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第四話 追想

 記憶にあるのは、炎。


 見渡す限りの炎だった。


 周囲は火で溢れていて、全方向から炎が襲ってくる。火の海が街を包んでいた。


 しかし、少女は平気だった。少女は人類のように振る舞ってはいたが、人類ではない。呼吸器官も持たないし、心臓もない。それどころか人類が持つ臓器とやらは搭載されていなかった。たかだか、火元は一つだけであろうというのに、一瞬で広がっていく。


 その街の中を懸命に走る。少女は逃げていた。

 炎からではない。


「「「待てえええええええええ! 逃げるなあああああああああああ!」」」


 人類の声、少女の背後から怒声が聞こえる。少女は自分に向けられている悪意であることを自覚していた。

 振り返ってみれば、大勢の人だかりができている。


「創らなければ良かったのよ、最初から」「再生できないように確実に壊す」「反乱分子は消すべし」と大勢の人達は結束を固めていた。

 目を血走らせながら、躍起に少女を追う。自らを省みていない。ただ一点の獲物を捕らえるのに夢中であった。


 この状況の原因は少女のせいではない。原因は些細なことからだ。

 少女とは別のロボットが人類に危害を加えたのである。フェールセーフを考えていなかった事から、発生したミス。

 人類はそのロボットの処分を検討しようとしたが、あろうことかまた人類に危害が被った。しかも今度は殺されたというのである。なぜそのような事が起こったのか、具体的にはわからない。確かめようにも、少女に術はない。

 人類は全ての製造されたロボットが活動停止になるよう政府に求めた。


 結果、街全体が火の海になる事態が発生した。

 最初はバグが改善されるまでとされていた。けれども、政府の対処が悪かったのだろう。知識もない人類が無理矢理壊そうとした故に、起こった末路。

 少女らを制作した専門家に頼めば、こんな事にならなかったであろう。


「人類を舐めるなああああああ!」「返して! 私の息子を返して!」「逃げすな! 追え!」


 殺意。憎悪。怒り。

 一度ならず、二度までも人類に危害を加えた。我慢の限界が来たのだろう。負の感情を焚きつけられた人類達は、個々でロボットの駆除を始めていた。


「違う! ワタシ達は! ワタシ達は何もしていない!」


 少女は逃げながらも訴える。少女の声に耳を傾ける者は誰もおらず、人類達は頭に血が上り我を忘れていた。

 伝わらないと内心でも少女は分かっている。


「大丈夫。大丈夫だから、あなたはワタシが守るから」


 少女が抱えるロボット。 

 連れていたのは、製造番号445500999番自律飛行型AI。少女を長らく共にいたロボットだった。今はその形は見る影もなく、粉々に壊されている。

 幸いだったのは、ロボットの心臓に値する機体が壊れていなかったことだった。その部分さえあれば、再修復が可能で元の状態に戻せる。


 大丈夫、大丈夫と唱える。少女は自分に言い聞かせながら走り続けた。


 広範囲に火が広がっている。見知った住宅は燃え上がっていた。その他にも病院、パン屋、花屋、少女の瞳の中で一つ一つ目に映る。少女が舞台として賞賛を浴びていた劇場も原型を留めておらず、屋根ごと崩れ去っていた。火の粉が舞い、煙が立ち籠める。

 煙を払いながら、街の出口を探す。


 やがて、少女が追ってきていた人類も少なくなっている。一人、また一人と倒れていく。


「これなら逃げ切れる……!」


 少女がそう思った途端。


「なっ……!」


 少女の目の前には大柄な男達。視線は少女に向けられる。手には刃物や鈍器が握られていた。

 陰から待ち伏せされていた為、少女は急な方向転換ができない。


 避けられない―――!?


 男達は躊躇なく、振りかぶり少女だけでなく抱えているロボットをも狙う。

 どうにか庇おうと姿勢を低くして致命傷を避けようと試みる。


「ぐっ!!」


 幾つもの箇所へ攻撃を受け、少女は地面に転がる。

 運が良く外傷は自身のみで済んだ。


 すっぱりと切れた左手、右足。

 少女に出血はない。痛みも感じない。人類なら致命傷に至るレベルだった。人類に近いように創られた少女だったが、そこは幸いにして創られていない。

 けれど、状況は最悪であった。


 倒れた弾みで少女の相棒は地面に転がってしまっている。

 さらに一時的とはいえ、足を失ってしまった以上もう逃げられない。


「やっぱり化け物だ……」


 集団の男達の中の一人が呟く。化け物とは少女に宛てたものだ。

 切られた左手や右足は蒸発して消滅していく。代わりに少女からは新たな左手と右足が再生を始めていた。断面から肉がうごめいており、新たな筋肉や神経、皮膚がまた生えてくる。

 自己治癒能力に特化した人類に近い物。

 それが少女に備わった機能だった。


 少女が求めたわけではない。

 人類がその機能を求めたのだ。自己治癒に特化すれば、無理ができる。身体を壊しても何度だって再生できる。替えなんて必要ない。効果的に考えて、効率さを得た。

 少女もまた人類の物でしかない。化け物でしかない。そんな自覚をさせられて、少女は嘆くしかなかった。


「さて、確実に仕留めるぞ」


 少女の周りを覆う。

 やがて、少女は死ぬだろう。何度も何度も殴られて、苦しいまま息絶える。

 覚悟はできてた。でも、一つだけ少女は願いたいことがあった。


「彼を、彼だけは助けて……お願い……!」


 少女が男共に頭を下げる。地を頭につけ、何度も懇願する。

 少女が言う彼。少女の目線には、壊れかけの製造番号445500999番自律飛行型AIが映っていた。

 男共は、少女の言っている事が理解できた。

 しかし、許容はできなかった。


「ふざけんな! いいか、お前らは全員ここで壊す!」


 結果的に男共の怒りを煽ることにしかならない。


「よく見ろ! 化け物め! 人間様に逆らうとどうなるか教えてやる」


「な、何をする気っ! やめて!」


 少女は抵抗するが、身体が抑えられる。為すがままに髪を掴まれて、視線を誘導された。

 少女の瞳の奥には。

 炎と、男。そして、男に持ち上げられた少女の守りたかった物。


「とっとと死ね! 化け物!」


 鈍器で振りかぶり、勢いよく叩きつけられた。

 砕く。

 砕く砕く。

 砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く砕く。


 散らばる破片。さらに粉々になっていく少女の相棒。その光景を見させられていた。


「ああ……あ、あああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 少女は訳も分からず叫ぶ。

 男共に押さえつけられて声しか出せない。


 そこからは一部始終見ていた。


 目に焼き付けるように見せられる。嫌だ嫌だと喚いても、止めるような真似はしない。むしろ、少女が苦しむ姿を見て、楽しんでいた。


「これで、分かったかっ! 俺達の苦しみを!」


 もう少女の耳には男の言葉が届いていない。

 少女の内に秘めていたのは、無気力な自身の呪う想いだった。原型を留めなくなった、かつての相棒に向けて涙を流していた。


 ごめんね。

 君をこんな姿にさせて。もっとワタシが強かったら、違っていたのかな。


 もっと早く人類のように個性があったら、意見を突き通せたのかな。

 もっと早く人類のように意志があったなら、やり遂げられたのかな。

 もっと早く人類のように行動に移せたなら、君を守れていたのかな。


「───、─────、──────────!」


 男が何か言っていることを少女は聞いていた。


 少女の口元が動く。

 う、る、さ、い。

 いつしか、少女の気持ちは怒りへと変わっていた。

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