戦端かく開かれり
11 戦端かく開かれり
サンソワン侯シトルーユからの文により、自分の身辺で相次いだ不幸な出来事の全てはエーグレファン伯ロスリーの
差し金だった事を知ったカンブルース公ベリトルは、本格的にエーグレファン伯への制裁へ向け動き出した。
それを知ってか知らずか、ロスリーは次なる行動を起こそうとしていた。
彼にとっても、トゥルネブーレ公デニュエの逮捕は意表を衝かれる出来事だった。
デニュエがラサント皇太子の暗殺を企図していたとは知る由もなく、彼の計画の中にはデニュエの存在など無いにも
等しいものだった。
ファンファロン子爵シュノークには、宮廷内での勢力図の把握と個々の貴族達の弱味を握るため、積極的に社交界へ
参入して情報を入手してくれる事を期待していた。
とりわけ、カンブルース公の傘下にある貴族達に関する情報収集を優先させていたはずだったが、そこへデニュエの
名前が出てきたという事は、これまで言われてきた両者の関係性に疑問を持つ余地が示唆される。
報道では、女性を巡っての三角関係の縺れと報じられているものの、果たしてそれだけなのだろうか。
確認しようにも、そのシュノークが殺害されてしまった今となってはどうにもならない。
日記をつけたり記録を残すような性格の男ではなかったので、全ては闇の中だ。
彼は、カンブルース公の関与を疑いつつも、目下の標的である公爵の権力低下を目指す工作を続行する決意に変更を
加えるつもりはない。
反国王派を一手に束ねる公爵の力を削いだ上で、見方につければ御の字だし、逆らうようなら潰してしまえばいい。
弟を暗殺し、妹の不倫を利用して愛人を自殺を装って殺害し、共に社交界から葬り去る事には成功した。
現在は、公爵を支持し追従する貴族達の切り崩しへ向けた下準備を着々と進めている。
それがある程度実を結んだところで交渉するもよし、或いは息子を始末すれば交渉に乗ってこざるを得なくなる。
いずれにしろ、まずは自分が公爵よりも優位に立つための方策を前に進めるのが肝要だ。
より早く下克上を実現した方が官軍となり、大義名分を得て世間から支持されるのが歴史の常ならば、賊軍となるは
断じて避けねばならない。
ただ、それに気付いた公爵が先に領兵を動かしてしまったら、話は厄介な事になる。
最悪の場合、内戦状態に陥ったとしても、自分の方が先に王都を確保するのは物理的に難しい。
そうなる前に、少しでも自分の自治軍を王都に近い位置まで進軍させておきたいのだが、理由もなしに他の伯爵領へ
軍を入れてしまうと、すぐに周りから疑惑の目で見られてしまう。
考えた彼は、オーバン・セレラート一味の盗賊、カヴェルン・ブルーにひと働きして貰う事にした。
彼等をソングクルー伯領との領境付近で好き放題に仕事をさせ、その討伐の名目で自治軍を出動させて領の境界線に
展開すれば、自然な形で第一歩を踏み出せる。
ソングクルー伯の領地は、自治軍が王都へ向かって進軍する際にまず最初に通過せねばならない土地であり、そこに
事前に駐留させる事が出来れば、相当な時間の短縮にもなる。
領主のアルナークは舎弟のような者なので、下手な細工をせずとも駐留を要請して拒否される事にはならいだろうが、
世間体を考慮するならそれ相応の口実は必要だ。
☆
オーバンは、ロスリーの期待に違わぬ働きをした。
街道上で行商人や旅行者を襲ったり、付近の村で盗みや殺しを連日繰り返して地域住民を恐怖に陥れた。
巻き添えや波及を恐れた外部の人々はたちまちその周辺へは寄り付かなくなり、住民達は半ば孤立に近い状態にまで
追い込まれてしまった。
そんなところへ、どこからか盗賊一味に対抗する者達が現れた。
蹂躙に耐えかねた住民達が用心棒でも雇ったか。
全身を黒い防護服で揃えたその者達は、かなり訓練された武装集団のようで、一味はこれまでに二度遭遇して二人の
仲間を殺された。
一味に動揺が広がる中で、ロスリーはその状況を利用し、オーバンに一気にソングクルー伯領まで活動範囲を広げる
よう指示した。
盗賊集団カヴェルン・ブルーは新天地へ移動し、息を吹き返したように暴れ回る。
村々を襲い、殺し、奪い、犯し、暴虐の限りを尽くした。
ところが、またしても黒い武装集団が現れて、彼等の前に立ちはだかったのだった。
武装集団は、特定の村を守るような行動はせず、一味だけを追い続けていた。
更に一人の仲間を失った一味に対し、次にロスリーが取った行動は、盗賊討伐を旗印に自治軍を伯領内へ進軍させる
事だった。
この知らせは、被害で散々な目に遭っていた村々では大いに歓迎された。
その一方で、都市部ではそれほど一様に肯定された訳ではなかった。
ソングクルー伯が自前の領兵を使わず、エーグレファン伯の自治軍に討伐を任せた事に、不満を持つ市民が多かった
からだ。
我が領地で発生した不祥事なのだから責任を持つのは当然、としたエーグレファン伯の言葉に一定の理解を示す者も
いない訳ではなかったが、進入した自治軍がある村外れに前線司令部を設置すると、長期駐留を警戒した近隣の都市
フラスクでは市民が抗議デモを起こすに至った。
デモは、軍の撤退を要求する抗議運動として始めたはずが、一部が暴徒化して焼き討ちや略奪行為に発展してしまう。
暴徒化したのは数百人程度だったので、自治軍が制圧の動きを見せると自然に収まり、一度は沈静化するかに見えた。
翌日、再び発生した散発的な暴動は、今度は郊外の農村部にまで拡大する事になった。
この農民による暴動には布石があって、新領主となったアルナークが1ヶ月前に木製農機具に課税する新たな政策を
発表していた事が下地になっている。
木製よりも作業効率のよい金属製農機具への転換を促進するための措置だったのだが、多くの農民は金属製は高くて
買えないという事情があり、そこへの配慮のない政策に対する不満が鬱積していたのである。
結果は、市民の期待とは真逆に、自治軍が暴動鎮圧の建前で更に進軍し、勢力範囲を広げる事となったのであった。
☆
盗賊一味は、自治軍がソングクルー伯領内へ進軍した後は速やかに戦場から離脱するというのが当初の計画であった。
だがしかし、現場は多くの場所で混乱していて、簡単には離脱出来ない状況になっていた。
自治軍側には非武装で無抵抗の現地住民以外は強制排除して構わないという通達が出されていたので、一味の中には
その自治軍によって討伐される者まで現れた。
両者は、共にロスリーの命令で動いているはずだった。
少なくとも、盗賊一味のボス、オーバン・セレラートはそう考えていた。
にも関わらず、味方を殺すとは何事かと怒りを露わにした。
実は、自治軍の方には事前に何の情報も知らされておらず、同一の主君に仕える味方、同朋という認識は全くない。
討伐すべき敵でしかなかったのである。
ようやく事態を把握したオーバンは、怒り狂ってロスリーへの殺意を剥き出しにした。
「あの小僧、俺達を嵌めやがった!」
「どうするよ、頭」
「決まってる、ロスリーの小僧に俺達を欺いた報いをくれてやる」
一味は、次第に狭められる包囲網に必死で抵抗しながら、突破口を探し求めて迷走し続けた。
次々に仲間を失っていく盗賊一味を執拗に追跡し、犯行と離脱の妨害行動をし続けていたのは自治軍だけではない。
極秘裏に入国していたゾルクロース帝国の国家保安警察特任隊がそこにいた。
彼等は、自国で指名手配された犯罪者達の実力での抹殺のために、素性を隠して密かに活動を続けていた。
住民達には非常に頼もしい存在ではあったのだが、どこの誰かも分からぬ者達が現地にいる事は、自治軍にとっては
全くの想定外であり由々しき事でもあった。
当然のように、彼等もまた自治軍の排除対象として追われる事になり、活動は徐々に困難になりつつあった。
現地では、盗賊一味と自治軍、特任隊がそれぞれに争う形になるものの、自治軍の持つ戦力的優位は比較にもならず、
三つ巴の構図が鮮明に表に出る事にはならなかった。
それでも、特任隊は一味を追い続けた。
隊員の中には度重なる戦闘で負傷した者もいたが、指名手配犯を抹殺するまでは任務を放棄する訳にはいかなかった。
たとえ途中で死亡しても、彼等がそこに存在した証拠を残す事は許されず、遺体は跡形もなく処分されねばならない。
彼等は、帝国の威信に懸けて覚悟の上で活動を続けていた。
一味との何度目かの遭遇戦の時だった。
そこに、通りがかりの自治軍の斥候部隊も入り混じって乱闘の様相を呈し、隊員達は包囲されて窮地に追い込まれた。
一人の隊員が自治軍兵士と格闘の末に押し倒され、最後の一撃を加えられそうになって死を覚悟した時、突如として
視界の外から一人の男が颯爽と現れ、兵士を斬って隊員を助け出した。
「よお、久し振り」
物陰に退避した男が、そう言いながら隊員が被っていたヘルメットとマスクを剥ぎ取ると、見るも鮮やかなプラチナ
ブロンドの長い髪がふわっと軽やかに現れる。
「ラーベちゃん」
男が金髪隊員に抱き付く。
「ゲッ、あ、あなたは!」
金髪隊員とは、もろちんラーベナース・フォン・クラングライヒであり、男はルーエイだった。
驚くラーベナース。
「な、なんであなたがここに?」
「なに言ってんだ、お前に会いに来たんだろ、わざわざ」
ルーエイは、手際よく彼女が身に着けている防具を外すと、躊躇なく黒い服の上からその下に備わるプラマンジェを
揉み揉みし始める。
まるで緊張感のない彼の行動に、ラーベナースは困惑した。
「ちょっとなんなんですかあなた。
なんでここにいるんですか」
「このぷにょぷにょが世の中から消えたら困る。
お前の体に何かあっちゃいけねえだろ、もう他人じゃねえんだし」
「な、なに勝手な事言ってるんですか。
私とあなたは他人です」
「なら、もっぺん嵌めるか?」
「おやや、見覚えのある顔がいる」
そこへ、カレンガウル・フェルツヴァイフェルトが退避してきた。
「なんでお前さんがここにいる」
「細かい話の前に、まずはここから脱出しようぜ。
こんな所にいつまでもいたら全員死んじまうぞ」
「なんでラーベの乳揉んでる」
「いやあ、なんか手が勝手に」
「なんでお前も黙って揉まれてんだ」
「わ、私は別に・・・」
顔を真っ赤にして、必死に否定の言葉を探す彼女が可愛い。
☆
国家保安警察の隊員は全部で6人いた。
そのうち二人が手と足にそれぞれ負傷して戦闘に参加出来ない状態だったため、実際は4人で戦っていた事になる。
合流したルーエイは、彼等を引き連れて自治軍の包囲網を突破して静かに戦線を離脱する。
途中、何度か自治軍の兵士に出会したが、瞳術で眠らせるなどして事無きを得た。
敵の目の届かぬ森の中まで逃避し、一段落着いたところで、隊長のフェリーデン・フォン・ブレンドヴェルクが彼に
質問した。
「なぜお前はここにいるんだ」
「嫁の乳を揉みにきた、傷でも付けられちゃ敵わんからな」
「よ、嫁じゃありません!」
「デカい声出すなよ、居場所がバレるぞ。
それから、俺の朝飯はフレンチトーストだ、黒パンは認めんからな」
「知りません」
ルーエイに便乗して、カレンガウルもラーベナースをいじる。
「へへ、身分違いの恋か、悲劇だねぇ〜」
「カ、カレンさんまで、変な事言わないで下さいよ。
関係ないですよ、こんなヤツ」
「そうか?、そいつは悪かったな。
お前のそういう顔を見るのが久々だったんで、つい面白くなっちまった」
フェリーデンが横に逸れた話を戻す。
「一人で来たのか」
「途中までは一緒のがいたんだが、別の用事があるんで別れた。
あんた等がまだいるって事は、指名手配の奴等はまだ生きてんだな」
「ああ、まだ生きている。
何人かは成敗したが、しぶとい奴等だ」
「もう放っといていいんじゃねえの?、後は全部軍隊がやってくれるって」
「それでは確実な死亡が確認出来ん。
他力本願で済むなら、わざわざこのような危険は冒しておらぬ」
「律儀な連中だな。
そこまで言うんじゃ、奴等もここから脱出したみたいだし、追っかけるとするか」
「どこへ向かったのか分かっているのか」
「恐らく、伯爵の所だろうな」
ルーエイは、エーグレファン伯と盗賊の関係を説明してやった。
「つまり、奴等は伯爵に利用されていただけだっのか」
「平たく言えばそうかな。
実は、あいつ等の動きはウチの仲間がずっと追跡しててね、筒抜けだった」
「なぜそんな事を」
「伯爵が良からぬ事を企んでるらしくって、それを調べるついでだ。
意外と悪者なんだってよ、よく知らんけど。
こっちの伯爵の領地に軍を進めたのも、その悪巧みの一環らしいぜ」
「盗賊は使い捨てにされた恨みを晴らすつもりなんだな」
「だろうな。
俺は賊がどう動くか見にきたんだが、仕事は終わったようなもんだ。
後は勝手にやられちゃってくれって感じだな」
「ならば、我々の利害とは相反しない訳だな」
「なんなら手を貸してもいいぜ、あんた等が望むんならな」
フェリーデンは、ルーエイと再会してからの一連の脱出劇の中で、彼の行動をつぶさに観察し、その動物的に鋭敏な
嗅覚と決断から実行に移すまでの素早さに感じ入っていた。
この男は只者ではない。
傭兵、特殊部隊、暗殺者・・・、およそ一般人の到達し得る戦闘における最高地点を超えていると思われる。
それがなければ、こんなにも穏やかに軍の包囲から抜け出す事は不可能だった。
「いいのか、頼んで」
「ラーベちゃん次第だな」
「な、なんで私が出てくるんですか」
「俺が望むものだから」
ラーベナースは、フェリーデンの説得を受け入れざるを得なかった。
現在の置かれた状況下では、この後も盗賊一味を追跡し、奴等を抹殺する任務を全うするには、ルーエイの助太刀が
どうしても必要だった。
この異国の地で、負傷した仲間を連れ、自治軍の追跡を逃れながらでは、助けを請える者は他にいない。
☆
ルーエイの先導で、どうにかエーグレファン伯の領地の方まで戻った隊員達は、とある村外れにある一軒の荒ら屋に
身を寄せた。
そこは、以前盗賊が荒らし回った村で、住民はどこかへ非難してしまったものと思われた。
「ここで夜明けまで休憩だな。
もうすぐ雨が降る」
呑気な提案をするルーエイに、カレンガウルが異論を呈す。
「いいんかよそれで、急がねぇと奴等が逃げちまうぞ」
「逃げやしねえよ、行き先は分かってんだ」
「どっちが先だよ、俺達が追いつくか、奴等が目的を果たすか」
「或いは、あんた等より先に別の連中に殺られるか」
「誰だそれは」
「あいつ等が行こうとしてんのは伯爵の屋敷だろ、警備の奴等に返り討ちにされるかもって事だよ」
「だったら尚更急ぐべきだろ」
「慌てる事はねえよ、まだまだ遠いんだぜ、その屋敷は。
その前に体を休めろ。
ここなら雨風を凌げるし食い物もありそうだ。
それにベッドもあるぞ、ラーベちゃん」
「わ、私に言わないで下さい」
「俺の勘に狂いがなけりゃ、あいつ等はそんなに遠く離れちゃいねえよ。
逃がしゃしねえって、俺の手からはな」
☆
翌日、焼き払われて無人と化した隣り村に辿り着いた彼等が見たものは、盗賊一味の残党の成れの果てだった。
8人全員が、これ以上ないくらいに切り刻まれて惨殺されていた。
そこには、親分のオーバンの他に、特任隊が追い続けていたアロガンツ・ガウケルビルトとクルムパート・ラウネの
姿もあった。
泥水を被って地面に横たわるそれらの遺体を見て、フェリーデン達は動揺した。
「これは一体・・・、誰の仕業だ」
一体、誰が彼等を始末したのか。
自治軍の仕業でないのは、その殺し方を見れば一目瞭然だ。
死体は皆、剣で斬られたのでも、刺し貫かれたのでもない。
鋭利な爪で深く切り裂き、骨を砕き、肉を噛み千切られている。
「獣・・・、じゃねぇよな。
飢えてた訳でもなさそうだし、ここがテリトリーって訳でもねぇだろうし・・・」
カレンガウルの観察は正しい。
飢えているなら肉は残らず食うだろうし、人の住む村をテリトリーにする野獣というのもあり得ない。
昨日の雨の夜、ここで何があったのか。
ルーエイは、現場に残された微かな気配を感じ取っていた。
「嫌な臭いがする・・・」
これは、悪魔の臭いだ。
続




