策動
10 策動
前代未聞のトゥルネブーレ公爵逮捕の報は世間を驚愕させ、瞬く間に国中を席巻した。
精神錯乱の末、恋敵と恋人を殺害するというショッキングな事件を引き起こした24歳の若き公爵は、同時に国王の
次男でもあったのだから注目を集めるのは尚更である。
国民は皆、その反応に多大なる関心を寄せたが、王室と政府はこの件に関して沈黙した。
宮廷内に広がる動揺は、巷が考えている以上に深刻だった。
トゥルネブーレ公支持者の多くは、同時に国王の現政権支持者でもあったからだ。
そのほとんどは、公爵が皇太子の暗殺を計画していた事を知らない。
グリヨン宮でその報に触れたサンソワン侯シトルーユは、これが次にどういう事態を引き起こすか考えた。
「これが、何かの引き金にならなければいいんだが」
「反国王派は、必然的にカンブルース公の元に集まらざるを得なくなりましたね」
「エーグレファンが派手な事をし始めたら、話はまた変わるだろうがね」
「元から、デニュエ閣下の求心力に疑問を持っている者は多かった。
私如きが評価するのも痴がましいが、人格者と呼ばれるべき人物とは程遠かったのは否定出来ない。
それでも、将来的に近衛師団長の座が約束されているとなれば、蜜に群がらんとタイミングを計っていた蟻の数は
更に多かったはずだ。
不幸だったのは、閣下の周囲には閣下の本心を理解しようとしない者達ばかりが集まった事だな」
「デニュエ閣下は何をそんなに焦ってしまわれたのでしょうか」
「恐らく、ご自身が簒奪者の汚名を着る事なく玉座に座るには、ラサント殿下が即位されてしまってからでは遅いと
考えたからなのではないかな。
カンブルースの提案に安易に乗ってしまったのも、そこに起因していると考えると合点もいく」
「やはり、トゥルネブーレ公爵家は滅亡でしょうか」
「そうだな、それは避けられないだろうな。
配偶者もいないし、国王陛下が名乗る事を許可されないだろう」
「カンブルース公は、この事態を予見していた感じがしますね」
「疎遠にしたのはそのせいだと」
「かも知れません」
「カンブルースにとっては、癪の種が一つ消えたのは確かだな。
動き易くなったと捉えると、次は何をするか」
「ルーエイの報告にあった、事件の一部始終を目撃した者が彼以外にもう一人いたというのが気になりますね」
「遺体の発見から逮捕までの時間が短過ぎる事を考えると、その者が通報した可能性もあり得るな」
「エイドロンでしょうか」
「そう理解するのが最も筋が通るな、デニュエ閣下を教唆したのかも知れんし。
となると、こっちもうかうかしてはいられんな。
フランジーヌ嬢の方は問題ないんだろうね」
「はい、前回の襲撃以降目立った動きはなく、周辺の状況も落ち着いているとの報告を受けています。
シュールミューロ曰く、あちらには元近衛の護衛兵が何名かいるようで、戦力的にも不足はないそうです」
「フィンクの方も滞りないね」
「はい、監視を続けています。
ルルートの方も、十分な情報はほぼ出揃ったかと」
「そうか。
では、次は君の出番だよ、フランバール」
☆
一方、プリムローズ宮では、カンブルース公ベリトルもまた、この事件の総括と今後の動向を占っていた。
デニュエの行動は予想外だったにせよ、自分の器と周囲の動静を見損なった未熟者の末路としては然るべき帰結だ。
犯行から逮捕に至る様子は、監視させていたエイドロンの隊員から報告を受けていた。
そこから、被害者の一人、ファンファロン子爵はラルグ伯の息子であり、そのラルグ伯はエーグレファン伯の配下で
あるという関係性が浮き彫りになった。
また、妹・シャテリーの不倫の相手だったトロンペリー男爵はソングクルー伯の甥に当たり、ソングクルー伯もまた
エーグレファン伯と昵懇の間柄にある。
ここへきて、彼もようやくエーグレファン伯の不穏な動きが鼻につき始めたと感じるに至った。
ただ、関心を寄せつつはあるも、それほど強い警戒感は抱かなかった。
伯爵が未だ中央政府に太いパイプを持っていないという事を知っていたからで、公爵や侯爵といった政治的影響力の
強い貴族との深いつき合いがない者に、不安要素や脅威などは少しも感じない。
政治の中枢である宮廷ではほぼ無名の者に、なにを戦く必要があろうか。
それよりも、ベリトルは、サンソワン潰しの方を先行させる決意を固めていた。
執務室に呼び出したエイドロンの隊長、ラファール・スフィレンを前に命令を下した。
「別に殺す必要はない、むしろ殺さないでおいた方がいい。
ちょっとばかり脅かして、心胆を寒からしめてやるだけでいいのさ。
そうすれば、ヤツは自ら政治の表舞台から降りるだろう。
曲がり形にもヴィシューズマンの武装組織を壊滅させるだけの能力を持った部隊が付いているから、手を抜いては
いけないよ。
早々にヤツを若隠居させてやれ」
☆
サンソワン侯襲撃命令を発令した翌日、ベリトルの執務室へ、執事から一つの報告が届けられた。
悪徳闇商人、ペグル・ランソーが逮捕されたのだ。
報告によると、その日の朝方、王都のパルシャリテ通りにて警察に拘束されたという。
逮捕の理由は、禁制の薬物を所持し違法に売買した容疑との事だそうだが、叩けば幾らでも埃の出るような男である、
すぐには釈放も保釈も考え辛い。
その人脈からベリトル自身へ捜査の手が伸びる可能性も捨て切れず、これ以上の関与は控えるべきだ。
「あの愚か者め」
報を受けたベリトルは、眉を顰め眉間に皺を寄せた。
これでは、フランジーヌ嬢を拉致する利点が半減してしまう。
一足飛びに殺してしまう方が遥かに楽だ。
彼は、昨日エイドロンに出した命令を一旦中止、棚上げし、フランジーヌ嬢の抹殺とどちらを優先すべきか考え直す
事にした。
その数時間後、彼を震撼させる衝撃的事実を告げに、予期せぬ来訪者が現れる。
「旦那様、アンサンシュール男爵フランバール卿がお目通りを求めておられます。
お会いになられますか」
「アンサンシュールだと?
サンソワンの腰巾着ではないか、なぜにそんな男が・・・」
部屋へ通され、しかつめらしく慇懃に挨拶したフランバールに、ベリトルはいつもの尊大な態度で応じる。
二人の間に微妙な緊張感が漂う。
「卿とは、先月王宮で目にして以来だったかな」
「お覚えおきいただき恭悦にございます、閣下」
「阿諛はよせ。
それより、今日は何用あって来られたのかな。
ここで卿と政策論争をする時間的な余裕はないと、先に伝えておこう」
「我が主よりの文を携えて参りました、こちらにございます」
「文?」
受け取った手紙を読み進むうち、ベリトルの血相が、目の色が、形相が、みるみる変わっていった。
手を小刻みに震わせながら、上擦った声で持参した敵陣営の若者に尋ねる。
「こ、これは誠か・・・、真実なのか、事実なのか・・・、はっきりと申せ!」
「お言葉ながら、愚輩は内容を承知しておりませんので、そのご質問にはお答え致しかねます」
「オーレリは、私の弟の死は、エーグレファン伯爵の手の者による暗殺だと書いてある。
これは誠かと聞いておる!」
「文面の通りとご理解いただいて差し支えないものと存じます」
「暗殺と明記してあるのだぞ、証拠はあるのか」
「物的な物はございませんが、エーグレファン卿は地元の盗賊にあれこれ仕事を世話している事実がございます。
フランガル卿がご不幸に見舞われました同時期にも、その一味が宮廷の中にいた事が確認されております。
盗賊が身分を詐称して宮廷に入城し、事故の直後に姿を消した事を鑑みますれば、他に理由はないものと考えます」
「盗賊だと・・・、愚劣な。
更には、コーシュマル公爵の事故死までもが同様の者達による暗殺であり、延いてはトロンペリー男爵の自殺にも
関与が疑われるとある。
これらもその盗賊の仕業なのか、それが事実なら・・・」
「閣下に対するご不敬も甚だしいかと」
「私に対する挑戦だとでも言いたいのか。
エーグレファン卿とは面識もなければ恨みを買う覚えもないが」
「不肖なる身なれば、お答えは憚られます。
ただ、今年に入ってからの鉄材の流通価格の変動に関しまして、ご留意なさいます事を申し添えたく存じます」
「鉄材・・・、なるほどな。
春先から金属類の値が上昇傾向にあるのは承知している。
彼奴は権威に拠らず、経済面での影響力の増大を図っているという事か。
かの地の事情ならば、それを可能ならしめるだけの資源も野心もあると言いたいのか・・・。
サンソワン侯の情報力もたいしたものだな。
予てより隅に置けぬとは思っていたが、それでは侯に失礼に当たるのかな。
これからはいつも真ん中に置くとしよう」
「お褒めに与り感謝申し上げます、そのように伝えます」
弟の死について、ずっと暗殺を疑っていたベリトルに、遂に具体的な犯人の情報が寄せられた。
しかも、それが脅威ではないと断じたはずのエーグレファン伯の指示による小細工だったという信じ難い内容に加え、
ネタ元が国王支持派のサンソワン侯という皮肉。
彼の心中や如何ばかりか。
「なぜ、これを私に知らせる。
私に彼奴を掣肘しろとでも言いたいのか」
「お怒りはごもっともなれど、我が主は国王陛下の臣下たるに相応しからぬ振る舞いをする者を正さんがために日々
邁進しているのみにてございますれば、公爵閣下の方に於かれましても、ご必要かと思われる事案につきましては
お耳に入れ申し上げ奉る事をなんら厭うものではございません」
フランバールの辛辣な当て擦りは、ベリトルの機嫌を逆撫でするには十二分な効果を発揮したが、続けた次の言葉で、
その怒りを向けるべきは別方向にあると暗示した。
「なお、Cの自殺を偽装した暗殺とFの拉致未遂、及びその陰で暗躍する奴隷商人の存在につきましても、その経緯と
犯人像に関する情報提供の用意がございます事を付け加えさせていただきます」
☆
グリヨン宮に戻ったフランバールを、シトルーユは笑顔で迎え入れた。
「どうだったね、カンブルースの反応は」
「緊張しましたよ、もう二度と帰ってこられないかと思いました」
「彼もそこまで愚かではないよ。
私にとっては大きな損失になるが、彼には何の得にもならないからね。
伝えるべきは伝えてくれたんだろ」
「はい、目的は達せられたと思います」
「ならば結構。
これで、彼も我々に容易には手出し出来ないと理解したはずだ」
「しかし、カンブルース公とエーグレファン伯が手を結ぶ危険が生じる事にもなりますが」
「もちろん、それは懸念材料にはなるね。
だが、自分の弟を殺した奴とそうそうすぐに握手は出来まいよ。
たとえ目的が同じでも、私ならば矜恃が許さないし、カンブルースにもその辺りの人間性は期待したいね」
「では、態勢はどうしますか」
「両者の監視は続けて貰うよ。
エーグレファンは言わずもがなだが、カンブルースもどう動くか、まだ不確定要素があるから予断は許さない」
「フランジーヌ嬢の警備は継続しますか」
「縮小の方向で考えていいだろう。
少なくとも、明るい時間帯の襲撃はなくなったとみていいし、緊急性も緩和された」
「それは、シュールミューロもさぞや喜ぶでしょうね」
「なにかあったのかね」
「それが、アトラビレール伯のご息女が、トルンケンボルト公国へのご旅行へフランジーヌ嬢も一緒に連れて行くと
言い出されたようで、関係者は対応にてんやわんやしていると伺っております」
「やれやれ、あのお転婆姫様にも困ったものだ。
まさか、ウチの隊員達も連れて行こうとしているのかね」
「そのようです」
「無茶を言う。
トルンケンボルト大公殿下が許可されるはずがなかろうに。
だが、フランジーヌ嬢を公国にお連れするのはいいアイデアだ。
いかにカンブルースとて、大公殿下のお膝元で事を起こすような愚策は採らないだろうから、向こうに滞在されて
いる間はご安心いただける。
そうだな、ミスティグリーとヴァンダンジェットくらいならお供出来るだろう。
シュールミューロにそう伝えてくれたまえ」
「畏まりました」
☆
事態は、シトルーユの思惑の通りに進んだ。
ベリトルはその事を知りながらも、悔しいかな妥協せざるを得なかった。
執務室に呼び出したラファール・スフィレンに、計画の変更を告げる。
「エーグレファンの小僧に目に物見せてやる。
サンソワンの件は暫くうっちゃっておけ。
ヤツには借りを作ってしまった、すぐには手を出せん」
「はい」
「あの男、私が考えるよりもしたたかだったわ、まんまとしてやられた。
ペグル・ランソーが捕縛されたのも、ヤツが警察に情報を流したからに違いあるまい。
全く食えん男だ」
「エーグレファン卿に関しましては、現時点で情報が不足しております。
早急な対応が必要かと存じます」
「承知している、そのために君を呼んだのだ。
すぐに行動を開始してくれたまえ。
実戦可能な全隊員を投入して構わん、必要なら領兵軍の情報部と気象部も動員させる。
君の指揮下に入れよう、好きなように使いたまえ。
息子の警備には領兵を充てる」
「御意」
「サンソワンが動いたという事は、エーグレファンは国王にとっても捨て置けぬ存在になりつつあるという事か。
彼奴め、何を企む。
もしや、クーデターではあるまいな・・・」
続




