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第三話 人類の遺産

「あ、あの飲み物でも」


 ホムンクルスのヴァニーが目の前に紅茶を持ってきた。

 小さなティーカップ、ティーポットを慣れた手際で用意する。模様はピンクの花弁がついた可愛らしいデザインに統一されていた。

 家の中では物理的入室が無理なので、外でのブレイクタイムになる。これまた小さなテーブルに、ヴァニー用の椅子が一つ。少女らに合う椅子は当然なく、あぐらをかいたりして好きに座っている。


 ティ―カップに黄金色の紅茶で満たされる。注ぐ音ともに、良い香りが鼻腔をくすぐる。最もその匂いを感じることができるのは、少女とヴァニーのみだった。


「どうぞ、紅茶しかありませんが」 


 カチャリとソーサーごと紅茶を差し出される。少女は受け取り、口へと運ぶ。

 アールグレイ。仄かな柑橘の香りが口いっぱいに広がる。


「ん。美味しいな」


「本当ですか? 良かったー」


 ヴァニーは心底ホッとした様子で胸を撫で下ろす。

 続けて、ヴァニーは紅茶を注ぐ。テーブルには、人数分のティーカップが置かれていた。ヴァニーの視線は金属の球体の方へと向ける。


「そちらの方もどうぞ」


「否定。液体の摂取は不得意。それに私は日光で充電可能な為、不必要」


「いいからとっとと飲め」


 少女が急かすように言うと、黙って飲み始める。少女の相棒には口がないので、筒状の器を作り上げそこに流し込んでいる。

 シュールな食事風景だった。


 テーブルの上の紅茶を飲んだところで、少女が一つ咳払いをして、


「自己紹介が遅れたな。オレは人類の遺産の一つだ。名前はないから、その、好きなように呼んでくれ」


「……絶壁女」


「あ゛あん? おい、ポンコツロボ野郎。今なんつった?」


 少女が立ち上がり、怒りを露わにする。「まあまあ」とヴァニーが宥めて、その場を収める。納得がいかなかった様子だが、舌打ちをして座り直す。


「では、髪が金色でお綺麗なので、金色さんで」


「お、おう」


 少女の返事はどもっていた。頬が微かに赤くなり照れている。ちょろすぎると金属の球体が軽口を叩くが、気づいていない。

 次に、少女の隣に居る金属の球体が一歩前に出た。


「私は製造番号445500998番自律コミュニケーション型AI、YU-タイプAです。私も人類の遺産の一つです。同胞に出会えたこと、嬉しく思います」


 球体全体を縦に動かして、一礼をする。

 答えるようにヴァニーも一礼して返す。


「では、あなたは球体さんと呼ぶことにしますね」


「否定。私は、」


「あーはいはい。いいから黙ってろ」


 少女はなんとなく言いたいことが分かってしまったので、言わんとすることを遮る。金属の球体は律儀にも黙ってしまった。

 言い返してこないものだから、何だか気持ち悪い。少女に対しては不遜の態度であるが、初対面では礼儀正しくしたいのだろうか?―――と少女は心の中で感情を留めておく。


 そこからは、沈黙。暫くの間、続く。


「ええと、その……」


 ヴァニーは、上を見上げながら目を泳がせている。少女は自分らのせいで話が進まないことに気づいた。

 助け舟は意外なところからきた。


「もう一度、あなたが何者か申し上げて欲しいと私は提案いたします」


 話を進めたのは、金属の球体だった。

 ヴァニーの仕草に何の興味もなかったのが功を奏してか、結果的に助け舟となる。


「……ご丁寧にありがとう球体さん。では改めまして、私はヴァニー。正確には、製造番号321110933番生命型ホムンクルス R-タイプH。この『実験街』リスクの管理人になります。以後お見知りおきを」


 ヴァニーは背筋を伸ばし、少女らにもう一度一礼した。深く頭を下げる。

 一つ一つの仕草。サイズこそ人類とは異なるが、それ以外において人類に違いない。


 少女は人類とホムンクルスの境界はよくわからない。だが、ヴァニーの姿を見れば見るほど自分と似ていた。大きく異なっているのは、名前の有無だけだと感じる。


「情報の共有から入りましょうか。私は生まれてこの方、この世界より外に出たことがなくて。確認しておきたいんです」


 ヴァニーから話を切り出してくる。少女らは頷く。


「人類の遺産、と言いましたよね? まずはその言葉の意味から教えてもらえますか? ここで過ごしていて初めて聞く言葉です」


 人類の遺産。

 文字通り、人類が残した遺産。遺産には、それぞれの特有の製造番号、型名、商品名、製作者名、タイプ名を持っている。

 終わっている世界で、唯一人類が手を加えて創り上げた物。

 少女らはそのような物を遺産と称し、「人類の遺産」と呼んでいる。


「別に人類がそう決めて呼んでるわけでも、オレ達が呼んでるわけでもないんだけどな」


「?」


 ヴァニーは不思議そうに首を傾ける。言っている意味が分からないと言いたげだった。少女が髪を掻き、どう言うべきか頭の中で整理する。人差し指で金属の球体へと指し示す。


「こいつの、製作者が呼んでたんだとよ」


「肯定。私は、YUワイユー-タイプA。ワイユー博士が制作されたロボットです。なお、タイプAは全ての分野において活用されるALLのAからきています」


「あなたの、えっと。ワイユー博士という人が『人類の遺産』と名付けられたのですか?」


「肯定。その解釈で合っています」


「混乱させたみたいですまねーな。要は人類の遺産っていうのはワイユー博士の造語。造った理由はオレは知らん。いちいち製造番号から言うのめんどくせーからだと思うけどな」


「そう……ですか。遺産というからに、人類は滅んだということなのですか?」


 一瞬、ヴァニーの表情が暗くなる。唇を固く結び、ワンピースの縁を握った。

 ヴァニーにとって大切な問題なのだろう。もしかしたら、既に製作者が死んでいる可能性がある。製作者の死は親の死と同義、ただのロボットなら感情はないのだが、彼女の場合は異なる。


 少女のように、意志を持ち、感情を持つ。

 少しでも緊張を和らげてあげようと少女の口調が軽くなる。


「さあな。そんなに気を落とすことはねえと思うけどな。オレ達も人類が生きているのかもわからないしな。そいつらを探しにオレとこいつは旅をしてる」


「でも今は見つかっていない、ということですよね」


 少女は頷く。ここは希望を持たせてはいけないと判断した。勝手に期待して、裏切られる辛さを少女は知っているからだ。


「ヴァニー様」


 無機質な声質がヴァニーを呼ぶ。


「私達がここへ来たのにも理由がございます。先程、実験街『リスク』にて生体反応が確認されました。何か心当たりでもございますか?」


「生体反応……?」


「肯定。生きている者がこの実験街にいるはずです」


 少女が最も聞きたかった内容であった。

 少女には目的がある。当然、金属の球体のロボットにも目的がある。それぞれの目的は違えど、共通して言えることは人類を探すこと。

 少女らはヴァニーの受け答えで、これからの運命が決まっていた。


 ヴァニーは躊躇もせず、自嘲気味に笑う。


「その生体反応は私ですね」


 はっきりと言った。


 ヴァニーが人類?

 ホムンクルスではなかったのか?

 それとも、ホムンクルスは人類なのか?


 様々な疑問が少女を混乱させる。答え合わせをするかのように、ヴァニーは口を開く。


「実験街『リスク』。もうこの町は終わった街なんです」


 少女は見渡した。

 ゆっくりと街並みの風景を眺める。


「元は中世ヨーロッパをモデルに建設したようですよ。私にはよくわかりませんが。私はただの管理人ですから」


 ヴァニーは丁寧にこと細かく教えてくれる。

 レトロな外装であったり、それらの住宅街を照らすウォールランプの形。地面も石畳の色に拘りました舗装が大変でした等。ヴァニーの知識を余すところなく話し始める。

 内装も外観に合わせて設計しているらしく、ロココ様式といわれる18世紀に基づいた建築だとヴァニーは語った。


「あ、ごめんなさい。話が脱線しましたね。要はこの一つ一つの建物、中世ヨーロッパ風な街並みを実現しようと生まれたのが、実験街『リスク』という世界です」


「終わった街、というのは何ですか?」


 金属の球体が話を掘り下げる。

 少女は察するように、


「別に言わなくても良いんだぞ?」


 とフォローするが、「いえ」とヴァニーは話を続ける。


「人類はより良い街を再現しようと街を制作を試みて、そして断念し放置されました。それがこの実験街『リスク』なんです」


 そう言ったヴァニーの表情は何処か寂しげだった。少女と目が合うと、笑顔に戻る。


「実験街『リスク』において、この世界に存在するのは私一人です。きっと球体さんの探知に私が反応を示したのだと思います」


「否定。その理屈だと現在の生体反応が消えていることの説明がつかない」


 少女が誤動作と言っていた生体反応。

 確認するべく、金属の球体は即座に異を唱える。


「多分。それはあの時計塔のせいですね。あの時計塔は時折ジャミングをしてしまうんです」


 ヴァニーは時計塔を見つめる。チッチッチッと針を動かし、時を刻んでいた。指し示す時間帯は夕方を迎えている。実験街『リスク』に居ると時間の感覚が分からなくなりそうだった。

 外界からの景色はなく、閉鎖的空間。頼りになるのは、あの時計塔の時間だけである。


「……なるほど。了解しました」


「あのさ。最後にいいか?」


 低い声。

 唐突に少女が口を開く。


「はい、金髪さん、何でしょう?」


 少女は理解していた。

 これは私情だと。自分の疑問の答え合わせをしたかった。


「お前は人類じゃないのか?」


「はい」


「じゃあ、何でここにいる?」


「ここが、私の世界ですから」


「命令されたのか?」


「いえ、私の意志です」


「じゃあ、何で名前を持ってる? それは人類に許された特権だろ」


 名前。

 それは人類が持つ絶対的名称。


 少女にとって、名前は人類に認められた称号のようなものだった。頑張って、頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張ってようやく貰える、栄誉の証。少女の知っている限り、名前を貰った「人類の遺産」はいない。

 それをいとも容易く名前を持っているホムンクルス。お世辞にも少女は良い気分になれなかった。


「いえ。違いますよ」


 ヴァニーは即答する。

 ヴァニーの表情は曇り一つなかった。


「名前を付けるのに権利なんかありません。私が勝手に名乗って、勝手に使えば自然とそうなるものですから」


 少女は呆気にとられる。


 ヴァニーに対してではなく、自分に呆れていた。ヴァニーの答えを聞いて二つの確信を得る。 

 一つは自分は名前を得ることで誰かに認めて貰いたかったんだろうな、ということ。

 二つ目は。


「ヴァニー、てめぇは「人類の遺産」なんかじゃねえよ。れっきとした人類だ」


「え、ええ!!? 何ですかいきなり!?」


 製造された「人類の遺産」は自らの意志で動くことはない。言われたままに行動し、言われたままだけの人形。考え方を受け取っているだけの機械に過ぎない。

 だが、ヴァニーは違った。自らの世界を構築し、人形にはならなかった。意志で動いていることを知った少女は何故か頬が緩む。


「これで、安心して……るな」


「え? 金髪さん? 今なんて」


「なんでもねーよ。今日はここで泊まらせてもらうぜ。紅茶ご馳走さん」


「え。ちょっ、ちょっと!?」


 少女は立ち上がる。ヴァニーの制止に耳を傾けようとしない。背を向けて、ひらひらと手を振る。聞きたいことは終わった、と少女は判断したのだろう。


「行っちゃった。止まるのは良いんですけど。泊めれる場所がないんですけどね、物理的に」


「問題ありません。そこら辺で休むでしょう。どうせここから出たとしても野宿なので、むしろ外界からの危険がないと考えれば有難いと私は深く感謝を申し上げます」


「い、いえ。そんな」


 ヴァニーは紅茶を啜る。すっかり冷めてしまっていた。

 一秒、十秒と経っても金属の球体は少女についていかない。ヴァニーは不思議そうに見つめる。


「あの」


「何かございますでしょうか?」


「球体さんは、金髪さんについていかないのですか。仲良しなんですよね?」


「質問の意図が不明」


「別に深い意味とかはないんです。ただお互いに知った相手が傍に居ると安心するので、それで」


「? ますます難解」


「やっぱりいいです。何でもありません」


 ヴァニーの何を言いたいのか分からない。金属の球体の頭上には巨大なハテナマークが浮かんでいた。ヴァニーが言いたいことが関係性について追及したものだと予測する。

 ならば、「人類の遺産」にできることといえば一つしかない。


「私とマスターの関係について、話しておきましょうか」


 一から十まで語る。

 経験にないことや計れない事柄が起こった場合、自律コミュニケーション型AIの行動に準じた。

 製造番号445500998番自律コミュニケーション型AI、YU-タイプA。

 それは、ワイユー博士が創り上げた最高傑作であり、生涯最後の作品である。

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