消える女
05 消える女
ルーエイは、物騒な名前の一団と綺麗なラーベちゃんと別れた後、晩飯を食おうと繁華街をぶらついた。
「おい!、ルーエイ!」
そこへ、後ろから彼を呼び止める声がした。
この町で彼の名を知る者がいるとすれば、ひょっとして今度こそ例の仲間って奴・・・じゃねえか。
振り向いた彼の前にはリリアールがいた。
しかも、物凄い怒りの形相と荒い息で。
「あれあんた、なんだいきなり」
「お嬢はどこ!」
「はあ?、何言ってんだあんた」
「しらばっくれるな!、早く出せ!」
「おっしゃる意味が分かりませんが」
「斬る!」
じれったくなったリリアールは、問答無用と言わんばかりに剣を抜いた。
「おいおい慌てんな、ちゃんと話せば分かるって。
こんな街の真ん中で物騒な物出すんじゃねえよ」
「お嬢が姿を消したのよ、お前の仕業じゃないのか」
「俺が?、なんで?」
「お前以外に思い当たらない。
きっと酒場を連れ回しているに違いないわ」
「どこのだよ、よく見てから物を言え」
「隠したな」
「俺は手品師じゃねえ」
「お前は信用出来ないし、ずっと怪しいと思ってたのよ」
「まずその剣をしまえ、落ち着いて考えろ」
「これが落ち着いていられるか!」
「大体、俺が誘拐してたらいつまでもこんな所でブラブラしてる訳ねえだろ。
さっさとトンズラしてるさ。
それに、もし俺が誘拐する気なら、まずあんた等を殺す。
その方が手っ取り早い」
「そ、そうか・・・」
彼女の話では、ルーエイと別れた後、宿屋に部屋を取って一段落すると、ブランシュールは夕食まで散歩してくると
言い残して外へ出たまま帰らないのだと言う。
今までも、旅先で小一時間程度は一人で街をぶらつく事もあったが、夜まで出歩く事は一度ととしてない。
知り合いでもいない限り、実家でもそんな事はあり得ないのだ。
スパラクスの治安が悪いという情報は聞いていなかったので、少し気を許してしまった。
「なんだ、あんた等の監督不行き届きじゃねえか。
俺のせいにすんじゃねえよ、特殊部隊が聞いて呆れるぞ」
「本当に知らないのか?」
「知るか、もう一人はどうした」
「ヴィヴも町中を捜してる・・・、お前も手を貸して」
「おいおい、人を誘拐犯呼ばわりしておきながら今度は手伝えなんて、虫が良過ぎんじゃねえの」
「・・・ごめん。
でも人手が欲しいの、一緒に捜して」
「そうだな・・・、俺と寝てくれるんならやってもいいよ」
「わ、私が?」
急に頬を赤らめ俯くリリアール。
まさか、こんな交換条件を突き付けられるとは。
しかし、今は一刻を争う。
思い悩んでいる余裕はないし、他に頼る人もいない。
「わ、分かったわ・・・」
「よっしゃ、まかしとけ、必ず見つけてやるよ」
☆
リリアールとの約束を取り付けたルーエイは、意気揚々と捜索を始める。
ブランシュールが自ら姿を消す積極的動機がないのは明らかなので、誘拐の線が濃厚になる。
だとすると、犯人は初めから彼女に目星を付けていたのだろうか。
貴族だと知っているならば、出発した頃からずっと後を尾行てきていなければならないが、これまでの状況からみて
それは考え難い。
貴族とは知らないまま誘拐した可能性の方が高い。
彼女には、身分うんぬんを抜きにしても有り余る外見的魅力があった。
時間の猶予はあまりない。
こういう時、フィンクかタミヤがいてくれれば事は簡単なのにと考えながら、彼は誘拐が発生したと思われる宿屋の
周辺を歩いてみる。
散歩に出かけたという事は、この近所に立ち寄りそうな場所はあるだろうか。
少し離れた所に公園があったが、夜に行っても見る物は何もない。
ふと、彼女の言葉を思い出した。
公園の目の前に市場があったからだ。
情報収集に市場を利用すると言っていた彼女なら、ここに来た確率は高いだろう。
ただ、市場はもう既に店終いしてしまっている。
手懸かりを探す彼に、またしても突然後ろから声がかけられる。
「あなた・・・、ルーエイ」
これには度肝を抜かれた。
全く気配を感じなかった。
悪魔的に鋭敏な感覚の持ち主である彼が、背後を取られて何も気付かないというのは、未だほとんど記憶にない。
焦り気味に振り返った彼が見たのは、長い白髪と青白い顔色の女性だった。
白髪というのは失礼だ、女性はそんなに年老いてはいない、むしろ若い。
20歳前後に見えるので、銀髪と言うべきか。
若いが、顔色は悪いし目の青色まで淡い、声もか細い。
見るからに病人そのもので、なにより目の前にいるのに全く存在感がない。
まるで、幽霊のような女だ。
「あんた、もしかして・・・」
「私はアルファン」
やっぱりそうだった。
彼女こそ、フランバールが言っていたもう一人の仲間のアルファンだった。
一体、どんな能力の持ち主なのか予想も出来ない。
が、今はブランシュールを探す方が先決だ。
「あんた、ちょっと前からこの町にいるんだろ、だったら教えろ。
さっきこの辺りで女の子が誘拐された、何か知らないか」
「・・・・・知ってる」
「なに!、マジか」
「掠ったのは、オーバン・セレラートの仲間」
「オーバン?」
「盗賊」
「また盗賊か。
どっかの貴族を殺した奴だな、どこにいる」
「ついてきて」
そう言うなり、アルファンはフッと目の前からその姿を消した。
「あれ、消えた・・・。
あの野郎、どこ行っちまった」
辺りをキョロキョロするルーエイ。
今まで見ていたのは幻なのかと思ってしまうほど、全く跡形も残り香もない。
これでは、ついて来いと言われてもついて行けない。
「しょうがねえヤツだな。
リル、おいリル、いるんだろ、出てこい」
彼の呼び出しに応じ、物陰からアルダート・リルが現れた。
リルは、前回アラルで悪魔アルミルスの支配から解かれて以来、ずっと姿を隠してルーエイに付き従っていた。
彼女の首に付けられた首輪を取り除いて貰えない限り、生き続けるために必要な人間の精を与えてくれるのは彼しか
いなくなったのである。
そのおかげで、彼は女日照りに喘ぐ事もなく、地上最高の女体を心行くまで堪能する日々を送れているのであった。
「なによ、こんな所でする気なの?
さっき金髪と一発やったばっかりじゃないの」
「違うって、今ここにいた女を捜してくれ」
「無理よ、分かんない。
まるで気配が消えちゃってる」
「お前でも無理か」
「なんだか、凄い不気味ね、あの女」
「悪魔が人間を怖がるか」
「人間じゃないのかもよ、生気がないもの。
普通の人間の目には映らないかも知れない」
「ゾンビか」
「ゾンビは自律しないの、話しもしないし」
「じゃあなんだ」
「分かんない、あんなの見た事ないわ」
「ごめん、忘れてた。
あなたは普通の人だった」
消えたと思っていたアルファンが再び姿を現した。
「わ、出た。
なんだお前、勝手に消えるな、せめて気配だけは消すな」
「無理。
私に気配なんてないから」
「なんだそりゃ。
まあいいや、すぐ連れてけ」
この、目を離すとすぐ消える不思議なアルファンという女の後を追い、ルーエイは、リルを伴ってブランシュールの
居場所へ急いだ。
☆
3人は、町の郊外の森の中、樵や狩人が休憩や悪天候の一時凌ぎに使う山小屋の付近の木の陰にいた。
「あそこにいるのか」
「そう」
「リル、お嬢の護衛の役立たず達を連れてきてくれ、顔は知ってるよな」
「人を召し使いみたいに扱わないで」
「そう言うな、後でその体にたっぷりお礼してやっから」
「その護衛の子を口説いてたのはどこの誰だっけ」
「妬いてんのか」
「誰が、この最低男」
リルを使いに出した後、ルーエイはアルファンと山小屋へ突入する算段を始める。
「盗賊って何人いるんだ」
「今は、中に7人。
ドアの部屋に二人、隣りの部屋に5人。
女の子は、一番奥の部屋のベッドに寝かされてる」
「お前、中の様子が分かるのか」
「千里眼」
「お嬢は無事か?」
「手足と口を縛られてる、裸で」
「ちぇっ、やべえな、破瓜っちまったか」
「まだ大丈夫」
「そこまで見えんのか。
じゃ、血だらけになる前にさっさと片付けるか」
ルーエイは、刀を手に山小屋へ向かって歩き出す。
と、アルファンもその後をついてきた。
「お前は隠れてな」
「私も手伝う」
「手ぶらでか」
「心配ない、ちょっとだけ」
「そうか、じゃ適当にやってくれ」
敵の配置があらかじめ把握出来ているのは、突入するには好都合だ。
ガンとドアを蹴破って小屋へ入るなり、すかさずその部屋にいた二人の男を刀で斬りつけた。
ドアの番人だった二人は、抵抗する間もなく血を吐いてバタバタと倒れる。
その騒ぎの音を聞きつけて、隣りの部屋から男達が剣を片手に次々と飛び出してくる。
それも既に織り込み済み。
ルーエイは、順次男達に瞳術で金縛りをかけて動きを封じ、無造作に斬り倒していく。
4人まで斬ったところで、賊の反撃がやんでしまった。
あと一人いるはずなのにと思い、隣りの部屋を覗き込んでみると、そこにアルファンがいて、床には賊の男が倒れて
死んでいた。
「お前、なにやったんだ」
「手伝い」
男は、目を開けたまま口を異様にねじ曲げた苦悶の表情で事切れていた。
一体、どんな方法を使ったのか。
「盗賊はこれで全部か?」
「ここにいるのは全部。
あと13人は別にいる」
「どこだ」
「エーグレファン伯爵の館に3人。
6人は街で飲んでる。
残りの4人は王都。
恐らく、カンブルース公爵の偵察」
「まだ半分以上いるんだな」
ルーエイは、床に転がる亡骸の顔を見回した。
この中に、ラーベちゃん達が探している指名手配犯はいるだろうか。
それっぽいのが二人ほどいるように思われるが、これを彼等に伝えるべきか。
再びあのブラマンジェ美女と相まみえる口実に持ってこいなのは確かだ。
後で、時間を見計らって恩を売りに行くかと鼻の下を長くして考えているところへ、アルファンが更なる重要情報を
告げる。
「あと一人、おじいさんがいる」
「じいさん?、そりゃ誰だ」
「ヴィスラール・トルスガラン、魔術師」
「魔術師か」
「あれは危険、邪気の塊」
「悪魔か」
「かも知れない」
「どこにいる」
「分からない。
少なくとも、近くにはいない」
「じゃ、ここが捌けたらそのエーグレの館に行ってみるか」
「今はまずい。
ほとぼりが冷めるまで離れた方がいい」
「そうか?、大丈夫だろ」
「素性がバレるかも。
ヒット・アンド・アウェイは鉄則」
ルーエイの問いに、ポツポツと答えるアルファン。
既に、エーグレファン伯爵に関しても幾つか情報を得ているようだ。
「とにかく、お前がいてくれて助かった。
よく誘拐の現場を見てたな」
「見たのは偶然。
盗賊の動きを監視してただけ」
「こいつ等は、なんでお嬢を掠ったんだ。
貴族と知ってて身代金目当てに掠うとは思えねえから、やっぱ体か」
「ご明察」
「女なら誰でも良かったか」
「それは違う。
あの子は旅人、途中で事故死はよくある。
それに金髪、若い、可愛い、胸も大きい、育ちもいい、しかも初物」
「やるだけやったら殺す気だったってか」
「それも違う。
外国に売り飛ばす、そう言ってた」
「なるほどな。
こんな事なら俺の方が先に食っちまえば良かったって、反省するところだった」
「ルーエイ、スケベ」
「その情報は知らなかったのか。
なら、そのうちお前も口説いてやるよ」
「お手柔らかに」
その後、リルに案内されてヴィヴールズとリリアールが到着し、ブランシュールは無事二人に引き渡された。
裸にされて縛り上げられていたお嬢を見て、顔面蒼白になるほど肝を冷やした二人は、五体満足で傷も付けられずに
救い出された事に深く感謝したが、その時既に、ルーエイ達の姿はそこにはなかった。
☆
翌日、ルーエイは、ブランシュールの宿泊する宿を訪れ、酒場で聞いた事などを彼女に伝えた。
彼女は、昨日誘拐された以降の事は、助けられるまで気を失って一切何も憶えておらず、宿に戻った後でルーエイの
おかげだったと知り、益々彼に興味と好意を持っていた。
「ここの・・・、なんだっけ領主の名前」
「エーグレファン伯爵よ」
「ああそうだ、そいつ。
29歳で独身だってよ。
でも、あんたの旦那には相応しくなさそうだな」
「どうして?、そんなに評判悪いの?
お隣りのラルグ伯爵の領地も管理する、とっても立派な方だって聞いてたのに」
「管理者としては別に表立って問題はないらしい。
酒場でもそんなに悪口は聞かなかった。
商人向けに、物量が多くなるほど税率が下がる通行税の割引きサービスがあったり、他にも優遇措置が色々とある
せいだと思うんだが、おかげで町の住人も潤ってるから、暮らすのに不便を感じてる人はそんなにいねえ。
ただ、どうも腹黒いっていうか、なんか裏の臭いがするんだな」
「裏?」
「なんか、陰でこそこそやってるらしい。
ヤバい事をね。
あんたも巻き添えを食いたくなけりゃ関わらねえ事だ」
「ヤバい事って何?」
「今言ったばっかりだろ、関わらねえって事は知ろうとしねえって事だ。
知っちまったら、それだけで暗殺の対象になる」
「暗殺?」
「とにかく、ここの領主はやめておけ。
いい旦那を見つけたきゃ、情報を嗅ぎ分ける嗅覚を養えって事かな」
ヴィヴールズが、きつい目つきを更にきつくしてルーエイを睨んだ。
「貴様、どこでそんな情報を手に入れた。
暗殺などという物騒な単語が出てくるからには、それ相応の根拠がなければならぬ」
「昨日の盗賊さ。
奴等は伯爵の飼い犬だ、汚れ仕事専門のな。
街道で山賊が略奪するのを放ったらかしにしてる時点で、なんか変だとは思ってたんだ。
あそこはちょうど領の境だから、領兵が門を構えて税金取ってても不思議じゃねえ場所だ。
つまり、山賊は盗賊の動きをカムフラージュするために、わざと野放しにされてたって訳だ」
「では、なぜお嬢が」
「それはただの偶然。
伯爵は知らねえと思うよ、良かったねえ、売り飛ばされなくて」
売り飛ばすという言葉を聞いた途端、ブランシュールは両腕を抱えて身震いした。
伯爵が盗賊を使って裏で悪い事をしている可能性を知って、彼女達は顔色を曇らせつつ認識を改めた。
自分達は、伯爵の表面的な一部の情報だけで評価していたに過ぎなかった。
ルーエイの、嗅覚を養えという言葉の重みを痛感した。
リリアールは、ブランシュールに帰省を促す。
「じゃあ、帰ろうか、お嬢。
これ以上ここにいても得る物はなさそうだし、父君からも長居はするなと仰せつかっている」
「うん・・・。
じゃあ、ルーエイも一緒に帰ろ」
「悪いな、連れが出来ちまったんで一緒には行けねえ」
「また会える?」
「ああ、俺もそんな気がする。
そっちの護衛ちゃんとの約束もあるしな」
「約束?」
キョトンとしてリリアールの方を向くブランシュール。
リリアールは、真っ赤な顔をして必死にその場を繕うのだった。
「お嬢には関係ないのよ、さ、準備準備」
続