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エミナンス・グリーズ 3  作者: 降下猟兵
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北のブラマンジェ


 04 北のブラマンジェ



 ルーエイとブランシュール等一行は、二日後にエーグレファン伯爵領の領都スパラクスに入った。

 幸い、危惧された盗賊とは遭遇せずに済んだ。


 スパラクスは、人口の多い都市としては国の最北端に位置し、国境の山脈地帯の麓にあり、隣国ゾルクロースからの

 玄関口として栄えている。

 国境を越えて往来する人と物流の拠点であり、貿易の中継地、また、山脈から採掘、精製された金属資材、宝飾品の

 集積地でもある。

 それを物語るように、町外れに差しかかった辺りから、大きな倉庫が街道沿いにズラリと建ち並び、大型の荷馬車に

 木箱や麻袋などの積み卸し作業をする人々を幾人も見かけるようになっていた。

 いかにも商業の町という印象だ。


 比較的高地にあるので、王都などに比べると格段に涼しいのだが、ここまで辺境の地にわざわざ避暑に訪れる貴族は

 決して多くはない。

 それでも、町中には商談に来た商人達向けの宿屋も多数あり、それに付随する繁華街もいい感じに賑わい始めている。

 もうすぐ陽が落ちる、そうすればもっと活気に満ちてくるだろう。


 ブランシュール達とは、ここで別れる。

 彼女は、名残惜しそうに馬車を降りたルーエイと握手した。


 「もうお別れか、淋しいわね」

 「これからどうすんだ、領主様にご挨拶か」

 「それは、これからの状況次第ね」

 「状況ってなんだよ」

 「まずは情報収集するの、ここの領主様の評判とかね。

  それから家族構成とか調べて、直接会うのはアポが取れたらよ」

 「案外しっかりしてんな。

  でも、その情報収集はどこでやんだ?」

 「市場とか、カフェとかレストランとかよ。

  市民の評価が一番正確だもの」

 「それはちょっと違うな」

 「え?、違うの?」

 「領主の評判を聞くなら酒場に限る。

  酒場には色んな情報が集まる、近所のネコが子供産んだ話から国王の晩飯のおかずまでな。

  外国のスパイは、まず酒場から仕事を始めんだぞ」

 「えー、そうなの?

  私行った事ないよ、酒場なんて」

 「なら一緒に行くか?」

 「行く行く!、連れてって」

 「まあ、そっちのお目付役が許せばだけどな」


 リリアールが目をつり上げて即答した。

 「許す訳なかろう!、この痴れ者が。

  お嬢を唆すな、さもなくば斬る」

 「だろうな、そう言うと思った。

  まあいいさ、俺が代わりに聞いといてやるよ。

  宿屋で待ってな、明日行く」

 「ありがとうルーエイ、あなたって本当にいい人ね」

 「よせやい、褒めたって何も出ねえぞ」


 ☆


 独りになったルーエイは、繁華街へ向かって一軒のバーへ入った。

 開けて間もない時間なのに、店内は既にけっこうな客の入りだった。

 多くは、物流関係の仕事に従事する人足や、長距離荷馬車の御者達のようだ。


 カウンター席に座って酒を注文する。

 「オヤジ、軽めのをくれ。

  なんだこれ、キルシュヴァッサー?

  カルヴァドスみたいなもんか」


 出された酒をちびちび飲みながら、客達の会話に耳を欹ててみた。

 仕事関係の愚痴が多い中に、家族の話、食べ物や地方の名産品の話、各地の道路事情や治安情報、力自慢の話などが

 聞こえてくる。

 まあ、こんなのは当たり前で、すぐに期待するような話が聞けるのは余程運がいい時だけだ。


 暫くすると、近くのテーブル席にいた男達から、盗賊という言葉が出始めた。

 そこには、年季の入ったベテランの御者に、日焼けした逞しい体つきの人足風の男が二人と、新米と思われる少年が

 座って、ビールジョッキを酌み交わしていた。


 程良くアルコールが回って、滑らかになった口から聞こえた話を要約すると、ゾルクロースへ続く国境付近の峠道は、

 昔は険しい難所の一つだったという。

 両国が領土を争って奪い合っていた土地柄故に、敵軍の進行速度を遅らせる狙いから、わざと道幅を狭めていたのだ。

 今の峠道も十分狭いのだが、それでも昔に比べれば広くなっている。

 その狭さのせいで、国境の門は厳重に管理されているものの、そこにいるのは軍人だけという状態になっている。

 税金の徴収と通関業務は、山を下りた麓にある施設で行う。

 理由はもちろん、建物と駐車場の土地が確保出来ないからである。

 この、独特な遠距離税関が問題で、どうしても中間部の防備が手薄になってしまい、そこを盗賊に狙われるのだ。


 以前は国境の両側にそれぞれ盗賊がいて、相当な悪さを働いていた。

 彼等は、物資は根刮ぎ奪い、搭乗者は全員殺した。

 残されるのは、馬と空の馬車と人の死体だけである。

 おかげで、峠を越えて物資を運ぶ業者は、常に護衛の傭兵を雇って付けねばならなくなり、そのために嵩むコストに

 悩まされたという。


 それが、軍による山狩りと掃討作戦が効いたのか、昨年の暮れぐらいからパッタリと盗賊の襲撃がやんだ。

 運送業者には歓迎すべき事のはずだが、それを無条件に諸手を挙げて喜んでいる者は、世間が思っているほど多くは

 ないという。

 あれほど恐れられた盗賊が、本当に討伐されてしまったのか訝っているからである。

 なにしろ、これまで散々悪行の限りを尽くし、我が物顔で荒らし回った盗賊一味なのだ。

 全員死んだという軍の発表を、素直に信じない者がいても不思議な事ではない。


 話を聞いたルーエイは、前に領境で殺した山賊が言っていた盗賊とは、そいつ等の事だと理解した。

 国境の峠を追われた盗賊が南下し、山賊の縄張りを侵した結果があれだったと。

 その盗賊がフランバールが言っていたのと同一と考えてよさそうに思われるのだが、奴等が領主と結託して裏稼業に

 関与しているという情報は、どこから出てきたのだろう。

 情報が正しいなら、軍の掃討作戦は偽装だったという事なのか。

 どうやって確認しようか、段々面倒臭くなってきた。


 「ここ、座っていいかしら」

 ボケーっと考えていた彼に、いきなり女性が話しかけてきた。

 返事も聞かずに横の椅子に座ったその女性は、訳あり風な横目でチラリと彼を見つめた。

 プラチナブロンドのストレートロングヘア、吸い込まれそうなターコイズブルーの瞳。

 これが、彼女がフランバールの言っていた仲間か。

 ならば大歓迎だ。

 まさか、ここまでの美女とは思いもしなかった。

 これで、やっと仕事に力が入る。


 「あー、どちらさん?」

 「この辺の人じゃないわね、どこから来たの?」

 なんだこの女。

 カウンターに肘をついて、手に顎を乗せるポーズが色っぽい。

 いよいよもって大好きだ。


 「回り諄いヤツだな。

  能書きはいいから、あんたの仕入れた情報を教えろよ」

 「あらそう?

  なら、場所を変えましょ」


 話の分かる女は手間がかからなくていい。


 ☆


 店を出て、彼女の先導で繁華街を歩き、入ったのは一軒の出会い茶屋。

 そこへ入るって事は、何するか分かってんのか。

 こっちは全然問題ないぞ。

 仕事の話の前にまずはお楽しみ、と目尻を下げた。

 話の分かる女は手間がかからなくていい。


 ベッドが一つだけの狭い部屋に入ると、彼女は一層大胆になった。

 室内にサービスで置いてある酒瓶を物色する。

 「ブランデーがいい?、それともウィスキー?」

 「なんでもいいや」

 酒は要らん、別のものをくれ。


 なんともそそる上目遣いで、グラスを差し出してブランデーを注ぎながら、彼女は徐に本題を切り出してきた。

 「情報ってなに?、あなた誰?」

 あれ?、もしかして違う?

 本当に仲間かどうか疑わしくなってきた。


 「あんた、名前は」

 「人に名を尋ねる前に、まずは自分から名乗るものよ」

 「俺はルーエイ」

 「ルーエイ、それあだ名ね。

  本名は?」

 「知らねえんだ。

  物心ついた頃からそう呼ばれてた。

  だからそれしか知らねえ」

 「そうなの・・・、何しにここへ来たの?」

 「俺の質問の方が先だ」

 「私は、ラーベよ」


 なんか、フランバールに聞いたのは違う名前だった気がする。

 仲間じゃないなら彼女は誰だ。

 何か目的があって誘ったとしか思えないんだが・・・。

 まあいいや、細かい話は用が済んでからにするか。

 彼は、その気満々で彼女をベッドへ誘った。

 彼女は、彼の横に座った。


 「ホントの名前言えよ」

 「嘘じゃないわ、あなたこそ本当の事言ったらどうなの?」

 「俺は嘘は言ってねえよ」

 「私もよ」

 「なら、そのおっぱいに言わせてやる」


 ベッドに体を押し付けつつキスを迫った。

 ラーベと名乗った女は、嫌そうに首を横に向け、その時初めて本気で拒絶反応を示した。

 この素の表情が、ルーエイの欲情を一気に加速させてしまった。

 ブレーキが外れた。


 彼女は格闘技の経験があるとみえ、軽やかな身のこなしで間合いを取って身構えようとする。

 方や、ルーエイは、得意の軽業でスッと足元に飛び込むと、手で彼女を膝カックンして態勢を崩し、あっという間に

 押さえ込んでしまった。

 酒が入っていたのと、部屋が狭いのが彼女には災いしたか。

 大勢が決まると、後はその流れで半ば強引に着衣を剥ぎ取り、本能の欲するまま手を動かす。

 彼女は、思っていたよりウブだった。

 さっきまでと一変して、恥ずかしがって必死に抵抗しようとする。

 「や、やめて、大声出すわよ」

 「大声は雰囲気壊れるな、優しい喘ぎ声にしてくれ」


 もっと大暴れされるかと思っていたのに、意外と陥落は早かった。

 彼の指が、彼女の意気を喪失させる。

 次第に絆されるラーベ。

 抵抗の止まった彼女に、静かに尋ねた。

 「名前は」

 「ラ、ラーベナース、フォン、クラングライヒ・・・」

 「北の人か。

  どうりでやたら肌が白い訳だ」


 ゾルクロースの女を抱くのは初めてだ。

 おまけに貴族。

 プルンプルンの極上ブラマンジェが目の前に。

 その、雪のような真っ白い肌が薄らピンク色に紅潮していく様は、もはや感動的ですらある。

 やべ、めっちゃ興奮してきた。


 い、以下自粛・・・。


 ☆


 急に、壁の向こう側でバタバタする物音が聞こえ始めたと思ったら、景気よくドアを蹴破って、武装した二人の男が

 乱入してきた。

 それを見るや、ラーベナースは途端に顔を真っ赤にして、頭からシーツを被ってベッドに丸くなった。


 男の一人が、雪崩れ込んだ勢いそのままに、ルーエイの首根っこを手で押さえ腕を取った。

 「貴様、どこの賊だ」

 いきなり怒鳴りつけられて、どういう状況なのかよく分からなかったが、面倒臭い事になってきたのだけは確かだ。

 ルーエイは、軽く邪眼を使って男の力を抑え、戦意を消失させた。

 男は、脱力してその場に尻餅をつく。

 なぜそうなったのか、自分でも分からないといった様子で目を円くしている。


 「勝手に入ってくるんじゃねえよ。

  親に教わらなかったか、入る前はノックしろって」

 「お前は一体何者だ」

 「何者って言われてもねえ、旅人としか答えようがない」

 「旅人だと?

  盗賊の仲間ではないのか」

 「はあ?

  なんで盗賊?、俺がなんか盗んだか?

  言っとくがこの子は成り行きだぞ、俺が誘ったんじゃねえからな」


 もう一人の男が、この事態を問い質そうとラーベナースのシーツを毟り取ろうとする。

 「おい、ラーベ!

  お前人違いしたな」

 「ごめーん」

 全裸の彼女は、両手でしっかとシーツを掴み、絶対に手放そうとしなかった。


 武装具合からみて、この男達は領兵や傭兵といった者達とは明らかに違う。

 装着している黒いプロテクターは、体に密着して動き易そうなのでオーダーメイド品だと思われる。

 手にする剣も、破壊力よりも機動性、操作性を重視したものだ。

 正規軍、しかも特殊部隊でもなければ、こういう武装はやらない。

 ラーベナースの仲間ならば、ゾルクロースの軍人か。

 これは、厄介な事に巻き込まれた。


 「あんた等仲間なのか、て事はお隣さんなんだな。

  だったら俺の事は気にすんな、あんた等とは関係ねえから」

 「ならば何者だ」

 「とある貴族様の使いの者でして」

 「貴族とは、エーグレファン伯爵か」

 「それが誰かは知らんが、少なくとも俺は隣りの国に興味はねえ、女以外には」

 「何の目的でこの町にいる」

 「同じ質問を返してもいいか?、あんた等に答えられるんならな」


 男達も、その落ち着き払った態度から、ルーエイが目的の人物とは違うと理解し始めたようだ。

 しかも、既に自分達の素性に察しをつけている様子も窺われ、只者ならぬ勘の鋭さも見せる。


 「そうか、それは申し訳ない事をした。

  我々は帝国国家保安警察特任隊だ。

  私はフェリーデン・イルザール・フォン・ブレンドヴェルク、この部隊の隊長を務めている。

  こいつはカレンガウル・フェルツヴァイフェルト、そこで丸まっているラーベナースも我々の一員だ」

 「名前が長いって事は、あんたも貴族か」

 「我々は、貴国に逃亡した指名手配犯を捜している。

  極秘でな」

 「なんだ、そういう事か。

  俺がその悪者に見えたってのか」


 どうやら、ラーベナースがバーでルーエイを一目見て、盗賊の一味と勘違いしてしまったらしい。

 ようやくシーツから頭だけを出した彼女が、決まり悪そうに言い訳した。

 「だって、なんだかそれっぽかったのよ、見た目というか雰囲気というか・・・」


 「それで、仲間が待機してるここへ連れ込んだってか。

  指名手配してんのに顔も知らんのか、あんた」

 彼女に愚痴を言うルーエイに、フェリーデンが代わって弁解する。

 「分かっているのは名前と人相の特徴だけだ。

  顔を知る者はほとんどいない、事件の目撃者は悉く殺されているからな。

  更に厄介なのは、貴国の盗賊と合流してしまったという未確認情報がある事だ。

  こっちの賊に関しては、我々は全く情報を持っていない」


 「それにしたって、外国まで追っかけるって普通じゃねえよな。

  なんか色々問題なんじゃねえの?」

 「無論、我々が貴国に入国している事は伏せられねばならない」

 「不法入国か」

 「入国自体は合法だ、何も問題はない。

  ただし、国外で権限を行使すると違法になる。

  我々は自国の恥を排除したいだけなのだ」

 「逮捕して裁判にかける気はないんだな。

  観光で入国して殺人か、随分ご立派な正義感だこと」

 「それが我々の使命だ。

  邪魔立てはしないでくれ、それから他言せぬ事を要求する、強く」

 「じゃあ、お互い様にしようぜ。

  お互い何も知らんて事でいいだろ」

 「分かった。

  盗賊に関して知っている事があれば、教えて貰えると助かる。

  アロガンツ・ガウケルビルトと、クルムパート・ラウネという名前に聞き覚えはないか」

 「ねえよ、よく舌噛まないな。

  ただ、外国人の混ざった盗賊がこっちにいるって情報ならあるぞ。

  ここの領主とグルになってるらしい」


 ルーエイは、自分の持っている情報を提供した。

 あまり具体的なものではないが、彼等にはそれなりに有力な情報になるはずだ。

 その返礼という訳でもないだろうが、カレンガウルという男が、ラーベナースに謝罪するよう忠告する。

 この男、黒い長髪で見た目はけっこうワルっぽいが、意外とまともな事を言う。

 律儀なのは国民性か。


 「ラーベ、とにかく人違いをしたのはお前のミスだ。

  伯爵家の人間らしく、落とし前はきっちり付けろよ」

 「カレンも隊長も、もっと早く突入して下さいよ。

  もう私・・・」

 「お前が合図を出さないからだろ、こっちはずっと合図を待ってたんだ」

 「だって・・・」


 ラーベナースは、些か複雑な表情を浮かべつつも、言われた通りルーエイに頭を下げた。

 「ごめんなさい。

  って、私が謝るのもなんだか釈然としないんですけど、色々されちゃったし・・・」


 謝罪を受けたルーエイが言葉を返しても、ラーベナースの気持ちは一層複雑になるだけだった。

 「じゃあ、ここは成り行きって事にして、お互い水に流そうぜ」


 「なんだか・・・、ちっとも腑に落ちないんですけどぉ」


                                             続



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