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第七話 終止符

 ヴァニー救助前。

 金属の球体は少女に一つ頼み事をしていた。


「マスター、一つ宜しいですか?」


「ああ」


「おそらく、この街には消火する為の設備が備わっているはずです。至急作動していただけると助かります」


 少女の表情が曇る。

 金属の球体と少女はそこまで長い付き合いではない。絶対の信頼関係を築いている訳でもないので、やはり内容の掘り下げがくるだろうと分かっていた。


「なぜそんな設備があるとわかる?」


「否定。わかってはおりません。あくまで予想です。そもそも実験街『リスク』は最初から水道、ガス、電気が通っていました。ならば、その為の対策をしている可能性が高いと私は判断しております」


「わからねーな。その根拠はどこにある?」


「博士という立場の人が作ったのなら、そうするだろうという経験です」


「他には?」


 少女からしたら、判断材料として弱いという認識で受け取る。そもそも少女は過去のせいもあってか、人類を好まない。金属の球体の場合、博士が作ったというので説得力があった。その為か他の根拠についてあぐねていると、咄嗟に金属の球体はヴァニーの言っていたことを思い出す。


「ヴァニー様に聞きましたが、あの時計塔からジャミングを受けておりました」


「ジャミング?」


 少女には知らなかった情報のようで聞きなおす。 


「肯定。生体レーダーにも反応しませんでした。調べるのなら、あの周辺か最適でございます」


「へえ。確かにそれは怪しいちゃあ、怪しいな」


「はい、可能性は高いかと」


 ひとまずは納得したようで少女は頷く。


「でもよ、オレが逃げる可能性だってあるんだぜ? そん時はお前だけでどうするんだ?」


「問題ありません」


「何か打算でもあるのか」


「逆に問いますが、マスターはそんな意志を持っているのですか」


「……」


 少女はきょとんとする。

 不意を突かれてしまったと目を大きく見開いた。


「私は遺産です。あなたの意志と違える」


「……ああ、そうだな。その通りだ」


 少女は噛みしめるように言う。

 金属の球体はワイユー博士の意志に基づいて、少女は少女の意志に基づいている。

 最初から少女が手伝わないという選択肢はない。


 会った時から、金属の球体と少女は利害関係の一致で行動している。

 マスターとその従者。

 それはそういう体であり、賛否つけがたい真実であり、申し訳ない程度の呼び名なのである。


「では、あの時計塔を調べてください。宜しくお願いいたします」


「了解だ」


 そうして、二手に別れた。


 そして現状、その頼み事がうまくいっていた。


 スプリンクラーから放たれる水が次々と炎を消していく。

 既に金属の球体の周辺の炎は鎮火していた。金属の球体と少女は幾分か残っている火の消火作業へと移行している。実験街『リスク』の大火事は抑えられて、後処理を行っていた。


「耐水膜展開」


 金属の球体には赤い膜とは別に青い膜が覆われる。錆防止と浸水による不具合を防ぐために使われるものだった。

 その後、金属の球体は、水がバラまいている少女と合流する。ここからヴァニーを安全圏まで運ぶ。炎が大分鎮火したとはいえ、灰などを吸いこまないように影響が出ない場所へと送らなければならない。

 少女は金属の球体をキョロキョロと見渡す。


「ヴァニーはどうした?」


「私の中で休養中です。私の中では簡易的ではありますが、救急処置が取れます」


「そっか。もうなんでもありだなお前」


 やれやれと、少女は口元を緩ます。


「ちなみにオレは何もしてねーよ。お前の言う通りに従っただけ。時計塔から地下通路に繋がっていてな。どうやら実験街『リスク』の中枢といったところだな」


 続けて、地下通路についての説明をされる。

 少女の話によると、人が入れるサイズの地下通路だそうだった。

 電気、水、ガスと一定のパラメータが設定されている場所があり、モニターから実験街『リスク』を一望できると話した。


「本来、監視モニターのものだったのでしょうね」


 と金属の球体は呟く。

 実験街『リスク』とは、その名の通り実験に使われた街であり、リスクが多大であることから命名された人類の遺産だった。

 ヴァニーから語らずとも、金属の球体は知っている。今までに限らず全ての遺産たちのデータを掌握しているからだ。なぜ、この街が生まれたのか、目的や放置された理由も知っていた。歴史上のデータが残っているだけなので、具体的に何が存在しているかまでは把握できない。

 だから、監視モニターという憶測だけが成り立つ。


「ふーん。お前がそういうんだったらそうなんだな」


 金属の球体の言葉を軽く流す。少女は事の流れの説明に戻る。


「んで、そこで非常用のスプリンクラーがあって、押したらこんな大雨だ」


「そのホースは?」


「ああ。これもその地下通路にあった物を取ってきたやつだ。地下通路にあった貯水タンクから繋げた」


 少女はホースを見せる。黒いゴム状の管から水が溢れ出ていた。

 そのまま少女と金属の球体は合流。横一列に歩き始めた。実験街『リスク』の大火事はほとんどスクリンプラーによって鎮火状態にあったが、手を休めることなく目についた炎を消していく。


「ヴァニーは助かりそうなのか?」


 少女が聞いてくる。ゴムの口を押さえて、水の勢いが増す。

 金属の球体は隠す理由も見つからないので、正直に言う。


「命に別状はありません。無傷です。今は寝ております」


「無傷? あれだけの火災だったのにか? それ以外も何も異常なしなのか」


「はい」


 少女は訝しげに眉を潜める。

 運が良かった、と言えばそれまでなのであるが、納得いってない様子だった。ウーンウーンと唸っている。


「生命型ホムンクルスっていうのは、肉体的構造は人とかと違う点はねーのか?」


 どうも少女には合点がいかないらしく、人の機能まで疑い始めた。

 金属の球体は「いいえ」と答える。


「生命型ホムンクルスは人と変わりません。あくまで基盤は人であり、フラスコのエネルギー供給により生きているだけなので機能面について違いありません」


 生命型ホムンクルスは、元来禁忌とされているモノ。

 かつて人類は不老不死を求めて、この遺産をつくった。だが、つくったはいいものの、問題が生じたのだ。


「ですが、人と一点だけ異なります。それは何がエネルギー源になっているかです」


 ヴァニー。

 正確には、製造番号321110933番生命型ホムンクルス R-タイプHについて語ろうとすると、


「いや、やめとく。助かりそうならいいんだ。そういうのはヴァニーの口から聞くさ。彼女が話したかったら、話せばいいことだ」


 と少女が制止した。


「そうですか」


 そこから口を止める。金属の球体は、一から十まで語る。その要領の悪さを少女は知っているので、とやかくは言わなかった。

 話の話題をわざと逸らす。


「それで? 明日はどうする?」


「実験街『リスク』の復旧作業をやろうかと私は考えております。……マスターと2人で」


「明日も留まる気満々かよ。てかさりげなくオレも入れてんじゃねーよ」


「不服ですか?」


「ま、いいよ。どうせお前は勝手にやるんだろ。それなら早いほうがいい」


 少女はげんなりとしながらも了承する。


「それと時計塔の地下通路の方に一度赴こうかと」


「それはオレも気になっていた所だ」


 少女の食いつきは案外よく、即答した。

 時計塔の地下通路。

 金属の球体及び少女には、時計塔以外には気になる点は見当たらない。建物等だけが並ぶ街だ。お互いに考えているのは、実験街『リスク』に対しての興味ではない。新たな人類が発見できる手がかりを求めているだけだった。


「オレもそこまでよく見たわけじゃないけど、資料みたいなのは置いていたはずだ」


「……」


「ん? おい、どうした。っておわっ!!?」


 少女の足が瓦礫に引っかかって、盛大に転ぶ。頭からスライディングして、顔面ごと身体が地面に引きずられた。

 びたーん。とても良い音がした。

 返ってきた音波を感じ取り、金属の球体は一言告げる。


「そこ、瓦礫で段差になってるので気をつけてください」


「おせええよ!」


 ケホッと咳を吐いてツッコむ。偶然、すすの中に突っ込んでしまい全身が黒くなっていた。

 金属の球体と違って少女には視覚器があるので、下があまり見えていない。

 炎で明るくなっていたためか、ほとんど暗闇状態が続いている。うつ伏せに倒れたままだったが、少女が思いついたように言う。


「……とりあえず、電気の復旧からだな。なんも見えん」


「私もです」


「お前は目ないだろ」


 金属の球体に吐き捨てるように言った。

 そこから少女は立ち上がって埃を払い、髪を整えてから歩き始めるのだった。後ろから金属の球体が追う。


「お疲れさまでした」


 金属の球体は、少女に聞こえないように天井へ向かってそう呟いていた。

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