発露する野望
07 発露する野望
伝書コノハズク、ポポちゃんの伝令を受けて、ルーエイはサンソワン侯爵領に帰投した。
侯爵邸の応接室で、彼はフランバールと面会する。
「暫く離れてる間にやたら警備が厳重になってんな、何かあったのか?」
「さすがに君には筒抜けか、表からは見えない遮蔽警護なのだが。
とある伯爵家のご令嬢をお預かりしている、命を狙われる危険があるのでね」
「どんな女だ、乳はデカいのか」
「君には会わせられないよ、瞳術を使われたら取り返しがつかなくなる」
「後でこっそり見てこよう」
「さて、シュールミューロがなんて言うかな」
「くそ、面倒臭いのを連れてきたな」
「今回は、ノレンス・ヴォレンスを総動員しているよ」
「マジすか」
「それよりどうだったね、アルファンは」
「ああ、中々いい女だ、気に入ったよ。
あの不気味さに慣れたら口説こうと思ってる」
「そんな評価は聞いていない」
「正直言って、あれは相当に出来るな。
どんな能力を使えるのか知らんが、久々に敵に回したくねえって奴に出会ったって感じだな」
「君でもそう思ったか。
彼女はいつも凄く役立ってくれるんだが、殊更に人付き合いを嫌ってね」
「それで俺だけ帰るように命令したのか」
「まあね。
少しずつ共同任務に慣れさせようとは思っているんだが、まだまだ時間が必要かな」
「そうでもねえさ、俺等は全員共同任務が嫌いだ」
「そうか。
では、私はこれから宮廷に戻らねばならないから、君も一緒にきたまえ。
エーグレファン伯に関しては、直接閣下にご説明申し上げろ」
「嫌だね、断る」
「そうはいかないよ、君をここに残すと姫が危険だ。
是が非でも連れて行くよ」
「ちぇ、面倒臭え」
☆
宮廷のグリヨン宮に入った二人は、執務室でサンソワン侯シトルーユに会い、ルーエイの北方出張の成果を報告する。
フランバールが、移動中の馬車の中で聞き取っていた話を要約した。
「エーグレファン伯が盗賊一味を使ってコーシュマル公を暗殺した裏には、公爵傘下のソングクルー伯やラルグ伯を
味方につけようとする思惑があったようです。
ラルグ伯の領地はエーグレファン伯がほぼ全面的に管理をしていますので、実質的にはエーグレファン領の一部で
あると言っても過言ではないのですが、コーシュマル公の支配下にある限り自由裁量権は認められず、その辺りで
公爵に対して不満を持っていたと考えられます。
実際、今回のコーシュマル家のドタバタに乗じて、無許可のまま自治軍をラルグ領内に進駐させています」
「コーシュマル家は散々だからな。
今はどうなってる?」
「亡き公爵の三男の息子で、近衛師団第1旅団第3連隊の副隊長、トルデュー少佐を新当主に据える事で親族同士が
折り合い、内紛は一応収束したそうです。
最も権力も実力もない人物を選んだ訳ですから、彼に親族内の揉め事を仲裁する能力があるとは誰も考えておらず、
力不足の感は拭えません。
貧乏くじを引かされた少佐もまだ25歳ですから、一族を束ねるのは不可能と考える者がほとんどです。
事実、傘下の伯爵家の中には、新当主の就任パーティーに欠席した者もいたようです」
「ラルグもその一人かね」
「はい」
シトルーユは、ブツブツ言いながら考えた後、ある事に気が付いた。
「コーシュマル家の力を失墜させておいて、エーグレファンは何を企む。
最大領域と最大戦力を保有して・・・。
待てよ・・・。
フランバール、地図を持て」
フランバールに国内の地図を用意させ、机の上に広げて自らの考えを指し示す。
「見たまえ、エーグレファン領の領都スパラクスと王都を直線で結ぶと、その線の真上にコーシュマル領がある。
更に、その周辺のコーシュマル公傘下の伯爵家を味方につける事で、事実上国の北東部全域をエーグレファン伯の
支配下に置く事が出来る。
つまり、一切の障害なく、王都の手前まで一直線に軍を動かす事を可能にする」
「で、では、エーグレファン伯の狙いは国家転覆、クーデターという事ですか」
「全くの盲点だった。
最近のコーシュマル家は政治不介入だったし、王宮にもほとんど顔を出さなくなったと聞いている。
たしか、宮廷内の宮殿はどこかの貴族に貸し出していたな。
政治的志向を持たぬ者まで気が回らず、閑却してしまっていたよ。
カンブルースの方ばかりに気を取られ過ぎていた、もっと俯瞰で見るべきだったな」
シトルーユは、更にその動機になりそうな過去の事件を思い出していた。
「5年前だったか、我が国とゾルクロースとの間で教会の教皇人事を巡って意見対立があった時、矢面に立たされた
のは当時のエーグレファン伯爵だった。
結果的にトルンケンボルト大公の仲裁で無事和解したのだが、一歩間違えば全面戦争にまで発展しかねない険悪な
状況になっていた。
あの時、伯爵がゾルクロース側に加担していたのではないかという疑惑が浮上した。
国境を接しているが故に、いざ戦争になれば真っ先に被害を被るのは伯爵領だから、裏で密かに取り引きをしたの
ではないかとね。
そのせいで一時期貿易特権を剥奪されて、伯爵家は財政的に窮したという話を聞いた事があったのを思い出したよ。
当時、アンギーユ陛下は戴冠直後で、祝賀ムードの真っ直中で起こった案件だけに、かなりご機嫌を損ねられたと
父上が嘆いていたのを憶えている。
その後、伯爵は名誉も権利も回復して現在に至る訳だが、陛下に対して不満を抱く要因の一つにはなるのかな。
まあ、あくまでこれは私の憶測でしかないし、伯爵家も代替わりしているので、確定的とは言えないがね」
同じ部屋の中で、難しい話を聞かされ続けて退屈の極みにいたルーエイは、嫌味のように別の話を持ち出した。
「エーグレはカンブルの方に興味を持ってるって、アルファンが言ってただろ」
「君は少し黙っていたまえ」
フランバールはやや不快気味に制するが、シトルーユは逆にその話に乗ってきた。
「いや、ルーエイの指摘は至って正しいよ。
仮に、エーグレファンが自分の軍を動かすとしても、王都に辿り着くまでには、どんなに早くても四日はかかる。
だが、その対角線上に位置するカンブルースの軍なら三日足らずで達する事が可能だ。
軍事的にこの差は致命的だ。
その見地からであれば、エーグレファンがカンブルースの力を削ぐべく動くのは理に適っていると分かるだろう」
「な、なるほど・・・」
「更に言えば、カンブルースの傘下で一番王都に近いのはコートリュー伯だ。
彼の兵が動くかどうかで、どちらが機先を制するかが決まるとも言える。
ところが、コートリューは軍事力と呼べるほどの戦力を持っていない上に、カンブルース軍の駐留を拒絶した。
もし、これが実現していたなら、王都へは二日とかからない。
カンブルースがコートリューを潰しにかかったのは、そこにも理由があるのかも知れないな」
「辻褄は合いますね」
「しかも、今年に入ってから、金属資材、特に鉄の流通価格が徐々に上がっていると聞く。
エーグレファン領の鉱物資源の推定埋蔵量と採掘量は国内随一だ。
鉱物資源を採掘している伯爵領は他にも多々あるが、規模も量もエーグレファンには及ばない。
それが故に、ゾルクロースとの領土の奪い合いが、過去数百年にも亘って延々と繰り返されてきた訳でもあるがね」
「国内最大の自治軍を保有出来るのもそのおかげですからね」
「だが、所詮は伯爵家だ。
たとえ辺境伯でも、たとえ最大面積の領地を所有していても、公爵家には敵わない」
「仰る通りで」
「カンブルースは陰で急速に軍備の増強を図っていたね」
「そうか、経済的に消耗させる気ですか。
エーグレファン伯が金属の卸値を不当につり上げていたら、困るのは大量の鉄を必要としているカンブルース公」
「国際貿易港のボーデがあるエキュムーズ伯爵家と接触したという情報もあったな。
国内の鉄の価格が高騰するのを見込んで輸入材の確保に動いたと見れば、それも合理的だ」
「カンブルース公とエーグレファン伯、双方に謀叛の気配あり、という事ですか」
「後は、カンブルースがどこまでエーグレファンの企みに気付いているかだな。
これまでの彼の動き方は、他の勢力を強く意識したものとは少し違う気がする。
デニュエ閣下のように、上手く丸め込んで泳がせておくという手がエーグレファンに通用するかどうか」
「早めに阻止する方策を考えねばなりませんね。
両者を共倒れさせられるのが理想ですが、中間にある王都に被害が出る可能性もある・・・」
「焦ってはいけないよ、フランバール。
彼等はすぐに軍事行動を起こす事はない。
まだ、国軍を制するような動きには出ていないからね。
軍務尚書のクランカン侯に接触しそうな気配もないし、侯を抱き込むのが難しい事も承知しているだろうしな。
クランカン侯がいる限り、国内最大戦力を保有しているのは国王アンギーユ2世陛下を置いて他にない。
誰が何と言おうと、これは揺るぎない事実だ。
ただ、国軍の命令系統を寸断されたら厄介な事になる。
国内の全域に張り巡らされた連絡網は、長いが故に脆弱だ。
まずは、そこの強化と予防対策だが、政府に何と言って予算を出させるか。
工部尚書のカンブルースに知られずに働きかけるのは骨が折れそうだ」
「早速、対応を検討します」
自分が水を向けた事で、益々難しい話になってしまってうんざりしたルーエイ。
ソファから立ち上がってドアへ向かう。
「もうその辺でよしてくれ、用が済んだんなら俺は帰るぞ」
すっかりその存在を横に置いていたフランバールは、彼に言っておくべき事を忘れていた。
「あ、時にルーエイ、お前さんアトラビレール伯爵家のご令嬢に何かしたか」
「アトラ?、誰だ?」
「先方はお前さんの事を探しているらしいよ。
初めて会ったのがプルヴィエだったから、そこの住民ではないかと思ったようで、私にも問い合わせがきた」
「ああ、あのお嬢か、思い出した。
あの子はいい子だ、素直で可愛いし乳もいい。
貴族だから遠慮したが、向こうが会いたいってんなら俺はいつでもいいぞ。
ベッドで待ってるって伝えとけ」
「ふざけてはいけないし、絶対にお手つきは御法度だぞ。
一歩でも踏み込んだら君の首が飛ぶ」
「首より俺は白いのを飛ばしたい」
シトルーユは、苦笑しながら注意を促した。
「ルーエイ、頼むから問題だけは起こさんでくれ。
アトラビレール伯には頼み事をせねばならないのだから、怨嗟の的にされてしまっては敵わない」
「なんだ、知り合いなのか」
「伯の領地は我が家のお隣りだよ」
☆
そのルーエイが盗賊の一味の7人を斬り殺してしまった事で、エーグレファン伯領のスパラクスでは、ちょっとした
問題が起こっていた。
盗賊一味のボス、オーバン・セレラートが、エーグレファン伯ロスリーに対応を迫る。
「一体誰がやったんだ、いつまで犯人捜しやってんだよ。
こっちは仲間を7人も殺られて苛ついてんだ、真面目に捜す気あんのか」
「慌てないでくれ、オーバン。
こっちだって鋭意捜査は行っている。
足元で起こされた大量殺人なのだ、私だって平常心ではいられない。
しかも、その手口は鮮やかに一刀の下に始末するプロ並みの腕前の持ち主だ。
恐らく、ラルグとの領境付近で山賊一味を全滅させたのも同一犯だろう」
「奴等は俺達が分散してる時を狙ってやってんだぞ。
確実に殺しに来てんだよ」
「だが、あれ以来全く次の動きがないのは、もうここから退いてしまっていると考えるべきではないのか」
「俺達を油断させる手かも知れねぇだろ。
全員を殺るまで終わらねぇぞ、絶対」
「この界隈で君等に楯突く者はおらんだろう。
とすれば、遠方から来た事になる。
カンブルースが復讐に動くのはまだ早過ぎるから、他の誰かなのは確かだな」
「そうか、カンブルースか」
「違うと言っただろ。
ヤツの弟を始末したのは、君等の仲間が襲われた後だ」
「あっちが先手を打ちやがった、それしかねぇ」
「確かに、カンブルースは暗殺集団を持っているという噂はあるが、答えを急いてはいけないな。
向こうはこっちの事を何も知らない。
ただの辺境伯に過ぎないと思っているはずだから、向こうから先に手を出すとは考え辛い」
「その逆だってあるだろうさ。
向こうが俺達の仲間を殺した復讐に、俺達がヤツの弟を殺したと思ってるかも知れねぇ」
「どう思うかは向こうの勝手だよ。
そう思いたいんなら思わせておけばいい」
「いいからカンブルースに復讐させろ、必ずぶち殺してやる」
「もう少し待っていたまえ、必ず敵を討つ段取りはつけるから。
くれぐれも、先走ったりだけはしないでくれよ。
私は、順序を無視して行動するのが一番嫌いだ。
君等は十分私の役に立つと約束したから、生かしておいているんだという事を忘れないでくれたまえよ」
☆
そのカンブルース家では、二つの問題に頭を悩ませていた。
一つは、フランガル伯オーレリを暗殺した犯人を見つけられないでいた事。
官憲は既に事故死と断定して処理しているので、周辺から情報を集めるのは不可能に近い。
トゥルネブーレ公デニュエを疑ってはみたが、現時点で彼にそこまでの犯罪を実行する手段は見当たらない。
彼が実兄ラサント皇太子の暗殺を未だに諦めていないのは確実だろうと思われる。
しかしながら、裏工作も捗々しくなく、暗殺実行者の人材も見つけられず、理想とはかけ離れた現実の中で鬱屈する
日々を送っていると報告を受けている。
宮廷の中でも孤立しつつある彼には、カンブルース家に刃を向けるどころか、人を動かす力すらも失いかけていると
言っていい。
もう一つの問題は、コートリュー伯暗殺の事後処理である。
当初の予定では、暗殺後は速やかに娘のフランジーヌ嬢を拘束するはずだったのに、実行者への連絡の行き違いから、
暗殺のみ実行して現場から逃走するという失態を犯してしまった。
実行者は、拘束は別の者が担当するものだと思い込んでいたという。
これにより、カンブルース公ベリトルの目算は完全に狂ってしまった。
彼の頭の中では、伯爵を自殺させ、その一人娘を行方不明にしてしまえば、伯爵家は大混乱に陥って右往左往する。
その間隙を縫って、混乱を収める名目で自分の領兵を進駐させ、領地全域を掌握するつもりだった。
作戦が未完に終わった事を知った彼は、すぐにフランジーヌ嬢を捜索させたが、既に彼女は姿を消していた。
後継者の第一候補である彼女の所在が知れぬうちに軍を動かしてしまうと、それは単なる侵略になってしまう。
彼は、これらの不始末を繰り返した隠密部隊の処罰を考えたものの、今後必ず彼等の力を使わねばならない時が来る
事も承知していたので、失敗を犯した隊員の謹慎に留めた。
その日、カンブルース公領の領都デグーの邸宅を訪れる者がいた。
彼の名は、ルバール・グランサン・ド・ヴィシューズマン伯爵。
「ご無沙汰しておりますな、閣下」
「わざわざのご来訪痛み入ります、ヴィシューズマン卿。
遠方よりお呼び立てして申し訳ない。
是非とも伯のお力添えをいただきたく、ご足労をおかけした次第です」
「それは何用ですかな」
「先日、コートリュー卿が亡くなられましたが、ご息女のフランジーヌ嬢の行方が知れぬのです。
連絡も取れず、葬儀にも参列せず、非常に困っておりまして、どこぞの誰かの邸宅に囚われておるのではないかと
心配でならぬのです。
どんなに捜しても一向に分からず、こちらとしましても手を焼いております」
「見つけ出せと仰せられるのですな。
それならいとも容易い事、我が隠密・ランジュ・デ・テネブルにかかれば、たちどころに閣下の御前に差し出して
ご覧に入れましょうぞ」
この、ヴィシューズマン伯爵という男は、ウェーブのかかった茶色の長髪に太い眉の野性的な顔つきで、お世辞にも
紳士的とは言い難い、貴族に似付かわしくない風貌をしている。
47歳の彼は、40歳のベリトルに取り入らんとして、近しい家柄でもないのに妙に親しげに振る舞っていた。
彼が退席した後、不安げな顔をした小太りの中年男が部屋に入ってきた。
「か、閣下、よろしいのですか、あのような方にお願いして」
「心配はないでしょう。
ああ見えても、彼も歴とした伯爵なのだよ」
「し、しかし・・、フランジーヌ嬢は無傷で連れてきて貰わねば困りますぞ。
せっかくの貴重な伯爵令嬢が傷だらけでは、商品価値がガタ落ちしてしまいます」
「生死は問わぬとは一言も申してはおらぬから、彼もそこは理解しているはず。
仮に一度や二度慰み者にされたとて、それで彼女の美しさが翳る事はないだろうし、付加価値は十分維持できると
思いますよ。
楽しみに待とうじゃありませんか、ペグル・ランソー君」
ペグル・ランソー。
彼こそ、アヴァリス神父に禁書を法外な価格で売り渡した闇商人であり、儲けになる物ならなんでも扱うハイエナの
如き守銭奴である。
彼の本業は、人身売買を手掛ける奴隷商人である。
続