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第二話 過去と、少女と、名前と

 それは、昔。感情を持ったロボットの話。


 少女はロボットだった。娯楽の為だけに生まれたロボットだった。

 年相応に振る舞い、人の言葉を労し。人が思い描いている少女の姿で在り続ける。少女は人類の理想にズレることなく、体現してみせた。

 仕草や癖、感性や倫理。人類がプログラミングした設計に忠実に再現していた。ぎこちよさはなく、ごく自然な少女の姿がそこにあった。


 少女は、舞台に立つ。

 人類を楽しませる為に、舞い踊る。時には、歌を。またある時は、名演技で観客を沸かせた。スポットライトが少女を当てて、少女の移動に沿ってライトもまた動く。

 少女を見る人々らは魅了され、全ての視線が少女に注がれていた。少女は自分中心に世界があるような感覚に陥った。


 少女には感情がある。

 人らしさを追求し、感情をプログラミングされた人に近いロボット。

 人類が持てる力を注ぎこんで生まれた産物であった。


(楽しい。今の自分は輝いている)


 当時の少女は、そう思っていた。

 少女は人類が娯楽を望んだからこそ生まれた存在だというのは知っていた。知ったうえで、少女は心から嬉しさが込み上げて止まらない。

 自分の世界がこの場所にある。自分が必要とされていた。


(自分は製造番号445500997番自律コミュニケーション型AI、Y-タイプヒューマンであり、人類から求められた存在)


 少女には名前はない。

 あるのは、ロボットである証の正式名称のみだ。気がつくと、少女はロボットであると自覚させられて、言われるがままに従ってきた。


(でも、いつか。自分にも名前を……)


 少女は願う。

 人類には名前という概念がある。名前を付けられると、家族の一員として認められるらしい。らしいというのは、少女が他者から聞いた話だからである。


(大丈夫。ワタシだけじゃない。あなたにも名前が貰えるよ)


 少女が撫でるのは、一つのロボット。

 製造番号445500999番自律飛行型AI、少女とは生まれた年はほぼ同期だった。主に役割は少女の裏方役で、飛行を利用しての照明担当。またある時は医療ロボットとして生まれた存在だった。

 少女のようにコミュニケーションに特化しているわけではない。その為、会話することは不可能であるが、ちゃんと意志のあるロボットであると少女は感じていた。人類にはわからないが、少女だけが唯一の理解者といえる立場である。


(いつか、ワタシ達も、人類の一員に──────)


 後に。


 ロボットによる暴走事件『AI暴徒化人類大量虐殺事件』が起こる一ヵ月前の出来事である。






────────────────────────






「ここです」


 キャタピラが一時停止する。少女も合わせて足を止めた。

 少女らの目の前にあるのは、重厚な鉄の扉。

 まだ昼下がりの時間帯。街と予想される場所に辿り着いていた。全体的にドーム状に設計されている大きな建物だった。材質はコンクリートであり、目に映る場所にはひび割れが目立っている。

 外界との交通は、この扉以外にない。上空から見ても、外界の接触を一切ないように思える。


「それでここが街? どう見てもでっけー建物にしか見えないけど」


「肯定。間違いありません。『実験街じっけんがい』と言われる、リスクという名の街です」


「実験街……?」


 些か引っかかる単語を耳にして、少女は眉を潜める。

 そんな様子に構うことなく、金属の球体からキャタピラを走り始めた。少女は疑問を問いかけようとしたが、黙ってついていく。


「開いてるのか。こんな分厚い扉を腕力でこじ開けるのは勘弁だぜ」


「開いています」


 金属の球体から細い金属の2本の腕が現れる。2本の腕は、扉を押すとすんなりと開く。少女から見てそれほど力が込めていると思えなかった。


「鍵はかかっていないとなると……警戒を怠ってはいけませんよ」


「わーってるよ」


 少女らは、扉の先へと進む。


 目の前に広がっていたのは、別の世界。見たことがない街の風景。

 街というより、街だったものといった方が正しいかもしれない。


 ペンキで塗られた赤い屋根、レンガで建設された家の外壁、石で積み上げられた煙突。全く同じの建物が横一列に並んでいる。

 注目すべきなのが、人がいないだけでなく、劣化などの時間が経過された痕跡が見られないことだった。そして、それら建物は少女の下股までの高さしかない。人類が住むには体積的に無理である。


「マスター」


「ああ、わかってる。それにしても小っさいなー。全部ミニチュアサイズの町じゃねーか。危険そうな雰囲気が全然ないけどな」


「賛否。一時間前に生体反応を確認しています。私達に害を与えるか否かは特定できません。警戒するに越したことはないと私は進言いたします」


「ま。そりゃそーか」


 少女は頷く。

 相棒である金属の球体に声を掛けながら進んでいく。球体から巨大なレンズが多数飛び出ており、360度死角がない状態を作り出している。


 言わんとしていることは少女にも分かる。

 劣化がないということは、現在も誰かが整備している可能性が高いということ。

 獣だけでなく、少女らと同じ人類の遺産ならば、何が起こってもおかしくないこと。

 何が飛び出してくるか分からない状態で警戒を怠ることはできないとロボットは判断したのだろう。


「今の生体反応はどうなってるんだよ」


「確認できません。しかし、油断してよい理由にもなりません」


「誤動作なんじゃねーの。そろそろボケてきたとか」


「否定。ベラベラと喋ってないでとっとと周り見ろウスノロ」


「へいへい」


 金属の球体から罵声を受け、周りを見渡してみる。

 一番大きな建物が目につく。時計塔だった。大きいといっても少女の脇にも届くか届かないかの長方形。


「おい」


「おい、ではありません。私は製造番号445500998番自律コミュニケーション型AI、YU-タイプAです」


「いちいち、製品名で呼ぶわけねーだろ。めんどくせえ。それよりほら見てみろよ。時計、動いてるぜ」


 少女の指を差す方向には、時計塔の針は小刻みに動いていた。


「どう思う?」


「汚いですね、62点」


「そういうこと言ってんじゃねーよ! 人類がいる可能性があるんじゃねえのかって意味だよ」


 機械を調整できるのは、人類だけだ。

 機械を直す機械もあるが、直す機械を直すのは人類だ。

 結果的に機械が稼働していられるのは、人類がいる証明になり得る。

 少女はそう言いたかった。


「肯定。可能性は、あります」


 少女の眉がピクッと反応する。


「ですが、まだ動き始めてから間もないのかもしれません。いずれにせよ詮索はするべきかと」


「適当にここら辺焼き払って見やすくしたりとかできねーの?」


「否定。罠の可能性と手がかりが消し炭になる可能性も考慮してお薦めはできません」


「仕方ねーな。一つ一つ潰してくか」


 少女はミニチュアの街並みを一つ一つ確認してみる。外観が綺麗であるだけでなく、コンクリートの足場も転ばないように平坦で整備されている。

 試しに建物を小突く。ハリボテではなく、土台がしっかりしている。建物はビクともしなかった。


「もしもーし。誰かいるかー」


 少女は軽い気持ちで声を出す。返事なんて期待していない。

 そのつもりだったが、


「はーい!」


 まさかの返事がきてしまった。状況が状況だけに少女は不意を突かれる。


「おいおいおいおい。どうなってんだよ!? 誰かいるぞ! 生体反応はないんじゃねえのか!!?」


「注意。マスター」


 声を聞きつけて、一早く少女の前に駆けつける。

 けたたましい機械音が流れ、金属の球体が変形を開始する。中央から空洞ができたかと思えば、黒光りした砲台が飛び出す。

 砲台の上には、巨大な大砲が設置されている。大気の粒子を吸収し、爆発させるであろう装置も備えていた。エネルギーを溜めて、放射の準備を始める。大砲の口径からは少しずつ、光の球が形成されていく。


「目標、補足。エネルギー充電10%、40、80ー」


「いやいやいやいや。さっきと言ってることが違う! ここら辺一掃する気だろ。オレまで吹っ飛ばす気か!?」


 慌てて少女は止めに入る。威力自体は未知数。そもそも、製造番号445500998番自律コミュニケーション型AI、YU-タイプAの品質から考えると在り得ない性能だった。


「ソンナコト、ナイデスヨ?」


「なぜ、ひと昔前のロボット的片言を使う!?」


「……あなたは良き相棒でした」


「こいつ、オレ共々殺る気だッ!」


 建物のドアが開いた。

 そこにいたのは、人類とは似て非になる生物。その生物は、建物がミニチュアだけにその身体もミニチュアサイズだった。それ以外では、人類とほとんど変わらない風貌をしている。


「はーい、どちら様でしょ―――」


「死ね―――――――ッッッ!!!!」


「こいつ今、ロボットとしてあるまじき問題発言を!!?」


 笑顔で対応してきた生物に対し、問答無用で発射する。光が周囲を包み込み、凄まじいエネルギーが少女を含めて巻き込まれた。衝撃音が風と一緒になって響き渡る。


「ん?」


 ほんの数秒の出来事であったが、徐々に光は小さくなる。視界も良好になってきた。

 少女は自身に何の影響がないことに気づく。手や足、首などを捻ってみるが、異常は見られない。


「お、お前。一体何をした?」


 事態を起こした元凶に近づいてみる。

 キュイ、と音を立て少女へと向いた。


「見ての通りです」


「は、はわわわわ~。ガクガクブルブルガクガクブルブル」


 生物は驚きのあまり腰を抜かしている。ドアを開けたら、光のレーザーが待ち受けていたのだから無理もない。

 見ての通りと言われたので、暫くの間見つめる。


「……」


 少女の感想は一言だった。

 いや、分からん。


「解析完了。この生物を人類の遺産と確認。製造番号321110933番生命型ホムンクルス R-タイプHと判断いたします」


「ホムンクルス……?」


 少女は聞いたことがある単語のみを復唱していた。


「肯定。そう考えられます」


「人類なのか、それは?」


 少女がそう聞くと、数秒沈黙の後、


「元、人類、です。ホムンクルスにもさまざまなケースがあります。生命型ホムンクルスの場合、生きた人間を器として使っています」


「……なるほどな」


 少女は視線をホムンクルスの方へと移す。まだブルブルと震えている。

 見れば見るほど容姿は、人類そのものであった。吸いこまれそうな青い瞳、ウェーブのかかった白銀の髪。太くも無く、極端に痩せてもいない体型と血色の良い健康そうな肌色。

 白く大きなつばに、青いリボンを結ばれている。白のワンピースを着ていて、まるで人形のような美しさを誇っていた。


「なあ、あんた」


 少女は、ホムンクルスへと対話をしようと声をかけてみた。


「ひ、ひいいいいいいいい! わ、私は食べても美味しくありませんよお!」


「いや、別に食べようとしてた訳じゃねーんだが」


「きゃあああああああああ! 来ないでええええええ!」


「お、おい。落ち着け。話を聞けって」


「いやあああああああああ! 犯されるううううう!」


「誰が犯すかっ!」


 少女は肩をすくめる。「どうすんだ、これ?」と脅しをかけた張本人に判断を任せることにした。

 ちらっと目でアイコンタクトを取る。アイコンタクトに答え、金属の球体から電子モニターを表示させた。モニターに映し出された文字を覗き込む。






「┐('~`;)┌」






「おい、お前ふざけんなこの野郎。お前のせいだろ、なんとかしやがれ」


 まさかのお手上げ状態だった。


「ちっ。ただの個性が強いポンコツロボじゃねーか。使えねーな」


「私の個性が強いのではなく、製作者様の個性が強いのです。私はプログラミングされたロボット。建前も本音もなく、嘘がつけませんから。マスターと格が違います」


「さりげなく、マウントを取りにきてるじゃねーか……。お前はそういうとこがロボットらしくねーんだよ」


「私、ロボット。マスター、ロボット(笑)」


「おーけー。その喧嘩買おうじゃねーか。お前とはそろそろ決着をつけたいと思っていたところだ」


 怒りを募らせて睨みつけるものの、金属の球体は何も言わない。

 お互いに小さな炎を燃やしながら、一対一の構図ができあがっていた。


「あわわわわわ。ちょっ、ちょっと!? 此処で暴れないでください!」


 その構図に横槍を入れたのはホムンクルス。二体の間に割って入る。間髪を入れずに、二体は言葉を吐き捨てる。


「「黙ってろちんちくりん」」


「ひどい! 私はちんちくりんじゃないよ!」


「はあ? ならてめーに名前があるのかよ?」


「失礼な。ありますよ! 私は、ヴァニー。私の生みの親リーマン博士が創り上げた最高傑作のホムンクルスです!」


 少女は一瞬、動揺する。

 名前がある。ホムンクルスなのに、ヴァニーという名前があったことに驚く。

 なぜならその名称こそ少女が一度は望んだものであり、結果的に手に入らなかった、特別なものだったからだ。

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