08
町外れの森。
手持ち無沙汰になったスーシャはフロラに絡みに言っているのが目の端に映る。
一方俺はと言うと、いつもの広場でソルと向かい合って膝を突き合わせていた。
「魔法道具や魔術について?」
「おう」
「……知らないのか?」
「う、知らない……」
ソルにしては珍しい驚いた顔をされる。
知らないなんて相当珍しい程の常識なのだろうか。
「魔法道具ってのは俺達みたいな普通の人でも魔法粒子を扱えるようになる便利アイテムだ」
「え? ……え?」
「……どこから分かんないんだ?」
「そりゃもう全部」
頭を抱え、大きく溜息を吐かれた。
魔法粒子。
朝にもスーシャが言っていた言葉だけど、あいつの説明だと意味不明だったっけ。
なんだか難しい顔のソルを見ていると申し訳ない気持ちになってくる。
「えーっと、魔術から説明した方がいいのか?」
「頼む……ます」
ソルは険しい顔で頭をがりがりと掻いた。
もしかしたら説明はあまり得意じゃないのかもしれない。
「魔術は魔法粒子ってのを書き換える事であらゆる不思議な事を起こす事が出来るんだ。魔法粒子を水に書き換えたり、火に書き換えたり、……俺が使ってる魔法道具なんかは鋼鉄に書き換えてるな」
「魔法粒子って?」
「魔法粒子ってのはどんなものにも置き換えられる粒子だ。空気と同じく、その辺に漂ってるそうだ」
「へぇ」
「魔法道具なんか使わなくても魔術が使える人が昔はいたらしい。そっからきた技術とかなんとか」
なにやらすごい話だ。
全部覚えられる自信がない。
「で、魔法道具で魔法粒子を扱えるようになるんだが、なんでも出来るってわけじゃないんだ」
「え、そうなのか」
「魔法道具にもよるけど、例えば俺の大剣なんかは“使用者の望む形の鋼鉄に書き換えて具現化”って魔法式が仕込まれてるけどこれ以外はなにも出来ないな」
何でも出来そうだと思ったけど、そういう訳では無いらしい。
ソルは腰のホルダーから大剣の魔法道具を取り出し、スイッチを押す。
発光した刃が伸びて、大剣を形作った。
「魔法式?」
「えーっと……自動の命令みたいなもん、かな。さっきも言ったように“使用者の望む形の鋼鉄に書き換えて具現化”っていう命令を賄ってくれるのが魔法式だ。仕込まれている魔法式の魔術しか使えない」
不意にソルの持つ大剣の刃の部分が消え、元の取っ手部分のみの形に戻った。
それをソルは慣れた手つきでくるくると遊ぶ。
「後はそうだな……魔法道具はだいたい充電式なんだ」
「充電?」
「空気中の魔法粒子を自動で回収して運用するのが魔法道具だ。容量を超えるような無茶な使い方すると魔力切れする事もあるぞ」
ソルはふう、と溜息を吐いた。
「だいたいこんなところだと思うが、理解できたか?」
「お、おー……」
「……大丈夫かよ」
「だ、大丈夫だよ!」
頭を抱え、半目で睨んでくる。
俺も同じように頭を抱える。
詰め込み過ぎて、ごちゃごちゃしているが大丈夫だ。
……多分。
「使ってみるか?」
ソルは先程までいじっていた大剣の魔法道具をこちらに差し出してくる。
受け取ってはみたものの、スーシャから魔法道具を借りた時の事を思い出すと複雑な心境だ。
「うーん、前に魔法道具使おうとしたら駄目だったんだよなぁ」
「駄目だった?」
「なんつーか、何も起きなかったんだ」
首を傾げているソルに見せるように、指にかかる出っ張りを押してみる。
が、やはり何もおきない。
「本当だな。どういうことだ?」
不思議そうな顔をして、俺の手から魔法道具を取ると同じように出っ張りを押す。
特に問題なく、大きな剣が具現化した。
「壊れてる訳ではないな」
「俺の体質ってのが原因なのかな」
「お前の体質どうなってんだよ」
呆れた顔で溜息を吐かれたけど、俺が知りたいくらいだ。
再びソルから魔法道具を受け取り、出っ張りを押してみるが反応しない。
使えたら便利なのになぁ。
「あ、スーシャさん!?」
「こら〜!」
フロラと、スーシャの声。
瞬間、衝撃と共に何かが伸し掛る。
「うわっ!?」
視界いっぱいに映るのは空を背景にしたスーシャの怒った顔。
片手にはいつの間にやら俺が持っていた筈のソルの魔法道具を持っている。
どうやら押し倒されて、持っていた魔法道具を奪われたようだ。
「魔法道具使っちゃだめって言ったじゃんかぁ!」
「そもそも使えないじゃん俺」
「ま、まぁそうだけど……でもだめなの!」
俺が何しようが使えないと言うのに、スーシャはやたら魔法道具を扱う事を嫌がるらしい。
それにしたって問答無用で奪うのはどうなんだよ。
スーシャに突っ込んでも意味はなさそうだけど。
「スーシャ。フェル、一応病み上がりなんだし優しくな」
いつの間にやらスーシャの背後に立っているソルとフロラ。
ソルは言いながらスーシャの手にある魔法道具を取ると腰のホルダーに戻した。
「あ、ご、ごめんね」
すぐさま俺の上から退けると、顔の前で両の手を合わせて苦笑いしている。
「だいじょ……っ!」
起き上がろうとしたところ、頭にずきりと痛みが走る。
いや、正確には左目、だろうか?
ただそれは一瞬のことで、すぐに痛みは消えた。
「フェルくん……大丈夫?」
「あ、悪い。ぼーっとしてた」
覗き込んできたスーシャに心配かけまいと笑いかけてやるが、表情が暗いまま俺の顔を凝視している。
あまりにも悲しそうな、泣きそうな顔で見てくるもんだから、少し驚いた。
「スーシャさん、あんまりフェルさんいじめちゃだめですよ」
「あはは、ごめんねぇ」
と、思いきやスーシャの表情が一転、ふにゃりと満面の笑みでフロラに向き直って俺から離れた。
……今の表情、一体なんなんだろう?
そう思っていると、今度はフロラが俺の傍らに来て手を差し伸べる。
「フェルさん、大丈夫ですか? どこか痛い所はないですよね?」
助け起こされて、背中をさすられる。
ソルやフロラにも怪我は全快したとちゃんと説明したのだが心配性だ。
お人好しでつい笑ってしまう。
「もう大丈夫だって! なんなら手合わせでもしてくれよ!」
「病み上がりだってのに元気だねぇ〜」
「ほんとに大丈夫なんですか?」
手をぶんぶんと振って見せると、へらへら笑うスーシャ。
その一方、不安げな表情を見せるフロラ。
だからもう大丈夫なんだって。
「ん、じゃあ俺が相手してやろうか?」
「ほんとか! 頼むよ!」
ソルが前に出てくる。
相手にとって不足なし、だ。
短剣を取り出しソルと向かい合うと、スーシャとフロラが俺達から距離をとる。
フロラは相変わらず不安げな表情をしていて、スーシャはそんなフロラに、大丈夫だよぉ、と笑っていた。
「お前から来て良いぞ」
大剣を構えるソル。
緊張で、短剣を持つ右手が少し震える。
「いくぞ!」
駆け出す。
斜め上から一薙ぎ。
硬質の金属がぶつかり合う音が響く。
大剣を盾に、軽く受け止められてしまう。
「ちっ」
大剣のスキをつくにはどうすれば良いのか。
考えながら横に薙ぐと、金属音が響く。
「軽いな」
ぼそり、ソルが呟く。
分かってはいた事だが、ちょっと凹む。
どうにかこの力不足を補って何か出来ないだろうか?
一薙ぎ。
金属音。
そうだ、大剣は重い。
もしかしたら、素早く動かせないんじゃないか?
試してみよう。
「そらっ!」
もう一度薙ぐ、と見せかけて大きく一歩、ソルの懐へ。
斜め下から短剣を振るうが、それは届かない。
横に一歩踏み込むようにかわされてしまった。
左足に力を込め、再び薙ぐ、も大剣に防がれる。
すぐにソルの脇に入り込むように踏み出し、薙ぐ。
「っと」
またしても一歩下がるようにかわされる。
でも、やっぱりそうだ。
咄嗟の時に大剣は出てこない。
ならば、手数を増やして押していくしかない。
「今度はこっちから行くぞ」
「させるか!」
攻撃する隙を与えてたまるか、と同じように脇に入り込む。
ソルはそのまま動かずにわずかに身体を捻り、短剣が届くぎりぎりで回避をし、俺が振り切る前に大剣を横に振るう。
まずい。
が、簡単に負けるつもりはない。
一瞬、全身の力を抜いてわざと自身の体勢を崩し地面に倒れ込む。
それと同時に前転し、すれ違うように距離を取る。
頭を持ち上げ振り返ると、半ば賭けだったがぎりぎり届かない距離に離れられたようだ。
立ち上がろうとする、がその前にソルが踏み込む。
向こうの方が速い。
どう来る?
目を離さないようにしていると、きらり、何かが光る。
左目の熱と同時に、左の視界にきらきら光るものが見えた。
その光が俺の首元手前で止まる真っ直ぐ伸びた軌跡を形作る。
初めてスーシャと手合わせした時と同じものだ。
前よりも、力強く輝いて見える。
正面からの突き攻撃。
大剣が届く前に、なんとか横へ転がる。
ぎりぎりかわせた、が顔を前に向けると次の攻撃の軌道が既に形作られている。
横へ薙ぐ攻撃。
地面に伏せると、頭上を大剣が通る。
通り過ぎたと同時に膝に力を込めて立ち上がりながら、短剣を振るう。
が、後ろに一歩下がる事でかわされる。
休む間もなく、次の光の軌跡が伸びていた。
横へ薙ぐ攻撃。
普通に攻撃したんじゃ当たる気配が無い。
ならば、と足に思いきり力を込めて、跳躍。
足下を通る大剣、刃が通過する一瞬、それを踏み付け思い切り蹴る。
その勢いのまま目を見開いているソル目掛け、短剣を振るった。
大剣を無力化、そして攻撃の途中だったから簡単にはかわせない筈。
剣の通る道が分かるからこそ、出来たことだ。
「どうだっ!」
「っく!」
瞬間、視界がぐらりと揺れた。
足首を押さえられ、下へ引かれる感覚。
「っぉわ!?」
そして、背中に衝撃。
気づけば地面に倒れ、空を仰いでいた。
あの状況で反撃されたらしい。
やはりソルは強い、とぼんやり空を眺めながら思った。
「あ、わ、悪い! 背中大丈夫か!?」
心配そうにソルが覗き込んでくるので慌てて起き上がった。
「へーきだよ! っと、やっぱり強いなソルは」
「フェルこそ強いな。少し焦った」
ソルは楽しそうに笑う。
嫌味じゃない感じの笑顔だ。
いまいち実感は湧かないけど、俺はちゃんと強くなってるのだろうか。
だったら、良いけど。
「二人共お怪我ありませんか?」
「フェルくんすご〜い! さっきのあれなに〜!?」
「うぎゃあ! ちょ……くっつくなって!」
遠くで観戦していたフロラとスーシャが寄ってきた、かと思いきやスーシャはいきなり満面の笑みで、首に絡みついてくる。
いい加減この距離はやめてほしいのだが。
「ぶっ! フェル、顔真っ赤じゃん!」
「剣の上に乗るやつ私もやりたい〜!」
「わ、笑うなー! くっつくなー!」
「げ、元気そうですね」
ソルは俺の顔を指差して笑っている。
スーシャは、教えて教えて、と連呼しながら一向に離れる気配がない。
っていうか兄なら妹に距離感を再教育してくれよと思うんだけど、どこ吹く風だ。
なんだかなぁ。
そう思っていると、不意に頭を撫でられた。
「フェルくん、冷静に、集中して見極めてたね。百点満点だよ」
スーシャが、くっついたまま片手で頭を撫でてくる。
視界いっぱいの、優しい笑顔。
どきり、と心臓が跳ねた気がした。
褒められてるのか、俺。
なんだか、嬉しいような、恥ずかしいような、むず痒い気持ちに包まれた。
この後顔が更に赤くなってしまって、ソルにからかわれてしまうのはまた別の話である。