家は屋根があればそれで良い
シオにナイフを出してもらい指先に当てる事で血を流す。
それを当然のように舐めとるシオ。
ゾゾゾッ
と、背筋に寒気が走る。
もうね。ないんです。その見た目は一般的には艶かしいんだけど……私的にはないんです。気持ち悪いんです。勘弁してください。
舐められた指先を朝から持ってるタオルで拭き取る。
「結界は完成したわけだけど、あと、優先的にしないといけない事ってある?」
今日を乗り越える為に必要な事。
私としては、流石にトルニテア3日目の夜は脱野宿したい。足を伸ばして寝たい。
シオという自分以外の他人のいる場所で寝れるかと言うと正直無理だと思うけど、同じブランケットに包まるよりは心情的にましだ。
シオだって、ここ2日結界を張りっぱなしでまともな睡眠が取れていなかったはずだからしっかり休みたいはずだ。
簡易な家としてベース基地を作りたいと思う。
結界作りの際、魔法陣を刻んだ岩なんかも多分大事なヤツだと思うし、保護する為にも居住空間を作るべきだと主張したい。
私の側で立ち上がり服についた土を払うシオは、心の中で行ったベース基地制作への熱弁を聴いて呆れ顔で私を見てる。
「先に、結界の境に塀を築くのが良いのではないですか? 使用した魔石の保護もありますが、私としては、境がわからず森に侵入して魔物の餌食になる貴女が簡単に想像できますけど」
無いとは言い切れないあたりがね。反論のしようもないよね。塀を築きましょう。そうしましょうか。我が身には代えられないものな。と、頭を切り替える。
塀と言われて頭に浮かぶのは、コンクリートブロックが重ねられた物やお城の塀みたいに積み上げられた石と白い塀の上に瓦が乗っているもの。
どっちも実現不可能だと思うので、地面を直接起伏させればいいと思うの。
アート性は全くないし、シンプル過ぎるとは思うけど、入り口になる箇所を除いてぐるっと土の壁でできた塀で結界を囲う。その際、土を結界の外側からゴッソリ持ってくる事で外側を窪ませる。
それから近くの川から水を引いてきて外堀を巡らせ、魔物の侵入を防ぐ。軽く要塞のようであるけど、自分で作った物を他者に壊されたり汚されたりするのはカナリ嫌なのだ。やり過ぎくらいが丁度いいと思う。
防犯面だけでなく、そばに水があるのは作物を育てるのにも作業が楽になると思うし、良い案じゃ無いだろうか。
水と言えば、井戸も必要だと思うの。ゴブリンの事件で井戸も破壊されてなくなったし、魔法を使わずに簡単に水を汲みたいのだ。そして、この汚れた指先を今すぐ洗いたい。
地下を流れる水がどこにあるのか、以前の井戸がどこにあったのか分かんない。
や、ホントどうしたものかね。
「今の貴女なら集中すれば水の流れを感じれると思いますよ」
シオが助言をくれる。
ホントにそう?
リザ様の力を持ってるんだからできないはずがない!! 的な過度な期待をしてない??
シオを疑いつつも、瞳を閉じて地下の何処に水の流れがあるのか探ってみる。
瞳を閉じたことで見える真っ黒の世界に淡い光が感じられた。それはいくつもに分かれて流れているように感じられて、これが水の流れなんだと根拠のない確信をもつ。
「ホントにあった」
確かにあった。
マジか。スゴイな私。
心を無にして集中してみれば自分のいる位置より前方の地下に濃い水の気配を感じた。
水の気配って何だよ!!って、自分で言ってて思うけどそれ以外に表現しようもないと思う。不思議なことに、ここを掘れと言われているように感じるのだ。
井戸の掘り方とか知らないけど、水が出るまで地面を掘って、内側を石で埋めていったらいいのだろうか?
コンクリートのかわりになるような何かで側面を固めてしまいたいと思う。たしか、セメントと砂と水を混ぜたのがモルタルってレンガの間とか埋めるアレだったはず。
けどさ、セメントって何でできてんの??
日本じゃ、普通にホームセンターで買える物の原材料なんて普通に知らない。知ろうとも思わないのが私という人間なのだ。
とりあえず、飲料水にする予定はないから細かいところは専門家と出会う機会があればその時にやろう。そんな日が来るとは思わないが、なんとかなるだろう。
井戸を掘るべく移動して地面に手を当てた。
深い深い落とし穴を作るイメージをするとすぐに体の中の何かがグッと減ったような感覚がして、数メートル全力疾走した時のような疲労感とともに手を当てていた地面の数センチ先に丸くて深い穴が出現した。
今回、井戸を作る上で自分の中の燃料の消費具合や疲労を感じられたって事は、前回よりは進歩している気がする。
今後、積極的に能力を使っていくことで、うまい扱い方や自分の限界もわかっていくのだろう。
で、
土を弄る能力のお試しで井戸を作ってみたわけだけど、水が溜まるのはまだ少し先のことになるのかな。知らんけど暫く放置することにする。
空の様子は夕刻。日もだいぶ傾いてきたし、トルニテア3日目にして初めて日が暮れるのを体感してると思うと不思議な気分だ。
さっさと今日の日程を終わらせないと明かりのない原始の生活は夜が早い。
塀作りは日暮れまでに終わるんだろうか?
少し休めば井戸掘りの疲労もすぐに回復したのだけど、塀作りは井戸掘りと規模が違う。
昨日のゴブリンを串刺しにしたアースニードル的な土の剣山と同じか、それ以上に力が必要なんじゃないだろうか。
だとしたら、ブラックアウトは確実なわけで、今日こそはゆっくり休みたいと思っていたのに野宿をする羽目になりそうなのだ。
辛い。
正直、立派な家が作れるとは思っていない。土で壁面を作り天井は木を組んで草や枝で塞ぐだけでも良いと思う。
天井があれば良いのだ。
眠るのに満点の星空はいらないのだから。
とにかく、今日中に家づくりまで行きたい。
「全部を、一気に済ます必要はないかな」
余力は残しておきたいし。
半分くらいを目処にして塀を作ってみようと思う。
埋めた魔石も塀の中に入れ込んで終えば防犯上奪われる心配はないし、塀の上に立てる仕様にしたら眺めも良いよね。
せっかくの認識阻害機能が付いた結界なのだから、塀が外から見えたら意味がない。
結界がドーム状だったら、高く作り過ぎれば不自然に浮く土の塊が視認できる事になる。それはいただけないし、逆に目立つ仕様とか笑えない。
「結界は柱状に上に伸びていますので、多少高めに塀を作っても問題はありません」
「なら、そうする」
井戸のあたりから結界の端まで移動して、今まで同様、土に手を当てる。
街道に繋がる場所ともう3箇所、つまり、四方に門用の入り口を作ると想定しての塀作り。
入り口の門て、木製?
昔から、アニメーションとかでよく土壁みたいなところに木の扉がついてるのを見てずっと思っていた。どうやって扉を設置していて、尚且つ、開閉がスムーズにできるんだろう? って。
土壁やコンクリートに直接蝶番の金具は打ち込めないんじゃないかと、子供ながらに作画に対して現実的で夢の無い感想ばかりをもっていた。
どうやって扉を設置するのが現実的なのか調べておけば良かったと後悔する日が来るとは思いもしなかったよ。
無い頭で考えてみるけど、木の枠をはめて、其れに蝶番を打つのが一番現実的だと思う。
扉の形は、制作に簡単そうなのは長方形だが、強度的にはアーチ状かな。アーチ状に木枠を嵌めれるのかはさて置きデザイン性もアーチ状が優れている気がする。
そもそも、認識阻害で入り口が見えてないのだから扉も暫く要らないだろう。
頭の中を整理したあと、塀作りに取りかかったのだった。