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第六話 疾走

 金属の球体は走る。建物と建物の間を駆け抜けていく。

 自らの車輪をキャタピラに変えて、疾走していた。地面は崩落した住宅で足場が不安定になっている。キャタピラは小回りはきかないが、この状況下では最適だった。

 キャタピラの全範囲に小突起が設けられている。小突起は凹みや障害物に挟み込む。そうすることでストッパーとしての機能があった。おかげで瓦礫の凸凹をよじ登ることができる。


 問題は環境である。まともに炎を避けていくことは困難。だとするならば、最短距離で最低限の被害で済まさなければならなかった。製造番号445500998番自律コミュニケーション型AI、YU-タイプAは精密なロボットだ。無理をすれば、容易く壊れてしまう。


 煙の匂い、鼻につく異臭、人には有害とされる一酸化炭素。当然の如く、金属の球体には何の不利益もない。何も感じない。

 問題の環境というのは、熱による暴走。それに伴う動作の不具合だった。


「検索開始」


 少女と別れた金属の球体は、生体反応を探知するレーダーを照射する。反応はあるが、具体的な場所は不明だった。反応が正しければ、ヴァニーは外に逃げている。少女には消火活動を円滑に図る為、ある事を託していた。

 時間はかかる為、今はヴァニーの確保が最優先だった。


「目標までおよそ500メートル以内です」


 実験街『リスク』のミニチュアサイズの建物が次々と通り過ぎていく。ヴァニーからしたら道路も広く大きな街だろうが、金属の球体からしたら非常に動きにくかった。

 所々、電線が切れている。電気が通っていたのは、金属の球体には分かっていたことだった。電気だけでなく、水道やガスも通っている。どれも18世紀ヨーロッパを再現するならば、在り得ない給水設備やガス設備があった。おおよそ18世紀ヨーロッパのイメージである、ということなのだろう。

 この状況を見て、自身の失態であると確信する。


 と、金属の球体はふと止まる。


 目の前には炎の嵐。これ以上は自身が持たない。ただでさえ、熱が全方向からきている。オーバーヒートを起こし、機能停止は免れない。冷却水を常備されているが、流石に炎の嵐に飛び込むのは無謀であった。


「現状確認したが、突破は不可能。再度ルートの検索を送信」


 金属の球体は電波を上空に飛ばす。数秒後、上空から反応があり電波を受け取った。

 電波を解析すると、それは実験街『リスク』を上面から見た図。リアルタイムでの写真だった。燃え盛る炎から避けて、別ルートの道を示される。元々、金属の球体は電波に送られてきたルート沿って動いている。時間の経過にて、次第に炎が燃え広がっていることを確認した。

 写真からヴァニーの位置を読み取ろうとしたが、その写真では特定できない。


「受信完了。現状把握しました。引き続き捜索を要請します」


 金属の球体は早口で伝え、道を引き返す。

 その声色には一切の焦燥感はない。キャタピラは勢いよく動き始める。


 金属の球体に一切の感情はない。

 作業的に、機械的にこなすように次に行うべき順序立てる。


「別ルート、困難。再度検討」


 再びキャタピラを止める。気がつくと炎の包囲網の中心にいた。

 金属の球体は静止してから、キュイーンと音を立てると金属の外殻から白い膜を浮き出す。


「耐火膜展開。及び以降のルートは私が独自に捜索します」


 金属の球体から赤い膜が覆われる。本来ならば、料理で火を扱う時に使用するものだった。気休めとはいえ、ないよりはマシである。

 金属の球体は炎の中へと突っ込む。黒煙が視界を遮った。キャタピラの下でメキメキと何かを踏み潰すが、気にする様子もない。広い道ならば避けて通ればよいが、自らの巨体と小さな街がそれを許してくれない。


 炎を避けて、なおヴァニーを見つけるのはもう愚策だ。金属の球体はそう判断する。ここまで炎がまわってしまった以上、躊躇はない。それでも自らに危害が少ない方法で、助けなければならない。なぜなら助けたとしても、自らが動けないのなら意味がないからだ。当たり前といえる。


 急な爆発。

 金属の球体の背後で起きる。ガスが充満し、外の空気に触れることでの爆発であろう、バックドラフトが起こっていた。火は噴き上げ、噴き上げた威力が住宅の壁を崩落させる。


「回避します」


 旋回。落ちてくる瓦礫を避ける。小回りが利かず何度か痛手を負うが、致命傷を免れていた。視線を移すこともない。


 製造番号445500998番自律コミュニケーション型AI、YU-タイプAには元々視覚を捉える器官がない。

 常に全方向に視えない音波を放射して、返ってきた反射音で物体の形、距離を掴み取る。

 無生物と生物を見分けるには、生体反応の認識も視えないセンサーを併用して行っている。呼吸や脈拍などのバイタルサインを感じ取り、生体を認識していた。ヴァニーが動物ではなく、人類の遺産だと判断していたのはヴァニーにICチップが埋め込まれているからであり、そのデータを読み取っているに過ぎない。


「損傷率2%、許容は範囲内です」


 しっかりと音波を活用しながら、旋回、また旋回。

 中々、前に進めない状態が続く。炎や瓦礫を受けながら進んでいく。速度も緩めておらず全速力。出せる範囲で行っている。


「目的の距離までおよそ100メートル以内です」


 目の前に障害を認識する。

 このまま進むと、目の前の障害に激突する。障害とは、建物だった瓦礫の山のことだ。そして、瓦礫の山を越えたところには、地面から噴き出る業火が出迎える。ガスが漏れて火が移ってしまったとだと考えられる。その付近だけ炎の地獄だった。

 しかし、だからといって止まれない。別ルートの検索をかけてみるが、良い案が出なかった。

 多少強引でも構わないと作戦を実行する。金属の球体から二本の腕が伸びた。


「ボンベ機能、ON」


 底面からノズルが飛び出す。そこからタイミングを見計らう。金属の球体は速度を緩めない。


「3」


 ノズルの位置を自身の斜め下の方向へと向ける。

 目の前には、障害が迫っていた。


「2」


 金属の球体は二本の腕を瓦礫に突っ込んだ。速度を減速させないように勢いよく腕に力を入れ、受け流すように自身の体重を斜め上の方に集中させる。腕を支点として速度と体重移動により、金属の球体は空に目掛けて飛ぶ。瓦礫の山を越えるが、


「1」


 飛んではいたものの距離が足りなかった。徐々に自身が重力に基づき落ちていく。炎の地面に叩きつけられることが分かっていたからこそ、ノズルの出番がある。


「0」


 ノズルから水を噴出させる。金属の球体が数えていたカウントは、水を圧縮して水圧を噴き出させる時間である。自身の冷却水から水圧を作り出し、もう一度飛ぶ。


 水の量を最小限で間歇的に水圧を送る。水圧を徐々に緩めてゆっくりと下降した。炎の地面を突破し、無事に着地する。


「許容範囲内です」


 支点にした腕が折れてしまっている。折れた箇所はバチバチと電気が鳴っていた。金属の球体は気にした様子もなく、歩みを止めることはない。腕を球体内にしまい、走行を続行させる。


「! 電波を受信。解析します」


 金属の球体は、上空からの電波を察知する。

 実験街『リスク』を上空から見た、リアルタイムの写真。

 写真を拡大してみると、そこにはヴァニーの姿があった。住宅街の通路で仰向けに倒れている。黒煙と瓦礫で見にくいが、五体満足で存在していた。


「場所を確認。目標、10メートル以内」


 場所さえわかれば、後は最短距離で駆け抜ける。

 そして、一瞬で目標を補足した。

 ヴァニーを確認して、一時停止する。すぐに身体を起こすことなく、ヴァニーの状態を検査する。


 外傷なし、内臓も異常なし、バイタル安定。最悪のケースになっていないことが分かった。やや酸素の欠乏が見られたので、金属の球体は酸素マスクを取り出す。酸素マスクはヴァニーの口周りにピッタリ合うよう調整してある。

 ホムンクルスは人と同じ身体の構造、機能を果たしているので迅速に処置をしなければならない。ちょっとした油断が命取りになる可能性がある。


「保護します」


 金属の球体は、正中に割れる。割れた中身は簡易的ではあったが、ベットが用意されていた。幸いにも小さい身体なので、このまま中に入れて連れていこうと試みる。

 だが、ふらっと金属の球体はよろける。


『警告、オーバーヒートの可能性あり。繰りかえす、オーバーヒートの可能性あり』


 金属の球体内で警告音が鳴った。

 先程の水圧での着地のせいで、冷却水を全て使い切ってしまったのである。

 それでも、金属の球体に迷いはない。ヴァニーを自身の中に取り込み、脱出をする。


『警告、オーバーヒートの可能性あり。繰りかえす、オーバーヒートの可能性あり』


「問題ありません。あくまでオーバーヒートは脱出後に起こります」


 警告を切り捨てる。

 金属の球体では、想定内でのことだった。


「私は、製造番号445500998番自律コミュニケーション型AI、YU-タイプA。ワイユー博士の教えの元に生まれ、ワイユー博士の理念で貫きます」


 少女が言っていたことを思い出す。

「行くのか。たかが一日会ったような奴だぞ。それでもー」

 金属の球体はその後の文が何であるか検討がついていた。

 それでもーーーお前は助けるのか?


「助けます」


 救うことができるのが、人や人類ならば。遺産は、助けることしかできない。

 世界とは、自身が構築していった関係性、記憶、感情で構成されるものである。自らが世界を創り、形成されるものならば、きっと殺すことができるのも救うことができるのも自身だけなのだろう。

 遺産は物だ、関係は常に格下。感情もなく、記憶は0と1のデータでしかない。人でも人類でもないのだ。だから、助けることしかできない。

 だからこそ、誰かの為に助けられる遺産に成れ。


 それがワイユー博士の教え。

 金属の球体は、その理念を一度も忘れたことがない。

 これからも律儀に命令を守り続けるのだろう。


「向かいます」


 覚悟を決めて、動き出す。すると、ポツリと一滴何かが当たる。それが水だとわかったのは、この後であった。

 ジリリリリリィとけたたましいサイレンが響く。

 サイレンの音が合図になり、天井のスプリンクラーが作動する。水を四方八方に噴き出して、実験街『リスク』に大雨が降り注いだ。


「おーーーーーい!! ポンコツロボ無事かーーーーーー!」


 大声で呼びかけたのは少女である。

 手にはホースを持っていた。ホースには水が飛び出し、周辺の消火活動に入っている。


「肯定。遅いですよウスノロ」


 製造番号445500998番自律コミュニケーション型AI、YU-タイプAとヴァニーの生存率が100パーセントになった瞬間であった。

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