こんな便利な農作機は無い
ほらね、いい具合に夕刻!
ブランケットがかけられた状態で木に寄りかかっている私は瞳を開いて空が明るい事に歓喜した。
見回すと少し離れた位置で木がミシミシと音を立てた後、ズシャンと地面に倒れている。
よく見れば、近くに切り落とされた枝や葉が山のように積まれているし、丸太状になった木が何本か転がっていた。
え、
木って12の子供の身体で切り倒せるものなの?
ノコギリ?
オノ?
どっちにしても、そんな道具まで持ってたのこの人。この蛇。
なんならトンカチと釘もあります?
だったら、角材の状態から机とか椅子とかベッドとか作れるよね。手先は器用な方なので工具の存在は心の底から歓迎します。
文明的な道具があるなら一気に文明的な生活が近づく。やったね。不老とか、魔法とか、軽く人外になっちゃったけど人間らしく生きたいんだよ。
「やっと起きましたね」
見慣れてきた流し目と無言の主張。
シオが働いている間に落ちてて申し訳ないとは思ってるよ。
でも、その間にまさかシオが木材を用意できるような有能なやつとは思ってなかったわ。
や、ね。結界が張れる時点でかなり有能なのだけど、それ以外の行動……主に好き好きリザ様関連と爬虫類というマイナス要素で帳消しになってたんだよ。
「…………」
「それよりさ、木の伐採ってどうやったの?」
純粋な疑問。
見れば、呆れ顔のシオの手には洋物の剣が握られてる。もしや、アレで??
刃こぼれしないの?
「生憎、伐採用の道具は持ち合わせていないので。剣も魔力を纏わせれば刃こぼれする事はないですし」
「魔力を纏う? 何ソレ、もはや、剣なくても魔力だけで物切れそう」
手刀でもいけそう。怖い。全身凶器。
文明的な道具が、文明的な生活が一気に遠のいた気がする。
ていうかさ。
「貴方、魔物倒せますよね?」
攻撃系の魔法はあまり……とか言って、今まで逃げ回っていたのは何だったのか。シャンと天に向かって伸びる直径30センチ程の大木を剣に魔力を纏わせる事で倒すことができるのだから小型の魔物程度軽々と斬り伏せられたはずだ。
「貴女が居なければ倒せていたでしょうね」
結界を張りながら私を庇い魔物を倒すよりは息を潜めてやり過ごす方がラクです。と言われた。
ゴブリンと対峙した際も、遠距離攻撃の手段として使える魔法を持たないので、剣で各個撃破していたらそのうちに私が餌食になる可能性が高かったのだろう。
この私の足手纏い感。
「コレ、どうやって木材にするの」
「さぁ、でも邪魔になるのでしょう?」
まぁ、そうだね。
切り倒した木は広葉樹。切株を残しておけば数年後にまた伐採できるサイズに育つだろう。砦の内側の木は正直邪魔だ。育たれたら困るので根も処理したいところ。
私も、昨日シオが結界を作ってる間、遊んでいたわけではなく結界内の敷地をどう整備していくか少しは考えていたのだ。
動物が作れたんだから、植物も作れるんじゃないかと。
結果
出来たよね。
見た目に簡単そうな南瓜を土で作ってみたの。南瓜になれ南瓜になれと頭で念じながら丁寧に形作っていたら売り物みたいな見慣れたエビス南瓜が出来上がったのだ。
衝撃的だったね。切ったら美味しそうなオレンジ色をしてたのだから。
コレ、土だよ??
土だったよな??
と、何度も見たり持ち上げたりしたよね。食べてはいないけど。
土を捏ねくって出来た作物を直接食べようとは思わないけど、ソレを作付けして実った物であれば食べてみたい。
てなわけで、今、砦の内側で森の木々が生えているあたりは畑にしたいと考えていのだ。
ソレを汲んでシオは私が落ちている間に伐採を進めてくれていたという事らしい。
流石、神の遣い。仕事が出来てありがたい。
どうやって、丸太を木材に加工するかは置いて置いて、全ての木を切り倒す必要がある。そのあとは、地面に空気を含ませるようミキシングする。ついでに地中の岩や小石を砕いてしまえばい土は柔らかくなって切株も排除しやすくなるはずだ。
あとは、一箇所に集めた使わない小枝や葉っぱ、切株を、先日ゴブリンを地中に埋めた時みたいに木っ端微塵に砕くイメージで土に混ぜ込んで土を耕せばいい。定期的に混ぜて微生物の分解を促進して腐葉土を作り、以後、肥料置き場とする。
トラクターも要らなければ鍬もいらない。
土が自由自在って、もう。農家するには最高の能力だな。
肉体労働が普通の半分以下だと思うの。
私は農業の便利機器になった気分だよ。自給自足するにはもってこいだよ。
日本の農家に一人土属性の魔法が使える人がいたら農業の未来は明るい気がする。
「土属性だからと、貴女のように無茶ができるわけではありませんよ。ソレに、魔法を使うのは貴族なのですから農作業などするわけがないでしょう」
「…………」
貴族は基本的に平民を下に見ているので平民のために尽くす事は無いそうだ。
「お約束だな」
まるで別の生き物のように扱うのだろう。まるで人ではないかのように。
「風習、歴史ですから、仕方のないことと受け入れるしかありません」
なんとなく、シオは私の突拍子もない行動にも柔軟に対応してくれるから変化に対する許容範囲が広いのかと思っていたが、意外にも改革派ではないようだ。
まぁ、差別と区別は違うし、平等と公平は違う。受け入れ難い確かな差があるのなら扱いが違うのも致し方ないのだろう。
貴族と平民の話はさておき、家と寝床つくりだ。
土のドームは簡単に作れるとして、寝床作りは少し面倒そう。
理想としては、切り倒した木材を使ってベッドを作りたい。釘やトンカチがなくてもナイフはあるので組み合わせる木それぞれに溝をほってはめていけば、丸太の形を残したままでもそれなりの物が出来上がると思う。
指矩もないが、勝手にコチラで基準となる長さを一つ決めてしまえば長さを揃えるのは大した問題ではない。
しかしながら、ただいま夕刻。日が暮れるまでの時間がない。素人の私が本気でベッドを作ろうと思えば一日がかりでも出来上がるかわからない。
ベッド作りを今日は諦めるとして、その他の代用品はあるのかといえばない。
落ち葉を集めて自然のベッド??
いえいえ、虫いますよね?
信じられない……土ついてますよね??
芝生に転がることができない私からしたら、そこに存在する微生物を想像しただけでも鳥肌ものだ。
絶対に痒くなる。
ここには無いけど、干し草のベッドでさえ無理だと思うのだから落ち葉を集めたベッドなんて無理無理。
蜘蛛なんかが出てきた日には死にたくなると思う。死ねないけど。
………………。
いっそのこと寝なければのいいかな。
今日の昼間意識が落ちていたわけだし、睡眠時間は足りているんじゃないだろうか。
ふう。と、息を吐く。
とりあえず、屋根のあるお家大事。
敷地内を見回して家を建てる場所に目星をつけ移動する。
今日は一切井戸に触れなかったが、出来栄えの確認や実際に水が汲めるようにしなければならない。
明日は井戸の周りでの作業になる。
今後も、手を洗ったりするのに水場が近いのは便利なので井戸の近くに家を設置する事にしよう。
ドーム状の家の内側に部屋を作るのは面倒というか、構造上息苦しさを感じないか不安なのでシオ用と私用で二つ作ればいいよね。
「大きさは12畳程度あれば球面でも狭くは感じないかな」
「12畳……」
シオさん、畳という単位が上手いことトルニテア語に変換されてないらしい。大きさがよくわからないようだ。
や、ね。
だいたいコレくらいかな。
拾った木の枝でおおよそのサイズの円を描く。四角いものを丸く変換するのは正直難しい。出来上がった円が本当に12畳あるのかは不明。
ちょっと12畳より小さい気もするが、今はまだ無いベッドや机、椅子、その他諸々の道具を運び込んだとして妥当なサイズだと思う。
「もう少し広くしたものを一つ作ってください」
「??」
全部で3つ?
ま、そうだよね。
住居以外に雨風しのげる作業場も必要か。
「全部で一つです」
「……」
は?
理解できなくて眉間にシワが寄る。
「独りは……嫌です」
は??
可愛らしく言っても嫌です。
私にとって一人になれる場所重要です。
何か別に理由があるのかもしれないけれど、私には受け入れ難い提案だった。