20
さらさら小川が流れる森の中に小さな小屋。
木々から差し込む日差しがそれらを幻想的なものへと変える。
少し前に来た時と何一つ変わらない光景だけど、今回はほんの少し賑やかだった。
「……あー……二人とも、怪我には気を付けてあまり遠くには行かない事と、暗くなる前に帰ってくる事。分かってるな?」
「……う、うん」
「……」
小屋の前に立つのは黒髪の綺麗な女の人。
それと向かい合うように立つのは、空色の髪の少年と白色の髪の少女だ。
三人とも居心地が悪そうで、少女に至っては黙ったまま女の人をじっと見つめていた。
一方俺はと言うと、その様子を小屋の屋根の上からそっと覗いていた。
彼女等は魔術師のアイリスさんと、ソルと、スーシャだ。
そう言えば本人達には何も説明しないままだったっけ。
話す内容からして、そこら辺はアイリスさんが上手くやってくれたらしい。
けれどもまぁ、目覚めて早々こんなのをすんなり受け入れられる訳もなく、スーシャもソルもアイリスさんの事を警戒しているようで、そんな二人にアイリスさんもやりづらそうだった。
「うーん……気が利かなかったかなぁ……」
《とは言え事前に説明した所で突然環境が変わるのはどうしようも無いし、あの子やソル兄には悪いけど慣れてもらうしか無いと思うよ》
「……うーん、それもそうかぁ……」
思い返してみればスーシャもソルも、兄貴を殺すかスーシャが死ぬかで突然環境が変わってしまったのは同じだった。
それを考えると、現状はまだマシだと思う他ない。
……とは言えもっとやりようがあったのでは無いかと考えてしまうのだが。
「愚かな人の子よ、これが君の望んだ結末なのかい」
「っうわっ!? アカ!?」
《……びっくりした……》
不意に声をかけられて変な声が出る。
驚いたまま振り向くと、ついさっき話していた少年、アカが俺の真後ろで何故か得意気に座っていた。
それにしても普通の景色を背景にするアカなんて初めてだ。
「って言うかなんでここにアカが? あの空間に引きこもって無くても良いのか?」
「どこに居ようがおれの勝手だろ。つーか引きこもり言うな!」
「一応こっちにも来れるんだなぁ」
「当たり前だろ!」
《僕はてっきり拗らせ過ぎてあそこから出られない人なんだと思ってた》
「そこまでは思ってないけど、出られるみたいで一安心だよなぁ」
「……なんかばかにされてるような……」
アカは俺の事をひと睨みすると、大袈裟な程に咳払いをする。
そしてすぐさま薄い笑みを浮かべた。
「ふ、高みに居るものの使命……人の子が導き出した答えを見届けに来たのさ」
「……タカミとかシメイってなんだよ……そもそも俺もう人間じゃないし」
「…………そう言えばそうだった。……うーん、おれのトクベツカンが……と言うかこいつの方が……むむむ……」
アカは何かをぶつぶつ呟きながらも俺と同じように屋根の下の三人を覗き込んだ。
「んで結局、お前はどちらもが生きる世界に改変した訳か……」
「上手く行ったかどうかは十年後まで分からないけどな」
「……よく言うよ。失敗させるつもりが無いからここに居るんでしょ?」
「当たり前だろ」
「……当たり前、ね」
アカは視線をそのままに、どこか複雑そうな面持ちで三人を見下ろしていた。
「……この結果はさ、お前のエゴだよ」
「……」
「あの女の子も、もうひとつの人格も、そのお兄ちゃんも、死ぬ程の決意だったって分かっていたんでしょ?」
「……うん」
「お前はそれを人智を超えた力で踏みにじったんだ」
「……」
「こんなのエゴだよ」
《そんな事無いよ! フェルはどうしようも無かった僕らを助けてくれたんだ!! そんな、なんの意味も無い言葉で貶されてたまるもんかっ!!》
アカの言葉を聞くや否や、エトが激しい怒りと共に頭の中で喚き散らす声が響く。
俺は黙ったままアカの次の言葉を待った。
「……何も言い返さないんだね」
「……まぁ……一理あるからな……」
《な、なんだよそれっ!!》
「エト、落ち着けって」
《む、ぅぅ……》
「……随分仲良しみたいだけどそれこっちから見たら独り言ばっかりの危ない奴だからな?」
「……そうなのか?」
《……ぅぅぅう! こいつ嫌い!》
俺の頭の中は冷静なのに反して、もうひとつの方はどんどん怒りを増していく感覚はなんだか妙だった。
苦笑いしながらエトを宥める言葉を掛け続けていると、アカはどこか悲しそうに顔を歪めて下を覗いていた。
俺がやった事が正しい事だなんて言うつもりは無い。
みんなが生きる未来が欲しいだなんて言っているけどその実、記憶の残らないみんなを置いてけぼりにして俺の都合良いように書き換えただけだ。
言ってしまえば何も分からない俺を置いてけぼりに時間を改変したあいつらと俺は何ひとつ変わりやしない。
アカの言う通り、知っていたのに踏みにじったと言っても過言では無いのだ。
「…………まぁでも」
「……?」
「…………お前のエゴで生き延びた命があるのも確かだ」
「……そうか」
アカは視線をそのまま目を細め、つまらなそうに口を尖らせて続ける。
「それにしても……好きな女の子の幼少期に戻って……あれとかそれとか全ての生活を監視する気だなこの変態め」
「……えっ」
《……えっ》
「あわよくば理想的な子に調教でもしようとしているのか……なんて羨ま……じゃない、気持ち悪い奴だ」
「……はぁっ!?」
《……おい》
聞き捨てならない……と言うか、想像すらしてなかった言葉がアカから発せられて思わず変な声が出た。
エトはと言うと、アカのその言葉に怒りを軽く通り越して侮蔑の感情渦巻いていた。
こいつ、俺の事をそんな風に……いや、それよりそんな発想が出てくる事に驚きだ。
《……こいつが僕らより長生きって嘘でしょ》
「いやまさか……あ、でもそういえば……えーっと……大人になると余計な事ばっかごちゃごちゃ考えるようになるらしいぞ」
《……それ、なんか違うような……》
「違うのか?」
《単にこいつが拗らせてるだけな気がする》
「そうなのかぁ」
「……な、なんかめちゃくちゃばかにされてるような……」
俺がエトと話している姿をアカは不満気な顔で睨んだ。
かと思えば諦めたような顔で大きく溜息を吐き、俺の眼前へと何かを差し出した。
「はい、預かってた砂糖」
「お、ありがとな」
「あと、そ…………あれは返さなくても良いんでしょ?」
「あれって?」
「ゴーレム」
「……あれってお前……。ま、まぁお前が良ければよろしくしてやってくれよ」
「……」
瓶を受け取りながらの俺の言葉にアカは黙ったままで頷いた。
あれだけ喚いていた事を考えると嫌がるかと思いきや、何を思ったのかソラの事を受け入れてくれるらしい。
そして、すぐさま踵を返した。
「……帰るのか?」
「うん、もー充分。お前らのお友達ごっこはお腹いっぱいだね。あと十年でも二十年でも一生でも精々頑張りなよ」
アカが何かを呟くと同時に、とん、軽く屋根を蹴る。
すると重力なんて無いかのようにふわりと空中に浮かび上がり、そのまま背景に紛れるように姿を消した。
恐らくあの不思議な色彩の空間に帰ったんだろう。
……なんと言うか、相変わらず人間らしい奴だ。
《……あいつ、なんなのさ。嫌味ばっかり》
「まぁまぁ、あいつも色々あるんだ。あんまりそう嫌ってやらないでくれよ」
《……むー》
なんとか宥めようとするも、相も変わらず穏やかでは無い感情を送ってくるエトに苦笑する。
「あいつ、きっと今物凄く苦しんでるんだと思うよ」
《……へ? ど、どこが!?》
「うーん、見てて分からないか?」
《いや、全然》
「……そうなのか」
結構分かりやすい奴だと思ったけど、もしかしてそうでも無いのか?
思考を疑問符で埋め尽くされるエトに俺も首を傾げる。
「あいつ、時間の魔法で失敗した事があるんだよ」
《……》
「だから……なんつーのかな、ちょっと思う所があるんだと思う」
《……要するに、嫉妬?》
「はっきり言うなぁ……。……まぁそういう複雑な部分があるだろうし、多少の事は見逃してやってくれよ」
《……なんか……フェルが一番年上っぽい……》
「……ん? なんでそうなるんだよ?」
《別に。フェルに免じて今回のは無かった事にしておいてやるよ》
「……なんだそりゃ」
下からなのか上からなのかよく分からない発言に苦笑を漏らしつつ、俺もアカのように立ち上がって踵を返した。
なんとなく、うん、と身体を伸ばしてみたけど、どうにもこの身体は凝ったりしないようであまり意味は無さそうだった。
「さてと、のんびりしてないで俺も頑張らなきゃな! 一応兄貴とフロラの方も見ておいた方が良いよな? あと、クエストもしなきゃだな! レアさんも迎えに行かなきゃだし、そもそもどこに戻されたんだ?」
《うわ、忙し! ほんとにこれ全部やるの?》
「当たり前だろ」
《……うーん、さ、さすがだなぁ》
全部、この身体なら可能な事だ。
と一口に言っても、簡単な事じゃ無いから気を引き締めて行かなきゃならない。
そんな訳で、俺が望んだ未来の為にも俺の戦いはずっとずっと終わらなさそうだ。




