第五話 旅人
朝。
ボクは導かれるようにPCを起動しギアを装着しフルダイブした。
昨日ログアウトした名も無き丘の上で出現した。
ツルギと一緒に日の出を見た場所。
ゲームの中で景色を楽しむというツルギ流の楽しみ方を教えてもらった場所、か。
確かに美しい日の出だった。
普通のゲームだったらこんなに美しいとは思わなかっただろう、フルダイブ型VRMMO特有の没入感がボクを興奮させたんだ。
そのことに気付けたのもある意味ツルギのおかげかな。
フレンドリストに登録されたツルギの情報が表示される。
そこにはレムオンにログインしており、同一のエリアに居ることが示されている。
ツルギの正確な位置情報まではわからないのでばったり道端で出会ってしまう可能性はある。
というか、こんな早朝からレムオンにログインしているんだな、と驚いている。
家から追い出しておいて出会ってしまうのはなんだか気まずいので出会わないことを祈った。
山を下りている最中に滝を見つけた。
ボクはなんとなく滝を見下ろした。
そこには滝つぼが見える。
滝つぼを目指す。
滝つぼに着くと見知らぬプレイヤーが居た。
見た目は緑色の帽子をかぶり大き目のリュックを背負っている。
帽子から猫耳が生えておりどこからどう見ても『黒猫』だった。
如何にも旅人と言った容姿。
良く見ると黒猫は釣りをしていた。
さり気なく黒猫の後ろを通り過ぎようとすると、声を掛けられた。
「やあ、俺の名前はブラックキャット。みんなからは黒猫って言われているよ。人探しでもしてるのかな?」
どういう訳かボクは黒猫に心を許していた。
初対面のはずなのにどこか懐かしい気持ちになっている。
「ミツルです。……別に人は探してないよ」
「そうかい? さっきツルギっていうプレイヤーが俺の後ろを通り過ぎていったところだよ」
心を見透かされているような気がする。
黒猫は普段何をしている人なんだろう。
こうやって釣りをしている釣り人なのかな?
「ここ、なにが釣れるんですか?」
「ザリガニさ」
「ザリガニ? そんなの釣って楽しいですか?」
滝つぼなのにザリガニって。
大したお金にもならないだろう。
「楽しいよ。君も魚釣りしてごらん。ほら、釣り竿をプレゼントしよう」
黒猫は釣り竿をボクに差し出した。
それを受け取ると、黒猫の隣に座り無言で釣りを始めた。
「……」
リアルタイムで30分程粘ったがザリガニ一匹釣れなかった。
「本当にザリガニ釣れるの?」
「釣れるね。俺は数えきれないほどザリガニを釣っている」
「黒猫って何してる人なの?」
「旅人さ。レムオンの世界を旅している」
「それだけ?」
「うん。ついでに探し物をしている」
「探し物ねぇ。レアアイテムなの?」
「超レアアイテムだ。誰も手に入れたことのない、な」
レムオンに詳しいし、人にも詳しそうなのでダメもとだけどツルギの情報を聞いてみることにした。
「ねぇ、ツルギのこと詳しい?」
「そこそこな。毎日長時間俺と同じようにレムオンを旅している」
「今どこに居るかわかる?」
「川沿いに歩けば、ツルギに会えると思うぞ」
「そっか。ありがとう。ボクも旅に戻るよ」
「新しい旅仲間の誕生だな。また旅の途中で出会うこともあるだろう。その時は遠慮なく声を掛けてくれな」
どういう訳かボクはツルギを探す旅に出かけたのだった。