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エミナンス・グリーズ 3  作者: 降下猟兵
3/14

回り出す車輪


 03 回り出す車輪



 王都から、街道を東へ40キロほど進んだ所に、大きな都市がある。

 プルヴィエという名のその都市は、人口が多い割りには静かで整然とした、緑の多い落ち着いた町だった。


 ルーエイが、サンソワン侯爵領の領都にある侯爵家の別邸を訪れたのは、それから1週間後の事だった。

 待ち受けていたのは、フランバール・ド・アンサンシュール男爵。

 彼は、部屋に通されたルーエイの顔を見るなり、開口一番に不満をぶちまける。


 「まったく、なんでお前さんはいつもいつも時間にルーズなんだろうね。

  私が召集をかけたのは一体いつだったんだろうか、忘れてしまいそうになる」

 「自分で忘れてりゃ世話ねえな」

 「五日だよ五日、五日も前だよ。

  タミヤを通じて一斉に召集をかけたのに、なぜ君にだけこうも時間がかかってしまうのかな」

 「さあね、なんでだろ」

 「なんでだろじゃないよ、まるで他人事じゃないか。

  よくそんな事が平気で言えるものだね、その図太さには感心するよ。

  ある意味羨ましくもある」


 「そんな愚痴を聞かせるためにわざわざ呼び出したのか?

  だったら、こんな田舎くんだりまで来させる方がよっぽど時間の無駄だっての」

 「グリヨン宮で君等と接触する訳にはいかないだろ、考えてみたまえよ」

 「そんな事ねえさ、俺なら簡単に入れる」

 「君ならそうだろうさ、たとえこの国で一番警戒厳重な王宮の中だろうとね。

  でも、全員がそうではないし、宮廷の中はどこで誰が何を聞いているか分からない。

  念には念を入れて用心しないといけないのだよ」


 「全員招集なら、他のヤツ等はどうした」

 「他のメンバーは、もう既に指令を受けてそれぞれ活動を開始しているよ」

 「なら、今回は別々なんだな」

 「まあ、そういう事だ。

  ベルエールとフィンクにはカンブルース公の動きを追跡させているし、ルルートとタミヤにはトゥルネブーレ公の

  監視をさせている」

 「じゃあ俺は?」

 「君には、エーグレファン伯爵領まで行って貰わねばならない」

 「なんだよ、俺だけ遠出かよ、しかも一人で」

 「アルファンを先行させているから、向こうで合流してくれ」

 「アルファン?、誰だそれ」

 「君等の仲間だよ。

  君は初対面になるが、彼女は君を知っているので向こうから接触してくれるはずだ」


 「何すればいいんだ?」

 「先だって、コーシュマル公爵が鹿狩り中の事故で亡くなられたが、どうもそれはエーグレファン伯爵が盗賊一味を

  使っての、事故死に見せかけた暗殺だったらしい。

  その背景が知りたいのと、他にも何か企んでいそうなので、それも合わせて調べて欲しい」

 「調べるだけか?

  その盗賊ってのは殺していいんだな、どうせ悪人だ」

 「出来れば穏便に済ませて欲しいが、やむを得ない場合はそっちの判断で動いて構わない。

  ただし、絶対に素性を知られぬ事、証拠を残さぬ事、これだけは何があっても守って貰わねばならないよ。

  それから・・」

 「分かってるって、他者の前で没すなかれ、だろ」


 ルーエイの新たな任務が始まった。


 ☆


 エーグレファン伯爵領を目指して、北へ向かう事になったルーエイ。

 他のメンバーより出遅れたので、さぞや急いで出かけるかと思いきや、彼はいの一番に町で賭場を探した。

 サンソワン侯爵領の領都プルヴィエは、そこそこに大きな都市ではあるのだが、領主様の管理が行き届いているのか、

 歓楽街は人口比で見ればかなり小さい。


 一軒の賭場で1時間ほど遊んで軽く稼いだ後で、次に、馬車のレンタル業者を探し始めた。

 マイペースを好む彼は、制約の多い定期運行の乗り合い馬車を使うつもりなど更々ない。

 ようやく見つけた馬車屋の前で、店のオヤジらしき恰幅のいい男と言い合う若い女性を見る。

 旅の途中で故障した馬車を、直す直さないで揉めているようだ。


 「ふざけないでくれよ、お嬢さん。

  ウチは馬車屋だ、幾らお宅の馬がくたびれたからって、ウチの馬と交換は出来ねぇよ」

 「いいじゃないの、堅い事言わないでよ。

  帰ったらまた交換するから、それなら文句ないでしょ」

 「冗談言っちゃいけねぇ。

  こっちは馬が使えねぇんじゃ商売上がったりだ。

  馬車ごと借りてくれるんなら話は別だがよ」

 「一頭くらいいいじゃない、おじさんはたくさん馬を持ってるんだから」

 「どうせなら、あんた達もここで一泊したらどうだい、そうすれば馬だって休ませてやれるだろ」

 「なんで、出発してたった二日でもう予定変更しなきゃいけないのよ。

  今日中に隣り領まで行きたいの、まだ昼間なのよ。

  そんなんじゃ、いつ着くか分かんないじゃない。

  こっちだってそんなに暇じゃないのよ」

 「文句なら馬に言ってやんな。

  でも、馬はいたわってやんなきゃよ。

  旅ってのはそういうもんさね」


 故障したのは、馬車ではなく馬の方だった。

 面白そうだと思って、ルーエイが声をかけてみる。

 「なあ、あんたどっち行くんだ?」

 声に振り向いた女性は、イエローブロンドの長い髪に緑色の瞳を持つ、元気で活発な印象の美少女だった。

 夏らしく、丈の短い白いワンピースを着て、頭に大きな麦わら帽子を被っている。


 少女は、頬を膨らませて不満げに答えた。

 「北の方よ」

 「なら俺も乗せてってくれ。

  俺があのオヤジを説得してやるよ」

 「ホント?、じゃあ是非お願いするわ」

 少女の顔が一転、明るくなった。

 感情がそのまま顔に出る女の子だ。


 そこへ、馬車の御者席に座っていた目つきのきつい男が、急に二人の会話を遮った。

 「おっと、そいつはダメだぜお嬢。

  見ず知らずの人間と一緒に旅は出来ねぇ」

 「別に取って食おうなんて考えてねえよ、俺はただ乗っけてってくれりゃそれでいい。

  あんたがあのオヤジを説得するってんなら、俺の出番はねえけどな」

 「・・・・ふん」

 ルーエイが言い返すと、男は黙ってしまった。

 目つきも態度も悪い男だ。


 ルーエイは、店の中へ戻ったオヤジの所へ行って、彼を説得する。

 といっても、邪眼で瞳術を使うだけなので、言葉で言い含めるような煩わしい事はしない。

 ものの数分で、オヤジは裏の厩舎から元気のいい馬を用意してくれた。


 ☆


 こうして、ルーエイの旅に道連れが出来た。

 「ありがとう、おかげで助かったわ。

  私はブランシュール、ブランシュール・ミストン・ド・アトラビレール。

  あなたは?」

 「俺はルーエイ、あんた貴族か」

 手を差し出したブランシュールに、握手しようと何気なく腕を動かした時、彼女の横にいたもう一人の女性が、鋭い

 視線と素速い動きでその前に割って入った。

 「無礼だぞ、貴様」

 レディの前で跪かぬまま手を取ろうとした事を非難された。


 「いいのよ、リリアール。

  ルーエイは恩人よ、ご挨拶しないなんてこっちが無礼だわ。

  紹介するね、こっちがリリアールで、御者がヴィヴールズ、ヴィヴって呼ぶの」

 ブランシュールは、屈託のない笑顔で同伴している二人を紹介した。

 この、目つきのよろしくない二人の男女は、ブランシュールの護衛役だった。

 両者共に黒めの地味な色の服装で、常に腰に下げた剣を手放さない。


 ヴィヴールズ・バグノード・ド・ブリカブラックは、ブリカブラック伯爵家の三男で23歳。

 黒い長めの髪と切れ長の目が特徴の男で、馬車が動き出した後も、ずっと御者席からルーエイを警戒し続けている。

 リリアール・シュシュラン・トルブラントは22歳。

 こちらも黒いセミロングの髪をした、目つきの鋭い女性だが、よくよく見ると愛らしい顔立ちをしている。


 馬車は4人掛けの屋根付きコーチで、荷物もそれほど多くは積んでいないので、せいぜい気分転換程度の小旅行か。

 アトラビレール伯爵家の16歳の令嬢の護衛が僅か二人なのも、そのせいなのだろう。

 ルーエイは、そう思いながらブランシュールの説明を聞いていた。


 「リリアールとヴィヴは、どっちも元は近衛師団の兵士だったのよ。

  それも予備役の」

 「予備役か・・・、それってあれだろ、要するに暇な奴」

 「そんな事ないわよ、なんて言ったっけ・・・、ねぇリリアール」

 「B集団よ」

 「Bってなんだ?」

 「予備役には2種類あって、通常の補充、増援用の兵士がA集団。

  B集団は独立運用される特殊部隊の事よ。

  予備役全体の1パーセントにも満たないから、普通は誰も知らないけどね」

 「へえ〜」

 「そうなのよ。

  そこからお父様がスカウトして、私専属の護衛に付けてくれたの」


 こうした事は、貴族の世界では珍しくはないらしい。

 諸事情により、親元を離れて暮らす年頃の娘を持つ貴族は、必ずと言っていいほど挙って護衛を付ける。

 一般的には配下の騎士などを当てるのだが、それが叶わない場合には軍人を雇う事がしばしばある。

 元近衛師団ともなれば、元国軍や元領兵よりもランクが高いのはもちろん、身元が明確なだけに雇う側の安心材料と

 しても申し分ない。

 それも、特殊部隊に所属していた上にまだ若いとくれば、これ以上の適役は中々見つけられないだろう。

 この二人の護衛は、恐らく十代の頃から軍で鍛え上げられた、叩き上げの兵士に違いない。

 おてんば娘のお守り役では、役不足も甚だしい。


 そのおてんば娘が、二人の護衛だけを付けてどこへ行こうとしているのか、ルーエイならずとも興味が湧く。

 親子ゲンカでもして家出の途中・・・、という訳でもないのは、彼女の明るい表情を見れば分かる。

 「で、あんた等はどこに行く気なんだ」

 「とりあえずは、スパラクスかな」

 「なんか、意外と適当だな」


 ブランシュールの旅の目的は、有り体に言えば将来の嫁ぎ先、婿探し。

 貴族の子女には、桃夭とうようになると例外なく縁談の話が持ち上がる。

 彼女にも、ご多分に漏れず幾つもの求婚があったが、どれもこれも政略結婚の臭いが漂い、積極的に取り組むような

 気分には到底なれなかった。

 彼女は意を決して、ならば自力で結婚相手を探し出そうと、時間を見つけては各地方を回っていたのだった。

 今回の旅もその一環で、特に目的地を決めていないのはそのせいだった。

 比較的自由度の高い、長子でないが故に許されるわがままである。

 宮廷の社交界で探せばいいものを、わざわざ地方都市を巡るとは、彼女は相当に頑固者か芯のしっかりした女性かの

 どちらかだろう。

 或いは、それを理由にして、ただ単に見知らぬ土地を冒険してみたいだけなのかも知れない。


 「じゃあ、ルーエイはどこへ行くの?」

 「別に、俺も決めてねえ。

  この季節、北に行った方が涼しいんじゃねえかってね」

 「仕事はしてないの?」

 「今はな」

 「その前は?」

 「旅芸人してた」

 「どんな芸?、なにが出来るの?」

 「軽業とかかな」

 「見せて見せて」

 「そのうちな」


 ブランシュールは、この風来坊に甚く探求心をくすぐられ、緑の瞳を爛々と輝かせて矢継ぎ早に質問を投げかけた。

 生来から、好奇心の旺盛な性格なのだろう。

 天真爛漫な彼女は、こうした今まで機会のなかった怪しい庶民に出会っても、疑ってみるという事を知らない。

 座席に座るもう一人、リリアールは、このいかがわしい流れ者を鋭い目つきでじっと見続けていた。


 ☆


 おてんば令嬢と無愛想護衛達に便乗した旅は順調に進み、二日後にはラルグ伯爵領の領境に差しかかっていた。

 領境の峠道は、街道であっても道幅が狭く、山を越えてしまうまで人家はない。


 長閑で呑気な雰囲気が一変したのは、もうすぐ峠の頂上に辿り着こうかという辺りだった。

 反対車線を、一頭の馬が猛り狂ったように暴走しながら、一行の馬車の脇を掠め、緩い坂道を下って行った。

 馬はハーネス一式を装着した状態のままだったので、馬車を牽いている途中で何かトラブルが発生したものと分かる。

 御者席のヴィヴールズは、即座に腰の剣に手をかけて警戒態勢に入った。


 数分後、一人の男がこっちへ向かって走ってきた。

 先程逃げた馬を追いかけてきたのだろうか。

 いや、違う。

 男は右手に剣を持っている。

 その身なりを見て、ルーエイはすぐに察した。

 「山賊か」


 護衛達の動きは素速かった。

 山賊が剣を振り上げるのを見定めると、ヴィヴールズは御者席から飛び降り、有無を言わせず男に斬りかかった。

 一撃で仕留めてしまったその剣捌きと身のこなしは、さすがは特殊部隊かと唸らせる。

 更には、リリアールがサッと客室を飛び出し、空いた御者席に位置取ると、手綱を握って馬車を制御する。

 全くコミュニケーションせずとも、完璧に連携が取れている。


 だが、山賊が一人だけで襲撃するはずがない。

 少し進むと、その先には馬のいない一台の荷馬車と、賊の仲間が続々と視界に入ってきた。

 路上には、荷馬車の主と思われる男の亡骸が横たわっている。

 賊は7、8人だろうか、一斉にこちらに向かって襲いかかってきた。

 リリアールも剣を抜いて立ち向かう。


 馬車の中のブランシュールは、はしゃぐように窓の外を覗き込んでいた。

 腕の確かな二人を完全に信頼し切っているようで、山賊の出現にも全く狼狽える気配がない。

 「よし、私も参加しなきゃ」

 シートの足元に格納してあった剣を取り出した彼女を見て、慌てたルーエイが止める。

 「おいおいよせよ、あんたが出たって足手纏いだって」

 「大丈夫、私だって二人に剣の特訓受けてるのよ。

  邪魔になんかならないわ」

 「んな訳あるか」


 そうこうしているうち、道の脇の山の斜面から更に数人の賊が加勢して下りてきて、馬車に向かってきた。

 「こりゃ多勢に無勢かな」

 「やっぱり私も行かなきゃ」

 「あんたはいいって。

  俺が行くから、あんたはこっから出るな」

 逸るブランシュールを諫めて、ルーエイは自分の刀を手に馬車を降りた。


 彼にとって、数人の山賊を蹴散らすなど朝飯前だ。

 邪眼を使う必要もない。

 魔剣に魔力を注ぐ必要もない。

 曲芸のつもりで普通の刀として振るってやるだけで、たちどころに片付けてしまう。


 彼が加勢組の全員を始末した頃には、二人の護衛も襲撃を退けていた。

 馬車のドアを開けて、興奮したブランシュールが飛び出した。

 「凄い!、凄いよルーエイ!、あっという間にやっつけた。

  ヴィヴより強いかも。

  ねえ、どこで訓練したの?、どこの軍隊?」

 彼女は、彼の手を取りながら飛び跳ねて喜び、その高い能力を絶賛する。

 馬車に戻った二人の護衛も、その鮮やか過ぎる仕事振りに驚き、腕前を認めざるを得なかった。


 この時、ヴィヴールズは、山賊の一人を殺さずに連れ帰っていた。

 彼は、山賊に、襲った動機や仲間の数などを問い詰めた。

 この先、更なる襲撃がないかを確認するためである。

 生かしておいたと言っても、剣で腹を貫通するほど深く突き刺したので、賊は瀕死の重傷で、まともに答えられよう

 はずもなく、痛みに呻くだけだった。

 そこで、ルーエイが邪眼を使って無理矢理しゃべらせた。


 それによれば、山賊達は、元々別の山を根城にしていたという。

 半年ほど前から、どこからかやってきた盗賊一味が勝手に暴れ始めるようになって、縄張りを巡って抗争になった。

 盗賊の中には外国人も混ざっていて、異常なほど強かった。

 結局、敗退した山賊達はこの峠まで逃れてきて、ここで仕事を働くようになった。

 賊は、そこまで語って息絶えた。


 リリアールが、ブランシュールに意思を確かめる。

 「どうするお嬢、このまま進めば盗賊に襲われる可能性もあるわよ。

  それでも行く?」

 「行くわよ、もちろん。

  こんな所で引き返してらんない、せっかく来たんだもん。

  何がなんでもスパラクスまでは行くわ」


 やれやれ、とんだじゃじゃ馬ちゃんだ。


                                             続



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