情報戦は敗戦知らずになれるな。
"マントの色や纏う色である程度の地位はわかります。紫色のマントにあれだけ鮮明な赤は、王家の剣であるセテルニアバルナ家の者でしょうから"
ん。なんて?
せてるばに…あ?
ヤバいな。聞き慣れないと聞き取れない。
私、
トルニテアになじめる気が全くしない。




