終局
14 終局
ヴィスラール・トルスガランは、このガルソンヌ王国で生まれたが、幼い頃に両親と共に外国へ引っ越した。
そこで成長し、聖職者への道を歩み始め、21歳で助祭となった。
助祭として赴任した教会で、彼は他の者と等しく普通に真面目に精力的に職務に当たっていたのだが、ふとした事が
きっかけで、そこの教区で出会った町娘に恋をしてしまう。
許されない事とは知りながらも、湧き上がる感情を抑えられなくなって、いつしか二人は恋仲になり、密かに逢瀬を
重ねるに至る。
後ろめたさは感じつつも、その時の彼は幸せだった。
教義に背く行為は彼を悩ませ続け、そこから逃れられない運命の無慈悲さを嘆く日々が続いた。
そして、二人の関係が町で噂になり始め、禁忌が知られそうになったある夜、夢の中で誰かの声を聞く。
その言葉に従い、彼は、彼女を魔女だとして告発した。
魔女裁判では、現役助祭である彼の証言は、たとえでっちあげであっても大きな力を発揮する。
裁判の末、無実の彼女は魔女として焚刑に処された。
我が身可愛さに保身に走って恋人を死刑台へ送ってしまった彼は、30歳で司祭となって別の教会へ赴任した頃には、
もはや我欲を抑制する術すらも失ってしまうほどに堕落していた。
良心の呵責に耐えきれず、自分を正当化する事のみに傾注するあまり、自分は特別な存在なのだと思い込み納得する。
それは、悪魔の如き所業に走る萌芽となった。
気に入った町娘がいれば節操なく手籠めにし、色情に溺れ淫蕩の限りを尽くし続けた。
挙げ句、郊外の古い廃屋の中に神殿を設え、そこで毎夜女達を侍らせてはサバトの如き貪淫の宴を繰り返した。
不審に思った町の住人の告発で教会が調査に乗り出すと、彼はあっさりと女達を捨てて町を離れた。
発見した時、既に女達は悪魔の餌食となっていた。
これにより、彼は悪魔と契約した魔女として指名手配される。
幾多の国を放浪しながら、以前から興味を持っていた魔術に深く傾倒していく過程で、周囲から悪魔の園と呼ばれる
ゾルクロース帝国南部のクラッパーバインバルトという森林地帯で修行を積み、魔術に開眼する。
とある国で、廃墟と化した古代の邪教の神殿に住み着いた彼は、この時既に悪魔となんらかの契約をしていたものと
みられ、そこで様々な悪魔から魔術を伝授され、その力と悪魔を使い、邪宗にのめり込んで町娘達を誘拐しては毎夜
淫欲の儀式に耽り、差し詰め邪教の教祖の如く振る舞った。
彼は、各地にいる貴族達の心の中にある欲望につけ込み、悪魔崇拝への道を教唆し、令嬢達をその毒牙にかけた。
このような事を繰り返すうちに、胡散臭いながらも魔術師として一部の人々から認知されるようになると、その類い
希な力を利用しようとする者が現れ始める。
そういう者達は、事が希望通りに運んでいるうちは色々と持ち上げてくれるのだが、悪巧みが表面化しそうになると
決まって手の平を返すように彼一人のせいにしてしまうので、常に身を潜める場所を確保し続けねばならなかった。
そこに目を付けたのが、エーグレファン伯ロスリーだった。
ロスリーは、彼に隠れ処を提供し身の安全を保証する代わりに、自分の計画の邪魔になる者を暗殺して貰おうと企て
ていた。
悪魔の魔力のせいなのか、年老いた今でもヴィスラールの精力は絶倫で、この一年余りの間に犠牲になった少女達は
十数人に上る。
☆
アザゼルが立ち去ると、渓谷の周辺には幾らか落ち着きが戻ってきた。
後は魔術師ヴィスラールを倒すだけだ。
召喚した悪魔を全て排除された彼に、反撃の秘策は残されているだろうか。
森外れの木陰で、様子を窺っていたベルエール達が出てきた。
「あの強力な悪魔はなんだ」
「あれがアザゼルだよ、名前くらいは知ってんだろ」
「アザゼルだと?」
「本物の堕天使だ、俺も初めて見た」
「あんなのを人間がどうにか出来るのか、エクソシストでも敵うかどうか・・・」
「確かにな。
でも、悪魔だって無敵じゃねえよ。
奴等は強力な魔力を持ってるが、必ず弱点も持ってるもんさ。
絶対倒せねえって訳じゃねえよ」
ベルエールは、初めて見た上級悪魔に相当なショックを受けているようだった。
ルーエイの根拠のない解説も、安心感を得る材料にはならなかった。
それは、ルルートもタミヤも、その場にいる全員が感じている事でもあった。
ルーエイだけが、邪眼の力を持つ彼だけが対等に戦えた。
彼の持つ力とはそこまで超越したものだったのかと、つくづく思わされた。
ともかくも、その悪魔の脅威は消え去った。
ルーエイは、ベルエールの横にいるアリーゼに水を向けてやった。
「後はじじいだけだ。
悪魔を操ってあんたの仲間を皆殺しにした張本人だ、好きにしていいぜ」
「いいのか、私で」
横に立つベルエールに許可を求めたアリーゼを、彼の言葉が後押しした。
「構わねぇ、勝手にしろ」
アリーゼは、剣を持つ手に力を込めて、渓谷の奧へ入って行った・・・。
☆
エイドロンの壊滅で、カンブルース公は、エーグレファン伯に対する討伐を考え直さねばならなくなった。
一方のエーグレファン伯も、頼りにしていた魔術師ヴィスラールの死により当初計画が破綻し、一旦の仕切り直しを
余儀なくされる。
その間隙を突き、サンソワン侯シトルーユは、極秘裏に軍務尚書のクランカン侯に働きかけ、予定されていた国軍の
定期訓練遠征のスケジュールを変更させ、仲違いするカンブルース公とエーグレファン伯の牽制に動かした。
彼等の領兵軍が直接対峙する危険を回避するよう手配したのだ。
これにより、内戦に突入するリスクを一応は回避出来たものの、カンブルース公のエーグレファン伯に対する怒りが
収まるはずもなく、公爵は強権を発動させて伯爵を国家反逆罪の罪状で告発、近衛師団に逮捕させ投獄させた。
エーグレファン伯ロスリーは公爵も国家転覆を謀った同罪だと主張したが、共謀した事実がないため身分を弁えない
造反者の遁辞とされ、誰からも一顧だにされなかった。
ロスリーの主張は事実を捉えてはいたが、物的証拠はどこにもない。
カンブルース公に皇太子暗殺の具体的な計画があったのを知っているのは、ごくごく一部の者だけである。
シトルーユもその中の一人ではあったが、彼はそれを白日の下に曝そうとは思わなかった。
彼の腹心、フランバールは、その思惑を察しつつ今後の推移を展望した。
「カンブルース公は思い切った手を打ちましたね、エーグレファン伯を告発したら自分にも火の粉がかかる危険性も
あるというのに」
「彼は自分が逮捕されるかも知れないなどとは露ほども考えていないさ。
それが決定的な身分の差というものだよ、こればかりはどうしようもない。
仮に公爵が悪辣非道な殺人犯だったとしても、それのみを以て罪に問うのは難しい。
事前に周到に脇を固めて段取りを踏んでからでないと、幾らでも逃げ道を作られてしまうからね」
「これで、殿下暗殺の危機は遠のいたと考えて良いのでしょうか」
「悪魔を使うという先代の計画が頓挫して以来、カンブルースには有効な手立てが見つけられないでいたからな。
それに、私が既に彼の目論見を看破した事も察しているだろうから、闇雲にむやみな事はしないと思うよ。
私がジョーカーを握っている限りにおいては、好き勝手には動けないという事情もあるしね。
暫くは、ゆっくりコーヒーが飲めるさ」
「しかし、カンブルース公にはまだコートリュー伯領に軍を進駐させるというカードがあります。
フランジーヌ嬢が家督を継がれたとしても、強引に進駐を押し進める懸念は残りますが」
「その件なら、解決策は考えてあるよ。
クランカン侯に相談して、国軍の配備を進められないか検討中だ。
駄目なら近衛の演習地を作るという手もある」
「それは、幾らなんでも公爵が納得されないと思いますが・・」
「構わない。
彼には口出しさせないし、出来ないようにする方法を私は知っている」
「なんですか、それは」
「フランジーヌ嬢には私に嫁いで貰う。
最高の手だとは思わないかい」
死亡したコートリュー伯爵の一人娘だったフランジーヌがサンソワン侯爵家に嫁ぐとなれば、両家は姻戚関係となり、
実質的に伯爵領は侯爵家の支配下に入る。
これは、カンブルース公爵家傘下からの脱却を意味し、公爵は不用意に干渉する事が出来なくなる。
加えて、公爵家に対する上納金の減額にもなる上に、延いては王宮での権力の低下、宮廷での影響力の後退にも直結
する。
フランジーヌの生命、財産を保護する観点からも絶好の手段であり、一挙両得、一石二鳥の逆転本塁打となる。
「閣下もお人が悪い。
おめでとうございます、祝意を述べさせていただきます」
「まだ何も決まってはいないけどね」
「ですが、そうならそうと、もっとお早く仰っていただきませんと困ります」
「そうかい?
色々バタバタしていたからね、君に先を越されまいかと気が気でならなかったよ」
「私ですか?」
「そう。
君の方が歳も近いし、彼女の良人として相応しいとは思っていたんだが、段々私の方が情が湧いてきてしまってね。
考えれば考えるほど他の名案が浮かばなくなってしまって、ならばいっそと思うに至った。
最終決定権は彼女にあるから、それまでは我々はライバルだよ」
「私如きなぞ、それこそ身分が違い過ぎますよ。
畏れ多くて言葉もまともに交わせないような有り様でしたので、慎んで辞退させていただきます。
閣下にこそ相応しいと考えます」
「彼女が決める事だよ」
フランバール・ド・アンサンシュール男爵は、元々は貴族ではない。
彼の父親がサンソワン侯爵家に仕える騎士だった関係で、シトルーユとは幼い頃からの知り合いで竹馬の友である。
二人は、侯爵家の敷地内で常に一緒に遊び、一緒に勉強した。
その頃から既に才覚の片鱗を見せ始めており、シトルーユの勉強につき合っているうちにどんどんと学力を向上させ、
貴族と同等の教養を身につけ、最後には家庭教師も舌を巻くほどだった。
前回の戦争で父親が戦死した時、彼は11歳だった。
侯爵家は彼を養子にしようと考えたが、彼は父の姓であるアンサンシュールの名に拘って申し出を拝辞した。
その後、シトルーユの従者として仕えて主人を支え続け、シトルーユが21歳で侯爵家の家督を相続する際、同時に
彼もそれまでの功績が認められて男爵号を賜ったという経緯を持つ。
「では、早急にご結納の準備に入ってよろしいでしょうか」
「プロポーズには、いつ行ったらいいと思う?」
「それは閣下がお決めになる事です」
了
書いている時はそれなりに楽しかったのに、いざ書き終えて読み返してみると実につまらない。
まあ、わざと端折って書いたせいもあるのでしょうが、なんとも奥行きのない薄っぺらな作品になりました。
これではまるでただの粗筋だ。
おまけに、元々三部作で完結のはずが、入れる予定のエピソードが話の流れではじき出されて書けず終いになってしまいました。
これは補完の意味でもう一部書かなきゃならないかなぁと思っているのですが、具体的にはまだ何も考えておりません。
いつか、ストーリーが出来上がれば、書ける機会も訪れるでしょう。
最後に、エミナンス・グリーズのメンバー6人の名前(コードネーム)について、その由来を記しておきます。
ルーエイ(Roué)は、フランス語のずる賢い人、悪辣な人、したたか者という意味です。
フランス語の発音ではルウェーと読むのですが、英語の辞書ではルーエイと発音する表記になっており、意味も放蕩者、
道楽者と少しニュアンスが変わっています。
そこから、彼は外国生まれの異国人との設定が生まれました。(本編には書いてませんが・・・)
ちなみに、アクサンのないRoue(ルー)は車輪という意味になります。
ベルエール(Belluaire)はフランス語で猛獣と戦う剣闘士、猛獣使い。
ベリュエールの方が本来の発音に近いです。
フィンク(Fink)はドイツ語でアトリ科の鳥。
また、英語ではスパイ、密告者、嫌な奴という意味があり、つまりは彼女も外国人です。
タミヤ(Tamia)はフランス語でシマリス。
ルルート(Louloutte)はフランス語で可愛い子。
アルファン(Harfang)はフランス語のシロフクロウです。




